日本のいちばん長い日

1967年8月公開
監督 岡本喜八
脚本 橋本忍

セリフを暗記するほどみた映画というのが何本かある。
この「日本のいちばん長い日」がそんな映画のひとつだ。

昭和20年7月、米英中国よりポツダム宣言が通告される。
政府は閣議を何回も開くがポツダム宣言を受諾するかどうかの
結論は容易には出ない。その間に広島、長崎に原爆投下、
ソ連の参戦と事態はますます悪化する。
結局最後は天皇に直接御聖断を仰ぐことになる。
8月14日、ついに御前会議は開かれ天皇は決断した。
「戦争の継続は民族の滅亡を意味する。速やかに終結せしめたい」
こうして緊迫の24時間、「日本のいちばん長い日」は始まった。

2時間半を超える大作。
この8月14日の昼の12時の天皇の御聖断のシーンまでで20分。
ここでようやくメインタイトルがでるような長い前振り。
この映画の魅力は何といっても日本映画男優オールスターズの
演技合戦だ。
戦争遂行派による軍事クーデターを主軸として同時に壮大なディスカッション
ドラマでもある。

「日本にもう戦う力なぞは・・・」(石黒農相)

「天皇および日本国政府は連合国司令官にサブジェクト・トゥするとなっており
これは隷属であり絶対受諾など出来ません!」(畑中少佐)

「戦争が継続になったら何もかもおしまいだ。いざとなったらもうこれ(青酸カリによる自決)
しか方法がないかも知れんね」(迫水書記官長)

「もうあと二千万、日本人の男子の半分を特攻に出す覚悟で戦えば、必ず、必ず勝てます!」
(大西海軍軍令部次長)

「勝つか負けるかはもう問題ではない。日本の国民を生かすか殺すかなのです」(東郷外相)

「陸軍大臣も部内からの突き上げで苦しいのです。待てるものならもう二日
待ってあげることは出来ないでしょうか」(小林海軍軍医)

「万一終戦と決まった場合、東部軍の作戦参謀としてどのような態度をとるべきかでありますが」
(東部軍・不破参謀)

「下らん上層部の右往左往など気にするな。厚木基地は最後まで戦うぞ!」
(厚木基地・小園司令)

「建軍以来一度も敗戦を知らず、『生きて虜囚の辱めを受けず』と徹底的に教育されて
ますからね」
(蓮沼侍従武官長)

「いまさら論じてももうどうにもならん。行動あるのみだ」(椎崎中佐)

「この決定に逆らうものは反乱軍、というわけだな」(第二総軍・畑元帥)

「市谷台の将校は全員切腹するのだ」(井田中佐)

「陸相は今までの戦闘を単に補給戦に負けたに過ぎんとその責任を他の部門に
転嫁されようとるのか!」(米内海相)

「多くの兵がなぜ死んでいったのだ!みんな日本の勝利を固く信じていたからではないのか!
彼らにはなんとしても栄光ある敗北を与えねばならん」(阿南陸相)

「ついては軍の真意をお聞かせ願いたい」(第二総軍参謀・白石中佐)

「皇軍の辞書に降伏の二字なし」(横浜警備隊長・佐々木大尉)

「皇国の勝敗はかかって諸君の双肩にある」(児玉基地・野中大佐)

「天皇がやめろと言われるからやめる。聞こえはいいがこれは一種の責任逃れです」
(井田中佐)

「私はこれから明治神宮に行きその社前に額ずき、一人の赤裸々な日本人として右するか
左するか決めたいと思う」(森近衛師団長)

「私も戦争終結には反対です。いまさら無条件降伏など」(首相官邸警備の警官)

「君達だけが国を守ってるのではない。われわれ国民全員が力をあわせなくては」(徳川侍従)

「直ちに反乱軍を鎮圧する!」(田中東部軍司令官)

「現在は警戒警報発令中であり、東部軍の許可のない限り放送は出来ません」
(NHK館野アナウンサー)

「あらゆる手続きが必要だ。儀式と言ったほうがいいのかも知れない。
何しろ大日本帝国のお葬式だからね」(下村情報局総裁)

「もう年寄りの出る幕じゃないよ。これからはもっと若い人の時代でね」(鈴木首相)

「このたびの放送は天皇自らがわれわれ兵を直接叱咤激励してくれると信じている者が多数
おるようでありますが」(児玉基地・将校)



これほどのディスカッションドラマを飽きることなく見せるリズムの妙、編集の間がすばらしい。
セリフが終わるか終わらないかの内に次のカットにつないでいくその間の見事さ。
時折挿入される軍服にしみた汗、軍刀を握り締める手のアップ、音のアクセントをつける
軍靴の響き、油の切れた自転車のキーキー音。
メリハリの見事さスピード感だけでない、アクセントをつけたテンポのよさが2時間半を
あきさせない。

また玉音放送録音シーンと埼玉県児玉基地の深夜の特攻出撃シーンのモンタージュには
むなしさが漂う。

この映画に登場する男達は皆一様にストイックだ。
自己保身の欲望より日本のために何が正しいかを(たとえ後から考えると間違っていた
にしても)真剣に論じている。
その姿は美しく、下手をすれば戦争遂行論者への肯定論にもつながりかねない危うさを
秘めている。

もちろん岡本喜八の真意はそこに合ったわけではない。
児玉基地の特攻出撃シーンにおける若者の姿(おはぎにむしゃぶりつくと言ったような)や
横浜警備隊の学生(阿知波信介)が持っている岩波文庫にこそ
死んでいった者への鎮魂歌を感じることが出来る。


現在のわれわれの繁栄はこの昭和20年8月15日の決定の上に成り立っている。
その繁栄が腐敗へと転じている現在、国を立て直そうと私利私欲を捨てた行動の男達の
姿には見習うものがある。
(2002年中国・瀋陽の北朝鮮人亡命問題で有名になった阿南中国大使は
この映画に登場する阿南陸軍大臣の息子なのだ)

もちろん現実は映画と違ってあんな奇麗事ではなかったという批判もあろう。
申し訳ないが1本の映画として純粋に観賞していただきたい。

この映画に登場する男たちの真摯な姿は実に美しい。
(何しろセリフのある女優は新珠三千代だけ。しかもワンシーンのみだ)
それが僕にとってはセリフを暗記させるほど見ても飽きない魅力なのだろう。
日本人はこの映画を全員見るべきだ。
その価値はある。


最後になったがこの映画のオールスターぶりを示す出演者を記してこの稿の終わりとしたい。

(登場順)   
東郷外相 ................  宮口精二
松本外務次官 ................  戸浦六宏
鈴木総理 ................  笠智衆
米内海相 ................  山村聡
阿南陸相 ................  三船敏郎
岡田厚相 ................  小杉義男
下村情報局総裁 ................  志村喬

井田中佐(陸軍省軍務課員) ................  高橋悦史
竹下中佐(陸軍省軍務課員) ................  井上孝雄
椎崎中佐(陸軍省軍事課員) ................  中丸忠雄
畑中少佐(陸軍省軍事課員) ................  黒沢年男

石黒農相 ................  香川良介
荒尾大佐(陸軍省軍事課長) ................  玉川伊佐男
大西軍令部次長 ................  二本柳寛
小林海軍軍医 ................  武内亨
迫水書記官長 ................  加藤武

川本秘書官(情報局総裁秘書) ................  江原達怡
老政治部記者 ................  三井弘次
不破参謀(東部軍参謀) ................  土屋嘉男
森近衛師団長 ................  島田正吾
矢部国内局長(NHK) ................  加東大介

小薗大佐(厚木基地司令官) ................  田崎潤
菅原中佐(厚木基地副司令官) ................  平田昭彦
木戸内大臣 ................  中村伸郎
蓮沼侍従武官長 ................  北竜二
清家中佐(侍従武官) ................  藤木悠

内閣官房佐藤総務課長 ................  北村和夫
松阪法相 ................  村上冬樹
杉山元帥(第一総軍司令官) ................  岩谷壮
畑元帥(第二総軍司令官) ................  今福正雄
佐々木大尉(横浜警備隊長) ................  天本英世

加藤総務局長(宮内省) ................  神山繁
筧庶務課長(宮内省) ................  浜村純
古賀少佐(近衛師団参謀) ................  佐藤允
石原少佐(近衛師団参謀) ................  久保明
長友技師(NHK) ................  草川直也

田中大将(東部軍司令官) ................  石山健二郎
芳賀大佐(近衛師団歩兵第二連隊長) ................  藤田進
佐野恵作(宮内省総務課員) ................  佐田豊
佐野小門太(内閣理事官) ................  上田忠好
白石中佐(第二総軍参謀) ................  勝部演之

野中俊雄大佐(児玉基地飛行団長) ................  伊藤雄之助
戸田侍従 ................  児玉清
三井侍従 ................  浜田寅彦
徳川侍従 ................  小林桂樹
黒田大尉(航空士官学校) ................  中谷一郎

伍長(宮城衛兵司令所) ................  山本廉
板垣中将(東部軍参謀) ................  伊吹徹
大隊長(叛乱軍) ................  久野征四郎
巡査(首相官邸) ................  小川安三
渡辺大佐(近衛師団第一連隊長) ................  田島義文

館野守男(NHK) ................  加山雄三
原百合子 ................  新珠三千代
稲留大佐(東部軍参謀) ................  宮部昭夫
憲兵中尉 ................  井川比佐志
厚木基地飛行整備科長 ................  堺左千夫
和田信賢(NHK) ................  小泉博

今上天皇 ................  松本幸四郎

ナレーター ................  仲代達矢