「泣き虫なまいき石川啄木」

日時 2001年3月3日 18:30〜
場所 新宿紀伊国屋ホール

作・井上ひさし、演出・鈴木裕美による石川啄木の晩年の3年を描いた
作品。

面白かった。
ただし、その面白さは目指していた面白さとは別物のような気がする。
僕の言うこの場合の面白さはコント的な面白さなのだ。

例えば先輩の金田一京介と啄木の母親が、啄木が自殺するかも知れないと
勘違いをし、着替えようとする啄木から帯を取り上げ、水の飲み終わった
コップをもてあそんでいるとそれを取り上げたり、身投げの危険があるかも
知れぬと窓を閉めたりと、まるで吉本新喜劇のようなおかしさがある。

また啄木の母と嫁のいざこざ、酒を飲むためには何でも質に入れてしまう
父親などかなり悲惨な家庭状況が描かれるのだが、これも吉本新喜劇的な
おかしさに消化されてしまっている。
平たく言えば啄木の家庭内のいざこざ(啄木が言うところの「実人生の
白兵戦」)が面白おかしく描かれすぎていて悲惨さが感じられがたいのだ。

だからこそパンフレットにある井上ひさしの「啄木がとてもかわいそうだ」
という思いが伝わってこない。
啄木は貧困の末に後の大正デモクラシーにつながっていくような思想に
傾倒していくのだが、実際その運動は啄木自身が成果を出す間もなく
26歳の若さで亡くなってしまう。
思想に傾倒し始めてすぐに死んでしまうので「闘い半ばで倒れた革命家の悲劇」
も伝わってこない。
前半の吉本的な面白さしか伝わってこない。

観終わってしばらくしてから気が付いたが、この芝居には啄木の歌が一切登場しない。
有名な
「はたれけど
 はたれけど猶(なお)わが生活(くらし)楽にならざり
 ぢつと手を見る」
の歌さえ登場しない。
どんな状況の時にこの歌が啄木によって詠まれたか、そんなことを話の中に
織り込んでいけば、彼の人と作品をもっと理解できたのではないか?

喜劇作家としての井上ひさしのコント技術ばかりがさえてしまい、
肝心の石川啄木の人生というものが見えにくい作品だった。
少なくとも僕にはそう感じられた。


で肝心の高橋和也である。
彼の舞台を見るのは実に久しぶり、「NEVER SAY DREAM」以来じゃないか?
にもかかわらず久しぶりの感じがしないのは映画における活躍のせいだろう。
「八つ墓村」などにも出演していたが、代表的なのは「マルタイの女」
だ。テロリストの実行犯として逮捕直前のシーンなど印象深い。

今回の役柄は全体的に家庭内の妻、母、父達の「実人生の白兵戦」に
苦悩しつづける啄木という受けの芝居が多い。
しかし、その意思の強そうな表情により、影が薄くならずに存在感を十分に
出している。
男闘呼組の4人の中ではもっとも芝居のうまい役者になったと思う。
他の出演者では妻・節子の細川直美が光っていた。女優などめったに誉めない
私だが細川直美の好演は記しておきたい。


直接芝居とは関係ない話だが初日には前田耕陽も観に来ていたそうですね。
1月放送の「はなまるマーケット(TBS)」の出演時にも思ったが
特に耕陽とは今でも交流があるんですね。
実はこのことはちょっと意外でした。