日時 2015年3月30日
場所 DVD
監督 坂本礼
製作 2001年
千尋(笹原りな)はフラメンコを習う女子高生。同じ教室に通うマコトに告白するも「俺は今つきあうとかそういうの興味ない」とあっさり降られてしまう。
親友の京子から最近近くのビルから飛び降り自殺したまいこという女の子の話を聞く。京子の友達のトモコがまいことメル友で、まいこは「汚いものに汚されたくない。このまま死んでしまいたい」とメールで漏らしていたという。
そんな時、千尋は出会い系サイトで「自殺したまいこについて知りたい。何か知っている人がいたら連絡ください」という真(川瀬陽太)の書き込みを見つける。
自分の好きなマコトと同じ名前の真に興味を持った千尋に会ってみようかと思う。
渋谷のプロントの前で千尋は真を見つけたが直前になって会うのが怖くなりその場を去る。しかし自分を降ったマコトが他の女子高生と会っているのを見てショックを受ける。
彼女は今度こそ真に会うのだが。
ポレポレ東中野で先日坂本監督の「乃梨子の場合」を見たときに劇場で坂本監督の過去のピンク映画のDVDを特価1000円で販売していたのでつい買った。6本反美されていたが、以前観て好きな「いくつになってもやりたい不倫(背徳におぼれて)」とこの映画を買った。
タイトルが何やらインパクトがあったので。(他には「誰とでもする男、誰とでも寝る女」「ながされて 淫情」「ふ・た・ま・た」と「セックスフレンド〜発情〜」が売っていた)
脚本は「白日夢」の井土紀州。
でももともとのフォーマットはピンク映画なのだが、これを劇場で観たらつらいかも?私の中のイメージではオークラは王道の娯楽ピンク映画路線、国映は作家性の強い作品、というイメージが強いのだが、まさにそのまんま。
エロなんか全くと言っていいほどない。
女子高生が連鎖自殺していくなんてホラー映画みたいで、川瀬陽太がその謎を追っていく役なのかと思ったらそんなことはない。
川瀬陽太は昔中学の教師で教え子と将来結婚の約束までしたのに自殺された過去を持つ。その自殺した子がまいこなのかと思ったら(だからまいこの自殺の原因を追っている)そんなことはない。単なる自殺する女子高生の心理を知りたかったという訳。
千尋は自分をフったマコト(だと思う)が他の女とキスしてるのを見てショックを受ける。心の寂しさを埋めるために真と会い、渋谷のホテルに行くが元教師の真は「やっぱり出来ない」とホテルを出てしまう。
その後、今度は京子が自殺する。やがて千尋も厭世的になって真に「きれいなままでいたい」という内容のメールを送って自殺を試みる。
この自殺のシーンが死んだ京子やまいこ、その他5、6人のおそらく自殺した女子高生たちが登場し、みんなでビルの屋上の柵の外に出ていくシーンは迫力あり。
このシーンだけでもこの映画は1000円の価値がある。
結局真が自殺しようとした千尋を抱きとめ自殺を止める。
二人はホテルで結ばれる、というエンディング。
この映画が製作されたのは2000年12月。
冒頭のまいこの「ハルマゲドンこなかったね」という台詞から映画は始まる。今となってはノストラダムスの大予言も懐かしい。
そして今では死語(という訳ではないが)みたいなメル友。この頃は携帯メールが始まったばかりで、出会い系サイトなどで知り合った会ったことのない人とメールだけのやりとりをする「メル友」が流行ったころだ。
(今じゃLINEだけど、おそらく10年経ったらLINEもツイッターも存在しないかも知れない)
そして撮影されたのが2000年年末。
今とはちょっと違う渋谷の風景が懐かしい。CDのHMVもあった。
東急東横店の壁には「21世紀まであと4日」などと表示される。
そしてラストで新世紀を迎える2000年大晦日の渋谷駅前の様子が登場する。そして21世紀最初の日の出も。
まるで今となってはタイムカプセルのような映画である。
撮影されてよかった映画だと思う。
日時 2015年3月29日16:00〜
場所 ユナイテッドシネマとしまえん・スクリーン2
監督 羽住英一郎
月を7割破壊して来年には地球破壊を宣言してるタコ型宇宙人。この宇宙人を殺すため、日本政府と宇宙人は契約を交わし、椚ヶ丘中学の落ちこぼれを集めた3年E組の担任を引き受けた代わりに生徒たちだけに自分の暗殺を許可した。
集まった生徒は潮田渚(山田涼介)や茅野カエデ(山本舞香)たち。先生は特殊BB弾に弱いのだが、マッハ20で動くことが出来るのでBB弾を普通に撃っても当たりっこない。生徒に宇宙人は「殺せんせー」と名付けられる。
問題児として停学中だった赤羽(菅田将暉)も復帰してあの手この手で立ち向かうが一向に歯が立たない。
防衛省も人工知能型生徒や先生と同じく触手を持つ堀部イトナ(加藤清史郎)、そして先生として鷹岡(高嶋政伸)が次々と送り込まれる。
果たして生徒たちは先生を殺せるのか?
フジテレビ製作映画。監督は(映画を観るまで知らなかったが)「海猿」の羽住英一郎。
ネット情報でラストが話が終わらないと聞いていたので、特に意外感はなかった。書いちゃうけど生徒たちは先生を殺せずに終わり、2学期が始まった所で「to be continued」となる。
完全に連ドラの初回2時間スペシャルのノリ。
原作コミックが完結していないのか、完全に続きがある感じ。だから伏線だけは張り巡らされている。
先生はなぜ中学の先生を引き受けたのか、イトナはなぜ触手を持っているのか、イトナの言う「先生とは兄弟」とはどういうことなのか、そもそも日本政府の真の目的とは何なのか?
すべては謎のまま上映時間は終了する。
しかし分からないのは3部作、とか前編後編とかいっさい発表がない。興行成績の結果を観てから続きの製作が決定されるのだろうか?そのとき主要キャストが他の仕事とバッティングして出られないとかならないのだろうか?
それとも未発表なだけで続きは作られているのだろうか?
「ルパン三世は銭形に絶対に捕まらない」とことは分かっているから「殺せんせー」と生徒の決着がつかなくてもよいのかも知れない。
映画を観てる途中、そう思って自分を納得させてきた。
しかし最後まで観終わって思わせぶりな回想シーンが挿入されて(去年までいたけど今年からいなくなった先生のカットなど)明らかに連ドラの第1回の脚本の作りになっている。
それはちょっとないんじゃないかなあ。
殺せないなりに完結してもらわないと。
今回映画を観に行った大きな動機は山田涼介。
正直ドラマを引っ張るほど前に出るタイプのキャラクターではないので、ラストになるまでいまいち活躍がない。
地味なタイプの子の成長物語なのかも知れないが、となるとさっきも書いたように成長していった続きが必要になる。
そうそうオークラ映画の「真夜中きみは牙をむく」の三河悠冴が生徒役で出ていたのには驚いた。
大きい仕事が出来てよかったですね。
日時 2015年3月29日12:00〜
場所 ユナイテッド・シネマとしまえん・スクリーン9
監督 モルテン・ティルドゥム
1951年、イギリス・マンチェスター。数学者アラン・チューリングのアパートが盗難にあったと近所から通報があった。警察が向かったがアランは何も盗られていないと言う。不信に思った地元警察の刑事はアランを内定するが、軍歴があるにも関わらずその内容は完全な極秘だ・
1939年、イギリスはドイツと開戦。大西洋やイギリス本土の空襲でイギリスは苦しむ。ドイツの通信はエニグマという機械を通し暗号化されてしまう。
そのドイツの暗号を説くべく数学者やチェスの名人などが選別される。アランもその一人だった。
しかし天才のアランにはチームのメンバーと方針が違い、彼は独自にエニグマの暗号を説く機械の開発に挑む。
1920年代後半、アランは学生だったが他の学生とは折り合いが悪くイジメの対象になっていた。そんな彼の唯一の理解者は同じく数学の出来るクリストファーだった。
今年のアカデミー賞レースで話題になった本作。アカデミー賞を取ったからといってその映画を見るほど賞には関心のない私だが、「エニグマ解読の話」となれば俄然興味が沸いてくる。
この映画を観ていて意外だったのは単なるエニグマの解読秘話、サスペンスかと思ったらそれだけではなく、アランがゲイだった、という展開なのだ。
断っておくがこの映画は実話を元にしている。
なかなか理解されない天才としての孤独、そしてゲイとしての孤独という二重の生き辛さを味わっているアラン。
チームワークと規律、命令系統を重視するこのプロジェクトの責任者、デニストン中佐からは疎まれる。しかしMI6側の担当者の協力を得て、チームをアランの望むように改変することに成功。
うん、世の中数学だけが出来てもだめなんだよな。
そして実はそういう展開になるとは思ってもいなかったので驚いたのだが、アランはゲイだったのだ。
さらに驚いたのはイギリスでは当時ゲイは法律違反だったのだな。しかもその法律が無くなったのは1967年(!)エンディングの文章でそれは説明された。
映画の後半、エニグマは解読されたが、解読したことは逆に極秘とされ、ごく一部の情報だけが戦争に生かされることになる。すべて解読されたことがドイツに解るときっと彼らはエニグマの改良機を作り、また解読できなくなってしまうからだ。
また学生時代も好きだったクリストファーには告白も出来ずに彼は結核で亡くなる。
暗号解読とかゲイであるとか彼の人生には常に秘密にすることがつきまとう。
そしてアランが作った機械が今のコンピュータの基礎になってるらしい。
いろいろ勉強になった。
そんな感じ。
日時 2015年3月28日21:00〜
場所 ポレポレ東中野
監督 坂本礼
乃梨子(西山真来)は幼い娘を育てながらスーパーでバイトをする主婦。夫・響一(川瀬陽太)は刑事。しかし実は警察は1年前に辞めていた。ある日、響一から「実は1年前に警察辞めた。退職金も無くなってきた」と告げられる。
その頃バイト先のスーパーに出入りする佃煮業者の戸高(吉岡睦雄)からデートの誘いを受けていた。乃梨子はその誘いを受ける。二人でホテルに行った後、帰りの車で「また会おうよ。でも今度はお金くれる?1回2万円でいいよ」。戸高は「5万円払う。だから他の男とは会わないでくれ」
戸高と乃梨子はその後数回会った。やがて乃梨子は妊娠した。響一はその子が自分の子ではなくても生むことを承知してくれたが。
新生国映の「1BR」に続く第2作。
監督は坂本礼。
吉岡睦雄、川瀬陽太という男優陣の共演で国映カラーのキャスティング。主演女優は「へばの」に主演した西山真来。
不倫ドラマで吉岡睦雄との三角関係が描かれる。
この吉岡睦雄が茨城の佃煮工場の息子なのだが、ロケされてる場所が「おんなの河童」で使われた工場と全く同じで微笑ましい。なんか懐かしい感覚になった。
正直話は淡々としていて(坂本作品は数本しか観てないが、考えてみれば淡々とドラマを進めていく作風だなと思う)、やや退屈気味だった。
ところが話は後半一転する。
ずるずると乃梨子と戸高の関係は続いていくが、やがて戸高は見合いをして結婚を考える。一方で乃梨子は妊娠した子供を堕ろす。戸高は見合い相手に乃梨子との関係がばれてしまう。戸高は乃梨子に渡す金を借金していて、その催促が来てのっぴきならなくなる。二人の関係がこじれていき、戸高と乃梨子は部屋でもみ合い、乃梨子は発作的に戸高を殺してしまう。
ここで乃梨子が戸高を殺す展開が起こるとは思っていなかったので、びっくりした。とにかく意外だった。
乃梨子は夫に人を殺したことを打ち明ける。
さすが元刑事、テキパキと指示をして死体を片づけ、血に染まった床の掃除をする。
そして夜になって響一の知ってるやくざがよく死体を埋めている土地に埋める。
帰り道、ホテルで一休みする二人。
鏡で自分の顔を見て「人殺しだ」とつぶやく乃梨子。
翌朝目覚めたシーンでメインタイトル「乃梨子の場合」と出る。
「えっ今タイトル?」と思ったらクレジットも出たので「ここで終わり?」とちょっと意外だった。
クレジット後にまだ映画が続いたが、それは乃梨子が歯を磨くシーンがすこしあるだけ。
特別な盛り上がりというかクライマックスがないのでちょっとこちらのテンションが上がりづらいが、それにしても高校生の頃万引きをして捕まって母親は男と出ていき父親はある中、結婚したが夫は仕事を辞めてしまう、不倫をすれば相手を殺してしまう。
なんだかどこか歯車が狂ったような乃梨子。
一つ一つを見れば他にもありそうだが、それが続いてしまう。
まさに「乃梨子の場合」とも言える人生である。
ちょっともう1回観てみたい。
そうすればもっと気に入りそうな気がする映画だった。
日時 2015年3月23日21:00〜
場所 K's Cinema
監督 竹内道宏
2011年、東京にパンデミックが起こり人々は住めなくなった。その後地球に現れた木星人の力を借りて、大阪の近くに東京を模した街、関西新東京市を作って移住していた。
しかしやってきた木星人は一部の人間を木星に連れていった。彼らがどうなったかは地球にいる我々には解らない。
そんな2035年。イツ子(茉里〜いずこねこ)は高校に通いながらインターネットの動画配信で父親(いまおかしんじ)の作った曲を歌っていた。
食べ物はなくなり猫もいなくなったため、余った猫缶をみんな食べていた。
そんな頃、入ったら死んでしまうという旧東京地区に少女が現れたというニュースが入る。その少女はイツ子にそっくりだった。
また地球はあと10年後に隕石の衝突で人類は滅亡すると言われていた。しかし隕石の衝突が早くなり、あと10日になってしまう。
イツ子はその日もネットで歌を配信し続けた。病気で口が利けなかった父親は、やっと一言話すのだが。
SPOTTED PRODUCTION製作配給。SPOTTEDらしい音楽映画だ。
そもそも「いずこねこ」というインディーズアイドルグループがいて、その映画だったのだが製作前に活動を終了させたが、その後で映画だけは撮ったという裏事情があるらしい。
そもそもインディーズアイドルなんて興味もないし、知識もない。アイドルっていうのは山口百恵とか松田聖子とかをはじめとして、テレビで人気があって全国的な知名度を誇る人のことをいうのだと思っているので、「インディーズアイドル」とか「地下アイドル」と呼ばれる存在は、私の中ではアイドルの定義から外れている。
しかも低予算の自主映画みたいなものだから、正直観るに耐えない。こういった世界規模の終末話なのにそのスケール感がさっぱりである。
まるで「桐島、部活やめるってよ」の前田君が撮っていた映画のレベル。
イツ子のほかにインディーズアイドルたちがクラスメートでたくさん登場。クレジットでちゃんと紹介されていたから、そういう存在なのだろう。
いまおかしんじ監督が役者で出演してなかったら観ることもなかった映画。
せりふは最後に一言あるが、出演はその前に多い。
めがねは外し、ずっとマスクをした姿で登場。父親は作曲も出来る人なのでいまおか監督がギターを持っているシーンあり。
まあでも知らないアイドルの安っぽいSF映画なので、「いずこねこ」のファン以外にはなかなか楽しめる要素が少ない映画のように思う。
たぶん来週には内容忘れてるな。
日時 2015年3月21日17:45〜
場所 神保町シアター
監督 小沢茂弘
製作 昭和35年(1960年)
馬場きみ子(中原ひとみ)は父の会社の若き専務、清島(中山昭二)と将来結婚を考えていたが、父は病気で倒れており、そのことを二人とも言い出せないでいた。
ある夜、二人で食事の帰りに車は暴漢によって襲われきみ子な何者かに誘拐されてしまう。警察は非常配備をしたが警戒中の刑事と警官を射殺した。
大沢警部(山形勲)以下警察も必死の捜査にあたる。きみ子が乗っていった車が発見されたが、そこには偽のナンバーが張り付けられていた。
それを知った探偵多羅尾伴内(片岡千恵蔵)は独自に調査を開始。片目の運転手に化け偽ナンバーを作ったと思われる前科もの(東野英治郎)を訪ねる。しかし作った職人を訪ねると死体があるだけだった。もう一度男を訪ねた多羅尾だが、そこに数字とアルファベットの羅列したメモが残されていた。
果たして事件の真相は?きみ子の運命はいかに!
多羅尾伴内シリーズ最終作。監督は当初の松田定次から小沢茂弘に変わっている。
2011年6月の同じく神保町シアターでその前の作品「十三の魔王」を観ている。この「七つの顔の男だぜ」も高校生の頃にテレビの深夜放送でみた覚えがあるが細かいことは全く覚えていない。(タイトルバックが夜景の空撮でそこに赤字でメインタイトル、クレジットタイトルがでたことだけ覚えていた)
とにかく千恵蔵の変装を観てるだけで楽しい。今リメイクしてほしいとは全く思わないけど観てる間中、顔がほころびっぱなしである。その「多羅尾伴内」に対しての想いは「十三の魔王」の時に書いた。
で、今回のこの映画、話がちょっとおかしいのである。
東野の部屋にあったメモ「13、23、No2、L3・・・」とか言うのを多羅尾は「13日23時、横浜の第二埠頭」と解釈し、第二埠頭に出かける。そこで知り合った怪しげな女に「これを売りたいんだ」と拳銃をだし、「ニューモナコ」というキャバレーを紹介してもらう。
そこでなんと実行犯の稲葉義男などがいるので観客にはここが犯人のアジトと解る。
でも結局例のメモは「13日23時、2階の左から3番目の席」と解釈が変わってニューモナコの2階の左から3番目に座っていた美人に注目する。
実はそれは馬場社長の再婚した美人妻だった、という展開。
なんとなく観てるとだまされるが、そもそも「ニューモナコ」に行ったのは第2埠頭と思ったからだろ?それが何で急に2階の左から3番目になるんだよ!など突っ込むのは野暮なのだろう。
なんだかんだとあって多羅尾の七変化も楽しんで犯人は進藤英太郎で実は中山昭二も悪い一味だったという展開。
この頃の中原ひとみは実に美人で以前も何かの映画でこのころの中原ひとみを観たときに「きれいだなあ」と思ったので、早く彼女がでてこないかとすこしイライラした。
出てきたのは最後の進藤英太郎の家でなんですけどね。
そして多羅尾は(せむし男なんだが)進藤英太郎の吹き抜けの応接間の階段で「正義と真実の使徒、藤村大造だ!」と正体を明かす。この階段の前で変装をさっと解くのが見せ場である。
ラストシーンは中原ひとみなどに「藤村さ〜ん」と追いかけられると「ああ一粒の麦がどうしたこうした」という詩を残して去っていく。
いいねえ〜
連続上映かもしくはDVD化を熱望する。
でもやっぱり無理かなあ。
日時 2015年3月21日13:45〜
場所 新宿ピカデリー・シアター3
監督 廣木隆一
高校一のモテ男、一ノ瀬蓮(福士蒼汰)に1年の春休みに告白した木下仁菜子(有村架純)。しかし「俺、付き合ってる人がいるから」とあっさりフられてしまう。仁菜子は中学時代からの友人・是永に告白されるが彼女には全くその気がない。しかし蓮の彼女というのが是永の姉だと教えてもらう。
2年になって連と同じクラスになった仁菜子。同じくクラスが一緒になった安堂拓海(山田裕貴)「フられたのに友達として仲良くしてるなんて信じられない」と言われる。実は拓海は仁菜子を好きになっていた。
クラスの新学年パーティの買い出しなどで3人そして連の彼女・麻由香との複雑な関係も進展していく。
麻由香は両親の離婚再婚で悩んでおり、蓮はそれを支えようと必死だったが、連日のバイトで疲れて駅で倒れてしまう。
仁菜子の想いを感じた麻由香は「もう大丈夫だから」と蓮に別れを切り出す。そんな時、中学時代に蓮や拓海と関係のあった杉本真央が転校してくる。
福士蒼汰主演である。最近は一時の難病もの、どちらかが死ぬ映画もなりを潜めたが、盛り上がってるのが少女マンガ原作もの。
若手イケメン俳優は続々と出演しているが、福士蒼汰はこのジャンルでは「好きっていいなよ」に続いて2本目。
高校生が演じられる期間は短いですからね。頑張ってください。
前回の「好きっていいなよ」は「これは初めましてのキス、これはよろしくのキス」とか言いながら映画が始まって30分でキスしまくりのモテ男だったが、今回はキスは一切なし。また(たとえ友人でも)セックスはなし。
うん、純愛で高校生らしくてよろしい、とおじさんは安心する。
蓮の彼女は雑誌のモデルをしてる。雑誌モデルと付き合うイケメン高校生なんて実際にはいなさそうだが、少女マンガっぽい設定だなあ。別にいけなくはないけど。
彼女が両親の離婚再婚で心を痛めており、蓮は「俺がそばについて守る」と言う。かっこいいねえ。
でも収入のない高校生でどうやって守るんだよ!などと文句を付けてはいけない。
それはおじさんのひがみというものである。
(それにしてもモデルの彼女と蓮はセックスしてるのか?と下世話なことが気になった。何にもないってことはないだろう、へへへ。といやらしい妄想が映画を観てる最中消えなかった。いけないいけない)
だいたいこういう映画ってパターンというかお約束事があるのが解ってきた。
クラス替え、花火大会、修学旅行(もしくは遠足)、学園祭、元カノ、主人公の男の一見ちゃらそうだが実は一途な友人、年上の強敵などなど。こういった要素をテキトーにちりばめれば器用な脚本家ならすぐに一本書けそうな気がしてきた。
今回ははやりの「壁ドン!」のほかに、泥道を転んで服が泥だらけになった仁菜子のために蓮が自分のパーカーを着せて後ろから袖をまくってあげるシーンがある。ここキュンキュンシーンですねえ。
背の高い福士蒼汰だからこそ画になります。
ラストは相鉄線のどっかの駅で仁菜子が蓮に再度告白する。
ここ、文化祭を途中で帰った蓮を仁菜子が駅まで追いかけていく、蓮は電車に乗ってしまう、仁菜子がホームに着くと電車は行ってしまっている、ああ残念!と思ったところで蓮登場!
この蓮登場は大方予想がつく。でなんで電車に乗らなかったのかの説明はなし。でもなくてもいいか。ここで電車に乗って行ってしまったら話にならん。観客は期待しない。
とにかく福士蒼汰のイケメンぶりと有村架純のかわいらしさを楽しむ映画。話なんかテキトーでも私は満足した。
日時 2015年3月15日17:45〜
場所 神保町シアター
監督 深作欣二
製作 1968年(昭和43年)
明智小五郎(木村功)は知人(丹波哲郎)から宝石商の岩瀬(宇佐見淳)を紹介される。岩瀬は自分の娘・早苗(松岡きっこ)が誘拐されるという脅迫状を受け取っていた。
相談された明智は早速岩瀬父娘に大阪に行ってもらい、誘拐犯をおびき出そうとした。
岩瀬の常連客の緑川夫人(美輪明宏)は言葉巧みに早苗を誘いだし、誘拐することに成功した。緑川夫人こそが女盗賊・黒蜥蜴の正体だったのだ!
先手を打った明智によって誘拐された早苗は無事に戻ったが、黒蜥蜴はまんまと逃亡を許してしまった。
東京の岩瀬の屋敷では元警視庁の刑事(西村晃)をはじめとするボディガードを多数雇って警戒を続けていた。
そこへ岩瀬が注文したソファセットが届けられたのだが。
江戸川乱歩の原作を三島由紀夫が戯曲化し、舞台版でも演じた美輪明宏で映画化。今回の監督は深作欣二。東映ではなく松竹作品だ。
1963年には井上梅次監督、京マチ子主演で映画化されている。こちらはDVDになっているが、こちらも見てみたい。
とにかく徹頭徹尾美輪明宏である。
彼、というか彼女の妖艶な魅力なしでは本作はあり得ない。
木村功の明智も木村功のような元美少年、というか美中年が美輪と二人並んで演じると妖艶な魅力満載だ。
美輪を写してるだけで画になっているのだ。
そこへ持ってきて乱歩の箱に入った人間、ソファの中に入った人間、途中から登場するせむし男、海の孤島の黒蜥蜴の美術館、そこに並ぶ美男美女の剥製。
耽美、というか乱歩ワールド炸裂だ。
川津祐介が黒蜥蜴の美しさに見入られて奴隷として働く決意をした青年も登場する。
大きいソファの中に早苗を入れて誘拐する黒蜥蜴たち。
それを追う明智。黒蜥蜴たちは船に乗り込み島に向かう。
その島には黒蜥蜴の宝石美術館と美男美女の剥製があるのだが、その中に三島由紀夫がいる。
ここで場内爆笑が起きるかもと思ったが、誰も笑わなかった。私はおかしかったけど。
その肉体美に惚れ込んだ黒蜥蜴は彼を剥製にしたのだ。その剥製に(つまり三島由紀夫に)キスをする美輪明宏。
耽美炸裂である。
ここで川津祐介が裏切って早苗を助け出そうとするのだが、結局失敗。しかし彼の真意は早苗を助けることではなく、黒蜥蜴の剥製になりたかったという倒錯した行為。
で、誘拐されていたのは実は早苗ではなく替え玉だった!という反則なトリックが出てきて、せむし男に登場していた明智も登場。
黒蜥蜴もいよいよ最後とばかりに自決していった、という展開。
話が終わってからもカーテンコールよろしく(クレジットが出るわけでもないのに)黒蜥蜴の活躍シーンが繰り返される。
もうとにかく最初から最後まで美輪明宏。
よほど美輪版の舞台の評判がよかったんでしょうなあ。
美輪明宏の魅力を記録した映画。
日時 2015年3月15日13:20〜
場所 光音座1
監督 小林悟
製作 オーピー映画
銀行員のマサキ(西本健吾)はデパートを出たところを税理士のナライ(沢まどか)に呼び止められる。マサキがハンカチを万引きしたところを目撃されたのだ。
「銀行員なら第2土曜は休みね。土曜日の10時に小田急ハルクの時計の下にいらっしゃい」と言われる。
言われるままにしたマサキだったが、ナライにつれていかれたのは彼の海の見える場所にある温泉付きの別荘だった。
言われるままに温泉に入るマサキ。やがてナライが風呂に入ってきてマサキは犯されてしまう。
別荘は花に囲まれていた。ナライは花がなにより好きで花の香りを嗅ぎながら死んでしまいたいという。
マサキのことを想う女子社員はマサキのことが心配。だがやがてナライとの男同士の関係に入っていく。
小林悟監督作品。小林監督は以前に「ゲイピンクなんかホントはやりたくないんだろうな、とやる気を感じさせない監督」と書いたけど、今回はまだましだった。
主演のナライを演じる沢マドカは80年代のゲイピンクの常連。正直言うけど税理士の役だが、髪型とか雰囲気が売れないドサ周りの演歌歌手みたいでいただけない。
この沢マドカという役者さん、MADOKAとか沢まどかと時々表記が変わるが、ネットで検索をかけてもさっぱり履歴が解らない方だ。
マサキが最初に温泉に入ってのぼせたところでナライが入ってくるのだが、このシーンはスローモーションにしてちょっと幻想的な雰囲気を出す。
続く2回目の温泉では菊の花を湯船に浮かべて男同士が風呂に入るという、シュールなというか、演歌っぽいというか、昭和っぽいというか独特の世界観である。
タイトルからして花心中だもんなあ。
やがてマサキはナライに誘われるままに男同士の世界に浸っていく。
ところがある日ナライの別荘にマサキが行ってみると、すでに来客が3人いて乱交状態になっている。
参加者の一人がマサキをスタッフかなにかと勘違いしたのか「おい、水をもってこい」だの、「セブンスターと食べ物を買ってこい」だの言い出す。
さすがのマサキもぶち切れて包丁を取り出し「おまえ等帰れ!」と言い出す。ところがナライがかばってくれるかと思ったら「あんたお客様に失礼よ」
そりゃマサキもキレるわな。
結局他の客3人は包丁で追い返す。
そしてその包丁で(確か)マサキはナライを刺し殺し自分も死ぬ(確かそういう展開だ)
そして花に囲まれる二人のイメージシーンで「終」
裸の男同士が花で囲まれるシーンなど、今から見ると(いや80年代だってきっと思ったと思うけど)何とも古くさそうなイメージだなと思った。
日時 2015年3月15日14:30〜
場所 光音座1
監督 関根和美
製作 大蔵映画配給
公園。ホームレスたちが酒盛りをしている横でサラリーマンがやってきてベンチに座り込む。でもなんだか様子が辺だ。サラリーマンは自分の傷のある手首をじっと見つめ、やがて自ら手首を咬みきって死んでしまう。
フリーのルポライターの真(中村拓)は雑誌の女編集者から最近愛咬鬼と呼ばれる人を咬む魔物が目撃されているというネタを話す。うちの雑誌にぴったりのネタだから記事を書いてほしいという。
気乗りしない仕事だったが、早速ネット情報に詳しいライターに相談する。
愛咬鬼は男しか襲わないらしいという情報を得て、ハッテン場に張り込む。公園のトイレでやってきたゲイの男から情報を得ようとする。そのとき、怪しい浮浪者が真に近づいてきた。
関根和美=小松公典脚本の関根監督作品。
牙でもって噛みつく男の話だから吸血鬼ものかと思ったらそうでもない。
真はゲイでゲイバーに勤める茂雄という恋人がいる。女編集者との打ち合わせにそのゲイバーを使ったりするのだが、茂雄は編集者にヤキモチを焼く。
真がトイレで出会った浮浪者は元監察医で、不思議な死に方をした死体をいくつも見るうちに愛咬鬼の存在を突き止めようとしてるうちに首になったという男。
前半は話が進んでいたが、このあたりから話がもたつき出す。
結末を書いちゃうと茂雄が実は愛咬鬼で真に近づく男たちから守りたい一心というゆがんだ愛情で男たちを次々と襲っていったという真相。
そして最後には真さえも殺してしまう。
ラスト、茂雄は愛咬鬼に関する原稿を真に変わって仕上げ、女編集者に渡す。
「愛咬鬼は男しか襲わないって話ですが、女性には刃物をもって襲うらしいですよ」と茂雄は言う。女が去った後、彼女に向かって刃物を取り出す茂雄だった・・・というオチ。
とにかく人を咬みまくる映画なので血しぶき満載。
私、血は映画でも得意な方ではないので、その点ちょっと拒否反応を起こしました。
日時 2015年3月14日17:30〜
場所 カメリア・ホール
監督 フロリアン・ガレンベルガー
製作 2009年(平成20年)
1937年11月、南京。ドイツの電気関係のメーカーのシーメンス南京支社長のジョン・ラーベはドイツ本国に帰国を命じられ、まもなく帰国の途に着く予定だった。
しかし日本軍の南京攻略は目前で空襲も始まり出す。シーメンスの敷地も空襲を受けたが、ナチの旗を掲げたところ日本軍はその場所への空襲をやめた。
南京に住む欧米人たちは安全区を作って兵士を入れない代わりに住民が無事に暮らせるようにする。その管理委員会の代表にラーベは推挙される。
10万人しか収容出来ない地域に20万人の中国人が避難してきた。
兵士は捕虜として日本軍に引き渡したが、日本軍は中国兵を処刑する。
ドイツ映画賞を主演男優、作品、美術、衣装の4部門を受賞しバイエルン映画賞も最優秀男優、最優秀作品の2部門受賞作。
この映画賞がどのくらいの価値のある賞なのかさっぱり解らないけど、要は「評価されてる映画」ということは伝わってくる。
ところが「南京大虐殺」を素材にしているため日本での劇場公開はされずに未公開映画となり「南京・史実を守る映画祭実行委員会」というところが中心になって上映を行っている。
この委員会は2011年にも「南京!南京!」の日本上映を開催したところだ。
日本軍はとにかく悪者である。
私も日本人だから、いくら五味川純平の小説によって中国戦線を教えられたとはいえ、日本軍が悪者なのは少々見ていてつらい。
しかし一旦自分が日本人だということを忘れて純粋に映画として見ればなかなかよく出来た娯楽映画。
サスペンス、というかハラハラドキドキのシーン満載なのだ。
まず最初のハラハラは委員長に推挙されたラーベが翌日開かれた会議に来ない。港に行ってみると妻と最終便の船に乗ろうとしている。「ええ!ラーベ裏切ろうとするの?」と思わせて、ラーベは妻だけを船に乗せ自分は残る。
妻だけは逃がしたのだが、直後、船は日本軍によって撃沈される。
安全区には兵士は入れない、ということを条件に日本軍と交渉するわけだが、病院にかつぎ込まれた兵士を中国人医師が手当する。病院長のアメリカ人のウィルソンは「兵士は入れるな!」というものの、中国人医師が「私の息子なんだ」と言われれば認めるしかない。
そこへ日本軍の追っ手(仁科貴)がやってくる。結果は?
安全区の女学校の寄宿舎に住む学生がいる。彼女は安全区の外にいる家族に毎夜食料を届けているのだが、日本軍に見つかってしまう。彼女の弟は日本兵を殺す。彼女は殺した日本兵の軍服を来て弟を連れ安全区に逃げてくるのだが、日本兵に見つかってしまう。
学校の寮に逃げ込んだが、追っ手がやってくる。日本軍は寮を捜索して女学生たちを全員裸にして検査する。
いや女学生たち数十人が全裸で恐怖におびえている姿は「ナチ残酷女収容所」的なムード満載である。
結果は書かないけど。
またラーベの運転手が「車から離れた」というだけの理由で殺される。「代わりの中国人をあげよう」と日本軍将校中島(杉本哲太)に言われ、「ドイツ語が話せるものがいい」とラーベは言う。
「この中にドイツ語の話せるものはいるか?」と言われ、ある中国人が手を挙げる。「ドイツ語で話しかけてみろ」と言われるが果たして彼はドイツ語を話せるか?
実は女学校の先生は「兵士は捕虜として日本に引き渡せばすぐに殺されてしまうから」ということで数百人の兵士をかくまっている。もちろんこれは安全区の存在そのものを脅かすことになる。
ラスト、いよいよその詮索に日本軍が来る。そのとき!といった感じでハラハラドキドキのシーンの連続なのだ。
サスペンス満載で実に飽きさせない。
この映画、問題になっている描写として朝香宮中将(香川照之)の描き方にあるらしい。後の東京裁判でも死刑になった総司令官の松井石根(柄本明)はあまり登場せず、「明日の朝、生きた捕虜は見たくない」と暗に捕虜を殺すことを小瀬少佐(ARATA)に命じるなど、終始朝香宮中将が悪役として登場する。
また香川照之がエキセントリックに演じ、「とにかく悪の権化」に見えるのだ。
さらに映画の最後にテロップで「南京では日本軍による死者は30万人に上ると言われている。しかし日本政府は正式に認めていない」と完全に日本が悪役である。
(もちろん例の「百人斬り競争」のエピソードも出てくる)
映画上映後にこの映画の元になったジョン・ラーベの日記を原本(ドイツで出版された本ではなく、その元となった原日記)を読んで研究した永田喜嗣さんの解説があったが、氏の話では「朝香宮が映画のように直接命じた記録はない」という話。しかし捕虜を殺す命令が「朝香宮の師団からそういう命令が出てきた、という証言がいくつかあるのでそれに基づいての描写なのでしょう」という話だった。
映画なんだからやっぱり映画的悪役を作る必要はあろう。
でもだからといってそれがこの映画の価値を直ちに下げるとは思えない。
そんなこと言ったら「終戦のエンペラー」だって映画的創作は多いよ。
日本人としては見ていて気分のいい映画ではないことは認める。上映前に脚本・監督のフロリアン・ガレルベンガー氏のビデオメッセージがあった。
「日本で公開されることはうれしい。この映画は日本の観客に目が触れて初めて完成と考えています。この映画は日本を糾弾することが目的ではありません。ご不快になることは謝ります。私としては『戦争の問題』として論じてほしいということなのです。日本だけを糾弾するつもりは毛頭ありません」という趣旨だった。
「日本を非難することが目的ではありません」という言葉は3回ぐらい言っていたように思う。
上記のように「映画として」大変おもしろかった。
日本軍の使用する拳銃もちゃんと南部十四年式を使っていたし、そういう点もいい加減さがなく好感を持った。
小さい劇場で2週間でもいいから一般劇場で公開してほしいと思う。
そういえば3月10日に来日したドイツのメルケル首相が「日本も過去の歴史を直視する必要があると思います」という趣旨の発言したが、メルケル首相もこの映画をご覧になったろうか?
今月末にはこの映画のDVDが発売される。会場では先行販売を行っていたが、4000円なのでちと迷ったが、上映委員会へのカンパの意味も込めて衝動買いした。
日時 2015年3月7日20:30〜
場所 アップリンクX(2F)
監督 水井真希
まゆか(加弥乃)は居酒屋のバイトの帰り道、見知らぬ男に車に連れ込まれた。口や目、手も足もガムテープで留められ身動きが出来ない。男の家の近くまで連れて行かれたが何とか元の場所まで送り届けられた。命は助かったが、彼女の味わった恐怖は心に傷を残した。警察に電話したが、やる気を感じられない。
男の反抗はだんだんエスカレートし、次は高校生を彼女の自宅近くで拉致し、車の中で犯した。そしてついにカッターナイフである女性の顔を切りつける凶行に及んでしまう。
水井真希はいまおかしんじ監督の「星の長い一日」井土紀州監督の「マリア狂騒曲」などの主演していた女優。
「彼女は過去にレイプなどされた過去を持つらしい」とは聞いていたし、彼女のツイッターを見ていると痴漢などの性暴力を憎む気持ちが見て取れる。
その彼女の過去の経験に基づいた映画がこれ。
タイトルの「ら」は「拉致」の「ら」にあたる。
70分の映画だが、最初の30分がまゆかが男に拉致されて犯されそうになりつつなんとかはぐらかして相手をなだめてある程度言うことを聞いて最悪の事態にはならないようにする姿が克明に描かれる。
ほとんどが夜の車の中の二人芝居で、(映画的には、あくまで映画としては)観ていて動きが少なくちょっとだれる。
そして次々と男は犯行を重ねていくが、正直主人公が変わってしまうので、話に混乱を感じる。
最初の被害者の女性は映画から離れてしまうのだ。
男が次々と犯行を重ねる姿が描かれていく。
男には一応彼女もいる。モテない男が女に飢えておこなってる訳ではない。てっきり「モテないオタク」がやっているイメージがあったけど、それはやはりマスコミによって作られた虚像なのだろう。
結局第三の犯行の後に男は捕まり、警察からまゆかのもとに連続事件の概要が報告される。
後半、まゆかのイメージの森の中に入ってしまい、ふくろうが登場し、正直解りづらい。
そして後の2件の事件の被害者が登場し、彼女たちがまゆかを「あなたがちゃんとしてくれればこんな事にはならなかった」と責める。
このせりふは驚いた。
人により差はあるのだろうが、被害者によってはそういう風に自責の念にかられてしまうのか。
想像だけでは解らない被害者の感情に驚かされた。
フクロウは「森の番人」として「救いの象徴」かと思っていたが、上映後の監督の舞台挨拶で「知恵の象徴」だったそうだ。レイプされて泣き寝入りすることなく、警察を動かす方法ともあるので、そういった知恵を授けてくれる象徴だそうで。ちょっと解りづらいですが。
またその森の中でまゆかが花を握ってその花が燃えてしまい、「熱い」となるシーンがあるが、その花は「警察」の象徴だそうだ。これは舞台挨拶にたったプロデューサーが「解りにくいですよね」と言ってたけど。
元ジャニーズJrの小場賢が犯人役。
背も180cm以上で高く、顔も小さくかなりのイケメン。さすが元ジャニーズでそこそこ人気のあったJrである。
彼のようなイケメンをキャスティングしたのは監督曰く「私の事件の犯人も普通の感じでいわゆる犯罪者っぽいイメージではなかった。そういう世間の犯罪者っぽいイメージとは違う人を選びたかった」という事でした。
小場賢にはまだまだ活躍してもらいたい気がします。
日時 2015年3月7日15:50〜
場所 新宿ピカデリー・シアター1
監督 成島出
1990年12月25日早朝、うさぎの世話のために藤野涼子(藤野涼子)と野田健一(前田航基)は雪の中で倒れているクラスメートの柏木卓也の死体を発見した。
屋上の金網を乗り越え、自殺したと警察は断定。
柏木の葬儀に他校の中学生が来ているのを藤野は見逃さなかった。
1月の冬休みの最後の日、藤野の元に一通の手紙が届いた。それは「告発状」というタイトルで誰が書いたか解らないような定規で引いたような文字で書かれていた。内容は実は柏木はクラスの不良、大出俊次(清水尋也)によって突き落とされたというものだった。
事件当日、近所で大出を見たものはなくまた告発状を書いた「ボク」がなぜ目撃出来たのかなど不自然な点も多く警察や学校は手紙の内容は嘘と断定した。
実は大出にいじめに遭っていた三宅樹里(石井杏奈)浅井松子(富田望生)によって出されたものだった。
やがてこの手紙はマスコミの知るところとなり、テレビ局が取材をして番組を作った。父兄は大騒ぎとなり全校集会が開かれた。警察は嘘と思われる点を説明、父兄は納得した。しかしそれを知った松子は樹里の家に向かおうとして交通事故に合い死亡した。
そんな時、野田は柏木と小学校で同級生だったという神原和彦(板垣瑞生)と知り合う。彼も事件の真相を知りたくて涼子に裁判を提案する。
宮部みゆきが9年かけて連載した長編小説の映画化。宮部みゆきは「理由」を読んで感銘を受けて好きな作家の一人(と言ってもそれほど読んではいないが)。
文庫本にして6冊の長編小説だが、今回は前後編の2部作。2部作なんて作品の質より「2回やった方がより儲けやすい」というようなそろばん勘定だけでその方法が選ばれることがあるような気がして心配だったが、この映画に関してはこれが正解。
また成島出っていう監督は「だめじゃないけど特によくもない映画を作る人」というイメージだったのでやや不安もあった。
しかし映画を見ていっぺんに引き込まれた。
これほど画面に引き込まれて緊張感をもって映画を観たのは久しぶりだ。先日ピカデリーでは前後編一挙先行上映というイベントがあったけど、行けばよかったな。行かなかったのはたぶん成島監督に不安があって「つまらなかったら5時間近くが耐えられない」という気分だったのだと思う。
とにかく映画の結末まで観ていない状態なので、感想の書きようがない。
いま言えるのは主役の藤野涼子がめちゃくちゃいい。
彼女の凛とした堂々たる主役ぶりがこの映画をものにしている。14歳の映画初出演で今回の役名を芸名にした新人。
クレジット後に後編の予告が出た。
今のところ、柏木は自殺で大出は殺してない、大出にいじめられた樹里の復讐のために自殺事件を利用した、というのが予想される全容だ。でもこれでは済むまい。
裁判をやろうとした神原が実はまだ何か隠してることがあるようだ。
来月の公開が楽しみだ。初日に行きたい。
その前に前編をもう1回復習で観ておかなきゃ。幸いピカデリーの無料鑑賞ポイントもあるし。
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