2023年7月

   
トゥ・クール・トゥ・キル〜殺せない殺し屋〜 軍旗はためく下に 竹取物語 セフレの品格(プライド) 初恋
GORATH(妖星ゴラス・ドイツ公開版) 地球侵略27日目 リバー、流れないでよ 君たちはどう生きるか
交換ウソ日記 東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編-決戦- インディ・ジョーンズと運命のダイヤル(IMAX) 刑事キャレラ 10+1の追撃

トゥ・クール・トゥ・キル〜殺せない殺し屋〜


日時 2023年7月30日19:35〜
場所 TOHOシネマズ日比谷シャンテ・スクリーン2(2階)
監督 シン・ウェンション


港町のボス(チェン・ミンハオ)は殺し屋カールに命を狙われていた。部下のジミーにカールを見つけてくるように命じる。ところが殺し屋カールの顔は誰も知らない。ちょうどその時にジミーは映画製作で大赤字をさせた映画監督のミラー(ホァン・ツァイルン)を追い込んでいたが、ミラーの姉で人気女優のミラン(マー・リー)が「カールを知っている」と言ってきた。
ミランにしてみればジミーに「金を返せないなら結婚しろ」と言われており、弟と逃げるためにとりあえずでまかせを言ったのだった。
困ったジミーとミランは万年エキストラのウェイ(ウェイ・セイコウ)に「殺し屋の役だ」と言って彼をカールに仕立てることにする。
もちろんウェイには本当のことは言えない。あくまで映画は台本なしで役者のアドリブで芝居をし、カメラは隠してあるとだけ伝えた。
ジミーによってボスに引き合わされるウェイ。しかし堂々とした態度がボスに気に入られ、兄弟分となる。
気に入られたウェイはイタリア人との取引に通訳として駆り出される。
万事休すと思われたが、ウェイはイタリア語は独学で覚えていたのだ。
再び何とか切り抜けたが。


三谷幸喜の「ザ・マジックアワー」の中国版リメイク。
Twitterなどでは映画情報は全く伝わってこず、本当に宣伝したのかも疑わしい映画。私自身は朝日新聞木曜日夕刊の三谷氏の連載コラムで知った次第。
観ようか迷ったが、次の木曜で終わるそうなので、鑑賞。
(ちなみに上映は1日1回で都心ではここ日比谷だけ)

それなりに笑ったよ。
特に前半のボスと初めて面会するシーンでナイフをなめて見栄を切るあたりはそのままで笑った。

ただしねえ。
この中国人キャストたちは普段から喜劇役者の人たちらしい。
日本で言えばドリフターズとか、吉本新喜劇のような感じの人たちと考えればいいのだろうか?

日本版は妻夫木聡や佐藤浩市などの普段は喜劇をやらない人たちが演じることが面白さの一つだったのでどうなのかねえ。
つまんなくはなかったけど(何回か声を出して笑ったし)、私はオリジナルの方が好きかな。まあ日本版は妻夫木聡がメインキャストだったこともあるけど。

美術面では港町の作り物感などはオリジナルを踏襲していたな。
でもラストのメイキングっぽいものでブルーバックの前で撮影して背景の多くは合成らしい。
中国の撮影技術はハリウッドに負けないようだ。






軍旗はためく下に


日時 2023年7月29日16:30〜
場所 アテネフランセ
監督 深作欣二
製作 昭和47年(1972年)


年に数回行うシナリオ作家協会の上映イベントでの上映。
今月は「軍旗はためく下に」で脚本の長田紀生さんがゲスト。
聞き手は井土紀州。
これは聞き逃せないと思って参加。

映画の内容は省略。
数年振りに見たけど、丹波哲郎が死刑になる直前に粥を食べるシーンはすごかったなあ。

長田さんの参加のきっかけについては
「原作は直木賞も受賞していたのでその時に読んでいたが、後に自分が脚本で参加するとは思っていなかった。後に深作監督が原作の映画化権を押さえて準備をしているのを知っていた。新星映画社のプロデューサーがベテランの脚本家と若手監督を組ませるの方針だったので、新藤兼人さんに脚本を任せた。しかし出来上がった脚本を深作監督が気に入らなかった。
それで脚本を長田さんと作り直した」

事実上、新藤兼人の第1稿はボツになったということらしい。だから長田さんは新藤さんとはこの映画に関して打ち合わせや議論をしたことはない。

新藤さんの脚本は兵隊が夜這いをする話とかで、要するに戦争という極限下における「生と性」みたいな感じだったらしい。
旅館に1ヶ月こもって書いたりしたけど、大抵の場合、20日は議論や話し合いで、原稿用紙に向かうのは後半の10日だけという感じ。

深作監督は戦後日本に関して感じてる違和感(ほかの作品でも同じだそうだが)をもっと出したかったという。
それがまずは天皇の戦争責任だった。
(実際公開初日に東宝の映画館に右翼の街宣車が抗議で来たそうだが、「ある意味右翼がこの映画のいいたいことを一番理解してくれた」と思ったそうです)

トップシーンはまずは昭和天皇、ラストも左幸子の「父ちゃんやっぱり天皇に花を手向けてもらうわけにはいかねえ。もっとも手向けてもらってもだからどうだとことだけど」というせりふにつながっていく。

丹波哲郎の処刑シーンも「天皇陛下〜」のシーンを受けて左幸子と三谷昇が「万歳って言いたかったんでしょうか?」「いや、もっと訴えかけるような、抗議するような言い方だった」と締める。
ここもストレート過ぎて普通は書かないけど、でも今回は書いたという。

同様のシーンで千田少佐が戦後金持ちになっている時「秩序の為には必要だった」「戦争はみんながやったことで私一人の責任ではない」という趣旨のことをいう。
これも戦後の政治家や高級軍人の言い分で、これも普通はここまでストレートには言わないけど今回は書いたという。

とにかく深作さんたちの「戦後日本で何か取り残されたものがある」という違和感が原動力なのだろう。

原作は連作短編とも言うべき話なのだが、戦時と昭和47年(制作時の現代)をつなぐ人間として左幸子やその娘を生み出したという。
この左幸子を探偵役としてミステリー的構成にしたのは本当に正解だったと思う。この構成だから映画の緊張感が保たれる。

今月号の月刊シナリオに「軍旗」のシナリオは掲載されている。
解説を原一男さんが書かれているが、やはり「ゆきゆきて神軍」との類似性に関して書かれていた。
その原監督が客席にいて、質問を一つ。
「新藤兼人監督は脚本作りから外されて、何か不満はおっしゃらなかったのですか?」
「あったかも知れないですが、私のところには来なかったです」という答え。

私も質問してみた。
「原作も拝読しましたが、事実上オリジナル脚本と言っていいぐらい違う。原作者の結城昌治は何かおっしゃらなかったですか?」
「あったかも知れませんが、私のところには聞いてないです」
あったとしても監督やプロデューサーで止まっていて脚本家には来なかったのだろう。
付け加えて「私も何本か原作ものをやりましたが、『下手な脚本家ほど原作を変えたがる』と言われました」とご謙遜なさってました。

長田さん曰く「よく運動ができる人を運動神経がいい、と言いますが、深作さんは映画表現神経がいい、という方でした。それは手持ちカメラの使い方とかによく現れてると思います」
おっしゃる通りです。
「映画表現神経がいい」、いい誉め方ですね。
たっぷりお話が聞けて満足です。





竹取物語


日時 2023年7月29日12:30〜
場所 国立映画アーカイブ・大ホール
監督 市川崑
製作 昭和62年(1987年)


ストーリー省略。
映画アーカイブの「逝ける映画人を偲んで」企画の中で中野昭慶監督の作品として上映。この映画をチョイスするのもどうかと思うが、複数の物故映画人に関わる映画を選ぶみたいだから、必ずしも代表作という訳ではないようだ。

公開時は映画から遠ざかっていた時期のため、DVDでは観たけどスクリーンでは初めて。
しかし詰まらんなあ。
なんかこう、すべてがずれまくっている。
以下箇条書きに。

1、そもそも企画が古い。
当時は70年代後半から始まったSF映画ブームで日本映画としても「最古のSF作品の映画化」ということで企画されたんだろうが、当時としても古くさい企画だったと思う。

2、監督が市川崑。
そもそも市川監督はこの映画にやる気があったのかね?
当時は「犬神家の一族」「ビルマの竪琴」のヒットで「日本映画最後の巨匠にしてヒットメーカー」扱いで、なんでもかんでも「大作は市川崑」みたいな空気でやってないか?
企画も向き不向きがあると思うけどなあ。

3、配役。
んでかぐや姫が沢口靖子な訳です。とにかく東宝としては売りたい女優だったんだろうけど、芝居は下手だしなあ。相手役の大納言が中井貴一。
この頃は本当に男優も女優もいなかったんだなあ。

もう三浦友和の時代でもないし、草刈正雄もそうはならなかった。
まだジャニーズは「学芸会」と言われていた時代で、ぜんぜん評価の対象じゃなかったしね。ジャニーズをドラマや映画に必須となったのは嵐ぐらいからじゃないか?

その中でも新人の映画初出演だった小高恵美が光っている。
彼女を主役にするにはまだ早かったんだろうけど、今から考えると彼女の方がよかった。

そして三船敏郎。そもそも三船をこの役にキャスティングすること自体間違っている。三船には合わない役だし、なんか事情があったんだろうか?
三船がまるで精彩を欠く。

4、特撮が見せ場になってない。
中井貴一と龍の戦いが見せ場になるべきだが、龍のデザインがただの首長龍だし、市川監督が特撮の出来に満足していなかったのか、とにかくカットが短い。
龍が出てきて2秒ぐらいでカットが変わるから、怪獣が一種見栄を切るような「どうだ!」というカットがないのだな。
やっぱり5秒はないとダメ。
今まで当たり前だと思っていた怪獣映画の編集の「間」が違っているので、どうにも消化不良感が残る。

5、最後のシャンデリア宇宙船はないだろう。
完全に「未知との遭遇」のパクリだし、円谷さんの時代のデザインのセンスでやりたくなかったのは分かるけど、やはりあれはない。
いっそ絵本に出てくるような「牛車型」でもよかった気がしますが。
でもそれだど当時は古くさく感じたかな。

とにかくすべてを外しまくった「怪作」としかいいようがない。
もう観たくないかな。





セフレの品格(プライド) 初恋


日時 2023年7月28日20:30〜
場所 新宿バルト9・シアター4
監督 城定秀夫


森村抄子(行平あい佳)は36歳だが結婚が早かったので娘は高校1年生。しかしすでに離婚歴2回。今は派遣社員で働いている。同窓会で産婦人科医の北田一樹(青柳翔)と再会した。一樹の誘いでその晩のうちにホテルでセックスした。「今度食事でもしない」と抄子は誘ったが「そういうのはいい。セックスだけをしたい」と恋人にはならずセックスのみのつきあいをしたいと言ってきた。
同窓会で同じく再会した華江(片山萌美)は高層マンションに住み、一見幸せそうだったが、乳ガンで乳房を切除し、夫はセックスしてくれなくなった。それを一樹が心のケアをしてくれるうちにセックスもするようになったという。華江は時々「3人でしよう」と誘ってくる。
抄子は職場の上司の栗山(新納慎也)に結婚を迫られていた。
一樹が愛のないセックスしか関心がなくなったのは失敗した結婚生活のためだった。父親(川瀬陽太)が院長を勤める医院に勤務している一樹だが、その看護師に惚れて結婚したのだった。子供も産まれ、数年が経った頃、一樹は妻が父親の愛人で今も肉体関係を持っているという事実だった。
それ以来、女性を愛する気がなくなり、単なるセックスの相手でしかなくなった。


城定秀夫監督の新作。前後編の作品で「初恋」は前編。8月4日に後編が公開される。
前知識も持たずに城定作品というだけで鑑賞。

全然映画の世界に入れなかった。
まず主人公。20代女性が主役かと思っていたが、高校生の子持ちの36歳。そして演じる女優さんにまるで魅力を感じないのだ。
ただのおばさんである。

ピンク映画並に濡れ場はあるけど、若い女優さんならともかく(私には)「ただのおばさん」にしか見えないのでまるで気分が盛り上がらない。
さらに相手役の一樹。これが30代後半の中年太りの始まったおっさんである。

こんなおっさんとおばさんのセックスとか色恋見せられてもまるで気分があがらない。
そんなおばさんだけど、一樹だけでなく、会社の上司にも迫られたりして「はあ?勝手にしろ」という感じである。

原作がレディースコミックという女性向けの成人コミックのようだから、その辺は男性向けの成人コミックとは視点が違うのだろう。
だから私はターゲットではないので、私向けの映画ではない。
従って私が面白く感じないのは当然で、後編も観るかどうか迷ってきた。
たぶん一応観るだろうけど。
映画が終わった後に予告編があったけど、また別の男が登場するようだ。
「女子の妄想&願望映画」だね。(いけないと言っているのではない。ただ私には面白くないだろうな、という話)






GORATH(妖星ゴラス・ドイツ公開版)


日時 2023年7月22日14:00〜
監督 


ドイツで再編集されて彼の国で公開されたというバージョンを観る機会があった。素材はドイツで発売されているブルーレイ。アマゾン等のネット通販で購入可能だそうだ。

どんな改変がされていたか、備忘録として記しておく。
(言語はドイツ語吹き替えなので、台詞の内容がどう変わっていたかはさっぱりわからない)

タイトルが出る前の5分くらい、宇宙船のカットや宇宙ステーションのカット(平田昭彦や佐原健二さんが話してるカットなど)などがやたらと続く。やがてタイトルが出て隼号の土星探検の出発などが出てくる。どういうことかと思っていたら、どうやらハイライトシーンをトップに持ってきたらしい。
そう考えると確かに「ゴラス」ってトップのつかみは弱いんだよね。

で隼号がもう助からないとなった時の乗組員が思わず発した「ばんざ〜いのカットはなし。やっぱり万歳突撃は理解されないんだろう。

そしてゴラスが地球に衝突する、というニュースが報じられたとき、オリジナル版では新聞紙面がたくさん出てくるが、このドイツ版では各国のキャスターが報じている場面に差し変わっている。東宝特撮ではよくあるシーンだが、これは別の映画(東宝ではない)と思われる。

またゴラスのコースを図で示して説明するシーンがあるが、ここはドイツで撮影されたようだ。太平洋の絵が出てくるが「PACIFIC OCEAN」などと日本語表記ではなかったしね。

で後半に改変されてるのはマグマが出てこないという点だ。
マグマ登場のシーンでなにやら地震みたいなのが起きるのだが、マグマは出てこない。そして志村喬は南極に呼び寄せられて、ビートル(の元ネタ)の飛行機で上空を飛んで地上をレーザー攻撃する。どうやら地震か何かがあって、地層を破壊することで崩れそうなところは先に崩しておいたということなのか。
でもその次の空撮のカットではマグマと死体は出てくる。
どうやら地層攻撃の余波で大型のトドが死んでしまったということらしい。

そして最後のゴラス通過時の東京大津波のカットだが、有楽町付近が水没した後、また同じカット群が登場する。
どうやらいったんは引いた水がまた津波となってやってきた!ということで話を持ったらしい。

んで南極基地の池部良の「We did it!」の台詞はなし。
続いて起こる万歳の嵐もなし。
よほど万歳は出したくないらしい。それともあれは日本独特の表現で、ドイツ人には解らないかな。

という訳で多少のカットはあるものの、思った以上に改変はなかった。
「惑星大戦争」に「流星人間ゾーン」を組み合わせたものに比べれはかわいいものですよ。
「ゴラス」もマグマは不要、という意見もあるし、それも解るのだが、こうしてカットされたバージョンを観るとやっぱりいないと寂しい。
「惑星大戦争」も怪獣が出てきて「轟天号VSキングギドラ」みたいなのがあれば評価も変わったことだろう。
ただし77年当時は「もう怪獣の時代ではない」という空気もあったことは確かだけど。




地球侵略27日目


日時 2023年7月17日
場所 TSUTAYA宅配レンタルDVD
監督 .ウィリアム・アッシャー
製作 1960年(昭和30年)


アメリカ・ロサンゼルスの新聞記者ジョナサン・クラーク(ジーン・バリー)、イギリスのイブ・ウィンゲート、ドイツのロケット学者のクラウス・ベヒナー教授、中国人のスー・タン、ソ連軍兵士のイワン・ゴドフスキーは宇宙人に誘拐され、彼らの宇宙船に集められた。
そして彼らは宇宙人から全人類を滅ぼすことのできる兵器、H爆弾を託される。それは一つのケースに3つの爆弾が収納されている。そのケースはいかなる物理的な方法でも開けることは不可能だ。それはそれぞれの所有者が開けることを願ったときのみ開けることが出来る。そしてその爆弾は任意の場所から半径2400Km内に住む人間だけを殺すことが出来るというのだ。爆弾を作動させるのは所有者本人だけではなく、誰でも可能だ。
宇宙人は自分たちの星の運命があと35日に迫っていた。地球に移住したいが地球の人類や文明を破壊することは彼らの道徳上出来ない。それで5人に託すという。そして所有者が死ねば爆弾は無効化してしまう。また27日後には爆弾は自然に無効化するという。
地球に戻される彼ら。イブはすぐにこの爆弾の入ったケースを海に捨て、中国人のスー・タンは自死した。
このまま27日なにもしなければ人類にはなにも起きない。
しかし宇宙人は翌日、地球上のすべての電波を乗っ取り、5人の名前と彼らにあるものを託したと放送してしまう。
イブはアメリカにやってきてクラークと合流し、27日間隠れていることにした。ベヒナー教授はアメリカ政府に協力を強制されてしまう。またイワンも軍幹部によって拘束された。
そして人々は疑心暗鬼になる。ソ連はこの兵器がアメリカが使えるようになったら自分たちはお終いとイワンを拷問にかける。
ベヒナー教授もソ連のスパイに連行されようかけた。そしてついにイワンが使用方法を白状してしまった。
これで世界はパニック状態。イブとクラークも表に出てきてベヒナー教授やアメリカ政府と合流する。


60年代のB級SF映画だけど、思ったより話が単純ではない。宇宙人なんて最初に人間型がちょろっと出てきただけ。設定が複雑だから話の説明に字数を要したけど、宇宙人の侵略、というより人間の相互信頼の問題である。

やっぱりソ連が悪役に描かれていて、「この兵器の使い方を先に知ったものが勝つ。先にアメリカに知られては大変だ!」とイワンを拷問にかける。
拷問では気絶したが、そこは上官も役者が一枚上で母親からの「あなたのお父さんも祖国のために戦いました。あなたもお父さんの名を汚さぬよう」などの手紙を渡す。イワンは涙する。落ちた。

アメリカにやられる前に先制攻撃だ、しかし米軍は世界各地にいる。それを48時間以内に撤退を開始しろ!と要求。3つの爆弾ではアメリカ本土だけは壊滅できるが、世界中は壊滅できないからだ。
アメリカ政府の中では「宇宙人の言ったことは本当なのだろうか?ひょうっとしたら嘘では?」と疑い始める。
そしてそれを言った原子力の学者(たぶんアインシュタインあたりがモデル)は自分が実験台になるからと南太平洋での使用テスト。学者のみが死んで同じボートに乗っていた動物は生き残った。

今日が27日目、今夜0時を過ぎると爆弾が無効になるというその日。
実はその日が一番危ないのだ。無効になる直前に爆弾を使用すればアメリカは反撃できない。
しかしベヒナー教授は爆弾の表面になにやら数式が書いてあるのを発見。
これを解読してみたら・・・・

という展開。
正直言うけどラストはがっかりだなあ。
この数式を解けば爆弾の有効範囲を2400kmから小さくすることができるというのだ。それでソ連(とは言ってないけど)の高官をこの爆弾を使って殺してしまって平和が訪れる、という訳。

結局「戦争を終わらせるための戦争」だからねえ。
映画としてはこれで敵対する悪い人間はいなくなったから、ということで最初の宇宙人の受け入れを決める。
「砂漠とか人のいない場所はいくらでもあるぞ!」みたいなことをクラークは言ってたけど、それってどうよ?

でもバルタン星人の時みたいに皆殺しにはしなかったから人類もまだまだ優しい。
最近見た60年代SFにははずれが多かったのだが、完璧でないにしても面白かった。さすがコロンビア映画製作だけはあるな。
アメリカンピクチャ(だったかな)みたいな独立プロとは大違いだ。





リバー、流れないでよ


日時 2023年7月16日15:30〜
場所 テアトル新宿
監督 山口淳太


京都の貴船の老舗旅館のふじや。
ある日のランチタイムが終わる頃、仲居のミコト(藤谷理子)は今片づけたはずなのに、もう一度片づけている自分に気づいた。そして自分だけではなく番頭さんも同じことをいう。やがてお客さんから「食べても食べても雑炊が減らない。この雑炊変じゃない?」と言われ、お風呂に入っていたお客さんから「洗っても洗ってもシャンプーが落ちない」と言われる。
どうやら時間がループしているのだ。それも2分間だけ。
2分たつと同じ場所に戻るが、記憶まで消去されるわけではなく、前に経験した2分間は記憶しているのだ。どういうこと?
ネットかで調べてみてもよそでは起こっていないらしい。でも女将さんが近所の旅館に電話してみると、この貴船一体では起こっているらしい。
永遠に時はループし続けるの?
そんな時、ミコトは自分のせいだと気づく。板前の見習いのタク(鳥越裕貴)と恋仲なのだが、彼がフランス料理の修行にフランスに行くつもりらしいと知り、水神様に「時よ止まっておくれ」と念じたのだ。
時が戻ってほしいような、このままタクがいてほしいような・・・・


Twitterで時々タイトルは聞いていて、武田暁さんの「ヨーロッパ企画」の制作と聞いてちょっと気になっていた映画。10日ほどまえに「めざましテレビ」で「第2の『カメラを止めるな!』か?」と紹介されていたこの映画。スルーしようかと思ったが「めざまし」で紹介されたからには見に行かないといけない。

内容はほとんど知らないで入ったが(「タイムループ」とか「タイムトラベル」ものは正直苦手なのだが)、これは面白かった。
タイムループしても前の記憶は無くならないのだ。だから登場人物はただ同じことを繰り返すのではなく、前にあったこととは違うことをしようとする。でもまた2分で戻ってしまう。

最初はミコトと番頭だけだったのが、だんだんと旅館の客も交えて混乱が広がっていく。
そして原因はミコトだと言いだし、板前見習いとの恋のあれこれもあって、時間を元通りにしようとするがうまく行かない。
結局は原因はタイムパトロールのタイムマシンの故障でなんとかタイムマシンをみんなで起動させよう!となる。
再起動も最初は失敗し、もう1回ぐらいタイムループがあってもよかったかな?

それにしても演劇人はこういう突拍子もない設定(不条理な設定)を思いつくなあ。
不条理すぎてついていけないこともあるけど、今回は根底に明るさがあるからよかったと思う。

新宿ではテアトル新宿の1日1回だけだけど、TOHO日比谷がメイン館となって1日複数上映している。
面白い作品なので、ロングランヒットするといいですね。





君たちはどう生きるか


日時 2023年7月15日12:00〜
場所 ユナイテッドシネマ・ウニクス秩父スクリーン3
監督 宮崎駿


戦争が始まって3年が経った頃、真人の母は入院していた病院が火事になる亡くなった。戦争がひどくなり軍需工場を経営してる父の実家に引っ越した真人。
入学早々、地元の子供たちにいじめられ、逆に自分で自分の頭を石で打ち怪我をして家に帰る。使用人たちや父、そして父の後妻になるナツコさんたちは心配した。ナツコさんはすでに父の子を妊娠している。
この屋敷にはアオサギがいついていたが、それがどうもおかしい。ある日、「お待ちしておりました」とアオサギが話し出す。実家の林の中には不思議な塔があり、今は危険だということでふさがれていた。だがアオサギがそこに出入りするのを見かける真人。アオサギが危険な敵と察した真人は矢で射抜こうとする。矢の羽をアオサギから抜けた羽根で作ったおかげで不思議な力が働き、矢はくちばしを射抜き、ダメージを与えた。
やがてナツコが森の中へ消えていった。真人はアオサギのせいだと思い、アオサギを問いつめる。
二人は森の塔の中に入っていく。


普通なら宮崎アニメなんていくらヒットしていても興味がわかないのだが、今回はスタジオジブリも「全く宣伝をしないでやってみたい」という意向に東宝が乗ったのか、昨年末だったかにアオサギの姿を描いたポスター、宮崎駿監督作品という字のみポスターが発表され、それ以降なにも情報がないまな公開が始まった。
チラシも予告編もテレビの宣伝も全くなし。声の出演者もストーリーも公表されていない。それで全国何百館も開けて、しかも各館一番大きいスクリーンで上映するのだから恐れ入る。
「宣伝なしで上映じゃガラガラだ」ともいわれているが、新宿の映画館は満席近くにはなってるようだから「宮崎駿恐るべし」である。

それも「風立ちぬ」以来の10年ぶりの長編アニメーションだぜ。
10年も作品がなかったのにこの信頼はなんなのか。いままで作ってきたヒットの歴史と感動の記憶なのか。

とは言っても私は宮崎アニメをろくに観ていないので全くその共有されるべき記憶がない。
「風立ちぬ」は観たけど「トトロ」も「紅の豚」も「もののけ姫」も「ハウル」も観てない。「千と千尋」はDVDで観たようだが記憶に残ってない。面白かったのは「カリオストロ」ぐらいか。

そんな自分にとって面白いとは思えないのだが、この「君たちはどう生きるか」という挑戦的なタイトルに「宣伝を全くしない」という宣伝方法が逆に気になって2日目に観てしまった。
アホだね。

だらだらと映画の内容とは直接関係ないことを書いたけど面白くもなんともない。いや話は分かるよ。
世界観についていけないのだなあ。

アオサギも口の中から別のキャラのもう一つの顔が出てきたり、ペリカンが人間の子供の元を食べたり、そのペリカンを漁師みたいなのがけち散らしたり、不思議な塔は大叔父が作ったのか、宇宙からの飛来物なのか。

異世界ファンタジーと言ってしまえばそれまでなのだが、ナツコさんとナツコさんの姉(これが真人の母になる。でも若い)とか出てきて、話はわかるがさっぱり世界観についていけない。

しかも「君たちはどう生きるか」というタイトルのが分からない。
数年前にリバイバルヒットした吉野源三郎は直接関係なさそうだ。
でも宮崎駿の映画って興行収入100億とか超えるんだよね。「エヴァ」は信者がいるのは解るけど、宮崎駿ってついていけないなあ。
ほぼグチしか書いてない。






交換ウソ日記


日時 2023年7月8日12:20〜
場所 TOHOシネマズ川崎
監督 竹村謙太郎


黒田希美(桜田ひより)は高校2年生。授業によっては教室を変わっている。ある日、自分の机に前の授業でこの机を使った人から手紙が来た。
「この机を使っている人へ〜好きだ 瀬戸山潤」とだけ書いてあった。
瀬戸山(高橋文哉)は学年一番のモテ男子。とりあえず「瀬戸山くんのことをよく知らないので・・・」とお茶を濁した返信を下駄箱へ。
しかし「なら俺のことをよく知ってほしい」と交換日記を持ちかけられた。
しかし希美は瀬戸山がその手紙は親友で生徒会長の松本江里乃(茅島みずき)に宛てたものだったらしい。放送部としてお昼の放送が希美にはあるため、松本が代わりに机を片づけているのを瀬戸山がみたかららしい。
今更名乗れずに交換日記を続ける希美。しかし希美は瀬戸山のことがだんだん好きになってしまう。
一方、前につきあっていた矢野先輩(板垣瑞生)からも「もう一度つきあってくれないか」といわれる。


少女コミックの映画化かと思ったら、本作は櫻いいよの小説。でもまあ「女子の妄想」なので、小説もコミックの違いは大したことではない。
でもやっぱり日記という「文字」をモチーフにしているので、小説なんだろうな。
映画を見てる間は「令和の高校生が交換日記なんてする?」とも思ったが、こうして映画になるくらい支持されてるんだから、あり得ない訳ではないのだろう。

この後映画はみんなでカラオケに行ったり、遊園地(富士急ハイランド)に行ったりの定番の展開。
話がもう一つ展開しないので、「ちょっと長いな」と思っていたらラストに意外な展開。

放送部の曲のリクエストを募る掲示板の文字を瀬戸山が見るカットがあったので、ここで気づくかと思ったらそこはスルー。
でもここは伏線だったのですね。

周りの人間(観客も含めて)は瀬戸山は見た目とか生徒会長という肩書きで松本のことを好きになったと思っている。でもそれは違ったのだ。
瀬戸山はサッカーを辞めていて、それは母が死んで祖母や妹の世話を手伝わなければいけなくなった家庭の事情がある。
それを机に「辞めたくない」と愚痴ったら「いつかやれる日が来るよ」と書いたことから好きになったのだ。
(瀬戸山がこのことを打ち明けたシーンでは正直泣いた)

「見た目ではなく心、文章のやりとりでも恋は成立する」というテーマで、そう考えるとやっぱり小説が原作なのである。
他にはいつも登場する主人公男子の親友キャラで曽田陵介登場。
「なのに千輝くんが甘すぎる」に続いての登場。

本日は上映前に舞台挨拶付き。
事前に公募した観客の質問を箱から選んで回答する形式。盛り上がりはいまいちだった気がする。








東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編-決戦-


日時 2023年7月7日19:20〜
場所 新宿ピカデリー・スクリーン3
監督 英 勉


東マンとバルハラの決戦も迫ってきた。しかし将来東マンを凶悪化するキサキ(間宮祥太郎)やバルハラに移った場地(永山絢斗)の真意はわからない。場地は本音ではマイキー(吉沢亮)を裏切るような男ではないはず。決戦を前に真意を確かめようとしたタケミチ(北村匠海)だったが、喧嘩に負けてしまい、真意はわからなかった。
いよいよ廃車置き場での決戦の日となった。
東京中のヘッドが集まる中、バルハラの一虎(村上虹郎)は「マイキー、お前を殺す」と言い放ち、決戦は始まった。


GWに前編を観てから2ヶ月。恥ずかしいことに話はすっかり忘れている。
とにかくマイキー君が誰かを殺してしまうので、それを阻止しなければならない。という訳で過去に戻ったタケミチ。

95分の映画だが、前半の30分で千冬(高杉真宙)との関係が描かれ、「場地は本当はいい奴」が描かれる。
そして後半1時間はずっと喧嘩である。

作ってる方は延々と続く喧嘩のシーンに(大勢のエキストラがいて、危険を伴うような)作り上げたときは達成感がものすごいと思うが、観てるこちらは飽きてくる。
「七人の侍」の雨の決戦シーンは5分ぐらいしかないのだよ。

もともとヤンキーが好きになれないので、映画の世界観にさっぱり入れない。
タトゥとかファッションとして私は好きになれないのだ。昔はタトゥとかヤクザの象徴だったけど、今はファッションとしてしてる人も多いけど、好きになれないなあ。

抗争を描くならヤクザ映画も同じなのだが、ヤクザ映画は好きだけれどこういったヤンキー映画は好きになれない。でも2年に1回ぐらいは作られる。
なんだろうね。この違いは。ヤクザ映画って金の話が絡んでくるけどヤンキーは金の話はしない。ただ憎い、つぶしたい、守りたいという感情だけ。子供っぽいと感じてしまうのだろうか?

結局なにがなんだかよく理解できてないまま、(タケミチの活躍だけではないと思うけど)マイキー君は人を殺さずに済み、タケミチは東マンの壱番隊隊長となって「みんなを護る!」と宣言する。

結局「俺といると将来危険な目にあうかも知れないから」という理由で別れてしまう。
もはや行動が理解不能になってくる。

そういう感じで楽しめる要素が全くと言っていいほどない状態で映画は終わった。
永山絢斗が麻薬で公開10日前に逮捕されたり、北村匠海は「自分にとって勝負作」の映画が公開直前になると共演者が逮捕されるという変なジンクスがついてしまった。北村匠海には気の毒だったが、結局映画は無事公開され、クレジットで永山が削られることもなく公開された。
しかも6月30日公開で「インディ・ジョーンズ」よりヒットしたそうじゃないですか。
日本の観客の動向は解らんなあ。





インディ・ジョーンズと運命のダイヤル(IMAX)


日時 2023年7月2日18:05〜
場所 TOHOシネマズ新宿・スクリーン10(IMAX)
監督 ジェームズ・マンゴールド


1945年、ナチに奪われた秘宝の数々を取り戻そうと友人バジルと活躍する中でアルキメデスが作ったと言われる「アンティキティラのダイヤル」を手に入れた。
1969年、アポロの月着陸でアメリカ中が沸いているとき、一人の娘が訪ねてくる。彼女の名はヘレナ・ショー。バジルの娘だという。「アンティキティラのダイヤル」をアルプス山中で無くしたと聞いたのでそれを探したいという。だがそれはインディが保管していた。それを見せてもらったヘレナは突然そのダイヤルをインディから奪い取り去っていった。そしてそれを追って殺しをいとわない男たちが襲ってきた。
バジルと共通の知人を訪ねるインディ。ヘレナは今は金に困って世界の秘宝を売り歩く泥棒になっているという。ヘレナがダイヤルをオークションにかけるらしいと聞いたインディはその会場に忍び込む。
そこへニューヨークでインディたちを追いかけてきた一味と遭遇。
ボスは表向きはアポロ計画の主要メンバーだったシュミット博士だが、実はナチの復活をたくらむユルゲン・フォラー。彼は1945年に列車内でダイヤルを奪い合った男だった。


インディ・ジョーンズ5作目。
製作のニュースを聞いたときは正直「まだやるのかよ!」と思った。ハリソン・フォードもお歳でしょう?撮影時だって70代後半のはずだ。
そんなよれよれになったインディなんてねえ、と思っていたけど、公開されたらすぐにやっぱり観たくなるのだよ。やっぱり1作目からリアルタイムで観てるから。
まあさすがにこれが最終作で次はないらしい。007と違って別の役者でやることもないだろう。

前作があまり面白くなかった記憶だが(だが感想を読み直したら「面白かった」と書いてあった。よほど原爆実験場のシーンが気になったようだ)、今回は前作のように気になる点もなくよかったと思う。
まず敵がナチである。そして少年の仲間など、1作目2作目の要素を使ってくれてるのがいい。

お宝はアルキメデスが発明した時のゆがみを検知する装置を使って過去に行き、ナチが勝利になるように歴史を変えようとする。
しかしどこでどう間違ったが、一挙にアルキメデスが生きていた時代に来てしまった。
インディは「帰らない。私はこの時代を研究してきたんだ。その場に来ることが出来たなんて満足だ」という。
私としてはここでインディは残ると思った。
それで完結してもいいじゃありませんか。
でも結局現代に戻るんだけど。

映画自体はだから悪くないのだが、でも少し長いかなあ。2時間半以上あるのだよ。ここは2時間ぐらいにまとめてほしいなあ。
大体考えてみれば、「敵が逃げた、インディたちが追いかける」「インディたちが逃げる、敵が追いかける」の繰り返しで、ドラマもなにもありゃしない。
そういえば「ジェットコースター・ムービー」とも言われたが、言い得て妙である。

とは言っても十分楽しんだのは事実である。冒頭の1945年のシーンなどインディが普通に若いが、どうやったんだろう。やはりメイクやCGでしわを消したりしたのかな?

実はインディが結婚してるとも子供がいて戦争で死んだとも知らなかった。たぶんベトナム戦争で死んだのだろう。
過去に行くシーンでは、その前に「過去に戻れたら息子を軍隊に行かせないようにした」と行ってたから、過去に行って親子の再会とかするんではないかと思ったが、そういう人情劇にはならなくてよかったな。

ラストカット、干してあったインディの帽子に手が延びたシーンで終わる。
映画は終わるかも知れないけど「インディの冒険はまだ続く」という余韻がある終わり方でよかったんじゃないか。
ハリソン・フォード、とにかくお疲れさまでした!







刑事キャレラ 10+1の追撃


日時 2023年7月2日
場所 DVD
監督 フィリップ・ラプロ
製作 1971年(昭和46年)


南フランスのニース。キャレラ警部(ジャン=ルイ・トランティニャン)は休暇より帰ってきた。待っていたかのようにフォレストという男がライフルで狙撃された。続いてホテルのプールでバロワイエという男も同じ十で狙撃された。二人の共通点を探るキャレラたち。フォレストの夫人の話から占い師のクラインベルグという男が浮かんだが、彼もまた狙撃された。
フォレストの娘のサンドラ(ドミニク・サンダ)からの情報で、父が隠していた手帳が見つかったのだ。多くの女性の名前が書かれていて、フォレストの情事の記録と思われた。その中の一つに電話してみると、それはキャレラが以前つき合ったことのあるジョスリーヌの電話だった。彼女に再会するキャレラ。ジョスリーヌの話ではフォレストもバロワイエも大学で同じだったという。だがキャレラの家を出たところをジョスリーヌは撃たれて死んだ。キャレラは狙撃場所を確認すると銃で撃った。その窓の場所に走るキャレラ。着いて見たところすでに犯人は逃亡していたが、相手に怪我を負わせた可能性はあった。
サンドラもジョスリーヌたちと同じ大学と知ったキャレラはその大学に向かった。そこでサンドラは芝居の稽古中だった。その芝居は8年前に上演されたものの再演だった。サンドラが休憩中に大学の部屋の書類を見ていたのを見たキャレラはその書類を見て驚愕した。それは今回の芝居の初演の資料で、今回の事件の被害者は全員その芝居に出演していたのだ。


ずっと以前(90年代前半だと思う)に当時住んでいた場所のレンタル
ビデオ店にVHSがあり、そのときにみた記憶はある。でもまるで面白くなかったし、話もまったく覚えていなかった。でも「87分署シリーズ」が原作なのでもう一度観たくなり、今3000円ぐらいのDVDを買う余裕はあるので買ってみた(レンタルは出ていない)

覚えていなかった理由も分かった。まるで面白くないのだ。
演出も盛り上げようとしていないし。途中、キャレラの自宅の前で被害者が撃たれて犯人がいるとおぼしき部屋に駆けつけるまでが一つのクライマックスなのだが、音楽もなく盛り上がらないのだなあ。

もっとも「音楽で盛り上げる」というのは演出として安易な気もするので、あえて音楽を使わない演出も嫌いではないのだが、全く盛り上がらない。演出は難しいなあ。

そして脚本も気に入らない。
原作がどうだったか知らないが、被害者(関係者)がキャレラの元カノというのも好きではない。これはもう好き嫌いの範疇だが、刑事の彼女が被害者って「そんな偶然ある?」って気になるのだな。
(前も書いたけど「新幹線大爆破」って宇津井健の家族がひかり109号に乗っていたら私は一気にしらけるね)

設定も疑問。「8年前の芝居に出ていた」って最初の3人の被害者は中年男で8年前は大学生じゃないだろう。
実業家っぽいのになんで8年前は大学の芝居に出ていたのかね?
それとも年齢は30代なのか?でも最初の被害者の娘が今は大学生って年齢があわないよなあ。

んで、動機。
8年前の芝居の打ち上げで結局出演者で乱交になって一人拒否した女の子が強姦された形になって、彼女が精神を病んでしまったという話が出てくる。
もうこれで彼女の夫か家族か恋人が犯人と解る。そしてそれは外されない。
そこはもう一ひねりなきゃだめでしょう。

また最後にキャレラは刑事を辞めると言い出す。これも動機が納得できない。
3000円以上だしてDVDを買う価値はなかったな。