レミングスの夏日時 2017年11月26日13:00〜 場所 シネマ・ノヴェチェント 監督 後藤利弘 2010年の夏、中学2年生のナギは小学校の頃の仲間たち5人で先輩の白石宏美を誘拐し、ある空き家に監禁した。白石の父は地元の名士で白石グループの会長だった。 彼ら5人はレミングスと名乗り、「白石グループの仕事を1ヶ月停止せよ、地元の渡し船を存続させろ」などの不思議な要求を突きつけた。 一方ナギたちは保坂という男のアパートを見張り行動を監視していた。 警察や白石グループは仕方なくその要求を飲んだ。捜査陣の長峰刑事(モロ師岡)は6年前の夏に起こった少女惨殺事件を思い出した。 幼女に猥褻目的で13歳の少年が誘拐し殺したのだ。学校に残されたブログの記録や、宏美がいなくなった時の証言から、長峰はミスリードされている気がしてくる。彼の捜査線上にナギたちが浮かび上がる。 宏美の周りにはナギたちがいる。6年前の事件の被害者は、ナギたちと仲がよかった。宏美誘拐事件と関係があるのか? 茨城県の協力を得て製作された映画。原作は取手市在住の江戸川乱歩賞作家・竹吉優輔。竹吉は取手市在住で、原作には特に記されていないが、取手市がモデルになっているそうだ。 それにしても茨城県も取手市もよく協力したと思う。 だってロリコンの幼女殺人事件とか中学生による復讐がモチーフである。 「地元のイメージが悪くなる」と反対されたって不思議はない。 でも最近の自治体は「映画で紹介されればよい」と内容はそれほど問わないのかも知れないな。 ナギたちグループの真の目的は何か?果たしてそれは達せられるのか?がサスペンスフルに展開していく。 情報は小出しに出され、主人公なのにその行動の目的は観客には解らない。 監禁されている宏美もここから逃げるために、わざとクーラーも切って水も飲まずに熱中症になろうとする。死んでもらっては困るので、彼らはなんとか水を飲ませようとする。やがて宏美もナギたちの目的を知り、協力的になっていく。 保坂という男が6年前にナギたちの友達を殺したのだが、13歳のため少年法の壁によって罪に問われなかった。そして保坂が20歳になるのを待って今回の事件を起こしたのだ。 保坂は白石グループで働いている。この6年間ナギは保坂を観察してきたが、休みの日には女子を物色している。今度も休みが続けば何か行動するに違いない。という訳。 原作の問題になるだろうけど、ちょっと強引かな。監視たって24時間できるわけでもないだろうし。結局はまた女の子に声をかける現場を押さえたけどね。 それにしてもロリコンとか少年犯罪とか扱ってるテーマが重い。 映画ではあまり重くないようにしてるけど、私個人としては複雑である。 ロリコンという奴はつくづく罪深いなあと思う。 もちろん被害に遭う少年少女は守りたい。守られて当然だ。しかし加害者の方も低年齢にしか興味がいかないのも不幸なことだ。 別に「俺はロリコンになろう」と思って努力した訳じゃないだろうから。気がついたら低年齢に関心がいってしまっているのだ。同じように気がついたら熟女好きになっていた、というのはありなんだろうけど。 何度もいうけど被害者になる低年齢の子供たちは守りたい。同時にロリコンになってしまった人も守りたいのが本音だ。世間では理解されないだろうけど。 そして少年犯罪。「少年の将来のため」という理由も理解できるし、被害者側にも処罰感情もあろう。相反するものを認めなければならない。 そこは深く追求せずに、中学生が背負った闇、という点でサスペンスを作ったのはよかったと思う。 映画の方もおもしろかった。 君に薔薇薔薇日時 2017年11月25日14:20〜 場所 光音座1 監督 松浦 康 製作 ENK コンドームのセールスマンをしている中年ゲイのハルキ(堺勝朗)は今日も駅のトイレでオナニーする高校生を上から覗いていた。 大学のマラソン部のメンバーに抱きついたり、公園で声をかけた子がドラキュラ風の牙があったり、夜の公園でハッテンしたり、銭湯で男の股間に顔をつけてみたり、公園のトイレで殴られて警察に連れて行かれたり、上野駅で声をかけた困ってる少年を自宅に連れ込んだりする。 成功と失敗を繰り返すが、行きつけの自称ノンケのゲイバーのスタッフ、ヒロシに告白する。 堺勝朗主演。光音座では今回は珍しく堺勝朗主演作の2本立てになる。 正直、こちらも面白く見た。 堺勝朗がコミカルに演じているのがいい。これが他の役者だと(あえて言わない)ちょっとやりすぎ、のりすぎでクドくなることがあるのだが、堺は適度に押さえていて、見ていて心地よい。 社長シリーズにでも出てもおかしくない感じだ。 見てるこちらもこの映画のハルキと同世代なので、失敗しても失敗しても若い子を求めていく気持ちはよく解る。この映画、封切りの頃に観たかも知れないのだが(タイトルに記憶があるし、ハルキがトイレの上から覗くカットは観たような気がする。違うかも知れないけど。ただし「男館に夜叉が来る」と2本立てだった可能性があるので観ていても不思議はない)若いときに観たら面白くなかったろう。 ヒロシには電話で告白するのだが「金持ってないし、有名人でもないし、地位もないし、年取ってるし。でもヒロシのことを考えると夜も眠れない」という。 その前にヒロシがバーで(このバーが扉に「すなっくげいばあ」と書いてある)「ハルキさんなら優しそうだから、抱いてもらっていいですよ」とその気にさせて「冗談ですよ」というのが残酷。 それでも好きなヒロシに告白するが、フラれる。 でも実はヒロシは高校時代に愛し合ったアキオがいて、アキオの親に別れさせられ東京に出てきたヒロシだが、そのアキオが店に訪ねてきて結ばれるという展開。うーん、若いカップルの絡みが必要だったのかも知れないが、ここはちょっと唐突だった。 最後はやっぱり公園のトイレから出てくるハルキだが、警官がアタッシュケースを持っている。どうやら不審者と見られたらしい。 振り切ったハルキはまたいい男を見つけて追いかけていく、というところでエンド。 なんかめげないハルキにエールを送りたくなった。快作だと思う。 またアリスの「走っておいで恋人よ」などGSの歌などがBGMとしてガンガン使われ、ソフト化は無理だろう。昔はこういうのが遣っていたんだなあ。今はJASRACに見つかったらやばいからやらないだろうけど。 本日はN-stageの公演付き。楽しかった。 光る少年日時 2017年11月25日13:10〜 場所 光音座1 監督 小川和久 製作 大蔵映画 国木田(堺勝朗)は恋人で同棲中のマサト(久須美欽一)とゲイバーを経営していた。そこへ15年前に別れた息子のシンジ(香木健二)から手紙が来る。「タレントになりたいので上京する。一緒に住みたい」というのだ。 15年も会っていない息子からの手紙に動揺する国木田。マサトに話したら「あんたに子供がいたなんて聞いてない!」と激怒。平謝りしてその場を納める国木田だった。 息子シンジが上京してきた。シンジは今は18歳で美少年になっているので驚く。「お前を捨てた俺は今更父親づら出来ない」という国木田だったが、シンジは気にしていない。 シンジは国木田たちの店にやってきて、昼間はタレントスクールに通うから夜はここでバイトしたいという。ゲイバーで働かせたくないと思う国木田だが「お父さんと一緒にいる時間を作りたい」というシンジの言葉を否定することはできなかった。 国木田の店の常連の女性テレビディレクターがシンジを気に入った。たまたま国木田やマサトがいない時に、女ディレクターはシンジを連れ出したいという。店のスタッフ(山本竜二ら)が「シンちゃんのタレントになるきっかけがつかめれば」と許可するが、後で知った国木田やマサトは激怒。 その頃、女ディレクターはシンジをホテルに連れ込み、童貞のシンジを無理矢理相手をさせていた。 ショックを受けるシンジ。そんなシンジをマサトは優しく慰める。シンジの気持ちはもはや愛に似た感情になっており、二人は体を重ねる。 国木田とシンジの険悪なムードをスタッフが察し、シンジに二人は夫婦同様の仲で、シンジの登場で戸惑っていることを打ち明ける。 ショックを受けたシンジはショックで店を出る。 数日後、国木田の元にシンジから電話がある。今度はアメリカにミュージカルの勉強に行くのだという。 国木田もマサトもシンジの成功を祈るのだった。 話は全部書いた。 ゲイカップルに突如子供が現れておたおたする、という話なのだが、思った以上に面白かった。 堺勝朗さんは今まであまり自分にはなじみがなかったが、なかなかいい感じである。久須美さんも相手に息子がいたと知って最初は動揺するが、やがては愛情を感じるようになるゲイを好演している。 女ディレクターに誘われてシンジがベッドで犯されるシーン、ゲイ映画で女性の裸を出すのは好きではないのだが、ストーリー上の説得力はあったと思う。 ゲイのディレクターに誘われるのではちょっと話が違ってくる気がするし。 またシンジを演じた香木健二が「80年代アイドル!」っていう感じで(シブがき隊や少年隊の初期の感じ)、なかなかよかった。 絡みのシーンが堺さんと久須美さんで2回、山本竜二ともう一人のスタッフで1回、久須美さんと香木くんで1回、あとは例の女性ディレクターとの絡み。 堺さんと久須美さんの絡みはちょっとつらい。香木くんの裸(シャワーシーンとか、イメージでいいから絡み)がもっとあれば、映画ももっとよかったと思う。 最後の脱出日時 2017年11月23日 場所 DVD 監督 コーネル・ワイルド 製作 1970年(昭和45年) 大気汚染と水質汚染の影響でイネ科の植物はウイルスのために全滅し、アフリカ、アジアから飢饉が始まっていた。やがてヨーロッパ、そしてイギリスにも迫ってきた。 建築家のジョン・カスタンス(ナイジェル・ダヴェンポート)は飢饉が始まる1年前、「いざとなったら俺の農場に来い」と兄に言われていた。 娘メアリーの恋人ロジャーは政府機関に勤めており、彼から「明日ロンドンは封鎖されます」と情報が入る。妻アン、メアリー、ロジャーの4人で兄の農場を目指す。途中で知り合いの銃砲店によったが、店主は銃を売ってくれない。争いになったとき店員のピリーが店主を殺し、一緒に連れてってくれと頼む。承知したジョンはピリーの妻も交え、途中で学校の寄宿舎に入っていた息子デイヴィーとその友人も一緒に目的地を目指す。 途中、アンとメアリーが3人の暴漢に捕まりレイプされる。一人は逃げたが一人はピリーが射殺、命乞いをする最後の一人をアンが殺した。 果たして彼らの運命は? 高校時代にテレビ放送で観たのが最初。 当時「SF最後の脱出」と頭にSFの文字が入った表記だったので、SF好きとしては観たのだろう。 面白かったので、数ヶ月後の別の時間帯で放送があり(両方とも90分枠)合計2回観た覚えあがる。 飢餓で破滅に向かう人類、という破滅テーマが面白かったのだろう。 同時に「世界的な物語ではなく、家族の逃避行の話だから、低予算で話のスケールが小さいなあ」と思った記憶もある。 ラストのジョンの兄をピリーが殺してしまい、「なぜ撃った!」「許してくれ、俺もやられたんだ」と言って絶命するシーンは記憶の通りだった。 (もちろん昔は吹き替えで、今回は字幕だから一字一句同じではないけど) という訳で今回は40年弱ぶりに鑑賞したのだが、高校時代に観ていなかったら、とても観なかったな。 家族が旅に出て暴漢や暴徒に襲われる、というシーンの連続で退屈してくる。 車で移動から徒歩になり、途中で村から逃げてきた30人ぐらいの一行と同行させるとは変化は加えてるけど、どうにも似たようなシーンの繰り返し。 ちょっと飽きた。 それにしても前半でアジアアフリカの飢餓を伝えるニュース番組の前で、ロンドンでは飽食なパーティをしているシーンが印象的だった。 飢餓とカットと豪勢な食事のカット、それを口にする人々の口元のアップの連続というのは、まさに「モンタージュ」。 そして大気汚染を表す工場から煙りがモクモクと出るカット、渋滞をしている車のカットはロンドン、パリのあと東京のカットも入る。 この東京のカットが高校時代に観たとき、身近なものを感じたのかも知れない。 また途中で死んだ動物たちのカットがこれでもかこれでもか、と挿入される。また途中出てくる暴徒のバイク軍団とか、70年代だなあ、と思う。 「ゴジラ対ヘドラ」も環境汚染がテーマだった。 こういった環境汚染の問題は今は少しは改善されたかのように思える。 ただし地球温暖化、という別のそしてもっと大きな問題を抱えてしまっているが。 不都合な真実2 放置された地球日時 2017年11月22日21:10〜 場所 TOHOシネマズ六本木ヒルズ・スクリーン3 共同監督 ジョン・シェンク、ボニー・コーエン アル・ゴアによる地球温暖化への警鐘映画第2弾。 前作「不都合な真実」は2006年の映画でもう10年になる。 その時はブッシュとの大統領選に破れたアル・ゴアが「今はこんなことしてるのか」という驚きがまずあった。今回はそういう驚きはない。 アル・ゴアも「不都合な真実」の公開直後は「そういってるアル・ゴアの家とか事務所は電気使い放題」とか批判をネットで見た。ちょっとアル・ゴアに対して懐疑的な気分になったが、今は素直に「彼は本物だ」と思える。「何か」のために「地球温暖化阻止」を訴えるのではなく、純粋に「地球温暖化阻止」を訴えているように思う。10年活動してれば本物だ。 この映画、地球温暖化による弊害は前半で描かれ、後半では「それに対しての世界の取り組みはどうか?」という構成。 北極近くの氷山が無くなっている映像は何度見てもインパクトがある。 そして今はマイアミは満潮時は水位があがりすぎて道路が水没してしまうそうだ。 道をかさ上げするなどの工事をしているところもあるが、現実には一時しのぎでしか無いことは担当者も解っているようだ。 そしてアメリカの今までにない強力なハリケーンが襲っているが、これは空気の温度が上がると海の温度も上昇するのだという。そのためにハリケーンも強大なものになるそうだ。 また地球温暖化に反論する人たちは「今だって涼しい夏の日はあるぞ!」という。それに対してゴアは冒頭で「平均的に見れば確実に温度は上がっているし、観測史上の暑い夏は21世紀になってから観測されている」と説き伏せる。 後半は国際会議の様子だが、インドが「我々の国民の生活レベルがあがるまで、石炭発電をし続ける」と反論し、まるっきり悪役である。 しかし結局、インドも納得し、二酸化炭素削減への協定を受け入れる。 国際会議のシーンでメルケル、プーチン、周近平などに混じって安部晋三がちらっと写る。お前はいいって! またヒューストンでは街の電力の全てを風力、太陽光発電でまかなうことに成功した事実も紹介する。市長は共和党で民主党のアル・ゴアとは対立する立場だが、この点だけは一致し、握手を交わす。 これで万事いい方向行くかなと思われたが、トランプがアメリカの協定離脱を宣言。 最後にアル・ゴアが演説で「今までの運動を見ろ。奴隷解放も公民権運動もみんな困難だったが、打ち勝ってきた。だから今度も絶対乗り越えられるはずだ」。うん、いい言葉である。 こういう運動をしてると「絶望と希望の繰り返しだ。だが希望しかみないようにしている」というような発言も前半にあったな。 どんな運動でも絶対に反対派はいる。粘り付く戦うしかない。 黄昏に燃えてーあるハッテン場神話ー日時 2017年11月20日19:30〜 場所 とびうおkitchen 監督 山本竜二 製作 ENK(1994年) 池島(池島ゆたか)は羽田空港近くの飛行機が見える公園で、ゼロ戦の模型飛行機で遊ぶ少年を見かける。その少年は50年前、特攻で死んでいったかつての恋人・シンゴにそっくりだった。池島はかつての二人の愛の交換を想い出す。模型飛行機は風に乗ってどこかへ行ってしまった。 池島はその晩行きつけの駒込ケンコーセンターというハッテン場で常連の友人にその話をする。友人の山口(山口健三)は「今更孫みたいな歳の子にかなわぬ恋をしてどうなる。老人は老人同士で楽しむのさ」と仮眠室消えていった。池島も仮眠室に行くが、今夜は盛り上がらない。 ケンコーセンターのバーのマスターの久須美(久須美欽一)と夜のハッテン公園に行く池島。だがプロもいる怖い場所だ。 池島はこの間の公園で、少年が無くした飛行機を見つける。池島はそれを修理し、床屋で若作りをする。白粉を塗った姿は異様だが本人は気分が乗っている。 山口が公園のハッテン場で例のプロに脅されているのを見かける池島。それを助けたのだが、「暴力ホモ」として新聞に報道されてしまう。 ケンコーセンターの仲間は池島と距離を置く。その仲間に「俺たちだってもっと若返って恋したっていいじゃないか!」 公園に行くと例の少年と再会する事が出来た。 彼に飛行機を返す池島。 二人の間には何もないが、池島は満足だった。 大体こんな感じの話。 ハッテン場のシーンがちょっと毎回長いし、ストーリーもあまりない。いきなり「ベニスに死す」になって音楽は全く同じ、床屋でダーク・ボガードが「若返ることは恥ずかしいことではありません」とか言われて髪を染めたりするシーンは全く同じ。 正直、知らなかったので「ええ!」と思った。その「ベニスに死す」と耽美と正反対にあるような「駒込ケンコーセンター」の対比(ギャップか)がすごくてなんだか水と油になっているような違和感が残った。 ただ映画を観ただけなら、否定的な意見で終わっていたろう。 本日の上映会はこの映画の脚本を書いた映画評論家の切通理作(この頃はピンク映画の脚本家を目指していたそうだ)の初監督作品「青春夜話」の12月の公開を記念しての関連イベント。監督の山本竜二とのトークイベント付き。客席には主演の池島ゆたかもいて、豪華なイベントとなった。 ちなみに会場となったとびうおkitchenのオーナーの鈴木氏は、大木裕之のゲイ映画のプロデューサーであり、自身も「天使の楽園」という監督作がある。 まさか西荻窪で小さなレストランをしているとは知らなかった。 で、山本監督のトークイベント。 山本監督は薔薇族映画が多いのだが、ピンクの監督の中には「ゲイ映画なんて男と女の話を男と男の話に置き換えればいいだけなんだろ?」と言われて「それは違う!男と男にはハッテン場というものがあるんです!」と思ったことがあったそうだ。 この映画と「シネマHOMOパラダイス」はそういうハッテン場への思い入れ(愛と言うべきか)を描いた映画になるということだ。 そうかあ、だからハッテン場での行為のシーンが長いのか。 私なんか、その辺の描写より、ストーリー重視ですから。 まして私にとってはお気に入りの映画「ベニスに死す」をモチーフにされたのだから、どうも居心地が悪かったのだろう。 ついでに「チャップリンの独裁者」もやりたかったので切通氏に脚本に注文を付けたそうだ。そこが最後の池島ゆたかのケンコーセンターでの演説につながるのだという。 なるほどねえ、そういう山本監督の話を聞いてみて、ちょっと印象が変わった。もう一度観てみたいと思う。 また光音座で上映されるときに観てみたい。 あとトークの中で久須美欽一さんが「ゴジラ映画で着ぐるみを着ていた」と切通さんがおっしゃったので、あとで聞いたら「ゴジラ対メカゴジラ」のキングシーサーだそうだ。(久須美護名義) 驚いたなあ。 懇親会で山本監督も怪獣映画がお好きで、「モスラ対ゴジラ」が一番好きということでシーンを再現されていた。 本当に映画がお好きな方なんだなあ、と実感した。 昼も夜も日時 2017年11月19日 場所 TSUTAYA宅配レンタルDVD 監督 塩田明彦 製作 平成26年(2014年) 2年前に亡くなった父の跡を継いで中古車屋を営む良介(瀬戸康史)。 ある日、その店の前で男に車から叩き出された女(吉永淳)がやってきた。女は良介の店の車に入り込み、「あたしはこの車を買う。これは手付け金だ」と金を1000円渡す。仕方なく閉店までおいてやる良介。閉店後、「送ってやる」と良介が言うと「じゃ東京」と答える女。 東京まで送る良介。女は新宿で降りていった。良介の母は今は男と温泉で働いている。小さな妹さなえは良介と姉で育てている。 例の女・シオリがまたやってきた。良介の店の従業員ケンジが海まで連れて行く。シオリは海で車を降りて、別の車にヒッチハイクされて帰って行った。 三度シオリはやってきて、いつもの車に乗り込んだ。「しばらくここに泊まらせてもらう」と言って寝てしまう。 車に泊めるわけにも行かず、自分の家に泊める良介。やがて良介はシオリに自分の彼女は交通事故で2年間も昏睡状態だと明かす。「自分が浮気ばかりしてるから、その仕返しに後輩のヨシオと浮気して事故にあった」と話す。 良介の姉のスナックで働き始めるシオリ。店でも人気者になり、居場所を見つけたかに見えたが、やはりまたぷいと出て行った。 先日、DVDショップの新作コーナーで見かけ、瀬戸康史主演でジャケットの表情がよくて気になったのがこの映画。レンタルでもあったから早速借りてみた。 結論からいうと観るだけ時間の無駄だった。 面白くも何ともない。 こういう事件も何もなく、淡々と進むだけの映画は苦手である。 しかも淡々としているだけならともかく、私はこのシオリという女が好きになれなかった。 自分勝手で1000円払っただけで「手付金を払った」と言って居座る姿は噴飯ものである。こういう女を好きになれるかがこの映画を好きになれるかどうかのような気がする。 後半でも良介の自転車を池に落とし「急にやってみたかったから」と言いのける神経は大嫌いである。 脚本監督の塩田明彦は好きなのだろうな、きっと。 結局良介とシオリの仲には何も起こらず、再び東京へ帰っていった。 東京へ帰ったところであてもなく、ただ泊まるところのなくうろうろしてるだけ。 シオリの背中には鷲の入れ墨があるとスナックで噂になる。しかしその入れ墨の訳は説明されない。 またやってきて二人で海の近くで車の中で48時間過ごして何もせずにどこかへ行った。 (この海にやって来た日が2014年3月11日と表示される。でも東日本大震災と関連づけているようにも思えない) 1年後に自転車旅行をするシオリは良介の近くまで来て、電話で挨拶して去っていく。 瀬戸康史が出ているということ以外何も楽しめる要素がなかったなあ。 その点で言えば、さっきの自転車を池から出した後、シオリを風呂に入れ、自分は庭で裸になって体を拭くシーンがよかった。 それだけ。 ドロドロの人妻たちー痴漢と不倫の果てー日時 2017年11月18日21:17〜 場所 上野オークラ劇場 監督 佐々木乃武良 製作 エクセス 第1話「痴漢」 ミワコ(葉月蛍)は夫との生活に飽きてきた主婦。今日は久々に友人とランチバイキングに出かけたが、電車の中で痴漢(竹本泰志)にあってしまう。 濡れてきたので痴漢を避けようと適当な駅で降りるミワコ。しかし降りたら駅前でさっきの痴漢に声をかけられる。「僕と遊びたくなったんでしょ?」。実は痴漢はミワコの中学時代のあこがれだった梶山先生だった。梶山は今は学習塾を経営しており、その教室に連れ込まれるがSEXをしているうちにミワコの方が盛り上がってしまう。 第2話「淫乱」 ミワコとランチに行く予定だった女性(瀬戸恵子)は仕方なく一人で商店街をぶらつき、あるアクセサリーショップに入る。店を出てしばらくしたところで警備員と名乗る男に声をかけられる。実は男が女性の鞄にアクセサリーを入れたのだ。男は部屋に連れ込み、彼女の鞄を開けさせ、アクセサリーを出し、「黙ってほしかったら俺とSEXしろ」と強要。しかし女の方が盛り上がってしまう。 第3話「不倫」 夫との生活に不満を持つ女(酒井あずさ)は公園でセールスマンの男に声をかけられる。女は男を家に招きいれ、関係を持つ。女は実は万引きをしたと言われて警備員に不倫を強要されていることを告白。セールスマンは妻と別れてあなたと結婚したいと言い出す。 数日後、テレビのニュースでセールスマンがその警備員の男を喧嘩で殺したと報道される。 1話20分ぐらいの3話のオムニバス。 「痴漢」「不倫」とも最初はいやがっていた女性の方が盛り上がってしまうとはいかもピンク映画らしいご都合主義だなあと思う。 まあこうすれば映画としては簡単ですが。 それぞれ関連のある人々がリレー形式でつながっていくのは面白い。 ラストのニュースでセールスマンと警備員の話が出るが、音声だけで第1話の梶山先生が痴漢で逮捕されたとも報じられる。 ちょっと工夫のあるラストがよかった。 撮影・鏡早智、助監督に小泉剛。 SEX療法 暴かれた性態日時 2017年11月18日20:17〜 場所 上野オークラ劇場 監督 山崎邦紀 製作 OP映画 ここリバース研究所ではオットー・ランクの「人々の性癖やトラウマは出産時の記憶が原因」という説に従って変わった性欲の人々の治療を行っていた。 一人は顔をラップでくるまれ酸素不足になったときに攻められるのが快感という男。 そんな時、「私は眠らない女」という女性が街でさまよい、男(荒木太郎)に声をかけられる。彼女のためを思ってリバース研究所に連れて行く男。 またリバース研究所は違う男女の治療を行っていた。一人は自分の膣のしめつけが激しすぎて男のペニスを切ってしまうのではないかと心配する女(佐々木麻由子)。一人は自分は女性に締め付けられたいという男(吉岡睦雄)。 リバース研究所の所長(佐々木基子)は眠らない女のトラウマも出産時の記憶にあると判断し、治療を開始する。 山崎邦紀作品(崎はタツサキ)。 ゲイ映画でも抽象的な映画で困ったことが多いが、今回も理屈っぽい。 たぶん勉強熱心でエロに対して学術的に研究してしまう方なんでしょうなあ。 オットー・ランク(フランクと聞き間違えてネットで検索したらオットー・フランクはアンネ・フランクの父親で全くの別人)がどうのこうのという話で恐れ入る。またこのオットーランク氏の肖像写真が研究所の壁に貼ってあり、そのアップのカットがやたら多い。一番アップのカットが多かった人物ではないかと思う。 吉岡睦雄さんが締め付けられたい願望ということでSMチックな姿で登場。佐々木麻由子さんもいつになく変わった性癖の役でちょっと驚いた。 山崎監督らしい理屈っぽいピンク映画でした。 ヤリ頃女子大生 強がりな乳房日時 2017年11月18日18:58〜 場所 上野オークラ劇場 監督 竹洞哲也 製作 OP映画 夏(若月まりあ)は政治系のサークルに所属し、仲間からデモなどに誘われるがやる気はない。彼氏(櫻井拓也)はいるものの、サークルリーダーハルキ(山本宗介)やもう一人のメンバー(可児正光)とも関係を持っている。 夏の親友の乃亜(優梨まいあ)は夏の行動を心配している。夏の母親は夏のことを「生まなきゃよかった」といい、彼女は自分の家で居場所を見いだせなかった。そんな彼女をおじいちゃん(森羅万象)だけは味方になってくれた。 乃亜の彼氏(津田篤)はまじめないい人なのだがちょっと束縛気味。それがきっかけで彼と別れたのだが、ショックを受けた彼氏は洗剤を飲んで自殺した。 その彼氏の友人と遺書をやりとりする中で映画の助監督をしている男と知り合う夏。 今度はうまく行きそうだが。 正直に言う。 この映画、最初に観た時は何がなんだか解らなくなった。 夏と乃亜の女優が似た感じで(いやよく見れば違うのだが、なじみのない女優さんなので)どっちがどっちだか解らなくなり、また男性も3人いてすぐ絡みのシーンになるので、誰と誰が付き合っていての人間関係がさっぱり解らなくなり、外国映画を字幕なしで観てるような気分になった。 それで途中から口元にほくろがあるのが乃亜、革製のバックパックの鞄を使ってるのが夏、と見分けたのだが、それでも裸になったり、ロングショットでは解りづらい。 後半、映画の助監督と知り合ってからは解りやすくなったんですが。 仕方なく(運良く時間もあったので)3本観終わった後、もう一度観た。 それでだいたい解った。それで実は女性は2人ではなく、ハルキの彼女もいて、櫻井拓也と山本宗介のほかにももう一人サークルのメンバー(可児正光)がいたことが解った。 まあそれで話がやっと解った次第。でも今でもちょっと解らないところもある。 若い女優の区別が付かない(たとえばAKBなど有名なメンバー以外はさっぱり解らん)私が悪いが、これ大幅にカットがあったんじゃないだろうか? 本来ならサークルのメンバーがたむろしている雀荘で、サークルの6人がそろっているシーンで、人物の説明があってから可児正光と夏の絡みに行くのではないか? 同じく津田篤はいきなり乃亜とのベッドシーンから始まるが、これも死んだときに「ここ(歩道橋)で始まったんだから」というので、出会いのシーンがあったのでは? 本来なら90分あったのを人間関係の説明の部分をばっさり切って(それでも75分ある)しまった為ではないか。 OPフェスでのR15版のロングヴァージョンを観れば解決するのではないかと思う。 主人公の夏は母親から存在を否定され続け(母親が嫁ぎ先で男を生むことを強要され、その男の子が死んでしまったことが原因)、自分に居場所がなくなってしまった。しかし知り合った助監督の男は自分を受け入れてくれた。 男は時々ロケの出張で1週間ぐらい家を空ける。 ラストは「果たして自分はこの男に捨てられないか?」と不安そうな顔をする。 彼女の心はまだ安心しきっていない、というラストだと解釈した。 夏と乃亜のバイト先のバーのオーナー役で那波隆史出演。 愛しのノラ〜幸せのめぐり逢い〜日時 2017年11月18日13:15〜 場所 ユーロスペース1 監督 田尻裕司 九十九朔美(つくもさくみ・水澤伸吾)はあまり売れていないシナリオライター。妻ひより(大島葉子)と猫のシロと暮らしている。誕生日に妻から日記帳を贈られ付けてみることにした。 朔美はテレビのプロデューサーから2時間サスペンスドラマのシナリオを発注されプロットを書いたが、どうもうまく書けない。そんな時のシロがきっかえでうまく書けた。 酔っぱらって財布をなくした時もお金がはいったまま財布が戻ってきた。なんとなくシロがいるといいことがある。 だがシナリオを書いている時にシロが外へ出たがったので、つい外に出す朔美。だがシロは出かけたまま帰ってこない。 国映チーム制作の猫映画。 黒澤明の「まあだだよ」の主人公、内田百間(間はほんとは門構えに月)からインスパイアされた物語だそうだ。 ホントはタイトルは「愛しのノラ」ではなく「愛しのシロ」ではないかと思う。シロと子供のいない夫婦の話なのだからなんとなくそっちがしっくり来る。 主人公のシナリオライターは自称「プロデューサーのタイプライター」でもう周りの言われるがままにホンを書くタイプらしい。もちろん本人としては不満だろうが、シナリオの発注が来るレベルだから一応プロである。 妻が働いていて、夫はあまり収入にならないシナリオを書いているという姿は、なんとなく国映チームの普段の姿ようで微笑ましい。 大した事件も起こらず、出てくる人物も夫婦のみ、場所は九十九の家の中がほとんど、というかなり限定的な話だが、猫が出てくるとそれなりにほっこりするもので、何となく観てしまう。 代わりに黒い猫が迷い込んできて、ネットの猫掲示板で飼い主を探したところ、飼い主の老婦人が見つかってご主人を亡くされた話などが盛り込まれ、もう一つの「九十九家」が出てくる。 妻が癌の疑いがあったりしたが、シロも帰ってきて全て解決。 とにかくほっこりとする映画である。 本日は舞台挨拶付き。主演の水澤伸吾さんは「いつも変な役が多いので『コイツいつ猫を殺すんだ?』とお客さんに思われないことを気にかけました」とおっしゃってました。 脚本は中野太、川崎龍太。製作のブロードウエイは「ろんぐ・ぐっどばい」と同じチーム。 九十九が「猫を探してください」のポスターを貼っているのをとがめる警官役で守屋文雄がワンシーン出演。ポスターをはがすシーンでまた出てくるかなと思ったら出てこなかった。 設定としては場所は谷中。坂道の下に山手線と京浜東北線が見えるカットがよかった。 GODZILLA怪獣惑星日時 2017年11月17日21:50〜 場所 TOHOシネマズ新宿スクリーン9 監督 静野孔文 瀬下寛之 20世紀末、ニューヨークにカマキラスが出現したことを始まりに怪獣たちが出現し、ついにはゴジラが登場し、人類は滅亡に近づいていた。そこへエフシフ、ビルサルドという二種の異星人が現れ、武器と宗教を提供し怪獣たちへ反撃した。一時は攻勢になったが、結局は人類は地球を放棄し宇宙船で移住する星を探す旅に出た。 船内時間で約20年が経過。行く宛のない旅に疲れた人類は再び地球に帰った。ウラシマ効果で地球では約2万年が経過している。ひょっとしたらゴジラもいないかも知れない。 宇宙船の中の異端児、ハルオ・サカキ(声・宮野真守)は過去のデータからゴジラの弱点を研究していた。ゴジラは強い攻撃を受けるとシールドを張って防御する。そのシールドを作る箇所を攻撃すればゴジラに勝てるという報告書をまとめていた。 地球の先遣隊にハルオも選ばれ、地球に降り立った。やっぱりゴジラはいた。新種の小型翼龍の襲撃で隊はかなりのダメージを受けた。 ハルオたちの攻撃で、ゴジラのシールドを作る部分を破壊しゴジラを倒すことが出来た。 しかし何か変だ。そう今自分たちが倒したのはゴジラではなかったのだ。 真のゴジラが登場した! 話は最後まで全部書いた。 2014年のレジェンダリー・ゴジラに始まって2015年TOHOシネマズ新宿開館のゴジラヘッド登場、そして2016年の「シン・ゴジラ」大ヒットと今東宝が柱の一つにゴジラを置いていることは想像される。 んで次のレジェンダリー・ゴジラが来るまでまだ時間があるし、その間をどう埋めるかを考えて東宝の最近の柱になっているアニメでやろう、という実に誰でも思いつきそうな企画なのだろう。 しかもこれ1本と思っていたら3部作だそうだ。 これで2018年1年間はゴジラをつなぎ止めることが出来る。 新作実写ゴジラは2020年代になってからやればいいかなという計画なのだろう。 (以上勝手な想像) そういう大人の事情で作られたアニメゴジラだが、冒頭からがっかりした。 まず東宝マークが出ない。どうやら東宝本体の配給ではなく、東宝映像事業部配給のためらしい。 東宝本体の配給はどの部署がやれば東宝マークがつくのか?また東宝事業部ってもともとビデオ販売などが中心の部署だったが、それがいつのまにか(たぶん「監督失格」から)配給も手がける部署になった。 第2東宝みたいなものなのだろう。よく知らんけど。 で、肝心の映画だが、私はアニメについては全く無知である。アニメファンからすると「そんなことも知らないのか」とお叱りを受けるであろう。 予告を観たときから思ったけど、どうも絵が好きになれないのだ。 陰影の濃すぎる感じで表情も暗い。もうこれは好みの問題だがだめである。 そして宇宙人のエフシフ、ビルサルド。地球が怪獣たちの滅ぼされるのを描いた今月発売の小説「怪獣黙示録」を読んだときも形態がまったく描かれていなかった。まあいまさらタコ型宇宙人に出てほしいとは思わないが、それにしても人間に近すぎ。実写なら区別もはっきりしたろうが、アニメになると違いが出なくなる。 また「怪獣黙示録」では東宝怪獣たち(カマキラス、マンダ、ヘドラ、ラドンなどなど)が登場したので、この映画でも主人公たちが地球に降りたら怪獣がわっさわっさと出てくるかと思ったが、ラドンタイプの翼竜が出てきただけ。しかも新種だから(私の中では)盛り上がらない。 今年3月の「キングコング」の時にも言ったけど、私は基本、怪獣が都市で暴れる、という画が好きなので、森の中で暴れても盛り上がれない。 あとはやっぱり音楽かな。 なんだかんだ言っても伊福部サウンドが流れれば納得しただろうけど(もちろん大島ミチルのように伊福部サウンドがなくても大丈夫な時はあるけど)、それもない。 そんな訳で金曜日の22時過ぎにという疲れている時に観てるせいもあって半分寝ている感じで観ていた(寝落ちはしなかったと思う)。 冒頭の地球が怪獣にやられていくシーンで「メカゴジラが起動しない!」と言ってるシーンがあったけど、次回作(18年5月公開)ではこのメカゴジラが登場する模様。 5月とは微妙な時期に公開だなあ。夏、正月などのメインの時期にやらないところが「この作品では勝負しない。あくまでつなぎ」という東宝の本音が見える気がする。 ラストレシピ〜麒麟の舌の記憶〜日時 2017年11月12日16:20〜 場所 新宿ピカデリー・シアター6 監督 滝田洋二郎 一度食べた料理の味を再現できる天才的な舌を持つ男、佐々木充(二宮和也)は理想の料理を追求してレストランを開いたが、気に入った料理が出来ないと「今日は出来ません」と客を帰してしまう完璧主義が災いして店は潰れ、数千万円の借金が残っていた。今は金持ちが「かつて食べたあの料理が食べたい」というと出張して100万円でその料理を作る料理人になっていた。 そんな佐々木の元に北京から注文が入る。報酬は300万円。仕事の内容は「かつて満州で山形直太郎という料理人が作った『大日本帝国食菜全席』という料理のレシピを見つけだしてほしい」というものだった。 依頼人は中国で一番の料理人、楊晴明だった。なにか胡散臭いものを感じながら、山形が天皇の料理番だったことから宮内庁を訪ね、かつての山形の同僚や、その縁で部下の鎌田を紹介してもらう。 鎌田の話では山形は関東軍の三宅(竹野内豊)の命令でその料理を作っていたというのだ。苦難の末にその料理は完成したのだが。 「戦時中の満州での日本軍の陰謀を幻の料理レシピというものを題材にした映画」という感じで「戦争と人間」とまでは行かなくてもそれに近いものを期待しつつ、そうは行かないだろうな、という気分で鑑賞。 満州での山形の料理シーンがやたら長く、「やっぱり描きたいのはそっちか」という気になる。映画を観てると言うより「テレビのグルメ番組」を観てる気分になった。 私はもともと料理にはあまり興味がなく、金があれば映画に使ってしまうタチなので、この辺は観ていて退屈である。 しかしテレビのグルメ番組、名店紹介番組が隆盛なのだから一般的にはこちらの方が受けがいいのだろう。 まさしくテレビ屋さん(企画としてAKBの秋元康がクレジットされている)の発想だなあと思う。 ラストで実は佐々木充は山形直太郎の孫だった!という展開でまさかそんな展開は想像していなかったので驚いた。関東軍の野望というのは「天皇が満州にお越しの際に出す『大日本帝国食菜全席』に毒を混ぜて満州国皇帝溥儀が天皇を暗殺しようとした」という事件を起こすためだった、というもの。後に関東軍が仕掛けた事件などを考えるとありそうなことである。 料理と戦争という二つお題をうまく絡めた題材はよく考えられてはいたが、私にはちょっと話がぬるいというか甘すぎた。 まあこの方がさっきも書いたように一般的にはいいのかも知れないが。 マグニチュード 明日への架け橋日時 2017年11月15日 場所 DVD 監督 菅原浩志 製作 平成9年(1997年) 昭和51年、テレビで「およげ!たいやきくん」が流れている頃、中神島を震度5の地震が襲った。佐伯辰雄(田中邦衛)、美代子(高橋恵子)、息子・誠の一家は地震ではなんとかなったが、消防署員である辰雄は緊急出動した。しかしガス管が破裂していたため、佐伯家は火災になり誠は助かったが、美代子は亡くなった。美代子の両親(佐藤慶、樹木希林)は誠を辰雄から奪うようにして引き取っていった。 20年後。今は誠も消防署員として働いており、中神島の消防署の隊長として赴任した。 誠と辰雄は20年間会っておらず、中神島に帰って辰雄を訪ねようとしたが、家の前で帰ってしまう誠。 辰雄は今は漁師をしていて消防団員として活動していた。小学校の教師陽子(薬師丸ひろ子)は辰雄を常に気にかけていた。陽子の小学校に防火訓練に向かう辰雄。しかし悪ガキがいたずらしたため、学校の倉庫が火事になり、その悪ガキがあやうくなくなる事件が起こった。 誠たちの活躍で悪ガキたちは助かったが、誠は辰雄に「防火訓練で火事を起こすってなんだよ!」と怒鳴ってしまう。 ディスクユニオンでたまたま見かけたDVD。全く知らない映画だったが、キャストは豪華だし、地震ものの映画は好きなので安かったので(650円)購入。 ネットで検索すると劇場公開もされたらしい。 阪神大震災を受け、「あの災害を忘れないように」と地震の啓蒙のために映画人が各種団体、会社から寄付を受けボランティアで製作したようだ。 低予算は解っているけど、そういう問題ではない。 「阪神大震災の教訓を生かしたい」というのが趣旨だろうに、全く生かされていない。 正直、誠と辰雄の親子喧嘩の話なのだ。 それにしても脚本に穴がある。 誠は辰雄が家族を後回しにして出動したから母親が死んだと思っている。ならばなぜ誠は消防士になったのか?なった段階で父親の苦悩は理解しているはずである。 それに最初の地震で美代子がガスの火を消したにも関わらず、床下のガス管の継ぎ目がはずれてガスが漏れていたのだから、せっかくのガスを閉めたのが役に立っておらず、残念である。 阪神大震災の教訓を生かすなら、「あの時ああすれば助かった」「ああしてしまったから助からなかった」というエピソードを入れ込まねばいけないんじゃないかなあ。 辰雄がなぜ20年後に漁師になっているかも不明。定年後、漁師になったのか、それとも妻を救えなかったのを苦にして消防士を辞めたのか? 陽子がやたら辰雄の世話を焼くので「ご近所さんなのかな?」と思ったら、20年前の地震で助け出した少女が陽子だった、という展開。 その後、辰雄は漁の最中にワイヤーに巻き込まれて(しかも辰雄のミス)で入院してしまう。そして誠が今度見舞いに来るという前夜、またしても地震が起こる。 自宅にいた陽子は机の下に隠れるのだが、家の屋根が落ちてきてしまい、逃げられなくなる。ってそれじゃあどうすればよかったんだよ、結局だめな時はだめ、と言われてるようで「地震の教訓を生かす映画」になってない。 普通に震災を舞台にした親子喧嘩映画ならこれもありだろうけど、この映画の場合、この展開はないだろう。 そして病院から逃げ出してきた辰雄が傾いた家から助け出そうとする。 おいおいあんた退院間近とはいえ、入院患者だろ? 結局誠が駆けつけて、危うくなりながらも2人とも助けるんだけどね。 そういえば最初の地震のあとは辰雄は毎日雲の観察をして「地震雲の発生から地震の余地の研究をしていた」という展開。まるでギャレゴジ(2014)の原発事故以降事故の真相を追っていた父親のようだ。(これが元ネタか?そんなわきゃないけど) 崩れた街のカットがワンカットあり、低予算なりにがんばってる感はあるのだが、脚本の段階で根本的に方向性が間違ってしまったとしか思えない映画。 出資してくれた人々やボランティアで働いてくれた映画人もさぞがっかり下のではないか?という出来だった。 でも1997年の日本人は地震は地面が揺れて、火事が起きる心配だけだと思っていた。東日本大震災を経て、地震は津波も起き、原発事故も起きるのだと知るのである。 彼女が名前を知らない鳥たち日時 2017年11月12日13:20〜 場所 新宿バルト9・シアター3 監督 白石和彌 十和子(蒼井優)は工事現場で働く佐野陣治(阿部サダヲ)のマンションに暮らしているが、結婚しているわけでも恋人でもなかった。一日中テレビを見て、デパートに時計の修理やレンタルDVDが再生が出来なかったとクレームをつけていた。 十和子はかつて付き合っていた黒崎(竹野内豊)のことが忘れられなかった。デパートの時計売場の主任水島(松坂桃李)が家に伺って代わりの品をお渡ししたいという連絡があった。水島がどんな男かを確認した上で自宅に呼ぶ十和子。イケメンの水島は十和子の唇を奪っていった。数日後、自分で買ってきたという代わりの腕時計を渡し、その後ホテルへ。 ある日、十和子の元に刑事がやってきた。8年前に十和子と別れた黒崎はその後結婚し、5年前に失踪したという。気になった十和子は黒崎の結婚相手国枝カヨ(村川絵梨)を訪ねてみた。そこで出会ったカヨの叔父という男に何かいやなものを感じる十和子。 陣治が風呂場で血のついた仕事着を洗っている。それはどこかで見たような風景だった。 予告などで阿部サダヲが汚い格好をしてるから浮浪者なのかと思ったが、本作の中では一番まともな人間でちゃんと働いて女を養っている。しかもその女には好かれておらず、「お前にさわられると虫酸が走る!」とまで言われてるにも関わらずだ。 この陣治という男、いい奴だなあ、と思う。 水島も夜の川辺の公園の隅っこでその場で十和子にフェラさせたり、自分勝手な男である。しかも「タクマラカン砂漠がどうした」と十和子に自慢げに語っていたが、それが実は単なる本の受け売りであると解ったり、十和子にプレゼントした時計も3000円の安物だったと解る後半の展開は痛快だ。 5年前に失踪した黒崎は「俺の借金のために国枝と寝てくれ」と言われた十和子が殺していたという真相。本人は記憶を自分で消しているが、そのあと始末を陣治がしていたのだ。 「愛の物語です」とかの宣伝文句があったけど、いや献身的に十和子に尽くす陣治の姿は涙ものである。 阿部サダヲは今年の男優賞ものだと思う。 セックスシーンが多いのだが、蒼井優もおっぱいを見せなかったり、やってるところをちゃんと見せないので不満。そりゃ蒼井優を脱がせられなかったかも知れないけど、ちゃんとやってればもっと作品がこちらに迫る物が違ってきたと思うがなあ。まあ作ってる方がいちばん解ってるだろうけど。 期待していなくてパスする予定だったが、観てよかった映画だった。 絞首台の下日時 2017年11月11日15:00〜 場所 シネマ・ノヴェチェント 監督 西河克己 製作 昭和34年(1959年) 北海道で兄と農業をしている佐伯千早(稲垣美穂子)に恋人だった柳本憲(赤木圭一郎)から葉書が2年ぶりに千葉から来た。2年前東京へ出ていったままの憲だったが、音信不通になっていたのだ。千早は早速千葉に向かう。その途中で憲と千早の共通の友人の島本にも出会い、二人で千葉に会いに行く。しかし葉書に書かれていた憲の住所は刑務所だった。憲は刑務所に入っていたのだ。 千早は兄の友人で元新聞記者で今は個人で記者をしている乾(長門裕之)を訪ねる。乾は憲が殺人を犯したときの事件を取材したこともあった。 憲の弁護士の岩淵(永井智雄)とともに再び憲を千早、乾の3人で刑務所に面会に行った。しかし憲は脱走していた。 そして島本が殺されたと解った。そこへ乾の元に岩淵弁護士の元で働いているという多田(浜村純)という男が訪ねてきた。多田は憲に関してのネタを乾に売りに来たが、「高すぎる」ということで断った。 しかしその多田も殺された。 そして乾の元に「この事件から手を引け」と電話がある。 乾の元に憲から「葉山の岩淵の別荘に来てくれ」というメモが来た。 行ってみた乾だったが。 シネマ・ノヴェチェントで野呂圭介さんを招いての上映会。赤木が主演時代になる前の1本ということで見に行ってきた。ミステリーは基本好きだしね。 控訴もせずになぜ憲が刑務所に入ったかということで冤罪とか、何かを隠してるという方向に行って再捜査して、前の事件には真犯人がいた!という展開になるのかと思ったらさにあらず。 岩淵が実は事件の黒幕で憲を脱獄させたのかと思われたが、では何のために?とすっきりしない。 そしたら乾の元にかかってきた電話の録音に入っていたジェット機の爆音から米軍基地の近くだと解って行ってみたら、憲が撃たれる現場に遭遇と話が予想外の展開に向かっていく。 で、2年前に富山で沈没した船から憲は何かをサルベージしようとしていたとわかり、乾たちは富山へ、という展開。 途中千早が北海道に帰る途中で行方不明になったり、いろいろとわき道にそれるエピソードがいっぱいだ。 乾は恋人で医者で潜りも得意の久美子(渡辺美佐子)と富山の海に潜り、沈没した船からフィルムを見つけだす。 そのフィルムを追って外人(たぶん米軍関係者)も出てきて話はどんどん最初に予想された展開とは違った展開へ。 二転三転の展開で面白くもあるが、ちょっと話が明後日の方向にいきすぎた感はある。 結局そのフィルムには何が写っていたかの説明はなし。マクガフィンというやつか。 ヒッチコックの映画風ではあるが、最初に登場した千早と乾を主人公にして話は展開させるべきだと思うし、憲が刑務所に入った事件は米軍関係者から逃れるためだった、というオチで、それは面白いネタだと思うが、シナリオがもう一つ整理しきれてない気がして、どうにも惜しい映画だったと思う。 ゲストの野呂圭介さんには鹿児島で生まれてから映画俳優になる経緯(いろいろ紆余曲折あった)から、日活同期入社の赤木圭一郎の思い出、「どっきりカメラ」までいろいろと伺うことが出来、楽しかった。 ザ・サークル日時 2017年11月11日11:45〜 場所 TOHOシネマズ川崎・スクリーン2 監督 ジェームズ・ポンソルト 水道料金の支払い催促の派遣の仕事をしているメイ・ホランド(エマ・ワトソン)は友人アニーの紹介で巨大SNS企業のザ・サークルに入社できた。 ザ・サークルは人気SNSトゥルーユーの顧客対応だった。会社に入って週末は両親の元に帰るメイ。しかし会社の上司に「どうして社内のサークルに週末は参加しないの?もちろん強制ではないけど、みんなもっとつながりあいましょうよ!」とやんわり叱責される。 会社の行事に参加するメイ。しかし週末は両親の元に帰れなかった。両親とテレビ電話で話したときに鹿の角で作ったシャンデリアを見せてくれた。それはメイの幼なじみのマーサーが作ったものだった。それをついSNSにアップするメイ。しかしそれがきっかけで「鹿を殺している!お前が死ね!」とマーサーの元にメールが来て、メイの元に怒ってやってきた。 それがきっかけで気分直しに夜の海でカヤックを無断借用し、海に出るメイ。しかし大きな船にぶつかって溺れそうになる。だが救助隊が助けてくれた。救助隊が助けてくれたのは偶然ではない。 ザ・サークルが運営する町をウォッチングするカメラにメイが写ったから通報してくれた人がいたのだ。 メイは社長のイーモン・ベイリー(トム・ハンクス)に呼ばれた。「内緒に一人で海に行くからこんなことになってしまったんです」「そうだよね、じゃあ秘密をなくそう。これからは君の日常をSNSで中継するんだ。そういう当社の新しいサービスを試してみよう」と言われる。 その日から彼女の日常はトイレの時間をのぞいてすべて公開する庫になる。 ツイッターやフェイスブックに代表されるSNS社会。(最近ではインスタグラムも現れた。フェイスブックはやってないけど、ツイッターはお世話になっている。 そんなSNS万能社会に警鐘をならすような映画かと思って見てみた。 結論からいうと「SNSは悪用される危険がある」という至極当たり前の結論だった。 監視カメラのおかげでメイは助かった。しかしSNSでさらされてマーサーは非難を受け、メイとは疎遠になる。(マーサーが登場したシーンで、「今度食事しましょう。また連絡するわ」というシーンでマーサーが「今いるのにさ」とつぶやくシーンがよかった。SNSのおかげで今の人は「また連絡する」が口癖になった) メイがザ・サークル社の新製品発表で「この世界中が見ているシステムだったら犯罪者を見つけだすことなど簡単だわ」と言って10分で指名手配犯を見つけだす。このシーン、どこかで観たことあるな、と思ったがそれはGWに観た「ラストコップ」だったかな。 次に「マーサーはどうしてる?」という話になり、マーサーは見つけだされる。しかし彼はフォロワーから逃れようとして車で走っているうちに事故死してしまう。 そしてメイがとった方法とは?という展開。 プライバシーのない「すべてをシェアする社会」を表向きはベイリーは目指すわけだが、その真の目的は?ということでラストではベイリーや会社幹部のメールその他すべてが公開されるようになって焦る、というところで終わる。 ネット社会は監視社会につながり、それはいいことなのか?という至極当たり前の結論ですこしがっかりした。 いや、その結論には賛成だが、あまりにも当たり前だったので。 映画を観終わって電車の中で近頃の選挙でも話題になったネット投票を思い出した。ネットで投票したら自分が誰に投票したか政府に筒抜けではないか?もちろん「個人情報は保護されます」と言うだろうけど、そんなもの何とでもなる。 そうするとネット選挙では与党に投票した人にだけ特典が与えられる、もしくは野党に投票すると不利益がある、そんなことも可能だと思う。 やっぱりネット選挙には私は反対である。 本日ただいま誕生日時 2017年11月5日11:00〜 場所 神保町シアター 監督 降旗康男 製作 昭和54年(1979年) 昭和20年、満州から引き上げの途中の牡丹江の病院で凍傷が原因で両足を切断した大沢雄平(植木等)。重症患者は日本に返されることになり、歩けない患者には付き添い4人が許可され、日本に帰ることに。横田兵長(川谷拓三)や坂本少尉(中村敦夫)らが付き添いを買って出た。だが途中で汽車は止まり、満州の荒野を徒歩で移動を余儀なくされる。しかし結局横田や坂本は大沢を荒野に置き去りにして去っていった。もはやこれまでと思われた大沢だが、地元の中国人に助けられ、なんとか日本に帰り着いた。しかし実家の寺は大沢が住職になるはずだったが、今は本山から来た人が住職になっている。実家は貧乏で大沢を世話するのは大変だ。 それを理解している大沢は「生きて帰ってくるんじゃなかった」と思うが、母の「生きてくれていてよかった」の言葉に救われる。 義足で歩くことを覚え、なんとか社会復帰する大沢。自分の上官だった佐伯連隊長の家に遺品を届けたことがきっかけで世話なる大沢。そこで連隊長の姪にあたる高子(宇津宮雅代)と知り合った。彼女も終戦の混乱期に米兵に犯され、人生を狂わされていた。 足の再手術で再び入院し、病院の一角で貸し本屋を始める大沢。政府への傷痍軍人補償問題にも取り組み、仲間も増えていく。 そんな時、満州で自分を捨てていった横田や坂本と再会。朝鮮戦争の景気や傷痍軍人会のつながりで地方の特産品を安く手に入れて売る会社を起こし、成功する。しかし戦争の終結とともに景気は冷え込み、会社は倒産した。しかも残っていた現金はすべて横田にだまし取られた。 そんな時、高子と再会した。高子とはしばらくは生活していたが大沢も収入がなく、高子は水商売から客と寝るようになって二人は別れた。 ただ一人になった大沢は再び坊主になる決意をする。 植木等主演映画。寺の息子でもある植木等が資金不足の為に未完成になりそうになった本作を何とか完成させた曰く付きの映画。1979年に東映系で公開されたが、地味な映画でもあり、ヒットしなかった。 いつか機会があったら見たいと思っていたのだが、名画座などでも上映の機会がなかったが、3年前の2014年の東京国際映画祭で上映された。 その際にことの経緯が発表されたが、35mmプリントが行方不明になっていたそうだ。 そしてそれがハナ肇の自宅の倉庫から発見されたという。フィルム缶の表のラベルには「本日ただいま参上」と記されており、プライベートフィルムだと思われてなかなか日の目を浴びなかったらしい。 で、その時の東京国際映画祭での上映の日に、ポレポレ東中野での反原発ドキュメンタリー映画と菅原文太のトークイベントが重なり、そっちを優先したためにこの映画は観なかった。(その1ヶ月後に菅原分太は亡くなった。だからそっちに行って正解だったと思う) その後、日本映画専門チャンネルでも放送され、録画もしたが、そっちは観ていない。やっぱり映画館で観たいと思っていたので、今回神保町シアターでの「渡辺プロ特集」で上映されたので鑑賞。 「駄作」とかあまり評判がよくなかったのだが、なかなかどうして迫力がある。特に満州での横田や坂本による置き去りはぞっとさせる。傷病兵の付き添いで帰ろうとする、というのは先日の「ダンケルク」にも出てくるエピソードでやはり世界中どこでも同じだ。 その後も会社を起こして成功して倒産して、という波瀾万丈の人生は映画のテンポもよく、飽きがこない。両足を失ってなお旺盛な生命力の大沢にただ圧倒される。 でも坊主になって托鉢をし始めてから、どうも映画失速する。知り合った老婆の孫娘が川崎にいるのだが、その娘は口が効けない、伊豆の旅館に母親がいるらしいのだが、なんとか二人を再会させてほしい、と頼まれて引き受けたのはいいが、それが結局知り合った乞食仲間(大泉幌、戸浦六宏ら)の一人(戸浦)に連れ去れてしまう。 そこでこのエピソードは終わりで、荒れた寺の観音様の前で大沢は悟りを得て「本日ただいま誕生しました(生まれ変わりました)」的なことをいうのだが、どうにもこのクライマックス的な盛り上がりに欠け、物語が失速してしまった感がある。 どうもうまく原因がつかめないのだが、前半の波瀾万丈に比べ、後半の坊主になってからが地味だから失速してしまったのか。 ちょっと残念な映画だったと思う。 またハナ肇(虚無僧)、谷啓(あたり屋)、そば屋の主人(犬塚弘)、タクシー運転手(安田伸)、交番の警官(荒井注)がワンシーンずつゲスト出演。 和服姉妹 愛液かきまわす日時 2017年11月4日18:53〜 場所 上野特選劇場 監督 浜野佐知 製作 OP映画 神父のシバサキトシカゲ(牧村耕次)は居酒屋の店長をしている息子のカズヤ(津田篤)から「結婚を考えている女性」としてツキハラナツキ(浅井千尋)を紹介される。ナツキは妹のフユミと「和服姉妹」という和服のリサイクルネットショップを経営していた。 ある日、外でばったり会うナツキとばったり会うトシカゲ。トシカゲはナツキに、ナツキはトシカゲに惹かれる。トシカゲはその夜、ナツミが自分の顔の上でシコを踏んでいる夢を見る。 トシカゲの家に信者と名乗る人から電話がかかってきた。出てみるとそれはナツキだった。ナツキはカズヤのことで相談があるので家に来てほしいという。そういわれては父親として行かないわけにはいかない。 しかしナツキの部屋に行くとナツキは迫ってきた。「私はカズヤの父親だ」と最初は抵抗したトシカゲだったが、やがて二人は絡んでいく。 その関係は何回か続いていた。ある日、フユミは姉とカズヤの父親が絡んでいるところを目撃してしまう。 フユミはそれをカズヤに話す。一方トシカゲとナツキの関係はますます深まっていった。最初は迷っていたトシカゲも今は迷いはない。 カズヤはフユミから部屋の鍵を預かり、ナツキたちの部屋にトシカゲが入ったのを確認すると、時間を開けてその部屋に踏み込む。しかしその場でトシカゲは腹上死した。 監督・浜野佐知、脚本・山崎邦紀の旦々舎作品。 ピンク映画らしいピンク映画で、正直可もなく不可もなく、である。 ただ欲を言えば、トシカゲとナツキが関係を結ぶまでもう少しじらしてもよかったかな、と思う。 「出会いました。やりました」ではちょっと工夫が足りない気がする。 ナツキがなぜトシカゲとそういう仲になったかに関しても、フユミが「うちは両親が早く亡くなったから、お姉ちゃんが年上に惹かれるのも解るんだけど」という台詞だけ。 もう少しなにか要因があったほうがもっと面白くなった気がします。 その辺が残念です。 先生!、、、好きになってもいいですか?日時 2017年11月4日13:35〜 場所 TOHOシネマズ上野・スクリーン6 監督 三木孝弘 島田響(広瀬すず)は世界史の伊藤先生(生田斗真)が気になっていた。普段はぶっきらぼうだが、妙に優しいときがある。 ある日、部活で遅くなった帰りに誰かに追いかけられたと思って駆けだしたところ、転んでしまって足を怪我した。たまたま通りがかった伊藤先生に病院まで送ってもらった。 また担任の先生に数学の問題を居残りを命じられ、遅くなったとき伊藤先生が手伝ってくれた。 実は美術の中島先生は伊藤先生が好きらしい。ある日、響は伊藤先生に告白する。「先生、好きになってもいいですか?」先生はもちろん断った。しかし響は「今度のテストで世界史で90点以上取ったらいいでしょう?」と引かない。響は97点を取った。 文化祭の日、響たちのクラスは仮装で女子はウエディングドレスを着ることになった。響はその姿を伊藤先生に見てもらおうと学校中を探す。伊藤先生は屋上にいた。屋上でウエディングドレス姿を披露するが「似合ってない」とにべもない。しかし伊藤先生は抱きしめ、キスしてくれた。 だがそれがきっかけで・・・・ 広瀬すず=生田斗真のW主演作。そういえば広瀬すずって恋愛映画にはあまり出た印象がない。「海街diary」「怒り」「ちはやふる」「四月は君の嘘」「チアダン」「三度目の殺人」。どれも違う。「四月〜」はどっちかというと恋愛より難病ものだったし。 というわけで恋愛の相手が生田斗真のイケメン先生。 一応「無愛想でどこがいい?」と友達に言われる伊藤先生だが、やっぱり生田斗真が演じると髪はボサボサにしてネクタイはだらっと締めていてもやっぱりかっこいい。 こういうかっこいい先生なら美人女子高生も惚れちゃうよなあ。 この手の恋愛映画って「こういう男に愛されたい!という女子の妄想炸裂!」な印象が残ることが多いのだが、本作は同時に「おっさん妄想映画」である。 「俺、もっさりしていて無愛想でイケメンじゃないけど、美人女子高生に好きです!って言われて迷ってみたい」みたいなおっさんの妄想を描いていておっさんとして楽しい。 相変わらず広瀬すずは最高である。アップになったときの微妙な表情、絶妙な台詞の言い方、ちょっとハスキーな声。共演の若手女優などとは雲泥の差。 生田斗真もちょっとくたびれた大人が実に似合ってきた。もとが綺麗だから何をやってもかっこいいんだよね。 映画の方は屋上でのキスが1年生に写真を取られてしまい、それがツイッターで拡散して問題になってしまう。責任を取って伊藤先生は転任、という形だが、最後は響が卒業したら付き合おう、というハッピーエンドで終わる。 という感じで生田斗真と広瀬すずの美形ぶりをただただ楽しむ映画である。もうそれだけで十分である。 氷菓日時 2017年11月4日10:45〜 場所 TOHOシネマズ上野・スクリーン2 監督 安里麻里 折木奉太郎(山崎賢人)は高校入学と同時に古典部に入部した。単に今は世界放浪中の姉の手紙による命令で入っただけで、別に何かをしたかったわけじゃない。ところが入ってみると千反田える(広瀬アリス)がすでにいた。退部も考えたがタイミングを失いそのまま部にいることに。 千反田と奉太郎が出会った時の「古典部部室鍵かけ事件」を解決したことがきっかけで奉太郎の友人福部里志(岡山天音)も入部、さらに伊原摩耶花も入部した。 部活動として文化祭に向けて文集を出そうということになった。そんなとき、奉太郎は千反田に呼び出される。「私の叔父関谷純は博識で小さい頃の私に何でも質問に答えてくれました。しかし『古典部』に関する質問をしたときに私は叔父の答えを聞いて泣いてしまったのです。それがなぜ泣いたかとを調べてください」 奉太郎もあまりに突飛な依頼に驚く。だが、結局、福部、伊原と一緒に33年前の古典部に起こったことを調べ始める。 原作既読。夏に書店で「山崎賢人主演で映画化!」の帯を見て「小説なんだからたまには予習して見るのもいいか」と思って買ったのがきっかけ。 殺人事件が起こるような事件はなく、あくまでも高校生活でもありの事件を主人公が解決する話。「ハルチカ」シリーズもそうだが、最近はこういうのが学園ミステリーなのか。 また山崎も「オオカミ少女と黒王子」では金髪、「四月は君の嘘」ではめがね、「一週間フレンズ」では天然パーマと普通の黒髪、素顔の映画がなかったが、本作は久々の黒髪、素顔でビジュアルも楽しめそうだ。 (前髪が目にかかるのが少し気になったが) 原作を読んで思ったのが、動きは少ないし、「映画にしにくい小説だなあ」ということ。説明台詞ばっかりだもの。 どうなるかと思ったら、前半は奉太郎のナレーション多数。 ナレーションを使って説明するというのは普通は映画のシナリオでは忌避されることなんだけどね。 これを映画にするのを「逃げた」と思うか、「原作に忠実にした」と思うかは判断の別れるところ。 奉太郎が推理をするところで奉太郎の周りを360度カメラが回って動きを出しているが、やっぱり苦しさは感じる。 例の千反田さんの家でそれぞれが推理を披露するシーンは、回想シーンや伊原のマンガを入れたりして苦心はしてるのは解る。 それでも正直、映画を最後まで見せきってしまうのは山崎賢人の存在感だろう。もはやスターの風格まで備わってる感じがある。 原作はすでに2巻まで読んで続きも読んでいくつもりだから、この後も映画化してほしい。 山崎賢人の奉太郎ははまり役。他の役者がやったら単に「脚本が苦しい映画」にしかならなかったに違いない。 要は山崎賢人やっぱりすごい!という印象が強く残った。 シンクロナイズドモンスター日時 2017年11月3日 場所 新宿バルト9・シアター7 監督 ナチョ・ビガロンド ニューヨークでネット記事のライターをしていたグロリア(アン・ハサウエイ)だったが、ある記事でダジャレを書いたことが逆に炎上してしまい、そのことがきっかけで会社をリストラされた。その後1年、高収入の彼氏ティムの家に居候し毎晩飲み歩き朝帰りの毎日。ティムにも愛想を尽かされて子供の頃に住んでいた町に帰ってきた。家具も何もない生活だったが、偶然小学校の同級生のオスカーに再会。彼は今父親がやっていたバーを継いでバーを経営しているという。 オスカーは何もないグロリアに何かと親切にしてくれた。そしてオスカーのバーでウエイトレスとして働くことになった。 そのとき、遠く離れた韓国ソウルに怪獣が出現したというニュースが駆けめぐった。しかしグロリアは自分となぜか動きが似ていると直感した。怪獣が現れた時刻は自分は公園にいた。その公園にもう一度行ってみて、遊具のある一角に入るとやはり怪獣が出現した。怪獣は自分とシンクロしている!。この事実をオスカーや店の常連のジョエルやガースに話す。 「ソウルに怪獣が出現してそれは実はアメリカに住む女性とシンクロしていた」という怪獣ネタっぽい映画だと聞いたので見に行った。 監督は日本の怪獣映画オタクらしいのだが、じゃあ東京じゃなくソウルなのはなぜ?というのは色々と大人の事情があるらしい。 (最初ネットで予告編を観たときは韓国映画かと思った) でもグロリアがノートパソコンの扉(ディスプレイの裏側)に葛飾北斎の「神奈川沖波裏」を貼っているし、布団付きソファーをもらって「布団サイコー」というから主人公は日本ファンなのだろう。 で、面白かったかというと別に、としか言いようがない。そもそも怪獣映画を期待していったのが間違いだったんだろう。 要するに「仕事も恋もうまく行かなくなった酒飲みのダメ女」と「女を征服したがる一見優しそうに見えて実はDV予備軍の男」の話なのだ。 そんなの好きになれない人物が登場人物になっては映画を好きになれるはずがない。 映画の方はバーの常連のガースをちょっと誘って一晩を過ごしたのだが、それを知ったオスカーは嫉妬してパワハラしまくり。元彼が迎えに来たこともあって、ニューヨークに帰るとグロリアが言えば「じゃ俺はソウルに行って暴れまくってやる!」と宣言。完全にDV男になっている。 (書いてなかったけど、オスカーがその公園に入るとソウルに巨大ロボットが登場するのだ。もう「パシフィック・リム」である) そしてグロリアは自分でソウルに行く。オスカーは公園に入ってソウルにロボットを登場させている。グロリアはソウルに行ってロボットと対峙する。すると今度はアメリカのオスカーの前に怪獣が出現する。 グロリアがソウルで腕を動かすとアメリカのオスカーが怪獣に捕まる。それで最後にはオスカーを投げてしまう。 おいおいソウルではロボットが一人で飛んでいったけど、アメリカじゃオスカーが投げれて飛んでいったぜ。あれ死ぬだろ?いいのかよ? ちなみにソウルに怪獣が出演する説明として、小学生の頃ソウルのミニチュアを工作したのだが、それを今の公園の所(当時は荒れ地だった)でオスカーが壊してしまい、それが怨念となったということらしい。 なんか苦しいなあ。 というわけで私にはあわない働くダメ女の恋愛話でした。 (あと今日の上映で映画がフリーズする、という上映トラブルを初めて経験した) |