日本一のホラ吹き男


日時 2007年3月29日21:00〜
場所 テレビ東京
監督 古澤憲吾
製作 昭和39年(1964年)

(詳しくはキネ旬データベースで)


2007年3月27日に植木等さんが亡くなった。
今回のテレビ放送はその追悼企画としての放送だ。
オリジナルはシネスコだが、冒頭の「東宝マーク」のみシネスコでそれ以降はテレビサイズ
のトリミング版。
ファンとしては残念なところだが、なに、そんなことで作品の質が落ちるようなやわな映画ではない。
「植木等の映画の出会いはテレビから」という人も多いだろうから、これでも充分なはずだ。

私はクレージーキャッツおよび植木等さんの大ファンだが、実をいうと後追い世代だ。
クレージーが笑いの最前線だったのはやはり60年代で、70年以降はドリフターズが最前線
だったと思う。
私の人生の記憶で、年代がはっきり記憶されるのは1970年以降の万博から。
だからリアルタイムでは楽しんではいない。
高校時代に小林信彦氏のコラムなどで興味がわき、その後大学生ぐらいからレコードを買ったり
映画を見た、完全後追いファンだ。
80年代の浅草東宝での土曜日オールナイト特番では大体月一回、クレージー特集が組まれており、
(確かクレージー、および植木等主演映画は30本強あるはずだ)何回か通えばおよそ見ることが
出来た。
(「クレージー黄金作戦」「香港クレージー作戦」などのタイトルに「クレージー」が入るのは
クレージーキャッツ主演、「日本一の色男」「日本一のゴリカン男」などの「日本一」シリーズは
基本的に植木等が主演で他のメンバーはワンシーン程度出演だったり、出演がなかったりした。
事実、この「ホラ吹き男」にはハナ肇、犬塚弘は出演していない)

私もこの浅草東宝通いでクレージー、および植木等主演映画はほとんど見ている。
とはいってももう20年以上前にみたわけだから、記憶が定かでなかったり、内容と作品の
タイトルが結びつかないものも多い。
その中で一番好きな「日本一」ものがこの「ホラ吹き男」だった。
(実を言うと今回の放送で見直すまで自分の好きなこの映画のタイトルは「ゴリカン男」だと
勘違いしていた。「ゴリカン男」は多分一番最初に見た植木映画だ。ファンというくせには
その程度の記憶力なんだな)

東宝マークが終わると陸上練習場に場面は変わり、植木等が体操服で「はあ〜〜〜ん、あの日
ローマで見た月を〜〜〜」などと歌い踊りながら登場する。
(この歌は東京オリンピックにちなんだ歌で歌詞の中のローマは東京の前の大会、ローマ
オリンピックのこと)
もうここで度肝を抜かれる。それまで映画の中でみた歌うシーンといえば「雨に歌えば」の
ジーンケリーのようにひたすらおしゃれだった。
それがいきなり植木等がなにやら珍妙な踊りをしながら、である。
「今日はなんだか新記録が出せそうだぞ!」と鼻息あらい。
植木等演じる初等(はじめ・ひとし)は三段跳びのオリンピック選手候補なのだが、ここで勢い余って
怪我をしてしまう。
彼はオリンピック選手を断念して日本一の会社で三段跳びで出世することに決めるのだが・・・
というストーリー。

ストーリーはご都合主義を通り過ぎたお決まり主義で展開される。
主人公・初等(はじめ・ひとし)はどんなときでも自信満々。
他の人の迷惑や冷ややかな視線も意に返さない。
入社試験を受けた増益電器(マスマスデンキ)の入社試験において、この映画のヒロインの
浜美枝に「『しょとう』さ〜〜ん」と呼ばれる。
そうすると「失礼しちゃうなあ。『はじめひとし』ですよ。名前のほうは初等ですが頭のほうは
ぐっと高等ときてますから」と答え、浜美枝に閉口されるが気にしない。
(シリーズレギュラーだった人見明は時折、植木等の後姿に「ばっか」と小声でいう)

また彼は困難にぶち当たったり、なにかアイデアを思いつくと「よ〜〜し、ファイトが沸いてきたぞ!
それゆけ〜〜〜」とたったったったあと軽快に走りさる。

この楽天的な性格は実にヒーローだった。
学生時代、この「それ!たったったったあ走り」をまねしたものだ。
いや実際に走らなくても心はこの「それ!たったったったあ走り」をしていたのもだった。

そして破天荒なのは初等だけではない。
映画は突然セットに移り植木等が歌い踊りだす。
この強引な展開が実に新鮮だった。(もっともこれは東宝歌謡映画ではよくあるシーンで
その下地は以前の映画にもあったということを後に知った)

実をいうとこの辺の歌の魅力や植木等の美声(実によく通る声なのだ)の素晴らしさはとても
文章に表せない。

初等はその後、入社試験で一度は落ちた増益電器に強引に入り込み、社長に強引に認めさせて
正社員になる。そして資料室に配属されるが、そこで逆転の方法で係長に出世。
「そんな馬鹿な話があるかい」などと観客は思う。
事実、本作ではないが、シリーズ他の作品では「そんな馬鹿な話があるかい」と登場人物に
言わせている。

現実には起こりえない展開だし、さっきも言ったようにご都合主義を通り過ぎた話の展開なのだが、
そんなことは重要ではない。
初等(=植木等)はそんな世の中の法則さえ変えてしまえるようなパワーにあふれていた。
実にスーパーマンなのだ。

ふと気が付くとこの「ホラ吹き男」という映画について私は今回ほとんど触れていない。
しかし、別に「ホラ吹き男」に限らず、植木等の映画はみんなこんな感じだった。
その植木等映画のエッセンスがすべて詰まっており、(歌がある、脇に由利徹などの名脇役がいる
などなど)それらがすべてうまくいったのが、この「ホラ吹き男」だ。

これ一本で植木等映画映画の魅力のすべてを見ることが出来ると言ってもいいと思う。
数多い植木等、およびクレージーキャッツ映画のどれがお奨めか?と聞かれれば迷わずこの
「日本一のホラ吹き男」だ。