違う惑星の変な恋人日時 2023年10月29日19:55〜 場所 角川シネマ有楽町 監督 木村聡志 美容室に勤めるむーちゃんは、先輩美容師の通称グリコ(筧美和子)からレコード会社に勤める通称ベンジー(中島歩)を紹介された。グリコはむーちゃんと音楽の趣味が割と合うと思ってライブに連れて行ってもらった席だった。むーちゃんはベンジーと食の話で意見が合い、意識するようになる。そんな時、グリコは元彼のモウ(綱啓永)をむーちゃんに紹介する。なんか変わり者同士の二人はあいそうだと思ったからだ。 むーちゃんはベンジーを意識するようになり、そのことをモウに相談する。モウはグリコのことがまだ好きで、むーちゃんがベンジーと話す機会を作るためにも4人で食事に行こうと提案。 4人で食事をした晩、ベンジーは隙を狙ってむーちゃんにキスをする。 むーちゃんはベンジーに夢中になり、二人はホテルに泊まって朝食を食べる関係にもなった。 しかしベンジーは会社に所属する歌手とも関係があった。 ベンジーとむーちゃんは順調に見えたが、最近ベンジーが冷たい。実はベンジーはグリコのことも好きだったのだ。 モウはやがてむーちゃんのことを好きになる。グリコは実はモウとよりを戻したいと思っていた。 4人の関係はいかに? 東京国際映画祭の「アジアの未来」枠でワールドプレミア上映。 「階段の先には踊り場がある」、TV「このハンバーガー、ピクルス忘れてる」と面白かったので、ワールドプレミアに駆けつけた次第。 (来年1月には新宿武蔵野館で上映されるのだが) 木村聡志監督の独特な会話センスと間で今回も笑わせてもらった。 いちいち書かないけどあのかみ合わない会話は好きなんですよね。 今回の中島歩さんの役は「このハンバーガー、ピクルス忘れてる」の男と同じ人物だそうで。 だとするとあちこち女と遊んでるなあ。 最後にはワールドカップの試合をみながらスポーツバーで4人でミーティング。「一番年上ってことで僕が議長になりますが」と恋愛会議を始めるのは笑う。 そして「席の位置」を変えるか変えないかでもめる。 結局ラストは4人の関係性に決着はつかないまま映画は終わる。 面白かったことは面白かったし、劇場公開されたらまた見に行ってもよい。 しかし今まで観た木村作品はみんな人物が座って(片方は立ってることもあるけど)会話してるだけなのである。 小道具の使い方がどう、場面転換がどう、などを「映画的表現」と考える習慣が付いてしまっている私には「これって映画じゃなくても出来ない?」と思ってしまう。 つまり演劇でも出来そうなのだな。 だから面白いことは面白いのだが、何か引っかかるのだ。引っかかる方が間違いという気もするのだが。 観客とのQ&A付き。登壇は直井プロデューサーと木村監督。 別の映画で登場した人物が再び登場する同じ世界観についての質問。 木村「ポジティブに言えば、僕には映画を見終わったあと、電車の中で映画の中で登場人物と会うこともあるかも知れないと思っているのです。だから同じ俳優には同じキャラクターしかやらせたくない。ネガティブに言えば、映画を作ると俳優さんの事務所などから『またお願いします』とか言われますが、そういうルールなんで、と断る理由になるから」 ということ。 それだと一人の俳優は木村作品では一つの役しか演じることが出来ない。 同じ俳優に別の役をやらせてみよう、ということが出来ない。なんかちょっとめんどくさい人かも知れないな。 怪獣王ゴジラ(シネスコ版)日時 2023年10月29日 場所 Blu-ray 監督 テリー・モース 本多猪四郎 製作 昭和32年5月29日公開 「怪獣王ゴジラ」は言わずとしれたアメリカ再編集版の「ゴジラ」。 2004年ぐらいに初ゴジのDVDが発売されるまで完全版はアメリカのファンは観ていなかったらしい。もっともマニア中のマニアは日本で発売されたVHSを購入していたろうけど、ライトなファンはそこまでしていないだろう。 この「海外版」は日本ではプリントは1本しかないと言われている。 日本映画専門チャンネルや講談社の「ゴジラ」DVDシリーズでもソフト化はされていたら、別に幻というほどでもない。 でも今回は個人的には大喜びした。 この秋、「ゴジラー1.0」の公開にあわせて4Kリマスターした「ゴジラ」シリーズをUHDとブルーレイで発売。UHDはブルーレイとはまた違う企画で、通常のブルーレイプレーヤーでは観られない。 まあプレーヤーやソフトの技術が上がっても最終的にはテレビ(モニター)の方が対応していなければその真価は反映されない、と考えるクチなので、今回はブルーレイの4Kリマスター版を購入。 これだけなら今更買わないのだが(もうクライテリオン版で十分、と思っているので)なんと得点映像に「シネスコ版『怪獣王ゴジラ』」とあるではないか! これは欲しいと思って購入。 シネスコ版は1970年代の日劇ゴジラ大会、2003年の浅草東宝でのオールナイト上映会で2回観ている。 2003年からもう20年経過してるわけだが、そのときのHPの記載を観ても「シネスコ版」についての記述がない。 編集されたとか、新規撮影のちぐはぐとかアメリカで撮影された日本人のシーンなどでしか記述がないのだな。 しかしその後「シネスコ版はスタンダードをシネスコに無理にしたものだから、ところどころ上が切れている」という指摘を受け、「う〜ん、あまり覚えてないなあ」という感想だった。 今回はそれを確かめる為に観たのだ。 たしかにスタンダードを無理にシネスコにしたから時々頭が切れている。 主役のレイモンド・バーもおでこから上がなくなっているカットもある。 さらに残っているひどい状態のプリントをそのまま特典映像にいれたから、コマ飛び当たり前、雨降り放題という感じ。 まあこれはこれでいいのですが。 ですので、上映時間もオリジナルより2、3分短くなっている気がします。 で、「頭が切れている」の件ですが、そういうカットはそれほど多くなく、何となく観る分には気にならないですね。 もちろんゴジラ初登場のカットでゴジラの目から上が切れているのは気になりますが。 カットによってはゴジラの下半身だけのカットもあり、この方が人間の目線に近くなり、かえって臨場感のあるカットも。(ひょっとしたら私がそう感じたカットはオリジナルでもそうだったのかも知れませんが) とにかく「シネスコ版『怪獣王ゴジラ』をもう一度観たい!」という願いはかなったので十分満足です。 いま調べて観たのですが、東宝特撮の初シネスコが「地球防衛軍」でこれは12月公開。この「怪獣王ゴジラ」はWiki情報では5月公開なので東宝特撮の初シネスコはこの「怪獣王ゴジラ」だったとも言えますね。 スタンダードからシネスコに変わっていく中で、スタンダードだと見劣りするのでシネスコにして新味をだそうとしたんでしょう。 なかなか貴重なバージョンでした。 シン・ゴジラ:オルソ日時 2023年10月28日20:10〜 場所 TOHOシネマズ新宿・スクリーン7 監督 庵野秀明 ストーリー省略。 2016年公開の「シン・ゴジラ」の白黒版である。 この映画、この11月に公開される「ゴジラー1.0」の関連イベントの一つで山崎貴セレクションのゴジラ映画上映会を9月から4回に分けて実施。(上映は「ゴジラ」(1954)、「三大怪獣 地球最大の決戦」「ゴジラモスラキングギドラ大怪獣総攻撃」そして「シン・ゴジラ:オルソ」) 毎回ゲストと山崎監督のトーク付きだったが(私は1回も行かなかった)、ゲストのオファーを受けた庵野秀明が「モノクロ版」を提案したそうな。 モノクロにするのもただではないだろう。100万単位のお金がかかってるかも知れない。その企画がすんなり通るのでやはり「庵野秀明恐るべし」である。 オルソというのは10月3日にこの上映企画が発表されたときの紹介記事に詳しいので、備忘録のために書き写しておく。 「タイトルの「オルソクロマチック」とはモノクロフィルムの一つで、赤系統が感光されない特色を持つ「オルソクロマチックフィルム」のこと。現在主に流通しているモノクロフィルム「パンクロマチックフィルム」よりフェイストーンが重くなることが特徴で、この質感を目指し、タイトルにも取り入れられた。」 だそうな。 正直それほど期待してなかったし、「白黒になっただけだったね」という感想しか浮かばないのではないかと観る前は思っていた。 今年は「せかいのおきく」「MOON AND GOLDFISH」と2本の白黒映画が公開されたが、色合いが黒が黒になっておらず、どうにも映像が白っぽいので毎回不満だった。 たぶん今回もそんな感じではないかと。 ところが違っていた。 黒は黒になっており、濃淡がはっきりしている。その上、解像度も少し下げてややざらつきのある映像になっていた。 話は完全に一緒なのだが、新作映画を観るような気持ちで観ていた。 冒頭の東宝マークはカラーだけど、2回目の70年代風東宝マークからは白黒。 でもタイトルは「シン・ゴジラ」のままで「オルソ」の追記はなかった。 白黒映画のカラライズはあったけど、カラー映画のモノクロ化は少なくも商業ベースでは初めてではないか? 完全に「『シン・ゴジラ』はもともと白黒フィルムで撮影されたのではないか?」と思えるくらいの出来だった。 企画した庵野秀明も「ただ『シン・ゴジラ』を上映したんじゃ面白くないから、イベント用に白黒にしてみよう」という軽い気持ちでの提案立ったのかも知れない。 んで今週末で全国7劇場(池袋ヒューマックス〜トークイベント会場でもある、日比谷、新宿、名古屋、大阪、福岡、札幌)だけでイベントなしで上映だけを実行。 「ゴジラー1.0」のプレイベントとしては最高によかったんじゃないだろうか?だからこそ全国のTOHOシネマズで1回だけのイベント上映でいいから、上映すべきですよ。または「午前十時の映画祭」枠とか。 「オルソ」はよかったので「オルソ」シリーズをやってほしいとさえ思う。個人的には「日本沈没オルソ」が観たい。 「ゴジラー1.0」は終戦直後が舞台なので、案外「オルソ」も似合いそうだ。 上映後、拍手が起こった(大拍手ではないけど)。 他のお客さんも満足したのだろう。いいイベントだった。 月日時 2023年10月28日15:25〜 場所 ユーロスペース2 監督 石井裕也 作家として一時期は売れた堂島洋子(宮沢りえ)だったが、今はかけなくなっており、重度の障害を抱える人たちの施設で働くことにした。 同僚の坪内陽子(二階堂ふみ)、さとくん(磯村勇斗)たちは「すぐに慣れますよ」と言われたが、植物状態で寝たきりの人や、ただわめき声を出すだけの入居者たちやその入居者を監禁して対応する職員たちに愕然とする。 洋子は数年前に子供が亡くなっていた。心臓に持病があり、手術中に脳が低酸素状態になり意識が亡くなってしまい、最後はなにも言葉を発することなく3歳で亡くなっていた。 陽子は今は妊娠していて、子供がまた傷害を持つ子だったら中絶せずに育てる自信があるかと悩んでいた。 さとくんや陽子を招いて家で夫(オダギリジョー)を交えて食事をしたとき、作家志望でもある陽子は洋子に「あなたの本は嘘ばかりだ。震災の真実を描いていない。私も津波の現場に行った。あそこはものすごいにおいが立ちこめていた。夜現場で人の上にうずくまっている人がいて、何かと思ったら死体から指輪を盗んでいた。そういう現実を描かずにきれいごとだけを書いている」と批判した。 実は洋子が書けなくなった原因もそこにあった。実は自分も書いたのだが、出版社から「そんなことは読者は読みたくない」と書き直しを命じられ、それから書けなくなったのだ。 ある日、入居者の一人が個室で暴れているので見に行く洋子、陽子、さとくん。そこで見たのは自分の便を壁や自分の体に塗りたくって自分の性器をさわっている姿だった。 さとくんはその頃から「あの人たちに心があると思えない。心がないのに生かしておいてそれが何になるのか?」と言い始める。 神奈川県相模原市の津久井やまゆり園で起こった元職員が障害者を一晩で40人以上殺傷した事件(調べて見たら2016年7月26日発生、死亡19名、負傷者26人)を題材にして2017年に発表された辺見庸の小説「月」の映画化。 もっと話題になってもよさそうだが、そんな小説があったとは知らなかったし、この映画のことも公開されてから先週知った次第(公開は10月13日)。 ツイッター(いまはXね)でも話題になってないなあ、映画も小説も。 実際の事件を題材と言っても、さとくんが植松聖被告だが主人公ではない。主人公は作家の洋子。 この人物は創作だろう。 彼女は「もし障害のある子とわかったら中絶してしまうかも?」と悩んでいる。さとくんが「心のない人、意志の疎通が出来ない人って人ですか?」と問うてくる。 もちろん普通は「人間だ」と思うだろう。 しかし重度の障害者施設の現実を見たら、そう思えるだろうか? もちろんそれは「優生思想」であり、否定されうる考えであろう。それは理屈ではわかる。 だが、私がもし映画のような施設の現実を見たらそう言い切れるかはなはだ疑問である。 「ああいう人って生きてる価値あるのかね」的な否定的なことを言ったのは石原慎太郎だったろうか? 何か自分の中の本音と建て前を指摘されているようで怖かった。 介護施設で働いているらしい人がこの映画を見て「便を塗りたくっているのを見たぐらいではなんとも思わん。そう考えるのは植松だけだ」という趣旨のことをXで書いていた。 たしかにそうかも知れない。 でも私はプロの介護者ではない。 「あの程度のこと」で私は「生きている価値」「生きている意味」に疑問を感じてしまうかも知れない。優生思想とかも知っている。そういう風に考えることが間違っていると知っている。 しかしそれは現実を知らないで理想だけを述べる人間のすることのような気がする。 私も植松被告になっていたかも知れない。 映画を見ながら図星を刺されてるようで、非常に怖かった。 さとくんを演じた磯村勇斗がいい。「PLAN75」とか最近の彼の作品は非常にいい。これからもっともっと成長していく気がしてならない。 ラストで事件をまだ知らない洋子と夫が回転すしを食べにいき、店のテレビで事件を知るシーンがある。 しかし現実ではもう朝の7時前から事件の報道があった。(「めざましテレビ」がすべてのコーナーを中止して、この事件の報道をしていたのをよく覚えている) 報道が始まったのは回転すしを食べにいくような時間ではなかった。 フィクションだからケチをつけるのは野暮かも知れないけど。 あとラストシーンでやたらと回転すしがレーンを流れる映像がインサートされる。回転すしはなにかの隠喩なのだろうか? よくわからなかった。 アルプススタンドのはしの方日時 2023年10月27日20:45〜 場所 角川シネマ有楽町(東京国際映画祭) 監督 城定秀夫 ストーリー省略。 東京国際映画祭での城定秀夫監督特集での上映。 (他の上映は「銀平町シネマブルース」「愛なのに」「ビリバーズ」。すべてSPOTTED作品だ) 今回は上映後に城定監督、平井亜門さん、そして告知はなかったが中村守里さんが観客との質疑応答に登壇。 キャパ300ぐらいの劇場だが、7割ぐらいは埋まっていたと思う。上映中も笑い声も多く観客の反応は上々だった。 挙手多数だが、2番目に当てられたのが私の隣に座っていたおじさん。 「今日で50回目の鑑賞です!」 城定「ありがとうございます」 「ラストの長回し(大人になった彼らのシーンのことだろう)は特に注意された点とかありましたか?」 城定「いやもうスタッフキャストでがんばっただけですね」的な回答。 (ちょっと違ったかも知れないけど) そこで平井さん乱入。 平井「僕もいいですか?あのシーンは女子3人が話していて僕が最後に加わってボールを受けるでしょう?あのボールはプロデューサーの久保さんが投げたんですが、あそこでキャッチできなかったらNGになる。だから緊張しました。わ〜い話せた!」 平井さん、今まで何十回と舞台挨拶とかしてるのに、「国際映画祭」!ということで緊張と興奮があったようで。 そのうち釜山とかカンヌとかいベルリンとかベネチアとかいけますよ! あと観客で「ラストの長回しのシーン(またそこかよ!)では阪神ヤクルト戦の9月11日のチケットを持っていたんですが・・」 城定「そうなの?それは知らなかった」 えっチケットの話本当なの?私も公開時に2回、ブルーレイで1回、新文芸座オールナイト、湯布院映画祭、で今回で計6回観てると思うが、それは気づかなかったなあ。 あと英語字幕ついての質問。 「アメリカ人の友人にこの映画を見せたいと思ったのですが、映画館でもブレーレイにも英語字幕がない。この現状をどう思うか?」 質問者としては「映画業界全体としてどう思うか?」という質問だったと思うが、城定監督、平井さん、中村さんは「英語字幕がついたことの感想」として回答。 城定「小さな映画だったので、世界に見せようとか思ってなかった」 平井「うれしい。ただ『甲子園』、とか『おーいお茶』などの日本特有のネタがどこまで伝わったか不安」 確かに。「お〜いお茶」は単に「green tea」としか訳されてなかったですね。 平井さんはラストシーンで使ったグローブを手に登壇し(たぶん久保さんが保管していたらしい)、とにかく大盛況な夜でした。 私もなんか興奮しました。 女体(じょたい)日時 2023年10月22日16:20〜 場所 国立映画アーカイブ・大ホール 監督 恩知日出夫 製作 昭和39年(1964年) 東京郊外で夫が洋裁店を営むマヤ(団令子)は銀座のデパートに義母や息子と行った時に昔の友人・せんに会った。彼女はマヤが終戦直後で闇市で売春婦をしていたときの仲間だった。戦後の混乱期も過ぎ、今はマヤは平凡な結婚生活をしている。せんは銀座でバーを営み、昔のマヤたちのグループに関わった男、伊吹新太郎(南原宏治)ともつきあいがあった。 かつてマヤたちのグループは「男とはただで寝ない」という掟があり、掟を破ったものは私刑が待っていた。 新太郎はマヤたちのアジトにMPに追われて逃げてきたところを助けたのだった。マヤはたくましい新太郎に惹かれ、ただ寝てしまい、リンチを受けたこともあった。 せんからはマヤの平凡で平和な結婚生活をうらやましいといい、マヤはせんの裕福そうな生活をうらやましがった。せんはそんなマヤに「贅沢だ」という。 新太郎は今も裏社会と関わりがあったが、いよいよやばくなっていた。新太郎はマヤに電話をかける。大磯の旅館にいるから来てほしいと。 新太郎を訪ねるマヤ。新太郎は追いつめられてクスリを飲んで自殺するという。死体が発見されれば「マヤは他殺の犯人か、または自殺幇助の罪に問われるだろう。どっちにしても過去は夫にばれる」と脅かされる。 新太郎は死んだ。翌朝、海に向かうマヤの姿があった。 国立映画アーカイブ「逝ける映画人を偲んで」特集の1本。 恩知日出夫監督と、この映画ではノンクレジットで参加しているという中野昭慶監督。中野監督のインタビュー本「特技監督 中野昭慶」にこの映画の話が少し出てくる。 助監督として参加と言ってもこの映画の焼け跡で新太郎が牛を解体するシーンを少し手伝ったりした程度だったようだ。 新太郎がどこからか連れてきた牛を解体するシーンだが、本物の牛を解体したらしい。確かに作り物には見えなかったな。 本作はモノクロ、東宝スコープなのだが、カラーだったら血がリアルでかなり残酷な描写になったと思う。モノクロだから残酷性はないけど。 映画自体は結局はマヤ自身が「焼け跡の時代の方がギリギリに生きていて充実感があった。今は平和かも知れないけど退屈なだけ」と普段から感じている。 戦争後19年、そう感じる人も少なくなかったのだろうか?ラストシーンは私はマヤも入水自殺するように見えた。 「海底軍艦」の神宮寺大佐も戦争中の頃が「生の充足感」を感じていたのかも知れない。 この辺りは時代の空気の問題になるので映画を見ただけでは解らないなあ。 「明るく楽しい東宝映画」にも関わらず、団令子がチラリとお尻をだしたり、リンチのシーンではおっぱいもチラリする。 この頃の東宝映画にもこんな映画があったとは驚いた。タイトルからして「女体」でエッチな感じだし。 この映画、原作は田村泰次郎の「肉体の門」と「埴輪の女」。たぶん戦後の話の部分が「埴輪の女」なのだろう。埴輪の女とはマヤの夫が埴輪が趣味で、どこからか買ってきた埴輪を「君に似ている」というところから来てると思われる。 鈴木清順の「肉体の門」も同年の作品。 当時の両作品の評価はどうだったのだろう。 道で拾った女日時 2023年10月21日21:00〜 場所 新宿K's cinema 監督 いまおかしんじ トラックドライバーの竜平(浜田学)はある日、ホームレスに強姦されそうになっていた女を助ける。とは言っても一度見かけて離れたものの、おっかなびっくりで相手を倒しただけだった。その女のぞみ(佐々木心音)に「一度は知らんぷりしたくせに」となじられる。 気になった竜平は「一緒にトラックに乗ってくれないか。1日5000円払う」と誘った。のぞみはホームレスで汚い格好をしているので、風呂に入らせようとラブホテルに入る。しかい竜平はセックスしようとしたが、病気が気になり、医者に連れて行く。ヘルペスだったのでそのまま別れた。 それから竜平はデリヘル嬢をを呼んだり、のぞみは沼津の駅前で世直しを訴える男に出会ったりする。 竜平は実は3日前に1000万円拾っていた。その金は竜平が呼んだデリヘル嬢のマネージャー(川瀬陽太)が摘発を受けた会社のどさくさに紛れて持ち逃げした金だった。 東京に帰る竜平。妻(川上なな実)は留守がちな夫をおいて勤め先のスーパーの店員と3年間も不倫をしていた。それを3日前に初めてしたのだった。 のぞみは1年前に子供を自分が目を離した隙に川に落ちて亡くしていた。それから心が不安定になり、パチンコ依存になって借金を作ったのだった。 いまおかしんじ監督の新作。 正直私の好みではないかなあ。 まず竜平のキャラクター。のぞみを最初から救わないのがよくない。百歩譲ってそれは許してもその後のホテルでセックスしようとするのがよくない。 そして後半、川上なな実の妻が「私が悪かった。もうしない」と不倫相手と別れると言ったにも関わらず、ごちゃごちゃ言っている。 そして川瀬陽太のデリヘルマネージャーが1000万円横領して、仲間に追いかけられてとりあえず公園の茂みに隠した1000万円をなにも知らずに竜平が拾ってしまったというもの。 せっかく1000万円というネタなのだから、この後やくざに竜平が追いかけられるとかの展開を期待してしまうが、いまおかしんじ監督はそっちのサスペンスとかには関心が無さそうで、そっちには話が転ばない。 デリヘル嬢とのカラミとか最後の竜平とのぞみのカラミとか、今回はおっぱいのアップもあったりして今までより熱心に撮っている。たぶんレジェンドからの要望か。 レジェンドのいまおか作品ってなんか「いまおか監督らしさ」を感じないんだよなあ。 ザ・クリエーター/創造者日時 2023年10月21日15:45〜 場所 TOHOシネマズ新宿・スクリーン9 監督 ギャレス・エドワーズ 2060年代、AIは発達しており、仕舞いには暴走してロサンゼルスで核爆発を起こした。 それからアメリカを始め西側諸国はAIを禁止していたが、ニューアジアと呼ばれる地域ではAIロボットの研究が盛んになって発達していた。 米軍兵士ジョシュアはAIと共存する地域に潜入し、AIの生みの親を抹殺しようとしていた。そしてある女性と結婚を誓い、子供まで出来ていた。 しかし米軍の特殊部隊が急襲、ジョシュアの妻も死んだ。 それから5年後、ジョシュアは退役していたが、妻の生存情報を教えられ、救出に向かうことにした。しかし米軍としてはジョシュアはAIの基地付近の地理を知っており、道案内として利用するのが目的だった。 AIは新しい兵器を作ったという情報を米軍は得ており、それも破壊する作戦だ。 ジョシュアはその兵器と出会う。しかしそれはまだ幼い少女のAIだった。 2014年の「ゴジラ」のギャレス・エドワーズの新作。「スター・ウォース/ローグ・ワン」とか着実に大作映画の監督になっている。 しかしやたら長尺なのだなあ。2時間半ぐらいある。正直飽きる。 だいたい結末はわかっている。AIの少女が助かってAIとの共生になっていくんでしょ? そしてその通りの結末。 渡辺謙が後半活躍する。AI戦士のリーダー役。このAIというのが、顔は分限なんだけど、耳の部分が空洞になっていて、右側から左側まで穴になっている。首筋のあたりがない。 ということは撮影の時は役者は耳のあたりは被り物で隠して、首筋とかもCGで処理してあるわけだ。 そのワンカットワンカットを処理しなければならないのだから、気が遠くなるような作業である。 そういうの見ると私は「そんな苦労せんでももっと楽なデザインにしたらよかろうに」と思ってしまう。 昔のSF映画なんかでロボット人間が出てきたときはねじやナットを見せるなどしてたわけだが、確かにそれじゃ今は古くさく感じるだろうけどなあ。 ギャレス監督も日本がお好きらしくて、AI少女がタブレットで白黒のSF映画を見てるんだが、これが宇津井健の「スーパージャイアンツ」である。(Twitterを見ると「宇宙快速船」などもあるらしい) そしてニューアジアの街に行くと明らかに渋谷をロケハンしてそれを再現した町並みの映像がバックになっている。 あと「ハッピーなんとか」とかの店があるのだが、店名は縦書きにも関わらず「ハッピー」ののばす棒が「ー」のように横のまま。 間違った日本語あるあるである。 どうして今時こんな間違いするのかね。渡辺謙に聞けばいいじゃん。 それとも間違っていると解っていても「アメリカ人の思う日本の風景」として残してるのか。 あと気になったのは主人公の名前「ジョシュア」。 アメリカ人でジョシュアという名前がよくある名前なのかどうか解らないのだが、「ウォーゲーム」に登場したコンピュターの名前と同じ。 意識していたのかな? とにかく長くて仕舞いには眠たくなるしとにかく退屈したなあ。 最近のハリウッドのSF映画は映像の派手さばかりが気になるが、20年前なら感動もあったが、今じゃなんとも思わないよ。 お前の罪を自白しろ日時 2023年10月21日12:10〜 場所 新宿ピカデリー・スクリーン1 監督 水田伸生 荒川の新しい橋の建設で、総理の知人の会社の土地を買収させるために計画を変更させた疑惑で総理、及び衆議院議員の宇田清治郎(堤真一)は国会で追求を受けていた。次男で秘書を務める光司(本来は日ヘンに光〜中島健人)は苦々しく思っていた。 そんな時、光司の妹の娘が何者かに誘拐されてしまう。犯人の要求は金ではなく、清治郎に対し「お前の罪を自白しろ」という脅迫が届く。 荒川の橋建設の件は事実をいえば総理に及ぶ案件のため、いうことが出来ない。仕方なく清治郎は過去に裏金に手を着けた秘書を殴った件などを公表して乗り切ろうとした。しかし犯人は再度の記者会見を要求。 光司は荒川の件は与党幹事長が総理を追い落とすために野党にリークさせたと確信し、幹事長に近づいた。荒川の件を公にして総理から幹事長派に寝返ることで、犯人の要求に応え孫を救出することに成功した。 しかし犯人はまだ捕まっていない。犯人の真の目的は? 数ヶ月前から予告も流れていた中島健人主演のサスペンス映画。 中島健人がスーツ姿で大活躍である。 原作は(実は見る直前に知ったが)真保裕一。真保裕一なら面白さは担保されたようなものだ。 しかしなあ。ケンティーは頑張っているのだが、力みすぎの感がある。全体としてなんだか演技が過剰なのだ。音楽も多くてとにかく軽い。 役者も堤真一とか軽いなあ。まあ政治家の役をやってもなんだか軽いのはこの映画に限ったことではないけど。 刑事役が山崎育三郎。これもなんか軽いなあ。もう少し迫力のあるキャスティングは出来なかったのか。 あと政治家や秘書がたくさん登場するけど、テロップで肩書きとか最初に出した方がいいよ。観客が分かり易くなって「あれ誰?」的なよけいなことを考えなくていいから。 そして光司の妹(誘拐された子供の母)の夫が市会議員(浅利陽介)なのだが、この事務所のボランティアスタッフに尾野真千子がいる。目立つんだよ! でも前半では特に活躍しない。 結局彼女が犯人だったのだが、見てる間は「彼女はどんな活躍をするのだろう?」と思ってしまった。まあ知らない顔の女優がボランティアスタッフをしててもその場ではとけ込むのだが、犯人登場のシーンでは「誰?」になってしまうから難しい。 ボランティアスタッフにあと何名か顔の知ってる女優を入れておくとか前半で彼女たちが活躍するとかなにかあればまだ溶け込んだろうけど、今回はかえって目立ってしまった。 荒川の橋建設の場所を変更したために、前の候補地で立ち退き予定だった人が移転を前提に土地を買ったりしたために移転がなくなって破産してしまい、一家離散になってしまった。そのときの親子喧嘩で父親が階段から落ちて死亡。その死体をある場所に埋めたのだが、それが宇田が絡んでその土地が再開発されてしまうので、死体の発見を恐れた犯人が宇田を失脚させるために誘拐をした、というもの。 真保裕一らしい、新しい事実がどんどん出てくる展開でよかったと思う。 最後は父親の後継者として議員となったケンティが総理の所信表明演説に関しての質問をしようとするところで終わる。 これが追求の質問なのか、養護する質問なのかは分からない。そこは観客の想像にゆだねるラストになっていた。 中島歩がケンティの兄の県会議員役で出演。今回は至極まともな男で、くず男ではなかった。 全体的になんだか低年齢層向けの演出に振っている気がした。 まあケンティを主役にした段階でそうなんだろうけど。 宇宙探索編集部日時 2023年10月20日18:40〜 場所 新宿シネマカリテ・スクリーン2 監督 コン・ダーシャン タン・ジージュン(ヤン・ハオコー)は90年代からUFOの研究をしており、宇宙人の存在を信じていた。後に「宇宙探索」というUFO研究雑誌を創刊し、一時期は売れていたが今は廃刊寸前。古手の編集部員、チン・チァイロンからは「暖房代すらないよ」と文句をいわれてる。ベンチャー企業から資金の申し出があり、タンが大切にしている宇宙服を着ることになったが脱げなくなってしまい、救急車や消防車が出動する大騒ぎに。おかげで資金援助はなくなった。 そんな時、電磁派の受信のために使っているブラウン管テレビが故障した。タンは西の山で光る物体の目撃情報があり、宇宙人と確信し、現地に向かう。文句を言いながらも同行するチン。 宇宙人研究仲間と合流しながら現地へ向かう。 途中怪しげな宇宙人の遺体も金払って見た。 現地では光る人がやってきて、獅子の石像の口の中から丸い石を取り出したという家に行く。その家にはいまは両親を失ったスン・イートンという青年が住んでいた。やがてスンはその丸い石を本来の持ち主に返すと言い出し、出かける。追いかけるタンたち。 スンを見失いながらもスンはついに洞窟の中に入っていく。 やがてスンは光に包まれ、目を閉じるタン。光が去った後、目を開けてもそこにはスンはいなかった。 話は最後まで書いた。 カリテで予告編とか見て気になっていた映画。いまおかしんじ監督がブログで誉めていたので鑑賞。 始まって3分でいやな気分になった。 映画としては劇映画であるけど、形式としてはドキュメンタリー風で最初の方に登場人物たちのインタビューが入る。 そのために(わざと)カメラは手持ちで極端なズームや極端なズームダウンがある。それだけでなく編集で、ワンカット中に1、2秒切るのだ。だからワンカット中で変なところで(編集した人は意味があるのだろうが)、画面が飛ぶ。こういう編集とか画面が私は嫌いなのだ。 いらいらするし、なんだか不快感が残る。なぜだろうね。 とにかく手持ちカメラの不安定さとこのぶつきり編集のおかげで終始イライラしっぱなし。 耐えられんなあ。 最後はタンはスンにいう。「宇宙人に会ったら聞いてほしいことがある。それは人類は何のために存在してるかということだ」。 紛争を繰り返し、目先の利益で環境破壊を繰り返す人類はいったいなんのために生きているのか、あるいは存在してるのか。 スンは「向こうもこちらもそれを知るために来た、というかもしれない」と答える。 たしかにいいテーマだと思うよ。 でも前述の編集とカメラのせいでこちらには全く入ってこない。 この監督とはあわないよ。 そしてタンは数年前に鬱病になった娘が自殺している。それで甥の結婚式だかのスピーチで泣き崩れるのだが、私には響かない。 でもあの文句ばっかり言いながらもついてくるおばさん編集部員、チンさんはキャラクターとして面白かった。 そこぐらいかな、見所は。 あとずっと鍋をかぶっていて、時々気を失うスン、なんだか日本のUMA研究家の中沢健さんを彷彿とさせた。 最後の海底巨獣日時 2023年10月18日 場所 DVD 監督 アーヴィン・S・イヤワース・ジュニア 製作 1960年(昭和35年) カリブ海に浮かぶ島で港建設が行われていた。海底を爆破したところ、冷凍になったティラノサウルスとブロントサウルスが発見された。 建設に邪魔なので引き上げる。とりあえず海岸に保管しておいたが、その晩、嵐が起こり、恐竜たちに落雷した。その影響で恐竜たちが覚醒した! そして同時に発見された原始人も! 話はあんまりなし。 昔のSF映画らしく、めちゃくちゃテキトーである。 なんで恐竜や原始人は冷凍保存されていたのか説明なし。人間と恐竜は同時代にいたとは思えないのだが、劇中の原始人は恐竜慣れしている。 主人公は港の建設の現場監督みたいな人。でこれがアメリカ本土からやってきた人だが、地元のボスが何かと妨害をする。金が目当てらしいのだが。 恐竜は引き上げられた段階で本土には電報を打つよう指示するのだが、この地元のボスがその電報を握りつぶし、打たない。 それで本土からはなにもこないし、嵐で停電になって無線も使えない。 船が通った時に助けを呼ぼうとするが、船の方は「島の人が手を振ってるだけ」としか思わない。 このあたりはもう悲喜劇、である。 原始人が現代文明に触れてびっくりする、という描写があるが、ここはギャグでやってるのかも知れないが、どうにも私は笑えない。 昔から「未開の人間が都会にやってきて戸惑う」という映画はあるが(「ブッシュマン」とか)私はどうにも好きになれないのだな。 なんか人を小馬鹿にした不快感が残る。 そんで島の少年と心を交わす、という展開。 恐竜に追いかけられて、洞窟、というか廃坑に逃げ込み、廃坑が崩されそうになると原始人が柱で崩壊を防いでくれて、その間に少年や主人公は逃げる。 そういう泣かせる(私は泣かないけど)展開になる。 悪役の地元のボスは最後はティラノが廃坑を崩した時にがれきで死ぬという勧善懲悪である。 結局島の住民は昔の要塞に立てこもる。 そこで堀にガソリンを撒いたりして対恐竜戦が始まる。 ティラノサウルスと最後はクレーン車との対決!クレーン車のアームでティラノを海にたたき落とすところはよかったな。 特撮シーンもハリーハウゼンとまではいかないけど、十分出来はよかったと思う。 まあゆるいところも多いけど、やっぱりラストの重機との対決など「ウルトラQ」っぽくてよかった。 アマゾンのレビュー(だったか)に「ミステリーゾーン」の「33号機の漂流」の恐竜のカットは本作のカットを使用した、みたいなことが書いてあった。そうならば面白い。 女の仕事日時 2023年10月17日20:50〜 場所 新宿k's cinema 監督 野火明 大野は売れない漫画家だった。彼の描くマンガは旧日本軍が各地で行った残虐行為をマンガにしたエログロものだった。現地の娘を日本軍が犯しまくる内容だった。たまに読者がモデル希望でやってきて、デッサンするが、今日来た子は梅毒持ちだった。 チサ(長谷川千沙)は女性ばかりの殺し屋の一員だった。ターゲットは政府にとって邪魔な存在とAIによって判断された人物が指令としてくる。 今回のチサたちのチームのターゲットは大野だった。理由は知らされない。テッシュ配りのバイトをしている大野に近づくチサ。大野のアパートに行くところまでは成功した。相手を安心させるためにセックスをする。 そして眠らせた所で仲間と合流。毒薬を駐車しようとしたときに中止命令が出た。リーダーにいわせるとたまにあるらしい。 しばらくは様子見となった。 チサは次の指令が来るまで大野と暮らす選択をする。 そんな時、大野に大手マンガ雑誌の連載の話が来る。 日曜日にケイズシネマの前を通ったとき、「女の仕事」という身も蓋もないタイトルの映画が上映されている。監督は野火明! あの名作「蟻が空を飛ぶ日」の監督だ。しかも殺し屋もの。 調べてみると1週間だけ20時50分レイトだけの上映。その日曜日は「女子大小路の名探偵」を観る予定を立ててしまったので、(翌日は所用で休みにした)火曜日の夜に観た。 偶然にも池島ゆたか監督もトークイベントに参加。 今回も面白く観た。 アクション描写がやたらカットを割ったり動きを派手にするということはなく、静かにバンバンと撃っていくのが抑制が利いた描写で私は好みなのだ。 今回は女ばかりの殺し屋集団。 女リーダーのおばさんがなんか不気味でいいですねえ。 大野は実は日本軍の加害を描く反戦マンガを描いていたのだが、まったく 売れない。でも日本軍の残虐行為のシーンは評判がよかったのでそれに特化したマンガを描くようになったという。 そして大手出版社から来たのは戦争もの。ただし大野の意図とは違って世界各地のテロ組織の悪逆非道を日本軍が出かけていって倒す、という内容。 大野は「自分の描きたいものと正反対」と難色を示すが、結局は押し切られる。 チサの方も一応マンガを少し描いており、自分らしき人をモデルにした童話を描く。田舎の少女が上京してだまされてピンサロで働き友達も出来たが友達は殺された。復讐のために殺した奴を殺した、死刑になりかけたが王様の暗殺者となって働くようになる。だが王子が止めようとする。王子の暗殺命令を受けた少女は王子に近づくが逆に王子を好きになってしまう。王様は改心して二人は結婚した、という話。 まずは女の殺し屋もの、として面白かった。 大野が「日本軍の残虐行為を描いたマンガ」という設定も面白い。そして大手から日本軍が英雄視されるマンガを描け、と言われるのも昨今の政権のやり方を見てるとあり得そうだ。 この計画があったから中止命令が出たのだろう。そして出来上がったものを見て出版社はボツに。「あなたへやっぱり素人レベル。メジャーで出来る器ではない」とコテンパンに言われる。そして一言「あなた愛国心ないでしょ?」 このあたりの一種政権批判的な部分は好きである。 でもまず根本的に「殺し屋がターゲットを好きになる」というのが私には説得力がないというか、作者の都合だけで動いてるように見えるのだな。 まあ殺し屋と言ってもプロというわけでもないかも知れないけど、チサが大野を好きになったというのが強引である。 そしてやっぱり来た殺しの命令。チサは殺せるか、というのがクライマックス。でも大野は彼女が殺し屋だと知っていたという展開。逃げても殺されると思った大野は自分が死んで彼女を生かそうとする。 「愛している」という瞬間、仲間が助っ人に現れる。 結局はチサが命令をやり遂げるんだけどね。 でもラストカットでは次の指令を受けたチサが明るい顔をしてるのが、いい。自分の「仕事」を受け入れたようだ。 主人公が前向きなラストでよかった。 女子大小路の名探偵日時 2023年10月15日18:55〜 場所 池袋シネマロサ・スクリーン1(2階) 監督 松岡達矢 名古屋の栄の女子大小路のバーでバーテンダーのバイトをしている大夏(ダイキと読むらしい〜醍醐虎汰朗)は児童相談所の職員の秋穂(北原里英)と知り合う。彼女と矢場公園の付近を歩いてるときに白い手袋をした男が運転する車とぶつかりそうになる。そして矢場公園で女子中学生が心肺停止で倒れているのを発見。 ところがその女子中学生が持っていた携帯にも、大夏の携帯にも「ヤマモト」という名前で同じ番号が登録されていた。そのことがきっかけで容疑者扱いされてしまう。大夏は岐阜でホステスをしている姉の美桜(剛力彩芽)に連絡を取る。美桜に弁護士を紹介してもらったおかげでなんとか釈放された。 今回の被害者の名は佐藤あすか。彼女は秋穂が担当していた子で、父親からDVを受けている可能性があった。父親は有力な県会議員の秘書だった。秋穂はあすかはDVの関係で殺されたのではないかと疑う。 秋穂の手助けをしたい大夏は秋穂の上司がDVの記録を抹消したらしいと聞き、知り合いのホステスに秋穂の上司の鞄を盗ませる。 ところが秋穂の上司の携帯には愛知県が計画中の産廃処理場建設にからむ情報が入っていたため、ヤマモトに狙われることに。 大夏の携帯にヤマモトから「鞄を盗んだホステスは誘拐した。鞄と引き替えろ」と連絡が入る。 美桜、大夏、弁護士、そして美桜の知り合いの大学教授(田中要次)は引き替え場所に向かう。 名古屋テレビ(通称メ〜テレ、テレビ朝日系列)の開局60周年記念映画。という訳で名古屋、岐阜の夜の街で事件が展開する。 ご当地映画の割には夜の繁華街ばかりで、名古屋城とかテレビ塔は出てこなかったな。(テレビ塔は栄が舞台だから写ってはいるけど、場面としては登場しない) その割にはトヨタじゃなくてダイハツが全面的に出てくる。 美桜のことを好きな弁護士に対して「あたしはエコカーとか好き」と言ってダイハツ車を買わせるのだ。ホイールの交換がどうしたこうした詳しく説明される。 原作者は「アンフェア」シリーズの秦建日子氏。今回は脚本も兼ねているそうだ。 だからなのか解らないが、どうも脚本のバランスが悪い。 詳しく説明すべきところと省略すべき点がバランスが悪いのだ。 弟に容疑がかけられて真犯人を探す、という基本はいい。 3日前に同じように中学生が殺されており、そのために同一犯と疑われる、というのはいい。しかし映画ではこの最初の殺人事件はさっぱり忘れられ、最初の事件の犯人が捕まった段階で「あっそういえばそんな事件あった」という感じなのだ。 美桜たちはひたすら「あすかはDVで殺された説」を追うのだ。だからあすかのDVが児童相談所でなかったことにされたとか、裏には県会議員がいるとか、その秘書と議員夫人は浮気をしているとか、秘書の娘があすかでそれを知った娘の口封じをするために殺されたとか、見当違いの方向へ進む。 いやもちろん見込み違いをして最初からやり直す、というのはありなんだけど、結局ヤマモトが出てきて産廃処理場建設の利権が出てくるが、結局はこの事件とは無関係だし、その利権とは何かが作者にはどうでもよかったのか、説明なし。 この件は汚職として摘発されるべきでしょう、映画なら。 それで後半になって「あすかはコスプレが好きたっだ」と示されて、そっち方面に話が進む。でも台詞だけだから、あすかの姿もちゃんと写してほしいよね。 んであすかのコスプレ衣装を作っていた青年の姉が秋穂だったと急展開。 秋穂の弟(寺坂頼我)がロリコンであすかともめて殺してしまって、それを姉の秋穂が連続殺人とかに見せようとした、というのが真相。 大夏も「ぶつかりそうになった車の運転手が白い手袋をしていた」ということの目撃者に利用されただけ。 でもこの運転手、誰だったんだろね。県会議員秘書がいつも白い手袋をしてるという設定で、この秘書が疑われたのだが全く関係なかったし。 あとね、秋穂と弟の関係が美桜と大夏の関係ににているという設定。 映画の冒頭で父親が幼い姉と弟に「離婚することになった」というシーンがあるのだが、これがてっきり美桜と大夏のことかと思ったら、秋穂たちだったというミスリードのオチ。 作者はうまくやったつもりかも知れないが、説明不足の不快感だけが残った。 あと田中要次扮する金華大学の教授。美桜が惚れてるようにも見えるが、年が離れすぎていて、カップルには見えない。それに「水質調査は私がやった。きっと利権だ」というシーン以外は事件との関わりも薄い。 弁護士の方も最初に大夏を警察からもらい受けるシーン以外では「弁護士としての」活躍はない。 なんかこうおもしろくなりそうなネタはちりばめされてるが、どうにも整理が出来ておらず、全体的に消化不良感だけが残った。 大夏役の醍醐虎汰朗がイケメンで今後に期待。 ラストはシリーズ化を思わせたが、たぶん無理かな。 春画先生日時 2023年10月14日13:25〜 場所 ユナイテッドシネマ・ウニクス秩父スクリーン6 監督 塩田明彦 喫茶店でアルバイトをしていた春野弓子(北香那)は常連客の芳賀一郎(内野聖陽)が見ていた春画をちらりと見てしまい、衝撃を受ける。 芳賀から「興味があるなら私の家に来なさい」と名刺を渡される。 翌日芳賀の家を訪問する弓子。そこで見せられた春画にますます魅了される。週2回家政婦をすることを条件に芳賀から春画を教わることになる。 芳賀には7年前に死んだ妻がいると知る。ある春画鑑賞会で不躾な質問者の答えに応じる形で芳賀の妻とのなれそめを聞かされる。それはかつてつきあっていた女性がいたが、セックスの最中に論文についてひらめいたことがあり、セックスをしながらメモを取った。そのことがきっかけで彼女は去っていった。彼女に復縁を迫るために彼女に家に行き、そこで逆に彼女の妹に惚れてしまったという。その後芳賀がアメリカに行ってなにも何もなく偶然の再会があって結局その妹と結婚したのだった。 そんな話を出版社の編集の辻野(柄本祐)からも聞かされる。 その晩、酒の勢いもあってか辻野とセックスしてしまう弓子。 辻野が言うには芳賀先生の話や春画に接するうちに心のリミッターがはずれてしまうのだという。 芳賀と弓子と辻野で地方への春画巡りの旅が始まった。その旅先の展覧会で芳賀が最初に好きだった女性、つまりは妻の姉に再会するのだった。 春画を研究する変わり者の先生が主人公の映画、というだけの知識で見に行ったのだが、予想とは違う映画だった。 私は春画を研究する割には女性とは無縁のストイックな学者と若き女性研究者のラブコメ、みたいな話を想像していたのだ。 ほら、「恋愛小説のベストセラー作家が恋愛経験がない」「ポルノ作家だが実は女性に奥手」みたいな話だと思っていたのだな。 前半はそんな感じなのだが、柄本祐の編集者が登場してから、映画はピンク映画並のエロチックな話になっていく。 芳賀先生も実は弓子が好きなのだが、妻も忘れられずに手を出さない。 その代わりに辻野が関係を持つときに携帯電話で彼女のあえぎ声を聞かせるという展開。 完全にピンク映画みたいなエロ話。 そして辻野という男は男ともセックス出来る人で、旅行に行ったとき、ホテルのフロントマンの手を握り、相手も握り返す。 そうすると弓子が辻野の部屋を訪ねると上半身裸の辻野とフロントマンがいるのである。 もうピンク映画の世界。 その後(映像では出てこないけど)弓子も交えて3Pの夜で、芳賀はその様子を携帯で聞くのだ。 最後はその元カノが芳賀を通じて弓子を呼びつけ、芳賀がドMになって言葉攻め、鞭打ちを受けて恍惚に浸るという展開。 何度もいうけどピンク映画だよ。 さらに辻野は途中でワンシーン登場した大学の研究者の若者(男ね)を誘惑するシーンとなる。 上野オークラでこの映画を見たら、最初からそういう映画と思ってみるから辻野と3Pしても「そういう無茶な展開もピンク映画なら」と思えるが、普通のシネコンで見てもねえ。 なんだか最近、思っていた内容と違う映画に出くわすことが多く、面食らう。 映画ってやはり期待した通りの映画になってるかで評価が変わると実感する。 地震列島日時 2023年10月9日14:00〜 監督 大森健次郎 製作 昭和55年(1980年) 本日は中野監督の誕生日、ということで某所で「地震列島」を再見。 特に以前に書いた感想と変わることはないのだけれど、だんだん観ていて腹が立ってきたなあ。 地震学者が妻とうまくいかなくなって、研究所の職員と出来てしまうとか、どんだけメロドラマとしてのレベルが低いんだよ。 地震に巻き込まれた人間たちのドラマをやりたいのは解るけど、主人公が不倫してるとかいかんだろう。 主人公が地震に関していいこと言っても人間的に信用できなくなる。 さらに主要4人がへたくそ。 勝野洋も下手だし、永島敏行も下手だし、多岐川裕美も松尾嘉代も下手。 松尾嘉代とか怖いんだよね。 さらに津島利章さんの音楽が多すぎてうるさい。 下手な芝居を音楽で盛り上げようとか、三流のメロドラマである。 下手な上に顔のアップの多用。うんざりする。 脚本も疑問、役者も下手、過剰な音楽と完全に私が嫌いな要素がてんこ盛りである。 そういえばアメリカの「大地震」も冷え切った夫婦関係がドラマにあったけど、踏襲してるんだろうか? しかも上映時間が2時間あり、最初の1時間は延々とメロドラマである。 もういやになるのね。 やっぱり始まってすぐに地震が始まり、地下鉄のドラマとか平行していくべきではないのか。 また地震が一段落して映画は終わるけど、東日本大震災を経験したから解るけど、実際はその後がまた大変なのである。 翌日になって救助活動の話も描いてほしかったが、当時では「地震は揺れば収まれば終わり」という認識が強かったからなあ。 とにかく「日本沈没」の夢よもう一度感があるけど、あちらはベストセラーのバックボーンがあったけど、完全に企画段階からスベった映画としか言いようがない。 もう2度と観たくないな。 LONNSOME VACATION ロンサム・バケーション日時 2023年10月8日19:00〜 場所 新宿K's cinema 監督 下社敦郎 高円寺で探偵を営む古谷栄一(藤江琢磨)の元にやってきたのは大学時代にちょっとだけつき合った今日子だった。今日子の父親が急に亡くなって遺品を整理したときに古い8mmフィルムが出てきたのだ。 そのフィルムは「玲子」とタイトルがつけられ、父親の独白で彼女への愛情が語られていた。今日子はこの女性に会ってみたいのだという。 写っているのは特徴的な海岸で三浦半島の先だと解った。栄一と今日子は写っている灯台やたばこから1990年代後半に撮影されたものと考えた。つまり今日子が生まれてからの話であり、この「玲子」という女性と今日子の父は不倫関係にあったようだ。 そこへ玲子とそっくりの女性と遭遇する。話を聞いてみると彼女は玲子の娘だった。玲子は数年前に亡くなっていて、今日はその墓参りだという。 墓参りでは玲子の娘の妹や玲子の夫にも会うことが出来た。 「れいこいるか」の音楽を担当し、「東京の恋人」では映画監督も行う下社敦郎監督作品。 探偵ものということで観に来た。 続きはその後、玲子の夫は画家で玲子は見込みのある芸術家と関係を持つことが好きだったようだ。夫が玲子を描いた絵を見て妊娠してる様子でその絵が描かれた時期が最初の8mmフィルムが撮影された時期と重なることを気づく。 栄一は今日子の父親と玲子の間に出来た子供が三崎であった姉妹かもしれないと思い、それを玲子の夫に確かめにいく。 結局、「そうかも知れないし、そうでないかも知れない。別の男の娘の可能性もある」ということになる。 今日子の方も玲子の娘と東京で再会し、たばこの吸い殻を手に入れDNA鑑定をしようとしたが止める。「知らなくていいことは知らなくていい」と。 でお話の方は大晦日から三崎に行き、初日の出を二人で見てキス、でエンド。 なんか物足りないと思っていたが、結局殺人事件とか、遺産など金の奪い合いとかいわゆる犯罪に話が発展しなくて、結局のところ「元カノとの再会」に話が終始してしまったからだろう。 そこは監督としては興味がなかったのかも知れないし、そっちへ話を持って行く気もなかったのかも知れない。 映画としては三崎の遊覧船のガイドを妹の方がやっていたり、灯台の由来を地元の人(諏訪太郎)が解説するシーンがあったり、北原白秋が姦通罪で東京を追われて住んでたときがあるとか、三崎の観光映画としての側面もあり、三崎に行ってみたくなった。 白鍵と黒鍵の間に日時 2023年10月8日14:30〜 場所 テアトル新宿 監督 富永昌敬 昭和63年の年末、銀座のキャバレーで博(池松壮亮)はピアノの弾き始めた。しかし自分のやりたいようにやると歌手やバンマスからは「そんな弾き方いらねえ」と怒られる。その晩、客の中に不思議な男(森田剛)が「『ゴッドファーザー愛のテーマ』を弾いてくれ」と言ってきた。バンマスは「絶対だめだ」というが意味が分からない博は弾いてしまう。 一方銀座の高級クラブ「スローリー」では外国から来た新しい歌手が不満をぶちまけていた。「この店の客は誰も音楽を聴かない」。ピアノの南(池松壮亮)は「この銀座ではバンドはインテリアなんだ。花瓶になりなさい」と諭すが納得しない。 「スローリー」のバンマス・ミキ(高橋和也)は別の店のバンド仲間の曽根(川瀬陽太)から別のキャバレーであの曲を弾いた奴がいると連絡がある。 この銀座であの曲をリクエストするのが許されるのはこの街を仕切る会長の熊野(松尾貴史)だけ。リクエストしてきた不思議な男は組のために殺しをやって10年刑務所に入ったあいつだ。 南は「スローリー」をやめてジャズの勉強のためにアメリカのボストンにいくつもりでいた。入学試験のためにはデモテープがいる。学生時代の先輩で今は一緒に働く智香子(仲里依紗)の提案でバンド仲間で勝手にセッションすることになる。 そこへあいつもやってきた。 結構前から(春ぐらい)から予告編なども流れ楽しみにしていた映画。 大好きな池松壮亮主演である。しかも試写を観た人からは評判がいい。 ああ、なるほどねえ。そういうことか。 池松壮亮は二役だが、事実上は同じ役だ。これは彼がピアノの恩師(佐野史郎)に「キャバレーに行け」と言われてやってきた3年前の姿と街にそまったその3年後の姿の二役なのだ。 別に同じ顔をしてるからと言って取り違えのコメディになるわけではないのだ。 だから南と博の文脈で恩師が同じで先輩も同じなのだ。 3年前、「キャバレーでいろんな人々と音楽をやることで自分が磨かれる」というのを信じて銀座にやってきた博くん。 でもやがて惰性で演奏し、惰性でも演奏できてしまう自分にいやになる。 そしてアメリカに行こうとするが、結局(バンマスの三木の嫉妬なのか)殺される。 そこで見たのはボストン(?)の裏路地で浮浪者になった南。 ジャズをやる奴は最後は病院にいくか自殺、みたいな悲惨な末路が語られる。 それでも「美しい音楽をやりたい」と言って突進していく俺ってなんなのか。 それはジャズだけでなく、色んな芸術に言えるかも知れない。 だからこそ試写で見た映画関係者は自分の中に、南や博を見出し感動したのかも知れないな。 そういう感覚は私は頭では分かるが、先日の「スキンレスナイト」と同じく実感としては分からないなあ。 男闘呼組の高橋和也とV6の森田剛の共演が個人的には何か興味深い。 あと川瀬陽太さんが「As Time Goes By」を歌うシーンがあるが、思った以上に歌がうまくて感心した。 テアトルは音響もいいので(オデッサシステムとかいうらしい)ラストのセッションのシーンなど聞き応えがある。 (その分料金も普段より200円高いのだがね) BAD LANDS バッド・ランズ日時 2023年10月8日16:10〜 場所 TOHOシネマズ新宿・スクリーン5 監督 原田眞人 いわゆる振り込め詐欺、オレオレ詐欺のグループの元締めのナンバー2のネリ(安藤サクラ)。彼女の仕事は名簿からの情報を元に下調べや実際に金を受け取る受け子の指揮をする「3塁コーチ」の役割をしていた。 彼女は3年前まで東京に住んでいたが、訳あって今は大阪ミナミで元締めの高城(生瀬勝久)の元で働いている。 そんな時に弟の矢代穣(山田涼介)が訪ねてくる。ネリの母親が再婚したときの連れ子でジョーとネリは血はつながっていない。 ジョーは東京から仲間を連れてきていて、彼らと花札賭博の遊びに行く。 最初は勝っていたジョーだったが、付き添いのネリが急用で大阪に戻り、それから負けていき250万円の借金を作ってしまった。 ネリの急用は高城の元側近で今は認知症にもなりかけている通称・曼荼羅(宇崎竜堂)が暴れ出したことだった。何かと可愛がってくれた曼荼羅のことをネリは慕っていた。 借金のために殺しを引き受けるジョーと東京の仲間。しかし殺しは失敗。だが相手を黙らせることは出来たのでなんとか目的は達した。まだ金が足りないジョーはオレオレで儲けている高城を殺すことにした。しかしネリが止めに入るが逆にネリが高城を殺してしまう。 二人で高城の金を奪うことにした。銀行預金通帳や印鑑は見つかった。そして株で2億円持っているとわかった。株の方は証券会社の口座から銀行の口座に移した。しかし銀行の暗証番号がわからない。 かつては曼荼羅は高城の代理で銀行にも行ってたことがある。曼荼羅なら番号を知っている! 一方警察もオレオレ詐欺の元締めが高城とわかり、手を伸ばしていた。 話の紹介だけで字数がかかった。ここまでで3分の2ぐらいかな。 山田涼介の出演のクライムサスペンスということで見に行った。 原田監督らしく、人物は早口でしゃべり、聞き逃すとわからなくなる。 今HPで原作紹介の項目を読んだらネリは男で、別に兄弟という訳ではないようだ。 ネリは3年前まで資産100億ドルの若手投資家の性奴隷になっていたが、そこから逃げ出した設定。100億ドルって1兆5千億円だろ? しかし性奴隷で暴力を受けていたという設定は安藤サクラだといまいち実感がわかない。山田涼介の方がまだ解る気がする。 面白くはあったが、何か違和感。足りないのか、多すぎるのか。 高城は実はネリの実の父親で、ネリの母の再婚相手の男に子供の頃連日レイプされていて、ジョーとともに殺したという設定。 話がどんどんどんどん詰め込みすぎているのである。 ジョーが殺しを請け負った男も死刑判決を2審で無期懲役にした判事でそれを不服に思った人たちに殺されるという話、。直接は本筋には絡んでこない。 やっぱり話の枝葉を広げすぎて焦点が散漫になった気がするんだな。 もう少し話を絞った方がよかった気がする。 最初の特殊詐欺の受け子のシーンなど40分ぐらいあり、ここだけでも十分1本の映画になりそうな気がする。(そのために山田涼介が最初出てこないのだ) またラストでは金融屋に頼んで2億の金を暗号資産で海外に送金してもらう。 手数料を高めに言われたのでまだ下ろしていない預金通帳の数千万円を渡す話になる。 しかし数千万円をあきらめても2億円を送金せずに自分のものにした方がよくないか? でもそれを言ったら今までやってきた送金事業はすべて客から金を持ち逃げすればいいわけで、一応信用商売ということでないのかな? ファンサービスとしては高城を殺して埋めた後、ラブホにジョーとネリは入るのだが、そこで風呂に入るシーンで山田はパンツを脱いでケツ出しカットあり。 あとはジョーたちが殺しに行ったシーンで相手が麻雀をしているがそのメンバーの一人に岡田准一の特別出演。 あと個人的には大阪新世界でのロケが多く、私がよく行く串カツや「てんぐ」でもロケが行われてるのがうれしかった。 結局話が枝葉に広がりすぎて散漫になった感がある。上映時間も2時間以上で長くなってしまったし。 アスファルト・ジャングル日時 2023年10月1日 場所 TSUTAYA宅配レンタルDVD 監督 ジョン・ヒューストン 製作 1950年(日本公開1954年) 刑務所から出所した知能犯、通称ドク(サム・ジャフェ)はある計画を立てていた。仲間が3人、それに資金が5万ドル必要だ。ドクは裏社会に顔が広い旧知の競馬のノミ屋コビーを訪ねた。 必要な人間は金庫破り、運転手、それに用心棒だ。金庫破りには2万5千、運転手には1万、用心棒には1万5千で雇う計画だ。金庫破りも運転手もコビーの紹介で決まった。用心棒は競馬好きの乱暴者のディックス(スタンリー・ヘイドン)に決めるドク。 問題は資金だ。ドクの紹介で裏社会では有名な悪徳弁護士エメリックを紹介してもらう。50万ドルにはなる仕事だ。儲けを半々にしようとエメリックに持ちかけるドク。エメリックは承知し、しかも盗んだ宝石を金に換える算段もつけようという。実はエメリックは破産しており、ドクの盗んだ宝石を丸ごといただく計画を立てていた。エメリックは愛人のアンジェラ(マリリン・モンロー)と逃げるつもりでいる。 宝石店には進入でき、金庫の宝石は盗み出せた。しかし警報がなり、駆けつけた警官に金庫破りが撃たれてしまう。そしてエメリックの元に宝石を届けるドクとディックスだが、エメリックはいつも使っている探偵を使って拳銃で脅し取ろうとする。しかしその探偵をディックスが撃ち殺す。だがディックスも腹に怪我をした。 警察はドクに目星をつける。ドクが出所した日、コビーの店まで送ったというタクシー運転手の証言を元にコビーを締め上げる。盗みには関わっていないコビーはあっさり自白。警官がやってきたとき、もはやこれまでとエメリックは自殺した。 金庫破りも怪我が元で死んだ。ドクも逃亡中に捕まった。 ディックスは押し掛け女房のような女(ジーン・ヘイゲン)と車で逃亡したが腹の怪我が悪化し、ついに事切れた。 先日「ミステリと言う勿れ」を観たときに久能整が「昔の刑事映画に『犯罪は人間の負の努力の結果』というせりふがあります」というのが出てきた。 どんな映画だろ?と思っていたらエンドクレジットで引用作品として「アスファルト・ジャングル」と表記されたではないか。 映画版「ミステリと言う勿れ」を観て以来、すっかり久能整にはまっているので、レンタルで観た。 監督はジョン・ヒューストン。「マルタの鷹」の監督だ。 正確に犯罪映画で刑事映画とは言えないな。刑事が主役じゃないもん。 犯罪を計画する側から描き、計画立案、資金集め、仲間集め、実行、トラブル発生、追いつめられるとテンポよく描いていく。 この時代の昔の犯罪映画はいいですよ。今のようなハイテクばかりじゃ金庫破りも出来ません。金庫破りが金庫を開けるって映画としてはやっぱり面白いですよ。いまじゃパスワードの解析だもんね。 それに監視カメラもないし。 でも光センサーを使った警報機はもうこの時代からあったようで、不可視の光の下をくぐって行くところは興味深いですね。 例のせりふは弁護士のエメリックが追いつめられて自殺する前につぶやいたせりふだった。 でも「ミステリと言う勿れ」の作者はこういう映画も観ていて、本当によく見ている。 最近この時代の犯罪映画は見ていなかったが、なんか解りやすくていいな、って気になった。 沈黙の艦隊日時 2023年10月1日11:20〜 場所 TOHOシネマズ新宿・スクリーン9 監督 吉野耕平 太平洋で日本の海上自衛隊の潜水艦が沈没した。海江田四郎(大沢たかお)以下70数名の乗組員は全員死亡とされた。 海江田の元で副長をしていた経験のある深町洋(玉木宏)は「海江田があっさり死ぬとは思えない」と疑問を持った。 その頃、アメリカ太平洋艦隊(第7艦隊)では新型原子力潜水艦「シーバット」が就航した。艦長は海江田四郎。この日本が資金を出した潜水艦を米艦隊に所属させ、日本の防衛力増強を政府は考えていた。 しかし初訓練中の航海で海江田は反乱を行い、米艦隊と敵対行動を行った。 シーバット捕獲のため、深町も出航する。アメリカは第7艦隊の総力をあげてフィリピン沖でシーバットを撃沈しようとする。 そして海江田はシーバットを「独立国やまと」と宣言する。 日本政府も海江田の目的がはっきりしない以上方針が決められない。 アメリカ大統領はシーバットの撃沈を命令。しかし第7艦隊司令官はシーバットが核兵器を持っている可能性を排除できない。 雑誌「モーニング」連載当時、週刊誌では読まなかったが数ヶ月に1回単行本になったときに読んでいた。面白かったので毎回楽しみにしていたが、数年にわたって連載していたので途中でやめてしまい、結局ラストがどうなったか知らない。 今回春に映画化公開の情報を聞いて非常に楽しみにしていた。あの膨大な原作をどうまとめてラストはどうなるのか非常に楽しみにしていた。 しかし映画が始まって徐々に不安に感じだした。 「ん?映画の上映時間は予告込みで2時間10分しかないぞ。でも予告は15分以上やったぞ。本編2時間切ってるじゃないか?」と思い、映画の方はいつまで経ってもシーバットは出航しない。 出航したと思ったらなかなか反乱しない。映画が始まって40分ぐらい経ってからやっと反乱である。 「おいおいどうなってるの?これ終わるの?」と不安に感じ始める。 そして「やまと独立宣言」はもう1時間半すぎた頃に行う。 このあたりで不安は確信になった。「これ終わらないな」 いや、膨大な原作を映画化で何部作かになるのは良くある話。 しかしそんな話聞いてない。しかもこの作品は原作者のかわぐちかいじの防衛論がベースになるわけだから作品についての論評は結末まで語られなきゃいえないだろう。 ところが「独立国やまと」を宣言して「日本政府と軍事同盟を結びたい」と言って終わり。あまりに中途半端すぎる終わり方。とりあえず1本の映画として成立させてよ。 ラストに「2024年○月続編公開決定!」と出るとか(出資会社がamazonスタジオなる会社だから)「2023年11月にamazonプライムで配信決定!」とか出るかも知れないと期待したが何も出なかった。 もう大沢たかおがどうとか、玉木宏がどうとか、橋爪功の長老議員がどうとか、笹野高史の総理がどうとか、江口洋介の官房長官がどうとか、ユースケ・サンタマリアのソナー要員がどうとか全部この中途半端なラストでぶっとんでしまう。 とにかく今年一番のがっかり映画である。 これで続きが作られなかったら詐欺だよ。 |