ワイセツ家族PartU 巨乳嫁の性欲日時 2016年11月27日17:58〜 場所 上野オークラ劇場 監督 池島ゆたか 製作 新東宝 タカシは仕事一筋であまり女性とのつきあいはなかったが、友人に誘われた合コンでさくら(山口玲子)ともう一人の女性と知り合う。 さくらの強引な攻撃に押され、数ヶ月後、タカシは結婚。しかもさくらは祖父・留吉、父・満男、姉と3世代同居するタカシの家に専業主婦として同居。 さくらの毎夜毎夜の夜の営みについていけずタカシはついに勃たなくなってしまう。 我慢できないさくらは祖父の留吉に相談するうちに留吉のものをくわえてしまう。それを姉に責められたさくらは逆に「お姉さん、欲求不満じゃない?」と彼女のおっぱいを吸ってあげて彼女を開発していく。 それが毎日続くと留吉は元気になった。ところが激しくやりすぎて心筋梗塞を起こしてしまう。「いったいどうしたんだ?」と満男に問われ、「あたしたちファックしていたんです」と答える。 仰天する満男だが、やがてさくらとも体を重ねるようになる。 仕事が忙しくて家にも帰らなかったタカシだが、ある日、例の合コンで知り合ったもう一人の女性に再会。実はさくらはインフォマニアでセックスをし続けたい女なのだ。 妻との離婚を決意して家に帰ってタカシはびっくり。 父と祖父とさくらが3Pしている。しかも隣では姉までがバイブを使ってオナニー中。 ああ、さくらを選ばなければよかった!と公開するタカシだった。 ストーリーはこんな感じ。 監督・池島ゆたか=脚本・五代響子の名コンビ作品。 ひたすら明るくやりまくる映画で、お話の方で魅せる映画ではない。 でもとにかくセックスを肯定的にとらえ、ひたすら明るい。 こういった明るさがゲイポルノには足らないなあと思う。 なんかぐちゃぐちゃと登場人物が悩むことが多いんだよね。 ピンク映画は悩んだりするよりこういった明るい映画の方がいいな、と改めて思った。 妻の妹 あぶない挑発日時 2016年11月27日16:58〜 場所 上野オークラ劇場 監督 加藤義一 製作 OP映画 看護師の町子(里見瑤子)は高校時代の恩師が亡くなったと聞いて里帰りする。実は町子の父は町子の結婚に反対で、それが原因で結婚以来父とは疎遠になっていた。 町子が実家に帰ると入れ替わりに町子の妹、文子(あずみ恋)が家出してやってきた。町子の夫の田宮(川瀬陽太)はびっくり。しかも恋人と喧嘩した文子の友人までしばらく世話になるという。 急に若い女の子が二人もやってきてドギマギする田宮。しかもぎっくり腰で動けなくなり、会社もしばらく休むことに。 二人の若い女に囲まれて田宮は妄想ばかりしてしまう。 一方町子もかつてつき合っていた恩師の息子(岡田智宏)に再会する。 「性鬼人間第一号」を観に行って同時上映がこの映画。 自分としては川瀬陽太、岡田智宏、久保田泰也(文子の友人の恋人)、なかみつせいじ(町子の父)の4人の男優陣の競演が楽しい。 といっても4人が一同に会することはなく(川瀬と久保田は一緒のシーンはあるが)、ほぼバラバラの出演。 川瀬陽太がはじけまくって文子やその友人とのセックスを妄想しまくり、とにかく明るい。 その点がおもしろい。 町子も父と仲直りして、かつての同級生とも彼にあきらめさせて田宮の待つ家に帰る。 文子は実は芸能人のオーディションを受けにきたが、何とか合格して(AKBみたいなの新メンバー)メデタシ、メデタシという内容。 性鬼人間第一号〜発情回路〜日時 2016年11月27日15:39〜 場所 上野オークラ劇場 監督 国沢 実 製作 OP映画 4件の強姦連続殺人事件が起こった。同一犯と思われる犯行だったが、最後の事件では死んだはずの被害者が生き返って死体安置所の警備員を襲った。居合わせた「奇怪事件捜査研究所」の真紀(桜木優希音)はゾンビのように蘇った被害者を元素破壊銃で撃ち殺す。 「奇怪事件捜査研究所」とは警察では解決しきれない不思議な事件を解決する組織。真紀を含め所員は4名。被害者から特殊なウイルスが検出され、どうやらこのウイルスは膣感染をするようで犯人に強姦されたことで感染するのだ。 実は真紀にはこのウイルスに心当たりがあった。自分がこの「奇捜研」に来る前に大学の研究所にいたときの恩師・御手洗教授(寺西徹)が開発していたものではないかと思ったのだ。 事件は約1ヶ月おきに発生している。そろそろ事件が起こってもおかしくない。真紀はおとりになることを申し出、奇捜研のメンバーがフォローするのだが。 たしかラピュタ阿佐ヶ谷に行ったときにチラシがおいてあってそれでこの映画を知ったと思う。「性鬼人間第一号」とくれば、映画ファンなら「ガス人間第一号」のオマージュだとぴんとくる。チラシの説明を読むと主人公の名前は真紀。もう絶対に円谷プロの「怪奇大作戦」のオマージュだ。 タイトルは東宝特撮だけど、内容は「怪奇」をはじめとする円谷プロ初期作品のオマージュ。 奇捜研には一番若手の所員がいて、お調子者だが役名は一平。「ウルトラQ」ですね。所長のことは「キャップ」と呼ぶ。「ウルトラマン」ですね。 そして細胞自体を破壊する銃も登場。なんかSRIの装備みたいだなあ。 奇捜研の部屋もSRIの部屋によく似ている。そして所長(キャップ)が警察と連絡をとるときも「町やん、頼むよ」と言ったりしている。 お話の方は御手洗教授は研究が細胞の活性化だったが、それが死んだ細胞を蘇らせる研究、つまり死者を生き返らせる研究になって学会から批判を受け追放されたのだ。 そして田舎の一軒家で研究を重ね、失恋で自殺した女性マヤ(真木今日子)を蘇らせ助手としていたのだ。 ところがこのウイルスには不完全なところがあって、ある薬を飲み続けないと凶暴化してしまう。そして生理の日には薬が効かないのだ。 だから約1ヶ月ごとに事件が起きたのだ。 事件の犯人はマヤだったのだ。 最後はマヤも銃で殺されて事件は解決。 しかし真紀もウイルスに犯されたらしい、というところでエンド。 「怪奇大作戦」のオマージュピンク映画で、そこは観ていて楽しかった。 トラブルマン 笑うと殺すゾ日時 2016年11月26日18:00〜 場所 高円寺pundit 監督 山下賢章 製作 昭和54年(1979年) 岩岩岩岩(「いわいわがんがん」と読む)(河島英五)は働かないで4年間家賃を払わない男だったが、今回コンピューター会社に入社できた。 今回この会社でコンピューターを使った採用で最高点を得点し、晴れて入社したのだ。しかしスーツも着ずに入社式にやってきた岩岩を見て総務部長(大坂志郎)は中井課長(久保新二)のスーツを脱がせてとりあえず着せる。しかし岩岩の傍若無人な行動で入社式は滅茶苦茶に。 どこに配属させるかが問題となり、やり手営業部長、長曽我部(財津一郎)に押しつける。 「とにかく売ってこい」と言われた岩岩は町中で「コンピューター買わない」と言って歩き、ついに魚や(田中邦衛)にたどり着き、彼をノイローゼにさせてしまう。 岩岩はエレベーターで秘書室の江川雅子(多岐川裕美)に一目惚れ。 秘書室に移動させてほしいと願い出る。 今年8月に亡くなった山下賢章監督を追悼しての上映会。 久保新二さんがピンクの「未亡人下宿」シリーズでウケていて、そのファンだった山下賢章監督が「是非出演を!」と言って出演してもらったので、久保新二さんとしては山下賢章監督には感謝していて、久保さんなりの山下監督への追悼として今回の上映会が企画された。 山下監督がピンク映画ファンだとは知らなかった。ゴジラファンでも知ってる人は少ないだろう。 この映画は54年8月公開で当時東宝のドル箱だった百恵友和の「ホワイト・ラブ」(小谷承靖監督)の同時上映作品。 それにしてもどうしてこんな映画が企画されたのか不思議でならない。 河島英五は「酒と泪と男と女」などのヒット曲があったが、演技がうまいわけではなく、喜劇とか得意そうでもなくさっぱり分からない。 まださだまさしなら(やらないけど)軽妙なトークの力を使って喜劇をとるかという発想もありだが。(実際「関白宣言」という映画がこの年54年12月に公開された) おそらくニューミュージックブームで、そのブームをかつての「GSブーム」のように捉えた企画者が「じゃ百恵友和の同時上映は河島英五主演で映画を作ろう。監督は新人の山下で」という感じで企画されたのでは?と疑いたくなる。山下監督に聞いておけばよかった。もっともこの映画は公開当時は私は百恵友和のファンではなかったし、いかにもくだらなそうな喜劇だったのでパスした覚えがある。(まあその判断も無理はないけど)だから山下監督といえば「スペースゴジラ」しか思いつかなかったから仕方ないが。 お話の方はこの岩岩岩岩というのはただ迷惑な男である。 こういった映画の時はどこか主人公が「憎めない奴」でなければならないが、完全にはた迷惑な男でしかなく、笑えない。 特に自分の決められた席に座らずに女子社員の近い席に座り、「こっちがいい」とか言い出すのは(会社人間の私としては)完全に呆れるだけである。 「一見無茶な男に見えるが、彼の言い分にも一理あり、会社人間の我々の方が間違っているのではないか」と思わせるとか「彼も優しいところがあってあるお婆さんを助けたことが大きな商談につながる」というオチがつくとかならまだ分かるのだが、ひたすらわがまま、怠け者、常識外れなだけである。 まあもっとも今書いたようなことはそれまであった東宝喜劇のパターンで、そういうパターンはもう止めようという空気があったのかも知れないし、これを書いてる今思い出したが、当時「ピンクパンサー」シリーズがヒットしていてクルーゾー警部が大人気だった。それをねらったのかも知れない。(もっともクルーゾーはピーター・セラーズという怪優があってのこそなのだが) それでも90分なんとか飽きずに観れたのは周りの役者がよかったからだろう。 前述の久保新二、大坂志郎、小松方正、財津一郎、多々良純などが会社の上司として登場し、岩岩に振り回される男を熱演。(ゲスト出演で大屋政子) もっとも今観ると面白く感じるのは「久しぶりに観て懐かしい」という思いがあるからであり、当時としてはいつも観ているメンツが出てるだけなので、「テレビと同じことをやっている」という否定的な感想しか持たなかったと思う。 途中、「コンピューターのおかげで仕事がなくなった」とか「ゲームのおかげで子供が勉強しなくなった」とかのクレームがくるシーンは現代では現実になってきたけど。 「コンピューター会社でプログラムが選んだ男だから、彼をクビにすることは自らの製品を否定することになる」ということで岩岩をクビには出来ない。 ラストで「あっプログラムが間違ってした!」とか「同姓同名の別人でした!」とかそういうオチがあるかと思ったが、それもなし。 当時の映画界の迷走ぶりを示す映画。 ミュージアム日時 2016年11月25日19:05〜 場所 新宿ピカデリー・シアター5 監督 大友啓史 ある雨の日、犬に喰殺されるという残酷な方法で殺された若い女性の死体が発見された。捜査にあたる刑事の沢村(小栗旬)たち。しかしすぐに第二の犯行が起こった。引きこもりの青年が頬や体の肉がノコギリで切られるという残酷な殺し方だった。第1の事件の現場からは「ドッグフードの刑」、第2の現場からは「母の痛みを知りましょうの刑」と書かれたカードが見つかった。殺された二人には共通点があった。3年前の「少女樹脂詰め殺人事件」の裁判員だったのだ。それを聞いて驚く沢村。実は沢村の妻、遙(尾野真千子)もその裁判員だったのだ。 しかし仕事に夢中なあまり家庭を省みない夫に愛想を使いした遙は2週間前に家を出ていた。そして現在は居場所不明。 裁判員や裁判官が次々と残酷な方法で殺されていき、被害者は5名となった。 家族が事件の対象となったため、捜査から外される沢村。しかしじっとしていられない沢村は独自に捜査を開始。その過程でカエルの面をかぶった犯人(妻夫木聡)と遭遇。後輩刑事(野村周平)も犯人に殺されてしまう。 小栗旬の刑事映画。 予告編で引きこもりの青年でゲームオタクのパラサイト青年を殺すシーンがあり(映画でも殺すシーンをちゃんとここだけなのだが)、てっきり「社会のダニを制裁する」という誤った正義感に動かされた男の話かと思ったら、そうではない。 「死体をアートにする」という完全にイってしまった男が殺人犯。 その段階で期待していた映画ではなくなったので、すこし萎えた。 その殺人犯を演じるのが妻夫木聡。予告が出た段階では出演は伏せられていて、公開前の試写会の段階で発表された。 前半はカエル男の面を被っていて、ずっと顔が見えないままかと思ったら、後半の犯人の家のシーンになってからは素顔をさらす。 しかしその顔は坊主頭で皮膚病で犯されたような(アレルギー性の皮膚炎の設定)風貌で不気味である。 イケメン妻夫木ファンには不満が残るが、役者としてこういう役もやってみたかったのだろう。一応今売れている大友啓史監督であればこそ出来たキャスティングかも知れない。 野村周平が若手刑事なのだが、あまり活躍が少なく、ちょっと残念。 カエル男が太陽の光を浴びるのが苦手なので、そういうアレルギーを持った男ではないかと単独捜査を始める。そして犯人にたどり着くのだが、警察も単独捜査をしている沢村を追う。 沢村は犯人の家にたどり着き、閉じこめられてジグゾーパズルを組立させられたり、テンポがだれる。 それに警察の方も早くたどり着けよ!と後半いらいらさせられっぱなしだった。 沢村は妻から「あなたは刑事としては優秀かも知れないけど夫としては最低」とか「今度の休みはどこかに連れて行く」とか言われるのだが、なんか台詞がチープな気もした。 ラストでは沢村はマイホームパパになり、運動会をホームビデオで撮ったりする。でも子供は今回の犯人と同じく心因性のアレルギー体質にmなってしまったことを示すラストで終わりというオチも(一応)ついていた。 ちょっと後味悪いけどね。 単なる快楽的な猟期的殺人だし、そういえば今年そんな映画がほかにあったな、と思ってたら「秘密」だった。これも大友啓史監督。 大友啓史ってこういう猟期殺人の話が好きなのだなあ。 からっ風野郎日時 2016年11月23日 場所 TSUTAYA宅配レンタルDVD 監督 増村保造 製作 昭和35年(1960年) 2年7ヶ月服役していた朝比奈(三島由紀夫)は仮出所の日を迎えたが、早速殺されかけた。殺し屋は別の囚人を間違えて殺したため、朝比奈は無事だったが、身は危険だ。 そもそも朝比奈が服役していたのは、シマの争いで最近出てきたヤクザの相良(根上淳)を殺そうとしたが失敗、大けがを負わせたからだった。 とりあえず叔父(志村喬)や孤児で朝比奈の父親に育てられた愛川(船越英二)だけは味方だった。 映画館コンパル座の屋根裏を隠れ家とする朝比奈。コンパル座のもぎり嬢の小泉芳江(若尾文子)は朝比奈のことを「実は根は優しい人」と信頼する。 相良は殺し屋の喘息の政(神山繁)を雇った。その頃、相良は開発に失敗した新薬を手に入れ、これを使って製薬会社を恐喝する気でいた。 朝比奈組は今のところ相良に押されている。 叔父貴は朝比奈に「思い切って相良をやってこい。ムショには俺が入る」という。仲間内の法事に相良は来るはずだ。そこで勝負をかけるつもりだったが。 三島由紀夫が主演した増村保造のヤクザ映画。 ヤクザ映画と言っても昭和35年なら東映は任侠ものも現代ヤクザも作っていない。まだまだヤクザは悪役だった時代だ。 脚本は菊島隆三。菊島は関わっていないが、偶然なのか黒澤明の「酔いどれ天使」に出てきたヤクザに朝比奈はちょっと似ている気がする。 映画の冒頭、男が朝比奈に面会したいと言って刑務所にやってくる。 ちょうどバレーボールの試合中だったので、たまたま囚人仲間が面会に行く。すると男が「朝比奈さんだね?」と言って突然拳銃をぶっ放す、という快調な滑り出し。 ここを見ていいスタートだと期待したが、その後はグダグダである。 まず三島由紀夫が役者としてやっぱりよくない。 下手、とも違う気がするが、ともかくせりふが一本調子で魅力がない。 設定では「実は朝比奈は気が小さくて優しい男」ということなのだが、三島も革ジャンを着てそれなりに強面なので、そんな風には見えない。 いっぱしのヤクザである。 ネットを見ると実は石原裕次郎用に書かれて没になったシナリオを三島用に書き直した話だそうだ。 なるほど、裕次郎なら、「実は優しい」男が似合う気がする。 それに冒頭でアクション映画らしい快調さがあったのに、その後はだらだら。法事のシーンで朝比奈が相良を狙い、相良は政を送って対決、となればヤクザ映画、アクション映画として一つの見せ場になったはず。 ところが相良が来ないので帰った朝比奈が、政に踏切で撃たれる展開。 う〜ん、ここは大勢のいる法事の会場でのドンパチの方が盛り上がった気がするのだが。 結局芳江にも子供ができ、叔父貴も死んだし、芳江の兄(川崎敬三)が相良に誘拐されたことをきっかけに朝比奈も足を洗う決意をする。 九州の実家に帰る芳江を見送り、しばらくして落ち着いたら俺も九州に行くと言っていた朝比奈だが、デパートで政に撃たれて死ぬ。 この死ぬシーンが、上りエスカレーターを降りようとしながら絶命していくシーンは(上りエスカレーターを使うというアイデアが)画的にも効果を上げていて、印象的である。 こういう主演で映画に出ること自体が、三島由紀夫が当時いかにマスメディアの寵児であったかを示すよい記録材料。 映画としては特に面白くはないですが。 これが映画スターが演じていたら、また違った出来になった気がする。 忘れられないのは喘息持ちの殺し屋の神山繁。かっこいいですね。 あとワンシーンしか出ないが浜村純の闇医者も場面をさらっていた。 狩人たちの触覚日時 2016年11月23日16:35〜 場所 光音座1 監督 佐藤寿保 製作 ENK SMプレイの果てと思われる連続殺人事件が起こっていた。今は探偵をしている山田(吉本直人)の元に警察から「ゲイのSM連続殺人事件だ。協力してほしい」と言われるが、山田は断る。 そんな時に大学時代のラグビー部の仲間だった石川(伊藤猛)が失踪したと彼の妻(伊藤清美)から相談を受ける。石川は今は精神分析医をしていて、患者の様子をとらえたビデオが残されていた。 ある晩、山田は「読心術が出来る」という吉野(田中要次)という男と知り合う。彼は初対面にも関わらず、山田が元刑事で、補導した少年と関係を持ったことが問題になって警察を辞めたことを言い当てる。 失踪した石川の周辺を探っているうちに彼の妻と吉野が会っていることを突き止める。彼は単に石川の妻から情報を得ていたにすぎなかった。 山田は吉野が連続殺人事件の犯人ではないかと疑ったが、違っていた。 石川と山田は学生時代はSMプレイを楽しむ仲だった。吉野は石川の患者で、彼もまた石川のSMプレイの相手だった。 山田と石川はやがて一度はSMプレイをする。 山田は街で出会った少年に自分を縛ってくれるように頼む。少年も実はMで一度だけ会った男が忘れられないという。山田は吉野の写真を見せるが、違うという。少年は山田の部屋にあった石川の写真を見て「この人だ」という。 佐藤寿保監督のSM猟奇殺人映画。 毎度毎度の猟奇趣味である。はっきり言うけど、寿保さんの猟奇趣味は私は好みではない。 そして録音が悪いのか、劇場の設備の問題なのか、せりふがよく聞き取れず、話がどうも解らず、余計に話に乗れない。(まあそれほど複雑な話でもないのだが) 最後は石川は吉野を殺し、再び石川と会った山田は石川を殺してしまう。 再会した例の少年を今度は山田は殺し、今度は山田が猟奇的連続殺人を犯していく予感を見せて映画は終わる。 寿保監督の映画であまり好きになれないのは、人を殺すのを楽しむんでいるかのような傾向があるのだな。こういうのを観ていると、寿保監督自身が人を殺したくて殺してくて堪らない人物に見えてくる。 初熱 LOVE POTION日時 2016年11月23日15:30〜 場所 光音座1 監督 杉浦昭嘉 製作 OP映画 小劇団「虎組」の主催者で演出家の松岡(深木勝)は行き詰まっていた。 今度の公演の脚本を書いたが自分で読んでも面白くない。後輩の小泉の書いた芝居の方が評判がよかった。 同棲中の恋人のぐっちゃん(石川雄也)に励まされ、新作の脚本を一から書き直す。出来た台本が「彼と彼と彼の秘密」。これが最後の作品だ。正直に書こう、とゲイの物語を書いたのだった。 劇団員を収集したが、1時間遅れて一人来ただけ。聞いてみれば小泉が他の団員を引き連れて新劇団を立ち上げたというのだ。 仕方なく松岡は出演者を募集。3人の応募があったが、素人だったり、元アングラ劇団員だったりで、先行き心配だ。 そんな時、元アイドルで今は彼女のヒモのような生活をしている安田(片岡命)と知り合う。 松岡は安田のファンで、早速出演交渉。とりたたてやることのない安田は承知する。 よく知らない監督だが、杉浦昭嘉監督作品。 話がだらだらとしていてテンポが悪く、どうにも盛り上がらない。 話の山がないのだな。 それにせっかくサラリーマンとか元自衛隊員とか元アングラ劇団員とか集まってるのに、彼らの見せ場がまったくない。 かっこよくなくてもトンチンカンなやりとりとかもっとあってもよかったのでは?せっかく3人もいるのに意味がない。 同様に一人だけ残ってくれた劇団員も同様。なんか写ってるだけで、話では意味がない。 安田とぐっちゃんのラブシーンがあり、「情熱的に好きにやってみろ」と言われてぐっちゃんが思わず安田にディープキスをしてしまう。 それで安田は「気持ちわり〜」と言って現場を離れてしまう。 そして旧知のカメラマン今岡に会って、今岡に「男同士のキスも練習してみたら」と今岡の部屋でキスの練習をする。 今岡はゲイなのかな、と思ったらそうでもないらしい。 松岡は今度の公演が終わったら青森の実家に帰るという。「俺と一緒にリンゴ農園をやらないか?」と誘われるぐっちゃん。 そして練習の最後の日に松岡は「今まで隠してきたが俺とぐっちゃんはゲイで付き合っている。二人の愛し合う姿をみんなに観てもらってゲイへの理解を深めてもらいたい」と言って稽古場で二人がセックスをする。 そして安田も帰ってきて、公演は無事初日を迎える、というところでエンド。 あのねえ、松岡が安田のファンだったというのだし、稽古中も松岡が安田をべた褒めしたりするのだから、ぐっちゃんが嫉妬したりする三角関係とか話が盛り上がりそうな要素があるのだが、まったく生かされていない。 安田がゲイの気持ちが解らない、とちょっと悩んでいたが、実は一番悩んでいたのは杉浦監督自身だったのでは?と思える作品でした。 第一「彼と彼と彼の秘密」ってどういう内容の芝居なのかとても気になった。それはあらすじだけでも出してほしかったな。 インフェルノ日時 2016年11月22日21:20〜 場所 新宿ピカデリー・シアター7 監督 ロン・ハワード 「世界の人口は増え続けている。このまま行けば人類は後100年で人口過剰が原因でさまざまな問題を起こし、死滅する」という訴える大富豪にして生化学者のゾブリストがいた。彼は新しい病原菌を開発した。それを世界に散布すれば人類の半分は死滅する。だが100年後の絶滅は避けられる。しかし彼は追っ手に追われ、自殺した。彼の残した病原菌はどこにあるのか? アメリカの宗教象徴学の権威、ラングドン教授(トム・ハンクス)はイタリアのフィレンツェの病院で頭に怪我をしている状態で目が覚めた。やってきたのは女医のシエナ(フェリシティ・ジョーンズ)。彼女の話では銃で撃たれて病院にかつぎ込まれたという。しかしラングドンはショックで記憶喪失になってこの48時間のことが思い出せない。そこへ女性警察官がやってきてラングドンを撃とうとする。ラングドンはシエナの助けを借りてその場を逃げ出し、とりあえず彼女のアパートへ。 ラングドンは自分の持ち物にポインターがあるのを発見する。壁に投影してみるとダンテの「神曲」地獄篇を基にボッティチェリが描いた「地獄の見取り図」が映し出される。本来なかったアルファベットが描かれているのを見たラングドンたちはそれを手がかりに謎の捜索を始める。 しかし追っ手は迫る。一体誰が何のために自分たちを追いかけるのか?そして自分は一体何を追っていたのか? 「ダ・ヴィンチ・コード」「天使と悪魔」に続く7年ぶりのラングドン教授シリーズだ。今回もヨーロッパの美術品に隠された謎を追ってラングドン教授が活躍する。 本作が面白いのは話のとっかかりだ。通常こういったミステリーでは探偵に依頼人が仕事を頼むところから始まる。アクションシーンから始まって回想で依頼を語られることもあるが、本作は探偵が何を追ってるかさえ判然としない。 とにかく逃げながら自分が追っていたことを探っていく。 そうするとダンテのデスマスクを盗難してることも解る。そして追っ手が3組。一体誰が信用できるのか? そして毎度おなじみのヨーロッパの美術品巡り。 今回は普段は見ることが出来ない建物の屋根裏まで(と言っても撮影は当然セットだろうか)登場。 女医のシエナって信用出来るの?と思っていたらやっぱりの展開。 前2作もそうだったが、見てる間は良質なサスペンスで全く飽きがこない。 でもラストで病原菌の入った袋(?)が見つかってケースに封入するのだが、そのケースが開きそうになったり、水が入ったり、グリーンのLEDの色が変わったりするのだが、ケースの仕組みとか病原菌の入った袋(?)の構造が解らないので、ちょっと危険度が伝わらなくて残念である。 3年に1本ぐらいは新作が観たいこのシリーズ。作られるかな? 今回はいまいちヒットしてないようだけど。 裏切りの街日時 2016年11月20日20:30〜 場所 新宿武蔵野館・シアター1 監督 三浦大輔 フリーターだが今は働いていなくて同居している彼女に毎日2千円もらって生活している菅原裕一(池松荘亮)。彼女に特に不満があるわけでもないが、出会い系サイトで30歳の女性、智子(寺島しのぶ)と知り合う。 彼女も特に夫(平田満)に不満があるわけではない。東中野に住む裕一と吉祥寺に住む智子は中間の荻窪で出会う。 しかし歩きながら話しているうち、やっぱり罪悪感を感じた智子は裕一に電話番号だけを渡して別れた。 再び会う二人。今度も何もなかったが、メールアドレスを交換する二人。3回目。二人はついにホテルへ。そして何度かホテルへ行く二人。 しかし智子は妊娠する。最初は堕ろすつもりだったが、夫に妊娠を知られてしまう。夫は「生んでくれるよね?」という。 つい「はい」と言ってしまう智子。 池松荘亮の新作。といっても当初は劇場公開作品として作られたわけではなく、dTVという携帯電話のドコモがやっている動画配信サービスの番組として発表された。それは(今年の春ぐらいだったかな)ネット配信ではイマイチ観る気がなくて観なかったものの、劇場公開と聞いて観に来た。 当初は11月12日から2週間限定レイトショーの予定だったが、好評のためか19日からは14時の回も出来、1日2回上映だ。 ネット配信番組と聞いていたので、連続ドラマ的な展開とか思ったら、元は三浦自身の舞台劇の映画化だそうだ。 そのせいか、やっぱりせりふが独特だな、と思う。 「あのなんていうか、そのあれじゃないですか」というようは「あれ」「それ」という感じのはっきりしないせりふが多い。 普通はもっと情報のあるせりふを書いてしまうと思うが、「あの」「その」「ですよね?」といった前後の事情で感情やストーリーを進めるせりふが絶妙だ。 またシーンも比較的長く、役者の演技をたっぷりと観ることが出来る。 特に3回目に会ってついにホテルに行く行かないの話をするところの二人の役者の絶妙な間合いは格別だ。 そういった役者の演技が濃密なので、妙に緊張感がある映画である。 また池松の演技も堂々としたもので、最初に出会い系サイトで「会いましょう」となったときに、パンツの上から勃起したモノを少しこするカットなど、刺激的。 話は結局はだらだら続けることが出来ずに、智子も夫にはバレ、裕一も彼女にバレて二人の関係は終わる。 夫も実は浮気をしていた、という展開は「恋の渦」を書いた三浦大輔らしい。さすがに夫の浮気相手が裕一の彼女だったら、ちょっとイヤだなと思ったが、それはなかった。そこまで行くと話が作りすぎてしまって、現実感がなくなってしまう。 裕一と智子の夫が会うシーンなど、緊張感いっぱいだ。 ラストは2年後。 さすがに裕一も就職している。 裕一と智子の夫が会ったとき、「二人の関係は1ヶ月ぐらい」というので、だから裕一の子供ではないと思わせるが、そうではなかったはず。 となれば裕一の子供なのか? 夫はそれを知っていて子供を生ませたのか? 子供の顔はちらっと写りそうになるが、写らない。 果たして裕一の子供なのか、という緊張感をもって映画は終わる。 それにしても不倫するときはゴムつけたらどうだ? その辺が脇が甘い気がするが、不倫ってそんなものなのかな。 ぼくのおじさん日時 2016年11月20日16:10〜 場所 丸の内TOEI2 監督 山下敦弘 春山雪男(大西利空)は小学校の宿題で自分の周りの大人について書いてくるように言われる。父や母では平凡すぎて書くことがない。 そうだ、おじさん(松田龍平)だ。ぼくのおじさんは哲学者で一応大学で非常勤講師で週に1回教えている。でもお金がないしいつも寝坊しているしマンガを買うにも理屈をつけて僕にお金を出させようとする。 そんなある日、母の姉の智子おばさんからハワイでコーヒー農園をしている稲葉エリー(真木よう子)さんを紹介される。一目惚れしたおじさんだが、エリーさんもおじさんに好意を持ってくれたようだ。 エリーさんにまた会いたいおじさんはハワイに行くと決意する。 でも働いてお金を貯めるんではなく、缶コーヒーや缶ビールの応募シールを集めて景品でハワイに行こうというのだ。公園や町で缶拾いをし、大学でも学生にも缶拾いをさせるおじさん。 しかし努力(?)もむなしく、景品ははずれた。 でもぼくのおじさんのことを書いた作文がコンクールで入選した。賞品はハワイ旅行! ぼくとおじさんはハワイへ! 山下監督の新作。11月3日からの公開で、3週目に入ったところだが、なんと前売り券を買ったバルト9では3週目からは朝8時の一回のみの上映。あまり入ってないらしいが、それにしても朝8時はないだろう。せめて10時ぐらいからにしてほしい。 仕方ないので丸の内まで観に行ったが(渋谷でもやってたけど「続・深夜食堂」も観たいので、渋谷だとどうも時間の組み合わせがよくないのだ)、これがパンフレットが売り切れ。もう東映はやる気あるのか!と怒る。(パンフはバルト9で帰りに買ったけど) しかも丸の内TOEI2は隣に丸の内線が走っているので地下鉄の音がする。 場末感でいっぱいだった新橋文化とか銀座シネパトスならともかく、封切館でこれはいやだな。 と映画に関係ない点でまず不機嫌な気分で観た。 不入りだから上映回数が少ないと言うけど、作品は悪くない(完璧とも言わないが)。これが当てられないのは東映の力のなさと思えてくる。 前半のおじさんのだめっぷりが面白い。「寅さん」と比較する人もいるが、それもあながち間違いではないが、寅さんとは違う。寅さんはちゃんと働いている。金がないのは結果である。人間一生懸命働けば金になるというわけではないが、だからといって働かない奴は嫌いである。 その怠け者な点が私なんかはちょっとカチンと来るのだが、それにしても松田龍平のトボケた雰囲気が笑いを誘う。 後半、物語はハワイへと移るのだが、どうも私はこのハワイ篇が長い気がした。 正直、最後にはおじさんがフラレルのは想像がつく。 にも関わらず、どうにもダラダラと話が続く気がして後半くどいな、と思う。 もう少しカットすればよくなった(私が気に入ったというだけだが)ような気がする。 ラスト、雪男の作文を読んだ先生が「今度おじさん紹介して頂戴」という。新たな恋の予感か? それにしてもどうして「ダメ人間」がもてるのだろう? 映画だからか?それともまじめ一筋の男はつまらないのか? 最近ダメ男に女がついていく話をよく見るので、ちょっとそんな気がした。 (この後さらなるダメ男が登場する「裏切りの街」を観るのだが) 続・深夜食堂日時 2016年11月20日11:30〜 場所 丸の内TOEI2 監督 松岡錠司 繁華街の片隅で営む通称・深夜食堂。営業時間は夜の12時から朝7時ぐらいまで。メニューは豚汁定食と酒類だけだが、材料さえあれば何でも作ってるれる。「客が来るかって?それが結構来るんだな」 「焼肉定食」 今日の深夜食堂はたまたま喪服の人ばかり。 そこへ出版社で編集者をしている赤塚範子。彼女は仕事でストレスが溜まると喪服を来て出かけ、最後に深夜食堂で焼肉定食を食べるのが習慣だった。ある日、作家の葬儀で石田(佐藤浩市)という中年男と出会う。 石田とつきあい始める範子だったが、石田は実は香典泥棒で指名手配されている男だった。 「焼うどん」 深夜食堂の近くにあるそば屋の息子・清太(池松荘亮)は店の手伝いをしているものの、母親・聖子(キムラ緑子)からは子供扱いされていた。聖子はある晩、この食堂でさおり(小島聖)という女性と知り合い、意気投合した。清太は聖子に「15歳年上の女性と結婚したい」というが「歳が離れすぎてる」と女性に会う前から大反対。 実は清太はさおりとは前からの知り合いで結婚したいとは彼女のことだったのだ。相手がさおりと知っても「それとこれは別」と大反対。 「豚汁定食」 九州から小川夕起子(渡辺美佐子)が東京にやってきた。食堂の常連客のタクシーの運転手、晴美(片岡礼子)が夕起子を乗せたのだが、話を聞くと「来て来て詐欺」にあったらしい。心配になって交番に連れて行き、顔見知りの警官小暮(オダギリジョー)に相談。 息子に頼まれて金を東京に持ってきたというのだ。深夜食堂で食事をさせる小暮。常連客のみちる(多部未華子)が夕起子をしばらく泊めることに。 しかし話を聞いてみるとどうも変で、夕起子は息子の連絡先も何もわからないと言う。実は彼女は昔息子と夫を捨てて男と駆け落ちしたのだ。 テレビの深夜番組で人気を博し、昨年映画版も公開された「深夜食堂」。 テレビ版も映画前作も観ていないが、今回池松荘亮がゲスト出演するというので観てみた。(しかし丸の内TOEI はよくない劇場である) テレビ版は1話30分だったようだが、映画版は40分ぐらいある。 「寅さん」的な人情噺で、観ていて心がほっこりしてくる。 この作品が人気があるというのはどこかで人々が「こんな食堂あったらいいな」と思っているのだろう。 こういう悩みやグチを聞いてくれるマスター(小林薫)というのは今まではバーのマスターのだったのだが、今回は食堂。 それも高級料理ではなく、普通の定食というのがまたいいのだろう。お酒の苦手な下戸はいるけど、食事が嫌いな人はいない。食べ物の好き嫌いはあっても食が嫌いな人はあまりいない。 こういった話だとマスターがいろいろ首を突っ込んで事件や悩みを解決するのだが、このマスター、ほとんど動かない。事件や問題を解決するのはゲストの出演者である。マスターは相談に乗るだけ。 こういったスーパーヒーロー的マスターが出ないのが、またいい気がする。 そういったヒーロー的マスターはあり得ないので返ってしらけてしまうときがあるからな。 今回、池松荘亮は15歳年上の女性と結婚を考える青年役。 またまた年上の女性とのカップルだ。それほど年上女性が似合う男なのか。ちょっとキャスティングがイージーな気もするが、あの妙な色気を観ると、やっぱり池松を起用したくなるよね。 テレビ版とか映画版もちょっと観たくなった。暇があったら観たい物だ。1話30分なら見やすいし、レンタルもあることだしな。 溺れるナイフ日時 2016年11月18日21:20〜 場所 TOHOシネマズ新宿・スクリーン5 監督 山戸結希 東京で雑誌モデルで活躍していた中学生の望月夏芽(小松菜奈)は父親が自分の実家の旅館を継ぐというので、海の見える田舎町、浮雲町にやってきた。 そこで鳥居のある海岸、そこで泳ぐと神様が怒ると言われている海で泳いでいる長谷川航一朗、コウ(菅田将暉)と出会う。 学校へ行くとコウは同じクラスだった。同級生は男女ともに雑誌モデルの子が転校してきた、と大はしゃぎだが、コウだけは無関心の様子だった。 そんな時、有名な写真家、広能昌吾が夏芽の写真集を撮りたいといってきた。不思議な魅力を放つコウに負けたくない気持ちが先に立った夏芽は写真集の話を受ける。 広能は夏芽の写真を浮雲で撮る。写真集を見せても一見無関心を装ったコウだが、「お前は俺のもんじゃ」とキスをした。 村祭りの日、この町の伝統的な火祭りの取材をしたいと一人の男が夏芽の旅館に泊まった。火祭り当日、その男は夏芽を連れだし、レイプしようとしたのだが、コウが妨害する。しかしコウは男に逆襲され倒れてしまう。 夏芽は駆けつけた仲間によって助けられたが、夏芽を助けられなかったことがきっかけでコウは荒れてしまう。 少女マンガの映画化。 菅田将暉は特に好きな俳優ではなかったが、「ディストラクション・ベイビーズ」「セトウツミ」「デスノート」など観ている映画にはよく出てくる。今年だけで9本の出演作が公開されたそうだ。なかなかの売れっ子ぶりである。観ていた映画は他の出演者(柳楽優弥とか池松荘亮とか)目当てで観ていて菅田将暉を目当てに観に行ったことはなかったが、本作で初めて菅田将暉目当てで観た。(チラシに載っている金髪で物憂げな瞳がかっこよかったのだ) 主人公は夏芽の方で、彼女がコウという不思議な男に出会ったい、振り回されていく。「こんなワルに惚れたら幸せにはなれないよ」などと頭の済みで思っていたが、パンフレットに脚本の井土紀州さんが「ボーイ・ミーツ・ガール」ではなく「ガール・ミーツ・ボーイ」です、と書かれていて、至極納得した。確かに男だって生活感とかより色気に惑わされて惚れることはある。(むしろ多い)。そういう映画があるのだから、女が男の色気に惚れても不思議はあるまい。 また菅田将暉はそれに見合う色気があった。 こういう少女マンガものでは、「ドジでだめだめな私」が主人公だが(「オオカミ少女と黒王子」とか「植物図鑑」とか)、本作はモデルや女優をしている美少女。観客の共感が得にくいのではないかと思ったが、考えてみればコウに見合うだけの魅力がなければだめか。 後半まじめで優しい同級生の大友勝利(重岡大毅)とつきあい始めるが、やっぱりコウに惹かれてしまう。 今年の祭りの日にまた(示談で済ませたはずの)ストーカー・レイプ犯に襲われる。 今度はコウが男から助け、殺して海に沈める(らしい)。 そして夏芽は女優として成功して、と妙にはしょったような展開で、なんか(こちらが疲れた頭で観ていたせいか)はっきりしない展開に感じた。 そうそう見終わってパンフを観たら登場人物に「大友勝利」とか「広能昌吾」とか「松永」と「仁義なき戦い」の人物名がある。よく読んだら他の場所に「原作者が『仁義なき戦い』が好きで登場人物名はここから取った」と書いてあった。 納得。 種まく旅人 夢のつぎ木日時 2016年11月19日11:30〜 場所 新宿武蔵野館・シアター2 監督 佐々部清 岡山市のベッドタウンであり、農業も盛んな赤磐市。市役所で働く片岡彩音(高梨臨)は死んだ兄(池内博之)に意志を継いで桃の栽培も行っていた。 東京の農林水産省の木村治(斎藤工)は理想高く入省したものの、最近は惰性で仕事をする日々だった。そんな時、次官(永島敏行)から「お盆に田舎の大分に帰るなら、途中岡山の赤磐によって桃栽培についてのレポートを出してくれ」と言われる。 特に桃栽培に関心があったわけではない木村だが、赤磐で彩音に出会い、一目惚れする。最初は課長(津田寛治)が案内してくれていたが、木村は案内役に彩音をお願いする。 彩音は最初はやる気があるのかないのか、妙にナンパしてくる態度を取る木村を警戒していた。しかし桃栽培をもっと知りたい、とジャージを着て実際に桃の収穫に取り組む木村の姿に考えを改める。 彩音の夢は兄が新品種として育て始めた「赤磐の夢」という桃を、新品種として農林水産省に認可してもらうことだった。 そしてその通知がやってきた。 斎藤工主演映画。モーニングショーとして新宿武蔵野館では1日1回の上映。だから満席かと思ったら、がらがらである。宣伝がないのか、やっぱり内容が地味だからか。 ご当地映画である。知らなかったが、「種まく旅人」シリーズというのがあって、本作は3作目。日本の農家を舞台にした映画でパンフを読むと、永島敏行などは3作とも同じ役で出たり、本作では斎藤工の兄役で出演した吉沢悠が1作目と同じ役で出たんだそうだ。 ふ〜ん、機会があれば1作目2作目も観てみたい。 ご当地映画だから台詞で赤磐の紹介が行われる。木村は岡山のホテルに泊まっているのだが、ベッドタウンでもあるので通える距離らしい。夜に蛾が桃につくのを防ぐ防蛾灯なども登場し、桃栽培についての理解も深まる。 こういった映画だとクライマックスに祭りがあったりして、そういうラストのイベントごとに向かっていろいろ事件を解決していくのが基本パターンだが、これはそういったことはなし。 だから余計に話が地味になる。 そして登場人物が、みんな挫折した人物だ。 彩音はもともとは女優になりたくて上京したのだが、兄が病気になったとことがきっかけで桃栽培をすることに。兄の妻、つまり彩音の義理の姉は今はレストランを営んでいるが、これも夫に若くて死なれた一種の挫折経験を持つ。彩音の妹もプロのバレーボール選手を目指していたが、これも挫折。木村も「日本の農業従事者が、苦労に見合う収入が得られるようにしたい」という夢を持っていたが、今は惰性で仕事をする日々。 そういった挫折した人物が新たな夢に向かって歩き出すハッピーエンド映画かと思ったらそうでもない。 彩音の夢だった「赤磐の夢」が新種とは認定されないという展開になるのだ。 これが通知が紙一枚という画にならないクライマックス。 しかも「新種認定の拒絶について」という「拒絶」という強烈な言葉が使っている。おそらく役人用語なのだろう。理由が通知文には書いてあるが、拒絶理由が知りたかった。 でも映画としては細かい理由説明より「落ちました」ということで十分なのだろう。 そうやってやる気をなくした彩音だが、木村が町の人々に電話をしてくれて、みんなで彩音の桃の木の手入れをしてくれたりして、その人情にほだされて元気になる、という落とし所。 まあ昔の松竹の「男はつらいよ」の併映作みたいなものである。 でも中途半端な印象も残る。 彩音と木村がいい感じになってきたら、終電を逃した木村が彩音の家に泊まる。そこで妹は「友達とカラオケ」と言って抜け出す。(もちろん嘘)。 でも二人は何もない。(ここで斉藤工の入浴シーンがあって、ファンのためのサービスカットになっている。物足りないけど) で、ラストも彩音と木村はキス寸前まで行くのだが、妹がそれとは知らずじゃましてしまう。 んで、木村が彩音と結婚して桃農家をするラストかと思ったら、木村は霞ヶ関に帰ってしまう。 まあ春には一度仕事で赤磐には来てるけど。 結局、彩音の夢も中途半端、木村と彩音も中途半端、という消化不良感の残るラストだった。 まあ「夢の途中」という言い方も出来るけど、それならそれでもう少し未来を予感させる感じがあっていいと思うし、確かに木村に農水省を辞められてももったいないし、彩音が木村と結婚して東京に来てしまったも困る。 だったら恋愛要素がなければいいと思うし、そう考えると余計なものを詰め込みすぎた気はする。 そこはさすがにベテラン佐々部清だから破綻までは行ってないけど。 ひとみちゃん日時 2016年11月9日22:00〜 場所 ポレポレ東中野 監督 守屋文雄 製作 平成28年(2016年) 「あなたを待っています」の同時上映で、急遽製作された10分の短編。 10月の途中から追加上映された。 ひとみちゃん(山本ロザ)が男と双子の姉を訪ねるが、彼女は出かけている。姉の夫は「パチンコに行って、出だすと帰って来ないから。ごめんね」と言って、出かけていく。 ベランダにあったへそくりの1万円札をひとみちゃんは発見し、そのお金でピザを注文し、男と食べる。 そしてその男となんかそういう気になって、してしまう。 結局、姉には会わずに帰るひとみちゃん。 帰りのバスの中で「昔は仲良かったのよ」とつぶやくのだった。 ひとみの姉は同じく山本ロザ。 一人二役だが、二人が顔を会わせるシーンはなかったと思う。 そういう映画でした。 警視庁物語 深夜便130列車日時 2016年11月6日19:00〜 場所 ラピュタ阿佐ヶ谷 監督 飯塚増一 製作 昭和35年(1960年) 東京の貨物の玄関口、汐留駅で引き取り手のないジュラルミンのトランクがあった。腐敗臭もするので公安官立ち会いの下、開封すると中から下着姿の若い女性の死体が発見された。 荷物の発送元は大阪の天王寺駅。しかも女性が身につけていた下着が大阪のメーカーのものであったことから、関西の行方不明者を洗ったが被害者に該当者はいない。そんな時、梅田駅から今回の事件のトランクと同じトランクを受け取った男がいると通報があった。調べてみると梅田駅からライトバンのタクシーで天王寺駅付近まで運び、そこから近所の子供のリアカーを借り天王寺駅に持ち込んだらしい。 梅田駅に到着したトランクの発送元は東京の隅田川駅だった。隅田川駅で聞き込むとトランクを持ち込んだ男が判明した。男の名は吉村春夫。 また被害者がコンタクトレンズをしていたことから病院をあった所、草間文子らしいと分かった。彼女は化粧品のセールスで頻繁に関西にも出張する。今も出張中だったが、アパートの女性に遺体の顔写真を見せたところ、被害者だと確認された。 刑事たちは吉村を追う。 「警視庁物語」シリーズ12作。 まだ数本しか観ていないからまだまだ楽しめそうである。 今回は大阪にも捜査に向かう刑事たち。 刑事たちは神田隆、堀雄二、花沢徳衛、山本麟一、中山昭二など。今回は南廣は出てこない。また大阪の刑事役で加藤嘉、山茶花究、今井健二らが出演。 遺体の入ったトランクを東京から大阪に、そしてまた大阪から東京に送ってそのままにしたかの説明はなし。導入部の事件の複雑さを感じさせていい導入なのだが、なぜそんなことをしたかは全く忘れ去れている。 まあいい。地味に刑事たちが聞き込み(もちろん空振りも多い)をしながら事件の犯人へと結びつく。 映画の方は同時に建設省の汚職事件も絡んでくる。 吉村の故郷は先日水害でやられたが、治水工事が市や県や国の予算争いの果てに一部手抜き工事があったことが原因らしいのだ。 しかしその点は深く掘り下げない。 吉村は勤めていた工場が倒産した後は草間文子の仕事を手伝っていて、彼女の銀行預金は何者かに引き落とされていた。 吉村の友人から彼には船橋のヘルスセンターで踊り子として働く女が恋人だったらしいと判明。その女は10万円の金を持っていた。問いつめたところ、ある役所の課長からもらったという。 ここでまたまた汚職事件とつながるが、肝心の殺人事件とは結びつかない。 女は博多行きの切符を持っていた。今夜の夜行の急行で吉村と郷里の博多に行く予定だったのだ。女の話では吉村は熱海から乗るという。沼津駅から鉄道公安官が乗り込み、切符の連番の番号から吉村の持っている切符の番号を推定し、検札をする。 しかし吉村は乗っていない。 女が来ないので東京に戻ったと判断、大船駅から花沢徳衛や中山昭二も乗り込む。 果たして吉村は特定出来るか? といった感じで話は進み、東京駅で二人に絞った吉村らしき男を職質、逃げようとしたところを逮捕、というラスト。 刑事の一人が教訓めいたことを言うでなし、犯人が「世の中が悪い」と叫ぶわけでなく、逮捕されてパトカーに乗せられ東京駅を走り去る俯瞰で終わる。 このドライな感覚がいいねえ。 スター刑事が偶然の積み重ねで事件を解決するわけではなく、チームワークで解決する姿は今見ても新鮮である。 面白い。 黄金の弾丸日時 2016年11月6日11:00〜 場所 ラピュタ阿佐ヶ谷 監督 印南弘 製作 昭和2年(1927年) 町には「愛の賊」という義賊がはびこっていた。彼は金持ちから金品を盗み出し、その価値の10分の1の金額を寄付すれば盗んだものを返すという訳だった。 そんな時、鉱山主が殺された。警察に雇われた名探偵イノマタが調査に乗り出す。隣の部屋に住んでいる老人が何も知らないというがちょっと怪しい。 ある金持ちの家に愛の賊が現れた。しかし主人は何も取られていないという。しかしそんなはずはない。イノマタはその家の娘が何かを知ってると問いつめる。イノマタの知り合いの川浪を現場に連れて行くイノマタ。川浪は花瓶の底が二重底になっているのを突き止める。 実は娘が自分の恋人が例の死んだ鉱山主と最後に会っていると知り、その無実を証明する黄金の弾丸を花瓶の底に隠したのだが、それが盗まれたのだ。 愛の賊を探すイノマタ。しかしその正体は川浪だった! 「『映画探偵』の映画たち」の特集での上映。「少年美談 清き心」と2本立て。 本作は彩色版での上映。 今回は活弁、ピアノ演奏付き。やはりサイレント映画は音付きで観た方がいい。上映後に弁士の片岡一郎さんと「映画探偵」の著者、高槻真樹さんのトークイベント付き。 彩色というのは映画の全体に色が付いている状態。カットによっては全体が青だったり、オレンジだったりする。これが白黒より一色でも色が付いているとなんだかカラーっぽい。 しかもシーン毎ではなく、例えば暗い部屋のカットでは青い着色、電気のスイッチを入れるカットでスイッチがONになると全体がオレンジになるという演出も施されている。 彩色の方法についてトークイベントの最後で質問してみたが、ネガからポジに焼いて、そのポジに色を付けるそうだ。 もちろん今日上映されたのは製作当時のプリントではないので、オリジナルのポジの一部を削って染料を推定し、それに近い染料で色づけしているらしい。 映画の方だが、肝心の殺人事件は隣の部屋の老人が隠し窓から撃ったという展開(もっとも殺すカットは冒頭に一瞬だけ写る)。 令嬢は婚約者が犯人ではないかと心配していたのだが、そうではなく、しかもその証拠になる黄金の弾丸が見つかったことで無実が証明される。 何で黄金の弾丸があると無実になるのかは、私が朝早く起きて回っていない頭で見たために聞き逃したのか、もともと説明がなかったのか、とにかく不明。 悪い連中を追いかけるカーチェイスもあり、なかなか豪華。 でもこのカーチェイスのシーン、音楽付きで見ると盛り上がるが(音楽は演奏者が即興でつけているそうだ)、弁士の片岡さんの話ではサイレントで見ると「とても安全運転」だそうだ。 ラストは「愛の賊」が令嬢の元に黄金の弾丸を届け、療養の船旅にでる。 そこへ一通の電報。見るとイノマタからで「また会おう。今度は必ず捕まえる」とある。でも会うことはないだろうな、と川浪が思っていると、そこへイノマタが現れる。 「いや俺も療養で。療養中は仕事を忘れる」と二人は固く握手を交わす、というエンディング。 まあ義賊ですからね。 昭和初期にもハリウッド映画に負けないアクション映画が日本にもあったというわけです。 少年美談 清き心日時 2016年11月6日10:30〜 場所 ラピュタ阿佐ヶ谷 監督 内田吐夢 製作 大正14年(1925年) 主人公の小学校の先生は、登校途中でまじめな生徒の下村君が道で何かを拾って近くの道のはずれに埋めているのを見かける。 学校へ行ってみるとある女生徒が泣いている。理由を聞いてみると昨日、病気の母親の薬を買いに出たが、道で転んでお金を無くしてしまったというのだ。先生は彼女にお金を貸したが、お金を無くした場所が下村君がなにやら埋めていた場所と同じだ。 先生は修身の時間に下村君に自分の行いを改めてくれるといいがと願いを込めて、昔々江戸時代である商人が川を渡ろうとしたが、お金を落としてたのに気づかずに川を渡ってしまい、それを追いかけてお金を届ける任即の話をした。 先生は下村君に「何か隠してることはないか」と問いつめるが「何もありません」としか答えない。 そんな時、お金を落とした女生徒が、「近所の牛乳屋さんがお金を拾って届けてくれました」と連絡に来る。 下村君の疑いは晴れたが、彼は何をしていたのか? 聞いてみると「僕は道に落ちているガラス片など拾って人が通らない所に埋めるようにしているんです。だってガラス片が道に落ちてるとみんな足を怪我したり、自転車がパンクしてしまうでしょう?」 先生は下村君の清き心に打たれるのだった。 話は最後まで全部書きました。 今年のはじめにあった「『映画探偵』の映画たち」特集の続きで上映。 この映画は21分での上映だが、それは毎秒24コマの映写機での上映だから、実際はもう少し長かった。 時代劇のシーンで人足が商人を追いかける所など、追いかけの面白さもあり、単なる終身の教科書のような映画だけでなく、娯楽映画としての面白さも兼ね備えているし、ラストで「実は下村君は立派な行いをしていました」というオチもつけられていて、シナリオも完璧である。 下村君を演じているのは後の水島道太郎だそうだ。古くても立派な映画である。 色道四十八手 たからぶね日時 2016年11月5日21:00〜 場所 ラピュタ阿佐ヶ谷 監督 井川耕一郎 製作 平成26年(2014年) 一夫(岡田智宏)と千春(愛田奈々)は結婚1年目でまだまだ新婚気分。千春は夜の営みの時も「電気を消して」というウブな女で一夫もそこがかわいいと思っていた。 ある日、仲のいいおじさん夫婦、健次(なかみつせいじ)敏子(佐々木麻由子)の家に遊びに行って料理をごちそうになる。「親がいなくて料理をあまり知らない」という千春に、敏子はにんにくの味噌漬けという精がつく料理を教えてあげるが、敏子は千春の爪が長いのがちょっと気になった。 実は千春と健次は千春が結婚する前から関係があり、それは今でも続いていた。敏子は千春に何かあると思い、興信所に調べさせる。 そして健次と千春の関係を知る。そのことを敏子は一夫に話す。二人で健次たちに復讐しようとなり、それは敏子と一夫が二人の目の前でセックスすることだった。 ピンク映画50周年を記念してPGとピンクリンクが制作したピンク映画。 オークラ映画ではなく、ファンに近い立場の人々が作ったことになる。監督はピンク映画の黎明期から活躍している渡辺護に依頼。 日本伝統の春画と四十八手をモチーフに脚本を作るが、準備中に渡辺監督は体調を崩し、脚本家の井川耕一郎が渡辺監督より監督を指名され制作。 今回はラピュタ阿佐ヶ谷でのレイトショーでの渡辺護監督特集の一つで上映。 しかもデジタルではなく35mmフィルム。 制作準備中の2010年代前半はピンク映画もフィルムからデジタルへと移行する時代、もうすでに「最後」の感はある。 独特の質感を感じるし、音も昔ながらのオールアフレコで、そこも昔ながらの音質を感じる。 映画は冒頭、野村貴浩とほたるのコンビが春画の体位をまねている。 春画をみていると「こんなのアクロバットじゃないんだから」と思うのがある(というか多い)けど、やっぱり実際にやると無理である。 「ばか夫婦 春画をまねて 筋ちがい」という川柳もあるそうで、昔から空想の産物なのだろう。 でお話の方だが、結局平和にスワッピング的になり、敏子と一夫はわだかまりを持ちながらも、結局一夫と健次が人間紙相撲をやったりする。 んで、4人でなぜか車に乗っていて運転席に健次、助手席に千春で、一夫と敏子が後ろ。 交通事故を起こして健次と千春は死ぬ。 最後はなんだかまとまりのなくなった感じがしてイマイチだと思う。 この映画、最近のピンク映画のように70分の長さだが、やはりピンク映画は60分ぐらいの長さの方がいいと思う。 有料テレビ放送するときには70分で番組を作ったほうがいいらしいのは分かるけど。 本日は井川監督、なかみつせいじ、岡田智宏、佐々木麻由子、ほたるの舞台挨拶付き。主役の愛田奈々は引退したので参加できないらしい。 ピンクの世界では撮った後に引退して舞台挨拶には主演女優が来ないって多いですね。 地下鉄のザジ日時 2016年11月5日14:00〜 場所 本屋B&B 監督 ルイ・マル 製作 1961年(昭和36年) 10歳のザジ(カトリーヌ・ドモンジョ)は母親とともにパリの街にやってきた。母親は恋人と会うとザジをほっぽらかしてどこかへ行ってしまう。もちろん捨てるようなことはせず、パリに住む弟ガブリエル(フィリップ・ノワレ)に預けた上でのことだが。 ザジのパリでの楽しみは地下鉄に乗ることだった。しかし肝心の地下鉄はストライキ中。ザジは不満で仕方ない。 ガブリエルのアパートに行ったが、ザジはあっさり寝てくれた。ガブリエルはナイトクラブの芸人なのでこれ幸いと仕事へ。 しかしザジは大家さんの目を盗んで外へ出かける。 そしてあるおじさんと出会ってのみの市やレストランに連れて行ってもらう。 翌日、ザジはガブリエルおじさんやその友達でタクシーの運転手のシャルルとエッフェル塔に行く。だがそこでガブリエルおじさんはドイツの女性たちにスターに間違えられて追いかけられる。 逃げるうちに渋滞で止まった車からムーアック未亡人に出会う。そのムーアック未亡人を口説きだしたのが、昨日のおじさん。 タイトルだけは知っていたフランス映画。監督はルイ・マル。 この映画、全く興味はなかったのだが、事情があって下北沢のB&Bでの上映会に参加。ここは映画館でなく、おしゃれな、外国の本屋さんのような内装でほぼ毎日、本の著者などを呼んでトークイベントを開催している。 「&Premium」という雑誌の3周年記念のイベントで、最新号で表紙の写真に使った「地下鉄のザジ」の上映会。 「&Premium」は映画雑誌ではなく、おしゃれな雑貨、ファッションを取り扱うという、いかにも女性向けの雑誌で私には全く縁がない。 表紙は主人公ザジのアップの写真だが、このザジ、決して美少女ではない。 前歯はすきっ歯だし髪型は寝癖のついたワカメちゃんみたい(というか素人が切ったみたいに不揃い)。服装もオレンジ色のセーターにスカート、途中からジーンズというお洒落っけのない出で立ち。 でもフランス映画で観るとどこかチャーミング、っていいたそうな雑誌。そういうオーラが出ている。 でこのザジだが生意気この上なく、私は好きになれないタイプ。 前半に出て来たおじさんを痴漢呼ばわり(たぶん)して、周りを騒動に巻き込んだり、レストランではムール貝の食べ方は汚くておじさんの服を汚すし、私には嫌いなガキである。 そんな感じでこのザジが一騒動を起こすのだが、コミカルに(まるで無声映画時代のコメディのようなスラップスティックな動きをする)描かれる。 私なんかクソガキが勝手放題に暴れているので、不快感を伴うのだが、まあ面白い人には面白いだろう。 作ったルイ・マルたちは特に意識しなかったと思うが、60年代のパリの町並みがおしゃれで、それを観てるだけでも心地よい部分があるのは確か。 特にシトロエンをはじめとしてフランス車が日本のデザインとは全く違うので、私には特におしゃれに感じた。 パリでたくさんロケをしているのだが、エッフェル塔に上るシーンでは行ったことのない私には「上るとああなってるのか」と思わせて、そこだけでも観る価値がある。 こういう機会でもなければ一生観ることのなかった映画で、観て損はなかったと思う。好きか嫌いかは別だけど。 秋の理由日時 2016年11月5日11:00〜 場所 新宿K's cinema 監督 福間健二 宮本守(伊藤洋三郎)は弱小出版社を経営している編集者。村岡正夫(佐野和宏)とは長いつきあいで、彼の代表作の詩集「秋の理由」を編集したのも宮本だった。 ある日、宮本は未来(趣里)と書いてミクと読む若い女性と知り合う。 宮本は知り合いの食堂を紹介し、彼女はそこで働くようになる。 宮本は村岡にまた書いてもらいたがっていたが、村岡は精神的な病気から話せなくなっていて今は筆談しか出来ない。そんな彼を妻の美咲(寺島しのぶ)は献身的に支えていたが、一向に書こうともせずだらだらと日々を過ごす村岡に疲れていた。 そんな周りの空気に押されたのか、村岡は家出をし自殺を試みる。 しかし死にきれなかった。 福間健二監督作品。 以前ユーロスペースでみた「なにもこわいことはない」の監督だと思っていたらそれは違っていて、福間作品は今回初めて観たことになる。 ただし名前だけは知っていた。学生時代に若松孝二作品に主演したことがあったから、それで名前は覚えていたのだろう。前作「あるいは佐々木ユキ」もタイトルだけは聞いたことがある。 どう観ても私が観たいような映画ではないのだが、なぜ観たかというとキャスト欄に「いまおかしんじ」や「正木佐和」の名前があったから。 先に書いておくといまおかさんは食堂の客役でエキストラ出演。ただし隣に瀬々敬久監督が座っているという師弟共演の楽屋オチである。 正木さんは宮本が会社を畳む前に勤めていた社員役。 結論だけいうと滅茶苦茶つまらん。 ただもう60歳を過ぎた男女が「出来ない出来ない」というグチを言ってるだけの映画である。 私に言わせれば村岡なんて男はただの怠け者である。 書いても書いても出版されないというなら本人は動いているからわかるけど、この男は妻に食わしてもらってただ書かずにだらだらしているだけ。 こんな男、どうでもいいよ。 そんなのに付き合って本を書かせようとする宮本も宮本である。 「秋の理由」という成功体験がそんなに忘れられないのか? 作家というのもは自分から書かなきゃだめでしょう。 おそらくは福間健二が自分の体験や気持ちを映画にしたと想像されるが、自分のグチを他人に聞かせてもなあ。 見所全くなし、と言いたいところだが、鈴木一博さんのカメラが美しく、紅葉というか落ち葉の茶色を生かした風景が実に美しく、その点は素晴らしかった。 デスノート Light up the NEW world日時 2016年11月4日19:15〜 場所 新宿ピカデリー・シアター1 監督 佐藤信介 忌まわしいデスノート事件より10年。事件の真相は闇に封印されていたが、キラ対策室として人員は配置し事件の再発時の準備だけはされていた。 再びデスノートを想起させる事件が世界で起こり、キラ対策室はデスノート対策本部となり、Lの遺伝子を次ぐ探偵、竜崎(池松荘亮)がICPOから送り込まれる。 そんな時、渋谷で次々と人が死んでいく事件が発生。デスノートを使った事件と判断され、デスノート対策室のエース、三島(東出昌大)をはじめとするメンバーは渋谷に向かう。犯人と思われるフードを被った若い女を発見。現場に現れた竜崎は彼女を撃ったが、その場で即死した。 竜崎が撃ったのは麻酔弾、彼女は別のデスノートを持つものに殺されたのだ。 三島たちは女から奪ったデスノートに触れると死に神が見えた。「デスノートに触れるとその所有者の死に神が見える」というのは本当だったのだ。その死に神は現在人間界には6冊のデスノートがある、7冊目は持ち込まれても効力を発揮しないというルールを教えてくれた。 逆に言えば6冊すべてを手に入れて封印すれば永久にデスノートの効力を無効に出来る。 あらたなキラとは誰か? 10年前に金子修介監督の大ヒット作「デスノート」前後編の続編。続編だなんて今更感が漂うが、東出昌大、池松荘亮、菅田将暉という最近の若手人気俳優をそろえ、企画の貧弱さをキャストで補っている。 監督は佐藤伸介。「COSMIC RESCUE」以来、この人の作品はすっと追いかけている。追いかける度に「越えてないな」の思いに刈られるが。 ぶっちゃけ面白くない。面白くないことはないかも知れないが、前作は「どうやったら夜神月がキラだと証明出来るか?」という頭脳戦が見所だった。でも今回は後半に行くに従って、「デスノート争奪戦」というアクション映画っぽくなっていく。 その前に6冊のデスノート争奪戦というけど、ロシアとアメリカにあった2冊は説明で終わるだけ。あとは判事(船越英一郎)が使った1冊を手に入れるシーンはあったけど。 それに10年前に警視庁が手に入れた1冊は数に入ってないのかな? 常に冊数を数えて映画を観ていた。 そして私としてはやってほしくない展開をしてくれた。 まず実は竜崎が1冊持っていたという展開。これは興ざめである。 さらにもう1回私が嫌いな展開をしてくれた。実は三島がキラだった時期があったが、本人はデスノートの所有権を放棄したので記憶から消えているという展開だ。 あのねえ、私がミステリー系の作品で一番やってほしくないのは「探偵(の立場)が犯人でした!」って奴。これやったら何でも出来るよ。 だからこの展開は一番イージーなオチにしか思えないので、気に入らなかった。 そして新たなキラの菅田将暉の活躍が少ない。 L、三島、キラとの三つ巴の戦いかと思ったら、Lと三島が対立するばかりで、対して活躍がないのだなあ、キラは。 やっぱり出涸らしの企画ではどんなに旬なキャストをそろえてもだめという見本のような映画。 そうそう前作では新米刑事役だった青山草太の引き続きの出演がちょっとうれしい。 漫画実写化 どっちもどっち
|