花よりもなほ


日時 2006年6月3日19:45〜
場所 ユナイテッドシネマとしまえんスクリーン1
監督 是枝裕和

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時は元禄、赤穂の殿様が江戸城で吉良に刃傷沙汰を起こした年。
江戸の町の、特におんぼろな長屋に青木宗左衛門(岡田准一)という若侍が
住んでいた。彼は父の敵を江戸に探しに松本からやってきたのだったが、
しかし、実は剣術は苦手。
毎日の生活は近所の子供に読み書きそろばんを教える寺子屋をしていた。
同じ長屋の住人は底辺にいながらも明るく生きているような人ばかり。
宗左衛門のあだ討ちは果たしてどうなる?


「誰も知らない」で一躍有名になった是枝監督の新作。
今までドキュメンタリーっぽい低予算映画だったが、今回は時代劇。
しかもそれなりに金はかかっている。
(スペクタクルなシーンはないが、あの手の込んだ長屋ののセットを見れば
それなりに手間ひまかけた感じはする)

当初、江戸の市井の人々が主役であだ討ち物語、と聞いていたので今はやりの藤沢周平の
映画みたいなのが出来るのかと思っていたので(宮沢りえとか出てるし)公開が近づくにつれ、
チラシその他の宣伝材料が喜劇的に売っているので「どうなるんだろう」と思っていたが、
いやいや面白かった。

まずは長屋のセット、そして衣装がいい。
あのぼろぼろ感、そして建っている場所自体が周りの場所からくぼんだような土地で
底辺な感じがよく出ている。
また夜間シーンの照明の陰影が美しく、実に素晴らしい。
(その代わり昼間のシーンで少し白っぽ過ぎる気がするところがある)

やがて話は「あだ討ちなんてする必要があるのか?」と宗左がぼんやり悩みだす。
敵も見つかったが、相手も父を切ってから決して幸福になったわけでないと知るにつれ
「復讐なんて必要ない」と思い始める。

このあたりで現代のテロ戦争とオーバーラップさせようとしているのかも?と思ったが
そういう時事的な問題だけなく、是枝監督の意図はもっと一般的なのかも知れない。

つまり「〜〜しなければならない」に我々はとらわれすぎていやしないか?
自分に出来ないような「〜〜しなければならない」から解放してもっと気楽に生きようよ、
そんなことをこの映画で描きたかったのではないか?

実際、今の人々は「〜〜しなければならない」が多い。
確かに必要な「〜〜しなければならない」もあるだろう。
しかし必要以上に「〜〜しなければならない」にとらわれていやしないだろうか。
だから自殺したり争いが起こってくる。
(もっとも実はそこまでは言っていなくて単純にテロ戦争についてのアンチテーゼだけなのかも
知れないが。)

この映画に出てくる長屋の人々を見ていると肩の力を抜いて生きてみたくなる。
そんなほのぼのとしたほっとできる映画。

主役の岡田准一もいい。
きりっとした表情と笑った表情の緩急が素晴らしい。
また今までの「木更津キャッツアイ」のはじけた演技か「東京タワー」のような純粋な二枚目
演技が多かったのだが、今回はそれだけではない、「味」というようなものが出てきた気がする。
一皮むけた岡田准一。
そんな気がする。
ラストカットは岡田の素晴らしい笑顔。
この映画にふさわしい笑顔だ。

出演は他には宗左の国にいる弟役で(ポスター、チラシには出てないが)勝地涼、長屋の住人で
古田新太、香川照之、上島竜兵、国村隼、中村嘉葎雄、原田芳雄、加瀬亮、田畑智子、木村祐一、
敵で浅野忠信、宗左の叔父で石橋蓮司などなど個性的な面々。

(この映画、今年のカンヌに出品されなかった。「誰も知らない」でカンヌで話題を取った
是枝監督の新作、しかも6月公開だから5月のカンヌでの上映は宣伝的にもちょうどいい。
海外からだってオファーがないわけではあるまい。
何故出品されなかったのだろう?
しかし、カンヌで上映したら「賞をとらなけらばならない」になってしまったろう。
そんなことになるのは、この映画には似合わない。僕の中ではそう解釈しておく)