地獄の饗宴


監督 岡本喜八
主演 三橋達也
共演 田崎潤、団令子、佐藤慶、砂塚秀夫
昭和36年9月29日封切り

一時期ハードボイルドに凝っていた事がある。
私立探偵や一匹狼が悪の組織相手に一人で立ち向かっていくあれだ。
といってもチャンドラーやハメットではなく、和製ハードボイルド
ともいうべき作品が好きだった。
矢作俊彦の二村永爾シリーズや原寮の沢崎探偵シリーズだ。
「洋画より邦画のほうが好き」という私にはチャンドラーより
その日本版のほうがどこか趣味にあっていたのだろう。

前置きが長くなったが、この映画は僕のそういう趣味に
ぴったりはまった映画だったのだ。

戸部(三橋達也)は国際コールガールのポン引きをする一方で
エロ写真の現像も行っていた。
ある日、新橋駅の階段で未現像のフィルムを拾う。
現像してみるとそこには軍隊時代の上官伊丹(田崎潤)が映っている。
伊丹に恨みを持つ戸部は復讐も兼ねた脅迫をしようと
写真に写っていたコートのラベルを手がかりに伊丹の
現在の居場所を突き止める。
しかし、伊丹は数日前列車事故で死んでいた。
ところが伊丹は会社の金を横領し死んだ偽装をして実は生きていたのだ。
伊丹の雇った殺し屋(佐藤慶、上田忠好、城所英夫)、伊丹の情婦(団令子)
伊丹の妻や会社の専務たちなど三つ巴の1億円をめぐる争いが始まった。


三橋達也の都会的なスマートさがものすごくいい。
私は三橋氏のファンだと書いたが、この作品も大好きな作品の一つだ。
コーヒー好きという設定がハードボイルドらしくていい。

写真に小さく写ったものを手がかりに探りを入れ始まる主人公、
突然数人の男に拉致され、事件から手を引くように脅迫される。
そんなものには負けずにしぶとく獲物を狙う。
敵の中に寝返って手を組もうといってきたり、暗躍する殺し屋たち等
いわゆるハードボイルドミステリー特徴をすべて押さえている。
(まるで「マルタの鷹」の日本版だ)

殺し屋グループは佐藤慶、上田忠好、城所英夫の3人で「暗黒街の対決」の
天本英世に比べるとコミカルな要素がなくなった分、渋めで不気味さだけがただよう。
こういった話には欠かせない主人公たちの粋な会話も充分だ。
城所英夫につかまった三橋達也が「何とか言えよ!てめえおしか?!」
というと「その通り」と横で答える佐藤慶が楽しい。
城所英夫が大きな釘を磨ぎ、ナイフのように投げるのを得意とするのが
殺し屋として特長があってセオリー通り。
また田崎潤が金がなくなったと知るや「ギャラさえ払ってくれれば雇い主は
誰でもいいんですが」と簡単に裏切る上田忠好も面白い。

そしてでてくる敵がヤクザではないのがいいのだ。
日本でこういった暗黒街的な内容の映画を作るとどうしても相手がヤクザに
なりがちだ。そうなるとどうしてもウエットな感じになってしまうのだ。
「暗黒街の対決」などとても面白いのだが、鶴田浩二が出てくるだけで
それだけで湿っぽくなるのだ。
鶴田浩二に魅力がないというより彼の任侠映画のカッコよさは東映において
発揮されており、こういった洋風のタッチの映画にはどうも似合わないのだ。

言い換えると洋食のフルコースにいきなりイモの煮っ転がしが出て来たような
戸惑いを覚えてしまう。イモの煮っ転がしはうまいのだが、今は食べたくないのだ。
私が「暗黒街の対決」がもう一つ好きになれないのは鶴田浩二の
ウエット感のせいなのだ。


主人公を待つかたぎの女性(池内淳子)、そして深夜の対決、意外な伏線。
(この伏線が観ている人に小声で『あっ』と言わせてしまうのだ)
ラストの三橋達也の「ああ、うまいコーヒーが飲みてえなあ」の
言葉で締めてくれる。

一般的にこの作品は評価は高くないようだが、僕にとっては
ハードボイルドミステリーの傑作、最初から最後まで日本版ハードボイルドの名作だ。