日本の黒幕<フィクサー>


日時 2009年1月5日
場所 録画DVD(東映チャンネル)
監督 降旗康男
製作 昭和54年(1979年)

(詳しくはキネ旬データベースで)


新総理となった平山(金田龍之介)は総裁選が終わった晩、ある男から電話を受ける。
「山岡さん、あんたのおかげで総理になれた!この恩は一生忘れんよ!」電話を
かけたのは日本の総理大臣を作れる男、山岡邦盟(佐分利信)だった。
それから2年後、平山や山岡はアメリカの航空機の導入をめぐっての贈賄事件を
検察やマスコミから追及を受けていた。
そんな時、一人の少年(狩場勉)が山岡邸に侵入、山岡を短刀で襲う!
なんとか助かった山岡だったが、山岡はその少年を追及せず、逆に自分の門下生に。
やがて検察の追及は強まり、またこの機に乗じて関西の大物ヤクザ(曾我廼家明蝶)が
関東進出を狙っていた。
日本の黒幕(フィクサー)、彼はこの危機にどう立ち向かうのか!


実は好きな作品だと何を書いていいか分からなくなる。映画の偉大さの前に自分の文章力
の限界を感じてしまう瞬間だ。この映画もそんな映画。

70年代東映の大型映画「日本の首領(ドン)」につづくオールスター映画。
今回は日本の政治を影で動かすこともできる大物右翼が中心人物。
引き続き、佐分利信がその大物を演じる。

そして彼を取り巻く人間たち。
何といっても物語の中核となるのは少年テロリスト。
名前もわからず、山岡邸にたどり着くまで、どこでどんな暮らしをしていたのか
まったく説明がない。服装にしたって彼の私服は学生服ズボンにワイシャツという
没個性なのだ。(足が悪いという設定は実はちょっとあざとい気がするのだが)
狂気的な殺気だけでない、刹那的な、死に急ぐ印象さえ与える美少年(実に美しい)を
新人・狩場勉が演じる。
この映画、従来の東映やくざ映画とはちょっと異色な感じがあるのだが、それは
やはりこの少年テロリストの存在だろう。
山岡邸に侵入する前に関西やくざ(小林稔侍)に見せた笑顔、そしてラストに見せる
血まみれの笑顔は実に美しい。
ラストの笑顔の恍惚とした表情などはこちらはあこがれの感情を持って見てしまう。
私がこの映画を愛してしまうのはやはりこの少年テロリストの存在だろう。
少年という純な思いつめやすい存在と、山岡、平山といった汚れきった存在。
少年の一途な感情と汚れきった男たちを対比させることにより新たなドラマが生じる。

また山岡の書生兼ボディガードの今泉岳男(田村正和)。
こちらも中性的な美しさで、汚れた男たちの中で存在を放つ。
そして忘れられないのが、末端右翼の沢井(尾藤イサオ)。
今は山岡配下の右翼団体の末端メンバーだが、情報提供役として関西やくざに使われ
終始おびえきった表情。
「一杯のカレーライス欲しさに街宣の手伝いをした」というのが右翼団体に加入した理由。
強い信念があるわけでなく、なんとなく右翼運動に携わり、自身の運命が左右される。
最後に見せる意図せずに起こったこの二人の殺し合いは「滅びの美学」といったものすら
感じさせる。

そうなのだ。
この映画は「滅びの美学」に彩られている。
上記の3人が特にそうなのだ。死ぬこと、失敗することは分かっていながら、あえて
自分の考えに基づきながら、立ち向かっていく。
そこには成功への打算がないだけにひたすら美しく感じる。

その美しさがこの映画の魅力なのだ。

そして従来の東映映画にあるようなヤクザ、検察、敵対陣営との駆け引きの面白さもある。
特に検察からも関西からも狙われる山岡配下を田中邦衛が(ややコミカルにさえ見えるが)演じる。
戦闘隊長に中尾彬。後半の関西やくざ森島(成田三樹夫)の前での殺しなど、迫力満点。
また岳男と愛し合うようになる山岡の娘に松尾嘉代。
岳男の出生の秘密に驚きながら、山岡の周りの人間としては唯一山岡に反旗をひるがえす。
ラストの一光に殺人を教唆するシーンなど、(彼女の予想の違った展開になったとは言え)
その迫力は見ているこちらにも迫るものがある。

関西やくざの大物・小河内を曾我廼家明蝶、その配下の森島を成田三樹夫。
従来の東映らしさを保ちつつ、曾我廼家の存在が新しいスパイスとなっている。
(そうなのだ。この映画は従来の東映らしい俳優、鶴田浩二、高倉健、菅原文太、松方弘樹、
千葉真一などが出演していない。そのあたりも従来の東映映画とは一味違ったテイストに
なっている)
成田三樹夫など田中邦衛の死を前にして中尾彬に「ほうほう、今度はわてをこれ(手刀で自分の首を切る)
でっか。関東の男は怖いわ〜」と捨てセリフを言うあたりはおみごと!

権力闘争の映画でもあり、滅びの美学でもあり、多様な人間模様のドラマでもあるこの映画。
そういった人間模様の素晴らしさが私を惹きつけてやまないのだろう。
他の人にとってはそうでもないかも知れないが(私にとっては)一生忘れられない映画の一つ。