山本薩夫への手紙

(この文章はリンクしている「DAY FOR NIGHT」の2001年10月の「映画監督へのラブレター」と題する
「大好きな監督にメッセージを送ろう!」という主旨の特集に掲載したものです。改めて自分のHPでもアップしました)


山本薩夫様

あなたがなくなってもう10数年経ちました。
日本映画は山本監督が活躍なさってた頃に比べ、随分変わってしまいました。


山本監督との出会いは「金環蝕」です。
当時私はまだ中学生だったのですが女性に群がる野獣たちのイラストが
描かれたポスターは本当に強烈な印象でした。
女性は「欲望」の象徴、群がる野獣たちは人間たちをあらわしており、
この作品で人間の「権力、金」に対する異常な汚い欲望を知ったわけです。
今から考えると中学生にはかなり刺激的なポスターだったのですが、
まず原作を読み、政治の利権構造、公共事業の金の流れ、人間の権力への欲望、
などなど初めて見聞きする世界を知りました。
(公共事業の金の流れというものをはじめて理解しました。20数年経った今でも
きっと大して変わってないでしょう)

この作品がきっかけとなり、その後「白い巨塔」「華麗なる一族」「不毛地帯」
などの作品を観、原作も読みました。
現実のニュースと同じ世界が展開されており、ニュースでは言ってくれない裏側の
話を想像するきっかけを与えてくれました。

あのころと何にも変わらず、日本では同じことが繰り返されてります。
特に薬害エイズ事件、帝京大学の安部被告は私には
「白い巨塔」の鵜飼医学部長(小沢栄太郎)がそのまま登場したように見えました。

これらの作品を思春期の中高生の時に見ることが出来た幸せを私は感じております。
山本監督のこれらの作品とこの時期に出会ったことにより、
人間の欲望というものの根本を理解するきっかけになりました。
また政治を常に見つめる習慣がつき、社会情勢に対する考え方の基礎を
あなたの作品群ではぐくまれたのだと思うます。

またCG全盛のいま、人間のドラマだけで勝負する作品は今でも古さを感じさせません。

特に「戦争と人間」3部作はものすごいドラマツルギーです。
1部あたり3時間の作品ですがそれだけ長くても全く飽きさせず、
大オールスター映画で登場人物たちの描き方も魅力的で
これほどの大河ドラマを見せてくれる監督が他にいるでしょうか?


松竹のブロックブッキングシステムの崩壊など、
邦画を取りまく状況は大きく変わりました。
作品が今は小粒になるか、自己満足的な趣味に走った映画ばかりが多くなり
大人が楽しめる硬派の、でもそれだけでないドラマで見せる作品が本当に少なくなりました。
俳優たちの層も薄くなってしまい、今「白い巨塔」や「華麗なる一族」を
映画化しようとしてもそれに耐えうるキャスティングが組めるかどうか。
小沢栄太郎、田宮二郎、神山繁、永井智雄、鈴木瑞穂、加藤嘉、らの常連俳優陣も
魅力の一つでしたが亡くなったり、お年を召されたせいか最近見かけることが
少なくなってしまいました。

ぼくにとっては山本監督の作品は、物の見方を教えてくれただけでなく、
ともすれば目先の新しさ、笑い、凝った作りばかりを追いがちになる
今の日本映画の監督たちと違い、「ドラマとは何か?」を
教えてくれる作品がおおいと思います。

凝った画や特撮ももちろん面白いですが、やはり「ドラマ」を見せてくれたり
政治や経済の根本となる人間の欲望について教えてくれた山本監督には本当に
感謝しています。

いまの時代、もう一度山本監督のような硬派の作品を観てみたいです。

「楽しく笑ってそれでハッピー!」が信条とする監督が多すぎ、
日本人はますますバカになっていく気がしてなりません。
山本監督の意思を継いでくれるような骨のある若い監督はいないのでしょうか?

でも私も微力ながら山本監督から教わったことを少しでも他の人に伝えて
いきたいと思ってます。
見守っていてください。