ハードコアの夜日時 2025年8月31日 場所 TSUTAYA宅配レンタルDVD 監督 ポール・シュレーダー 製作 1979年(昭和54年) アメリカ中西部の地方都市で家具工場を経営するジェイク(ジョージ・C・スコット)は敬虔なキリスト教徒だった。彼の娘クリステンが友人たちとロサンゼルスに行ったまま、行方不明になった。友人と遊園地ではぐれたままだというのだ。 早速ロサンゼルスに行ったジェイクと義弟のディヨング。だが警察は「誘拐の可能性もあるが、単なる家出だと警察では対応できない」とやる気がない。私立探偵を雇って調べてもらうことにした。 数週間後、探偵のマストが1本のフィルムを持ってきた。近くのポルノ映画館を貸し切って上映してもらうとそこにはクリステンが二人の男に犯される姿が映っていた。タイトルは「愛の虜」。探偵の話ではどこから出てきたか、作った人間も売った人間もわからないという。 それでもマストに引き続き調査を依頼したがしばらく経っても進展がない。業を煮やしたジェイクはロサンゼルスに行って自分で探すことにした。 まずはポルノショップ。店員は無愛想でまったくフィルムのことを聞いても全く分からない。怪しげな店に入って店の女に聞いてみたが「知らない」としか答えない。 ポルノ映画の制作者の元に行けば分かるかも知れないと思い、出資者を装って大手のポルノメーカーに行ってみた。しかし十分儲かってるためビジネスパートナーは必要ないという。「ポルノが作りたきゃ自分で作りな」と言われる。 まずは新聞に「ポルノ男優募集」の広告を出した。男優たちが入れ替わり立ち替わりやってきた。誰も雇おうとしないジェイクは怪しまれるが、やっとクリステンのフィルムに出ていた男を出会う。クリステンを撮影につれてきたのはトッドという男、トッドの居場所を知ってるのはニキという女。ジェイクはニキのいる店に行き、ニキを雇って協力させる。 ジェイクはニキとともにトッドを追ってサンディエゴ、サンフランシスコへと向かう。 「私は死にたくない」と同じくシネマート新宿の「新宿ハードコア傑作選 の1本。チラシを見て興味がわいたのでレンタルDVDで見た。 ラストを書いちゃうと娘はSMクラブみたいなところにいてジェイクは娘を見つける。 娘は「私の自分の意志なのよ」と言うけどジェイクが手をさしのべるとあっさり手を取って無事に帰ることになる。 はっきり言うけど拍子抜けである。 てっきり「私は自分の意志で来た。もう帰らない」と言うのかと思っていてジェイクがショックを受けるという展開になると思っていたのだ。 なんたる道徳的な終わり方! トッドは悪の元締めみたいな奴と一緒だというのだが、ジェイクを追ってきた探偵によって射殺される。なんでだよ。唐突だよ。それに殺されるなら、それまでに「殺されても仕方ない」という悪辣な部分を事前に描いてないと。探偵とは昔いろいろあって狙っていたとか。 また恐らくは「悪の元締めを射殺するために探偵をジェイクの保護の為に義弟のディヨングが探偵を雇った」という展開にしたのだと思うが、私はてっきりこの義弟が一番の黒幕で娘をポルノ業界に入れた張本人でそれがジェイクにばれるとまずいから「保護してくれ」と言ったののではないか?という展開を想像したが違っていた。 さすがにそれはうがった見方か。 ジェイクがやたらお堅い男なので、私としては好きになれず、この男がショックを受ける展開を期待したんだろうなあ。 そうは言っても見所が全くないわけではない。 70年代のアメリカのポルノ業界の風景が描かれてるのが面白い。 娘が出ていた映画は洋ピンなどではなく、ブルーフィルムだろう。8mmで売られてるようだけど日本の「エロ事師たち」と似たようなものである。 上映される映画館も「タクシードライバー」に出てきた感じ。 映画館というよりポルノショップの奥にある上映会場と行った趣だった。 次にポルノショップ。入ったら50セント預けるというシステム。物を買ったら50セント行くと言うけど、要するに冷やかしを排除するシステムなのかな。私がNYのタイムススクエアで入ったポルノショップはそんなことなかったけど。 ポルノ映画の撮影風景とか新聞広告(たぶん日本の3行広告みたいなの)で男優募集とか(この面接の時にジェイクはかつらと付けひげで変装している)、ニキが勤めてる店がガラス越しに女の子と電話で話し、気に入ったら個室でナニするというシステムらしい。この時店に2分5ドル(だったか)のコインを買って時間がくると二人の間のカーテンが閉まるという設備が面白かった。 あとラストのSMクラブが個室に分かれてるけど、格闘になったら壁が壊れていくのが面白い。 こんな感じで70年代アメリカポルノ業界ガイドとしても面白味はあったけど、それ以上の物はなかったなあ。 ベスト・キッド:レジェンズ日時 2025年8月30日18:35〜 場所 TOHOシネマズ池袋・スクリーン1 監督 ジョナサン・エントウィッスル 北京でハン師匠(ジャッキー・チェン)の元でカンフーを学ぶリー(ベン・ウォン)は医師の母親がニューヨークで働くことになり、一緒にアメリカにやってきた。母親はカンフーがきっかけでリーの兄を死なせており、リーがカンフーを続けることに反対だった。 NYに着いた晩、近所のピザ店に入るリー。そこで店主ヴィクターの娘、ミア(セイディ・スタンリー)と出会う。翌日、中国人街で買い物をするミアをリーは見かける。値段をふっかけられて困っているミアを、店主に中国語で話しかけることで負けてもらった。 彼女にNYを案内してもらってる時に空手道場を見つけ、つい見てしまうリー。でもミアは「ここは関わらないで」といわれる。この道場のオーナーからミアの父は金を借りており、取り立てが厳しくなっているのだ。またこの道場の一番の強者・コナーとミアは付き合っていたが、ミアはもうその気はない。しかしコナーはつきまとっていた。 ヴィクターは実は元ボクサーで、昔の興行主から試合に出ることに誘われていた。リーがカンフーで強いと知ったヴィクターはリーにカンフーを教えてもらう。試合では善戦したヴィクターだったが、相手がコナーの道場の関係者で、反則を行いヴィクターは怪我をしてしまう。 怒りが押さえきれないリー。そんな時、ハン師匠がNYにやってきた。事情を聞いたハンはリーに近く行われる空手の大会に出場してコナーを倒せという。リーは実は戦うことに恐怖を感じていた。兄はカンフーの試合で優勝したが、その帰り道負けた相手に喧嘩を売られ、ナイフで刺されて死んだのだった。 ハンはリーを鍛え直すため、今は亡くなった親友ミヤギの一番弟子、ダイエル・ラルーソ(ラルフ・マッチオ)に応援を頼むことにした。 ジャッキー・チェンでリメイクしたのはつい最近だと思っていたが、調べてみたら2010年なので15年も前である。 さらにオリジナルのラルフ・マッチオも出演となればもうこれは「ウルトラマン」の新作に黒部進や森次さんが出演するようなもので、俄然観たくなった。 オリジナルの「ベストキッド」は「1」「2」は観ている。「3」は観た記憶がないがラルフ・マッチオとパット・モリタの出演なので観てるかも知れない。次のヒラリー・スワンクが主演になった女性版「ベストキッド」はニューヨークで旅行中に観た。字幕なしで観たが話は単純なので解った。日本で公開された時に観ようかと思っていたが、仕事が忙しい時期で結局観なかった。ジャッキー・チェンのリメイクは観なかった。 従って私が「ベストキッド」に触れるのは実に30年以上振りである。 冒頭、たぶん「2」からの引用だと思うが、若きダニエルがミヤギの沖縄の実家を訪ねるシーンがある。ここでもう「おおっ」となる。やはりミヤギはこのシリーズの肝ですからね。 展開はいつも通りに少年が少女に出会っていい感じにもなるが悪くて強い奴等がじゃまをする。そいつも猛特訓の上試合で倒す、という感じで同じである。 ただ今回は主人公の少年がひ弱な奴ではなく、今の段階でもある程度は強い。さらに少年が中年のおっさんを特訓するのである。この展開は面白い。 主人公が弱いから相手との対決をためらうのではなく、「過去に兄を死なせてしまった」というのがカセになっている。うん、すぐに戦うのではなく、何らかの「カセ」があって最後の最後にカセを外す、というのがストーリーの王道ですからね。 で結局この悪の道場と対決することになる。そしてハン師匠が呼んだのが西海岸に住むダニエルさん。ハンとミヤギは実は親友だった、という「ウルトラ兄弟」に匹敵する後付けの設定である。 ダニエルは「急にNYに来てくれって言われても」とNY行きを断る。 ところが結局NYに駆けつける。「いややっぱり来ないわけには行かないだろう」と心境の変化があった理由が書かれてない。私に言わせれば手抜きの展開である。 「七人の侍」だって勘兵衛は最初は百姓の頼みを断るのである。でも多々良純の言葉で心変わりをするのである。 でダニエルが来てハン師匠と二人で教えるのだが、「俺の方が正しい」と二人が言い合いになるのが面白い。 そしてラストの決闘試合。 これが高層ビルの屋上で行われる。 しかも夕刻なのだ。 夕刻って撮影には不向きなんですよね。夕日の時刻で撮影できるのは1日に2時間ぐらい。この時間でカットも準備もNGも多いであろう試合のシーンを撮影するとは贅沢だ。これが会場の試合なら時間関係ないからね。 何気ないところに金がかかってるなあ。 ラルフ・マッチオは1961年生まれだから64歳。パット・モリタがミヤギ役をやったのは52歳から。(今調べたらパット・モリタは「ミッドウェイ」で草鹿龍之介役だった) そうかあ、今のダニエルさんはミヤギ師匠より年上なのかあ。 天使の集まる島日時 2025年8月29日20:30〜 場所 テアトル新宿 監督 堀井綾香 病院で入院中の聡太郎(青木柚)は今日も屋上でラジオを聞いていた。ラジオDJ(声:平井亜門)を聞くうちに眠ってしまう。 起きてみたらそこは常夏の島の海岸だった。町に出る。町の人々に話しかけるが反応がない。どうやら聡太郎のことは見えていないようだ。 ある男の鞄をいたずらでひっくり返してみたら、その男は「なにするんですか」と反応した。その男ダニエル(Jad Hidhir)は聡太郎のことが見えているのだ。「君はミミと一緒なんだろう」 ミミというのはダニエルの恋人でしかも年に1回しか会えないという。 ダニエルの家で寝ているとミミがやってきた。ミミと3人で街をぶらつく。翌朝、起きてみたらミミはいなくなっていた。 聡太郎はミミのいそうな場所を探しだし、会う。ミミは泣いていた。「ダニエルのところに帰りなよ」ミミは「こんな顔見られなくない。ミミは帰ったと伝えておいて」という。 「飛べない天使」の堀井綾香監督の新作。「飛べない天使」の前の話にあたるそうだ。青木柚が同じ入院中の青年を演じる。 最初に言っておくけどこの映画、33分の短編なのだよ。だから20時半に始まっても予告編も入れて21時10分には終わる。 にも関わらず料金は通常料金なのだ。それってどうよ。こういう30分の短編の場合はもう1本つけて最低でも上映時間70分ぐらいにして番組を組むのが普通でしょ。堀井作品だって「飛べない天使」の時は「プロローグ」って平井亜門出演の短編と同時上映していたじゃん。 先月の「ジンジャーボーイ」も40分ぐらいの中編だから新作短編つけるとかトークイベントするとかでなんとか時間は持たせてたよ。 それがこの映画では堂々と33分の短編で通常料金なのだ。 もちろん製作費の多寡と入場料金の多寡はイコールではないことは映画料金を語る上で話題になるのだが、それにしても革命的である。いや表現が違うな。「革命的」というのは誉め言葉だ。私は否定しているのである。 3時間の映画と33分の映画で料金が同じというのは私は認められない。 せいぜい1000円均一料金だろう。 そういう憤りを感じながら映画館に入る。(関係ないがロビーで待っていたら、その前に「ぼくのお日様」のDVD発売記念メイキング付き上映&トークイベントがあり、池松荘亮が入っていくのを見かけた) じゃなんでこの映画を見たかというと平井亜門が声の出演をしてるというから。てっきり電話などでの会話で相手の声かと思っていたが、ラジオDJの役だった。このDJはシンガーソングライターらしく、自分の曲に対する思いなどを語った後、「お便りを読みましょう」と言ってお便りに入る。時間にして2分ぐらいかなあ。 それだけ。 映画の内容はなんだっけ。とにかく入院患者の「ここから抜け出したい」という願望の映画化。堀井監督自身が「自分はまるで入院患者みたいに閉じこめられている」と思ってるのか知らん。 私には彼女のグチを聞かされてるだけで心にはまったく響かなかった。 それを映画にするためわざわざマレーシアまで言って撮影する豪華さ。 そんな金があるなら国内で長編を撮ったほうがいいと思うがどうなんでしょうね。 私は死にたくない日時 2025年8月24日 場所 TSUTAYA宅配レンタルDVD 監督 ロバート・ワイズ 製作 1958年(昭和33年) バーバラ・グレアム(スーザン・ヘイワード)は売春、詐欺などを繰り返す女。今日もワルの仲間が悪事をしてきて、そのアリバイを偽証してもらうよう頼まれると引き受ける。偽証がばれて刑務所へ。 知り合いのバーテンと結婚を機に息子を可愛がり普通の母親になろうとするが、夫はギャンブル狂い。今夜もまた「ギャンブルの賭金を出せ」と夫と大喧嘩。 ある日、昔の仲間と一緒のところを逮捕されてしまう。 夫と大喧嘩した晩、彼はそのまま出て行ったのだが、その頃にある老婦人の家で強盗があり、婦人は殺されていた。バーバラの仲間が犯人らしい。 バーバラも共犯として逮捕されたのだ。夫は出て行ったので彼女のアリバイを証明するものがいない。バーバラは無実を訴える。 拘置所で同室になった女が「私の知り合いにアリバイを証言させる」といわれ、その男と面会する。男は「犯行の時俺と一緒にいたと証言しよう。でも本当はどこにいたんだ?それを知っておかないと万が一の時困る」という。「うちにいた」とバーバラは言うが「本当は犯行現場にいたんだろ」と言い、しつこいので「そうよ」と答えてしまう。 いよいよ裁判が始まった。だが自分のアリバイを証明するはずの男が検察側の証人として出てきた。彼は実は刑事で囮となってバーバラに「犯行現場にいた」と言わせたのだ。 マスコミも連日バーバラを「毒婦」として悪者にした。 判決はバーバラも死刑。 無実を訴え続けるバーバラ。弁護士が心理学者に鑑定してもらい「バーバラは暴力に嫌悪感を抱いているので殺人はしない」と結論。またバーバラは右手で銃を撃ったと仲間が証言してるが彼女は左利き。仲間たちは自分たちの死刑のがれの為にバーバラに罪を押しつけて助かろうとしているのに違いないと考えられる。 最初はバーバラが殺人犯と考えていた新聞記者のモンゴメリー(サイモン・オークランド)も今は彼女は無実と考える。 弁護士やモンゴメリーたちは再審を訴える。 死刑はたびたび中止、延期をされたが、結局は弁護士たちの努力もむなしくバーバラはガス室に送られた。 「ローリング・サンダー」がシネマート新宿の「新宿ハードコア傑作選」で上映されたときのチラシで他の上映作品が紹介されていたが、その1本がこれ。「無実を訴えた女性死刑囚」「クライマックスでの気が遠くなるような緊張感が見事」を紹介文に書いてあるので「真昼の暗黒」「証人の椅子」みたいな映画かなと思ってレンタルにあったので観てみた。 予想とちょっと違ってたな。 てっきり最後は無罪を勝ち取る、または再審が始まる、ということになると思っていた。だからいつまで経っても再審は始まらないし、決定的な無罪の証拠も出てこないし、ガス室での処刑は準備が始まっていく。 あれあれあれ?と思っていたらなんとそのまま処刑は行われた。 当時アメリカでは有名な事件だったらしいから、彼女が死刑になるのは知っていて当時の観客は観るわけだけど、こっちは助かると期待してみていたから「えっ助からなかったの?」と大いに驚いた。 いやそれは俺が無知だからなのだが。 ネットで「バーバラ・グレアム」で検索するとこの事件のことはヒットする。「冤罪の可能性が高い」とされる。仮に犯人の一味だったとしても従犯で今なら死刑ということはない、と言うことのようだ。 もっともこのバーバラ・グレアムも「善良な市民」という訳ではない。売春、詐欺、仲間の犯罪の偽アリバイ証言などなど叩けばホコリが出てくるのだ。 だからマスコミも「こんな女だから犯人に違いない」となってしまったのだろう。 日本でも林真須美が同じように印象が悪くて犯人にされてしまった。 日本でも過去に犯罪歴がある「こいつならやりそうだ」という思いこみが冤罪となるのだ。 日本だけでなくアメリカでも同じことがあるのだと勉強になった。 ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘(4Kリマスター版)日時 2025年8月23日19:10〜 場所 TOHOシネマズ日比谷・スクリーン11 監督 福田 純 製作 昭和41年(1966年) ストーリー省略。4Kリマスターで久々にスクリーンで鑑賞。 真っ赤っかなプリントでしか上映されてなかったから正しい色でスクリーンで観るのは案外初めてかも知れない。 この映画からゴジラ映画は南の島の話が続く。 この映画、低予算で作られたと思っていたけどそうでもなかったな。 インファント島の島の人の踊りのシーンでは5〜6人でやっていたと思ったけど改めて観ると50人はいるだろう。 また冒頭のヨットに乗るまでに「恐山のイタコのシーン」「新聞社のシーン」「耐久ゴーゴーのシーン」などセットを組んでるし(あるいは他の映画のセットの流用だったにせよ)それほど低予算ではない。 島の断崖伝いに宝田明たちが逃げるがあるけど、ここも崖のセットを作っている。 多分、「特撮シーンで都市の破壊がない」から「低予算だ」と決めつけていたのではないか。 それに宝田明、水野久美、平田昭彦、田崎潤などそれなりの出演者だ。 だからといってこの映画が好きになったかというとそうでもない。 最初の恐山、耐久ゴーゴーのシーンなどテンポ悪くするだけだし、ここは冒頭は「エビラによって船が襲われ、兄が遭難する、それを助けに弟がヨットで向かう」などの展開でもよかったのでは? でもヨットも盗むんでは主人公のわがままになってしまうな。 それにゴジラが出てくるのは遅すぎる。宝田明も「100発100中」のアンドリュー星野みたいでチャラくて好きになれん。 ウィキペディアによると最初は「ロビンソン・クルーソー作戦・キングコング対エビラ」として企画されたがアメリカ側が難色を示して結局「キングコングの逆襲」になったと書いてある。 それをキングコングをゴジラに置き換えて企画し直したらしい。 だから従来のゴジラ映画とは違うテイストになったのかなあ。 好きな人もいるようなので全否定はしないけど、私は好きではないタイプのゴジラ映画だな。 やっぱり大都会で暴れてくれないと。 隣のステラ日時 2025年8月23日14:00〜 場所 TOHOシネマズ日比谷・スクリーン8 監督 松本花奈 柊木昴(八木勇征)と天野千明(福本莉子)は家が隣同士で幼い頃からいつも一緒の仲だった。 そんな昴も今はモデルとして活躍中で人気急上昇中。俳優として新たな活躍にも踏み出そうとしていた。昴の母親は忙しくて家を空けがち。朝、昴を起こすのは千明の役目だった。千明は昴に想いを寄せていたが、芸能人として人気が出てきた昴を見ると「自分とは違う世界に行ってしまった」と劣等感を抱く。 昴も連続ドラマのレギュラーが決まった。それも主演級だ。そんな昴に刺激を受け「自分も何か新しいことを始めよう!」と行きつけのハンバーガーショップでバイトを始める。バイト先の先輩・高橋(倉悠貴)はぶっきらぼうだが優しく接してくれる。 劣等感を抱く千明だが友人から背中を押されてついに昴に告白する。 しかし「幼なじみとしか見れない」と断られてしまう。 そんな時、高橋からも「つき合ってくれ」と告白される。「返事はよく考えてからでいいから」と言われる。 そんな時、学校で昴と千明が話してる動画が「いちゃいちゃしてる」としてSNSで拡散されていたと知る。事務所からこの件で言われて昴は千明を守るために「幼なじみとしか思えない」と言っていたのだった。 「有名スターとの女子高生の恋」ということで楽しみにしていた映画。 幼なじみがスターになって人気女優やら先輩イケメン俳優から邪魔される展開になるかと思いきや、ひたすら「私なんか平凡な女子高生で釣り合わない」と劣等感を抱く。女子のメンタルって案外そんなもんなのかな。 だから共演者の女優が「あんたなんか近づくんじゃない」的な態度をとったりするかと思ったら、女優はそもそも出番そんなにないし協力的である。イケメン俳優にしてもそう。浜野謙太のマネージャーも「あいつの将来を考えて別れてくれ」とか言わない。 ひたすら千明が遠慮する。 その中でもかっこいいのは高橋先輩。「幼なじみとしか見れない」と言ってしまった後なので気まずくなってる時に千明のハンバーガーショップを外から見ている。そこへ高橋が「中にいるよ」と教えたり、「あんま泣かせんなよ」と言ったり、ラストに千明の元へ駆けつけようとする時にファンに囲まれてしまったのを助けて送ったりする。 いいねえ、こういうキャラ。俺は好きだよ高橋先輩。 私にとってのキュンどころはここですよ。 そんな感じで自分の予想とは違っていたけど、なぜか私はこの手の胸キュン映画は大好きである。見たらすぐ忘れるけど、イケメン俳優は堪能できるし、公開されたらたいてい見に行く。 大長編 タローマン 万博大爆発日時 2025年8月23日11:45〜 場所 TOHOシネマズ日比谷・スクリーン2 監督 藤井 亮 1970年の大阪万博開催中に謎の奇獣が現れた。早速地球防衛軍(CBG))が立ち向かう。同時にエランという2025年からやってきた未来の人間もやってきた。エランの話では2025年に宇宙万博が地球で開催されるが、地球での開催を阻止するために他の惑星がいやがらせをしてるのだという。1970年の万博の成功があったから2025年の宇宙万博も開催される、ならば1970年の万博を失敗させればよい。数々の奇獣に立ち向かえるのは常識では歯が立たない。では常識が通じない巨人、タローマンなら対抗できる。 エランとCBGのメンバーはタローマンを2025年に連れて行く。 だいたいの話はこんな感じかな。 もともとはNHKで放送された1話5分程度の特撮ものミニドラマ(らしい)。らしいというのは私は観ていないから。 昨日から公開だが、TOHO日比谷は満席である。それなりに人気はあるのだ。 (今日はゴジラの「南海の大決闘」を観るために日比谷に来たので時間が合ったので日比谷で観た。最近は月一で昭和ゴジラの4K版を見に来るので日比谷にはよく来る。新宿より多いくらいだ) とまあ関係ない話を書いたけど、あまり書くことがないのだよ。 昭和40年代の特撮ドラマという設定で作られた作品。 クレジットは東映風の力強いフォント。 画質は16mmで撮られたようながさついた映像で俳優はアフレコをしていて微妙にリップシンクロがずれている。 特撮もミニチュアを吊したり引っ張ったりするピアノ線もわざと見せている。まさかポスプロの段階で書き足したりしてるのかな? また時折映写機の切り替えのタイミング用のマークが右上に現れるという懲りよう。 その辺の昭和40年代特撮愛(公式HPには1970年代風と書いてあるけど、私は「キャプテンウルトラ」ぐらいの時代を感じるので昭和40年代と書く) でも私がオリジナルのテレビを観ていないせいだとは思うが、そういう世界観は30分ぐらいでやれば十分で、2時間ぐらいの長編でやられると飽きがくる。 実際時折寝落ちした。 オリジナルを観てファンになってからならもっと楽しめたかも知れない。 しかし「サザエさん」も10分だから面白いのであって2時間の長尺ではどうなのだろう。そういえば「サザエさん」の長編映画化で一度もないな。 劇場は満席だったし、特撮オヤジより子供も多かったので案外人気がある番組なのかも知れない。 月曜日のユカ日時 2025年8月17日17:00〜 場所 ラピュタ阿佐ヶ谷 監督 中平 康 製作 昭和39年(1964年) 国際都市横浜。ここでは世界の男たちが集まる。バー・サンフランシスコで働くユカ(加賀まりこ)は男を喜ばせることが生き甲斐の女。誰にでも優しく接してくれるし、寝てもくれる。だがキスだけは許さなかった。 ユカはパパ(加藤武)もいるし、同世代の恋人・修(中尾彬)もいる。 修とはホテルには行かずいつも誰もいない灯台の麓で愛し合っていた。 ある日、パパが女性を連れて元町を歩いているのを見かけた。修とともにパパを尾行するユカ。パパは妻と娘とともに娘のために人形を買っていて、自分の前では見せたことのないような笑顔をしていた。それに嫉妬するユカ。私はこんなに尽くしてるのにどうしてあんな笑顔を見せてくれないんだろう。 パパの接待で外国人の船長がやってきた。その時のショーで手品師が芸を披露する。その手品師とは以前つきあっていたが、彼の方から姿を消したのだった。楽屋で「どうしていなくなったの?」と問いつめるユカ。 手品師は「お前がしようっていうからだ」と答える。また修とも喧嘩になってしまう。 母親(北林谷栄)に相談するユカ。母や以前占領軍のオンリーだったのだ。母は「私の時は花束を持って彼の家に行き、花びらを家の前で蒔いた」という。やってみたら修は許してくれた。 ユカはパパに人形を買ってもらったら喜んでくれると思い、月曜日にパパに会う。その時に母親役で自分の母にも来てもらった。しかし重要な客の船長と一緒だったパパは驚いて「今日は帰ってくれ」となってしまう。 実は例の船長は仕事の条件で「ユカを一晩貸してくれ」と言ってきてのだ。そんな頃、修は結婚を申し込み、一緒にアパートを借りよう、という。アパートを借りるには10万円は必要だ。 パパに頼まれたらいやとも言えないユカは船長と寝る代わりに10万円をお願いした。パパは承知した。だが修は事故死した。 船長の船に行きユカは船長と寝た。しかしキスをいやがるユカに船長は強引にキスをした。 なんとかパパの仕事はうまく行ったようだ。お祝いに埠頭でダンスする二人。しかしパパは誤って海に落ちた。「助けてくれ」とパパは言うが、ユカはなにもせず、埠頭を去っていった。 話は全部書いた。「月曜日のユカ」は時々タイトルは耳にする。加賀まりこの話題になると必ず出てくる。今回「日活・水の江滝子特集」で上映されると今日知り、あわてて駆けつけた次第。 こういう映画だったのかあ、というのが率直な感想。 予想と違っていた。加賀まりこの現代的な小悪魔娘が男たちを振り回す映画だと思っていたのだ。 「男を喜ばすのが女の喜び」という女性像である。 オンリーだった母親の教育でそうなったようだが、思った以上に古い価値観だ。日活ロマンポルノの精神的原型はこの頃からあったのだな。こういう女性像を好む社風があったのだ。ロマンポルノも一夜にして出来たわけではない。 それに「パパが人形を買っているときにうれしそうな顔をしたから」と自分も人形を買ってもらおうと考えるあたりははっきり言ってバカである。 さすがに恋人の修はいさめるが彼女は聞きやしない。 キスをいやがるのはどうやら母親が商売しているのを子供の頃に目撃してしまい、それがトラウマになっているようだ。 パパが溺れたのに助けなかったのはキスをしてきた男をあてがったパパへの仕返しか。 ラスト、埠頭から街への道を歩いていくユカ。そして最終カットは修とよく行った灯台のカットだ。 「灯台にこそ真実の愛があった」とでも言いたそうなカットである。 思ったより「男尊女卑」の映画だった。 中平康の演出はフィクスも多く、ワンカットも長い。ストップモーションなども多用し、確かに独特の演出でファンが多いのもうなづけた。 ローリング・サンダー日時 2025年8月15日18:30〜 場所 シネマート新宿・スクリーン1 監督 ジョン・フリン 製作 1977年(昭和52年) 1973年、ベトナム戦争から空軍将校チャールズ・レーン(ウィリアム・ディヴェイン)は7年ぶりにテキサスの故郷に帰ってきた。捕虜収容所に入れられていたのだ。空港では大歓迎、出征前は1歳半だった息子も大きくなっていたがどうにも戸惑う。妻は夫の生死不明の寂しさに耐えかねて、町の警察官・クリフと再婚を考えていたのだった。 町ではレーンの帰還を祝う式典が開催された。町の企業から真っ赤なキャディラックと拘束されていた日数分(約2200日)の1ドル銀貨が送られた。 ところがその金を狙ってメキシコの悪党が強盗に入った。1ドル銀貨の在処を聞き出そうとするが、ベトナムでの拷問に耐えたレーンは口を割ろうとしない。強盗たちは彼の右手を台所のディスポーザーに突っ込んで粉砕した。そこへ妻と息子が帰ってきて、恐怖におびえた息子はすぐに銀貨の場所を白状した。しかし強盗たちは妻と息子を殺した。 右手は義手となったレーン。警察から犯人の情報を教えてくれと言われるが「なにも覚えていない」と言わない。 式典でプレゼンターをしたリンダとは食堂で再会。リンダはレーンに好意を寄せていた。 義手では最初はなにも出来なかったレーンだが、リハビリで義手の爪を開いてタバコを摘んで箱にいれることが出来るようになる。 散弾銃の銃身を短くする改造をし、レーンをつれて復讐のためにメキシコ国境に向かう。 レーンを使って強盗たちの居場所を聞き出したレーンはかつての部下だったジョニー伍長(トミー・リー・ジョーンズ)を伴って悪党たちがいる売春宿に向かった。 70年代に日曜日の13時ぐらいから「TVジョッキー」という番組があり、映画紹介のコーナーがあったこともあってよく見ていた(今なら日曜の昼間によく家にいたな、と思う。毎週映画見に行ってたんじゃなかったけ?)。 そこで紹介されたのがこの映画。「タクシードライバー」の姉妹編的な紹介をされていて、実際、脚本はポール・シュレイダー。 それ以降タランティーノが絶賛してることもあって密かに有名だった。 でもなんとなく見逃していた。 今回シネマート新宿で「新宿ハードコア傑作選」という特集が組まれ(配給が企画したのかな)、その中で上映されるので行ってきた。 (「野火」「ジョニーは戦場へ行った」に続いて今週この映画館に来るのは3回目だ) なるほどこういう映画か。ベトナム戦争で捕虜となって拷問に耐えたのに帰ってきたら妻は別の男と出来ている、息子とは何かぎこちない。 町の人々は大歓迎してくれるが、どこか白々しい。 そんな中での強盗事件だ。 金額の2200ドルだが、当時1ドル300円ぐらいだったから66万円、物価の上昇を考えても今ならせいぜい150万円ぐらいか。 確かに町が功労者に送る金額としては安すぎず高すぎもしない。 それを巡っての強盗かあ。 レーンもちょっと心が壊れている。 妻の浮気相手が「ちゃんと話さなきゃ」と二人で向き合うのだが、つい拷問の話しになり、捕虜の時にロープで後ろ手に縛られた時の再現をする。 このあたりはもうどこかレーンも壊れてる感じがしていてすごい。 警察官のクリフがレーンが復讐を計画してると察知して追うのだが、割とあっさり殺される。 普通、レーンに追いついて必死に止める展開になるかと思いきや、そうはならないのですね。 軍隊仲間のジョニーがトミー・リー・ジョーンズだったとは驚いた。さすがにまだ若い。 エルパソに住んでいるので(エルパソはテキサス州のアメリカの町。私はメキシコだと思っていたのでちょっと混乱。鑑賞後、検索してアメリカの町と確認した)「ひょっとしたら強盗の黒幕はこの男?」と深読みしたが、そんなことはなくてほっとした。 また最後の殴り込みだが、一番悪い奴は最初に殺される。普通、一番悪い奴は最後だろうと思うのだが、さっきの警官が殺されるとかも含めてちょっと外しているのだな。 そんなところも面白い。 ラストは悪い奴を全部殺し、二人で肩を貸しながら去ろうとするところで終わる。余韻の少ない終わり方でよいかも知れない。 一部では人気の本作だがそれもわかった気がする。 雪風 YUKIKAZE日時 2025年8月15日13:30〜 場所 TOHOシネマズ新宿・スクリーン3 監督 山田敏久 ミッドウエイ海戦では巡洋艦三隈の乗組員を救った駆逐艦・雪風。 元三隈の乗組員・井上(奥平大兼)は雪風に配属され、自分を助けてくれた早瀬先任伍長(玉木宏)と再会した。 同じ頃、雪風に新艦長・寺澤一利(竹野内豊)が着任した。 雪風はその後、レイテ海戦に参加。そして連合艦隊最後の作戦、大和特攻にも参加する。 あらすじ書いちゃうとこれだけになっちゃうんだよね。 パンフを読むとこの映画の企画は2022年2月24日、ロシアのウクライナ侵攻が始まった日だったそうだ。別に「ゴジラー1.0」は関係ならしい。 予告編でも雪風の救助シーンばかりが強調され、「一人でも多く生きて帰るぞ!」が強調される。 たぶんこの「生きて帰る!」が強調される戦争映画の始まりは「ローレライ」ではなかったろうか? でもあの映画では妻夫木聡の若い乗組員を帰すために艦長たちは戦っていく。 私が観てきた戦争映画はみんな「主要人物が死んでいく」という悲壮感がクライマックスだったのだ。「連合艦隊」なんて軍人の男は全員死んでるよ(全員ではないか。草鹿龍之介は死んでないしな)。このシーンでいく悲壮感に心を動かされていた。 ところがだ、この映画では主要人物は死なない、鑑そのものが沈まない。 そりゃ史実だし、「雪風は全て見ていた」っていう視点も需要だと思うけど、「主人公が死ぬ悲壮感がクライマックス」みたいな戦争映画になれちゃうとなんだかなあという感じである。 これ見ちゃうと戦争になっても生き残れる、みたいな錯覚を起こしちゃうよ。 根本的になんか作者の作りたいものと私が観たいものが完全に異なっている。 あとCG。 「ゴジラー1.0」を観た後だと「なんだこれ?」というようなCGなのだ。完全に冷めるよ。 また役者も「雪風」の乗組員はオールスターキャストでいって欲しかったなあ。戦争映画ってオールスターキャスト!ってのが染み着いてますから。 「雪風」のメンバーが竹野内豊、玉木宏、奥平大兼の3人だけしか知ってる役者がいない。 いろいろ文句を言ったけど、この映画に魅力がないかと言われればそうでもない。 レイテ海戦、大和特攻が「連合艦隊」とは別の視点で描かれ、そこは十分楽しんだ。 また「連合艦隊」で特攻隊だった中井貴一が「連合艦隊」では鶴田浩二が演じた伊藤整一長官を演じ、「ゴジラー1.0」で堀田元雪風艦長を演じた田中美央が有賀大和艦長を演じてるのが面白い。 パンフを読むとこの雪風の存在は東映の「山本五十六」を作った時に半動一利さんから教えてもらったそうだ。主人公寺澤の名前が一利だったのは偶然の一致ではなかったのだ。 長崎-閃光の影で-日時 2025年8月14日8:15〜 場所 TOHOシネマズ新宿・スクリーン11 監督 松本准平 昭和20年8月、看護学生の田中スミ(菊池日菜子)、大野アツ子(小野花梨)、岩永ミサヲ(河床明日香)は学校が空襲で休校になり実家のある長崎に帰ってきた。 8月9日11時2分、長崎に原子爆弾が投下された。アツ子は赤十字病院で自主的に研修していた時に遭遇、そのまま看護婦助手として救護にあたる。スミの両親は行方不明、ミサオの両親は即死した。スミもミサヲも助手として手伝うことになる。 次から次へと運ばれてくる負傷者。やがて薬もつきてくる。 臨月に近い妊婦がやってくるが彼女はガラスの破片で目が見えなくなっている。幼い弟を背負いながら彷徨する少年、「水をくれ」と叫びながら死んでいく者たち。 終戦。スミの恋人の勝(田中偉登)は「これで戦争にいかなくてすんだ」と喜ぶがスミは敗戦を喜べない。スミは勝が「熊本に疎開しよう」と連れ出されるが、勝が鼻から血を流し、病院に帰った。勝は原爆症で死んだ。 妊婦はなんとかお産をする。生まれたのは男の子だったが、結局母親は亡くなった。子供は孤児院に預けられた。 数ヶ月が過ぎ、スミたちも解散された。だがミサヲは原爆症で亡くなる。アツ子は今は原爆症の研究施設で働くが、そこでは治療はしないという。 終戦80年で長崎の原爆を扱った映画。 こういう映画は批判できない。批判するこちらが悪者になりそうだ。 大まじめ真正面から取り組んでいる。 ただ映画を見てる最中、どうしても気になった。 それは看護婦たちの白衣である。ピッカピカなのだ。 途中で多少汚れてはくるが、それでも日が変わればまたピッカピカ。「衛生のために看護婦は毎日洗濯してました!」と言われれば反論のしようがないのだが、なんか滅茶苦茶気になって映画に入れない。 またラスト近くでトラックが出てくるが、これもワックスでも塗ったかのようにピカピカなのだ。なんかすごい気になるなあ。 こういう美術では気になるのだが、細かいエピソードなどはよい。 「朝鮮人に薬をやるは余裕ない!」と追い返す。今の「日本人ファースト」などという参政党と同じである。 しかしクレジットを見ていると「人種差別の描写がありますが、日本赤十字の看護師が行ったという事実はありません」と出てくる。 映画的誇張だったのかな。 あと玉音放送の時に「こんなのは敵の謀略だ!」と言っていた看護婦が、後に夜出かけたのをスミたちが見てみると占領軍の将校とどこかへ消えていく、というシーンもある。 また孤児院に引き取られたスミが出産に立ち会った赤ん坊。彼女がその赤ん坊と再会するシーンはいい。 こういう細かいエピソードがよかった。 あと利重剛の赤十字の事務長。 ベテラン出演者の中ではひときわよかったかな。 大まじめな、まるで学校の授業のような映画で、批判してはいけない雰囲気が漂う映画だった。 ジョニーは戦場に行った日時 2025年8月13日16:10〜 場所 シネマート新宿・スクリーン1 監督 ドルトン・トランボ 製作 1971年(昭和46年) 第一次世界大戦に参戦したアメリカ。ジョーも「平和にするために」という政府の方針に従って志願兵となった。しかし塹壕で砲撃を受け、両手両足を切断する重傷を負う。さらに目、鼻、口も失い視覚、聴覚も失った。 だがジョーは意識はある。軍医は「大脳は機能しておらず、痛みも感じない」と診断。しかしここまでの体になっても生きていることに医学的研究の材料として生かされることになる。 ある日、看護師が変わって「お日様に当てるべき」といい、窓を開けた。そこでジョーは日の光を感じ、自分に皮膚の感覚は残っていると知る。 日の光を感じることでジョーは昼と夜の区別がつくようになる。それで1年が経ったことを自覚する。しかし始まりの日がいつなのかがわからない。 ある日、若い看護師が自分の胸に「M」と指でなぞって教えてくれた。 彼女は「メリークリスマス」と指で書いてくれた。ジョーは首を降って反応する。 若い看護師はただのけいれんではなく彼が意志を持って動いていると考える。担当医は一笑に付したが、軍医長の回診時に相談。 またジョーもモールス信号で自分の意志を伝えれると考える。 それは医師たちもわかってくれた。 「あなたの希望は何ですか?」ジョーは「自分をみんなに見せてくれ。さもなくば殺してくれ」と訴える。「今は難しい」と答えを避ける医師たち。 だが実は「ノー」だ。看護師はそれならと呼吸用のチューブをふさぎ殺そうとする。しかしそれは医師に見つかり失敗に終わる。 医師たちはジョーの存在は隠すことにした。 反戦映画の名作として名高いこの映画。中学生か高校生の頃「日曜洋画劇場」(だったと思う)で放送され、ながら見で一部しか見ていなくていつかちゃんと鑑賞したいと思っていた映画。 今回終戦80周年企画として角川が「野火」とともに4Kリマスターでリバイバル上映。 ジョー(原作ではジョニーだそうだ)が重傷を負ってからの現実のシーンが白黒で、彼の頭の中の記憶や夢、妄想などがカラーで示されることは知っていた。 そしてラストでモールス信号で会話することもテレビで観たときに覚えていた。 ところがラストには看護師がジョニーを殺すと思っていたのだが、それは違った。医者がそれを止めるのである。 そして生かされることは生かされるが、軍としては秘密にするために窓も閉め完全に隔離される。 日の光を浴びる、という彼が感じられる人間らしい生活をいっさい奪うのである。 この結末は残酷だったなあ。 Twitterで検索しても「救いようのないラスト」と言われるが全く同意見である。 ジョーの記憶のシーンでは最初が入隊前に恋人と一夜を過ごす。そこで暗がりのリビングのソファでいちゃついていると父親がやってきて「なにしてる」という。てっきり怒られるかと思ったら「どうせなら娘の部屋でしろ」という話の分かる奴である。この辺の感情は日本でも同じだ。 そしてドナルド・サザーランドが「神」みたいな感じで出てくるのだが、これも「キリスト」に見えてくる。 ジェイソン・ロバーツのジョーの父親と入隊直前にキャンプに行くのだが、父親が大事にしていたつり竿をジョーは川に流してしまう。 ジョーは謝るが「つり竿なんかどうでもいい」と息子を許す。戦場に見送る父親の心情が実に伝わってくる。 ちなみに原題の「Johnny Got His Gun」は1917年のプロパンガンダ・ソング「Over There」の「Johnny Get The Gun」という歌詞(「ジョニーよ銃を取れ」の意味)から来ていて「銃を取った結果こうなりました」という意味。 近畿地方のある場所について日時 2025年8月13日13:15〜 場所 新宿ピカデリー・シアター6 監督 白石晃二 オカルト雑誌の編集者、小沢(赤楚衛二)は編集長が次号の特集について一人で地下の資料室にこもってまとめているのは知っていた。だがある日、編集長は特集のデータをもって失踪した。 会社の上司から小沢は「編集長を捕まえてデータを取り戻すか、お前が特集を組むかどちらかやれ」と言われて困り果て、旧知のオカルトライターの瀬野千紘(官野美穂)に助けを求めた。 編集長が資料室でピックアップしていた紙資料、ビデオデープ、動画などの資料を二人で検証し、編集長がやろうとしていた24Pの特集をまとめてみようとする。 バイクでツーリングに来た人がある祠の前で固まってしまった映像、中学生が合宿中に何か怖いものをみて集団ヒステリーになった映像、いわゆる「やばい場所」に突撃する動画配信者の動画だった。それらの動画や資料はすべて近畿地方に関連してる。 いなくなった編集長が実は富士山の麓の家に隠れていると教えてくれた人がいた。行ってみると編集長の妻は狂気のようになっており、編集長も片目が亡くなっていた。その直後、小沢や千紘の目の前で二人は死んだ。 編集長は死の直前、USBメモリーを小沢に託していた。 近畿地方に何かがある。二人は近畿地方のある場所に向かう。 「ミッシング・チャイルド・ビデオテープ」を観たときにパンフレットなどにホラー小説「近畿地方のある場所について」の記述があった。それで気になっていたのだが、今回映画が公開。 面白く観た。 前半は残された資料整理なので、過去にテレビ放送されたビデオテープや動画を再生していく。だから主人公たちは資料室から動くことはない。 映画としては主人公たちが動いてくれないと厳しい。 とか思っていたら、後半主人公は動き出す。 編集長が残したUSBメモリーには動画が入っており、それはある宗教施設の紹介ビデオだった。なんとそこに千紘が写っていたのだ! このあたりから仲間だと思っていた千紘は信じていいのか怖くなってくる。 いいですね。一挙に千紘が敵に回るのではなく「怪しくなってきた」で進んでいくのは。 その宗教は大切な人を亡くしてしまった人たちの心を癒す祈りをする宗教だったのだ。千紘もかつて5歳の子供を自分が公園で少し目を離した隙に誰からベビーカーごと池に落として死なせてしまった過去を持っていたのだ。警察は結局その犯人を見つけていない。 (だから最初編集長の失踪の時に小沢が「警察は事件性なしで動いてくれなくて」と言った時に「ああ警察はね」と言うのだ) で途中から「大きな石」が登場し、その石がたびたび各地に登場するようになる。 最後はその謎の石に小沢が飲み込まれてしまう。 途中からよくわかんなくなるのですが、でも「近畿地方」というととにかく大和朝廷の時代からの歴史がある場所ですから。 もう一回観て細部を確認したい気分です。 野火日時 2025年8月13日9:50〜 場所 シネマート新宿・スクリーン1 監督 市川崑 製作 昭和34年(1959年) 終戦間近のフィリピン・レイテ島。田村一等兵(船越英二)は部隊を追い出された。元々肺病で病院へ行ったのだが、食料だけ取られて退院させられた。部隊も食料がなく病院に押しつけたのだ。だが病院でも「歩けるような奴は病院にいる必要はない」と追い出される。 病院の前には田村と同じような行き場を失った兵隊が何名かいた。その中の永松(ミッキー・カーチス)や安田と知り合う。安田はたばこの葉を持っていてそれで物々交換をしていた。自分は足が悪くて動けないと言って永松を使っている。 田村はここにいても仕方ないと移動する。途中で人のいない村に入る。そこには誰もいないが日本兵の死体はあった。たぶん村人が日本兵を殺して今は逃げているのだろう。そこへ2人の男女の村人が戻ってきた。床下にある塩を取りに来たのだ。田村が銃を向けると女が騒ぎ出し、撃ってしまった。男は逃げた。 塩を手に入れた田村は同じような日本兵3人と出会う。彼らに同行させてもらう。やがて他の部隊と合流出来た。彼らは集合地点と命令された地点に向かっていた。だが川を渡る途中で米軍の攻撃で壊滅した。 田村は再びさまよう。途中で歩けなくなって気の触れた兵隊(浜村純)とも出会う。 途中で米軍に投降しようとしたが、同じように投降した日本兵が米軍ジープに乗っていたフィリピン軍の女兵士に撃ち殺されるのを目撃する。 田村はまた永松と安田に出会った。 彼らは今は「猿の肉」を食っていた。田村は猿なんか見たことない。 永松は実は命令ばかりで自分は動かない安田の事を嫌っていた。安田と別れた永松と田村。田村がある日、外へでると永松が日本兵を撃っている現場に遭遇した。 反戦映画の名作と言われている市川崑の「野火」。 塚本晋也にもリメイクされた(これは同じ大岡昇平の原作を再映画化とったほうが正しいか)。 今回4Kリマスターされたので鑑賞。 でも塚本晋也版の方が迫力あったなあ。 まず白黒映画である。話は悲惨だが、このモノクロのトーンが迫力を弱めてる気がする。 また当然の事ながらセット撮影も多く、なんか迫力に欠けるのだよ。 話は悲惨極まりなんだけど。 でもエピソードでは死んだ日本兵から靴を取り、自分の靴と取り替えて壊れた靴は置いていく。でも次に来た兵隊がその靴の方がまだましとばかりに取り替える。今度は田村がその靴を見かけるが自分の靴もその壊れた靴も底が抜けており、田村はついに靴を捨てる。 また日本兵同士でも疑心暗鬼、奪い合いを起こす。 第二次世界大戦での日本軍の大半は戦闘での戦死ではく、餓死、病死であったとされる。 まさにそのことを実感させる映画。 公開された当時の昭和34年はまだ戦争が終わって14年。 観客にとっては戦争はついこないだの事であり、似たようなことを経験した観客も多かった事だろう。 ジュラシック・ワールド/復活の大地日時 2025年8月9日18:30〜 場所 TOHOシネマズ池袋・スクリーン10(スクリーンX) 監督 ギャレス・エドワーズ 恐竜が世界に放たれてから5年。結局恐竜は現在の地球環境では生きていけず、ほとんどが死滅していた。だが赤道直下の熱帯の島では一部が生き残っていた。 製薬会社パーカー・ジェニングスの社員、マーティン・クレブスは傭兵のゾーラ・ベネット(スカーレット・ヨハンセン)にある任務を依頼する。 それは現在生きている巨大恐竜のDNAを採取しようというものだ。 巨大恐竜たちの心臓は強く、そのDNAを使って心臓病の強力な薬を開発しようと言うのだ。 気乗りしなかったが高額な報酬を前に承知するゾーラ。恐竜研究の第一人者のヘンリー・ルーミスとともに出かける。 かつての仲間だったダンカン・キンケイド(マハーシャラ・アリ)も参加した。 恐竜たちが生息する島はかつてインジェン社が「ジュラシックワールド」の為の新恐竜を研究していた島だった。 その沿岸でまずは海にすむモササウルスから血液採取に成功。 だがその近辺をヨットで航行中だったデルカド家が恐竜に襲われ、ダンカンによって助けられた。デルカド家は父親のルーベン、長女のテレサ、テレサの恋人のザビエル、次女のイザベラの4人。 島に近づいたときに再び恐竜に襲われ、秘密の行動をしているマーティンはテレサが危険な目にあってるときに見捨てようとした。 やっとたどり着いた彼ら。 あとは陸上の最大恐竜ティタノサウルス、最大の翼竜ケツァルコアトルスのDNA採取である。 「ジュラシックパーク」シリーズ7作目。「ワールド」になってからは4作目である。 前作はまったく覚えていない。この映画日記を読むとあまり面白くなかったようだ。 結局世界に放たれた恐竜は現代社会ではほとんど死滅する、という設定。 まあそうだろうねえ。恐竜が生きていけないことではなく、話の設定上、世界中に恐竜がいたら話がやりにくいもん。 とにかく人間が恐竜のいる島にいかなければならない。「子供がこの島に残されている」とかの理由だったけど、今回はDNA採取。 要は理由はなんでもいい。とにかく人間が危険地域の島に恐竜に会いに行くもっともらしい設定があれば。 今回は製薬会社のチームだけでなく、たまたまヨットで航行中だった(いや家族で大西洋横断とかそんな簡単じゃないと思うが)家族も加わる。 二手に別れてそれぞれの話を作った方が危険な目にあうシチュエーションがバラエティに富んでよい。 ギャレスの演出は「ゴジラ」の時と違って(もう10年以上前になるのか)スピード感のある展開だ。 前はじらしてじらしてじらしてやっと怪獣登場、だったけど今回は活躍しまくりである。 でもイザベラが小型恐竜(猫ぐらいの大きさ)を連れて歩くのだが、いつか噛みつくんじゃないかとハラハラした。 あれ、作者としては「かわいい奴もいる」という設定なんだろうけど、私としては「小型でも恐竜」なのでいつか襲い出しそうでかわいくは思えなかった。 また海の恐竜、陸の巨大恐竜、巨大翼竜の3つを出す設定もうまい。 これは話の設定の価値ですね。 今回、昨日公開で早く観たかったこともあり(なんだよ、結構楽しみにしてんじゃん、俺)、上映時間がたまたま都合のよかった(今日は上野オークラで3本立てだったからTOHO上野で観たかったのだが)池袋で鑑賞。 これがたまたまスクリーンX。 以前「ゴジラ-1.0」の時スクリーンXで観て「横は海だけじゃん!」と思ったのだが、今回はハリウッド大作なので違うかも知れないと思って確認のために追加料金900円を払って観に行った。 ぜんぜんだめ! 結局日本映画だろうとハリウッド大作だろうと同じ。 普通のフォーマットで上映するの作品では中央の画面で何か(ストーリーとか襲われるとか)が起こる。だから結局スクリーンXになっても脇のスクリーンではなにも起きない。単に海とかジャングルが広がるだけ。 またチケット買ったのが上映の1時間半ほど前で一番後ろの端っこした空いてなかった。通常の映画なら全く問題はないけど左端の席では左側スクリーンの画面はほとんど見えない。 だからスクリーンXで観るなら中央部の席でなければだめ。 脇のスクリーンで何かが起こるのではないかと思ったけど、まったくなし。 スクリーンXはただ高いだけ。意味なし。お勧めしない。むしろ「止めとけ!」だ。 人妻怪談 淫欲むせび泣き日時 2025年8月9日13:30〜 場所 上野オークラ劇場 監督 山内大輔 製作 OP PICTURES ストーリー省略。というか書きづらい映画なのだ。 文乃(木下凛々子)は自宅の2階で夫が女とセックスしてる姿を目撃するがその女は自分だった(と思う)。 ある金持ちの女(加藤ツバキ)が古びたアパートに入っていく。そこでは若いイケメン・ミキオ(烏丸達平)が出迎える。二人はセックスし、その後ミキオは女をすぐに殺す。そこへ若い女3人がやってきて、死体をブルーシートにくるみ運び出す。ミキオと女たちは死体を海岸に運び、砂浜で処分した。 文乃は金持ち女の捜索のチラシを見て、古びたアパートに行く。ミキオと文乃はセックスしたが、ミキオはサランラップで彼女の顔をくるみ、殺しかけたが文乃のことは殺さなかった。 文乃の夫は街で買った女(藤田ゆず)とホテルに行ったが女にアソコを食いちぎられて死んだ。 文乃は別の男(安藤ヒロキオ)と出会い、海辺のホテルに行く。 男は自分の妻が浮気して相手の男は首を絞めるのが趣味な男で殺された。男は妻の死体を引き取り、ミイラにして持ち歩いていた。 こんな感じかな。 実はこの映画、せりふがほとんどないのだよ。 文乃がミキオに「殺してほしかったのに」というせりふと安藤ヒロキオが自分の妻の話をするシーンだけ。 あとは台詞がなく、役者の表情や目線、お辞儀等で表現している。 台詞がない分、こっちが気が抜けない。 「普通の映画にはしたくない」というのはわかるけど、これはちょっとしんどいなあ。 ピンク映画は3本立て。3本のうち1本がこんな変化球映画であとの2本が気楽な映画だったらいいけど、今日観た3本は(山内監督特集という感じで)全部変化球映画。これはつらいよなあ。 ネットで他の人の文章を読むと烏丸達平は霊界の死に神みたいなものらしいのだが、よくわからない。 本日は舞台挨拶付きで女優陣3人と烏丸達平、安藤ヒロキオさん、山内監督が登壇。その中で11月のOPフェスでR15版も上映されるそう。 そちらは逆にもう少し血の描写も多く、烏丸達平の殺しの理由なども明かされるらしい。 メモしておきたいのが烏丸達平の殺し方。太い結束バンドで相手の首を絞める。なるほど、最初に閉めておけばまず切られることはない。 考えたなあ。山内監督って普段から殺し方とか考えてるんだろうか? それはそれで怖い人である。 舞台挨拶後にサイン会あり。 コロナで舞台挨拶はなくなっていたので、今回はなんと5年半ぶり。 サイン会に参加するには今回からグッズを買った人だけ。グッズはTシャツ2000円、クリアファイル500円、ノート500円。 ノートにサインしてもらおうかと思ったが、色紙も用意してくれていた。 でも出演女優3人とマスコットガールのきみと歩実だけ。烏丸達平や監督はサイン会に参加しないのが、オークラである。 ペッティング・モンスター 快楽喰いまくり日時 2025年8月9日12:00〜 場所 上野オークラ劇場 監督 山内大輔 製作 OP PICTUERS マリカ(きみと歩実)は結婚して3年。夫の裕樹は突然オマーンに単身赴任した。赴任して数日後、裕樹から電話があった。マリカが寂しくないないようにベロという生き物をペットに置いていったという。 ベロは不思議な生物でナマズのような形をしていたが、人間の体から出る体液を餌にするのだという。早速マリカは自分の体をなめさせる。 次第に幻想と現実の世界が入り交じる。 夫はオマーンで亡くなり、日本未亡人協会の人が訪ねてくる。その女性に「さびしいでしょう?」と言われ、「寂しくありません。ベロがいますから」とベロを見せる。そのベロをそのまま盗む女。 裕樹から電話があった。「日本未亡人協会なんてない。なんとか取り返すんだ」と言われる。いつも納豆を売りにくる男(森羅万象)が拳銃を届けに来た。未亡人協会の女を殺し、ベロを取り返す。 裕樹が帰ってきた。今回の件でマリカが国家の秘密を託せる女性か試したのだという。 ベロは生物兵器を開発しようとしたが、失敗で人畜無害の生物ができてしまったというのだ。 だがマリカは納豆男の妻だった。敵陣営がマリカを裕樹の妻として潜入させていたのだった。 こんな感じの話。 結局最後はどうなったっけ?これも話を複雑にしてるのだな。 普通のピンク映画にはしたくないって気持ちも分かるのだが。 ベロの造形がぬらぬらしていて、女性が抱いていても舌だけ動く。 あれどうやってるんだろう。 スパイ合戦と異形生物とエロをミックスさせた映画で、単体で観れば面白いかも知れないが、3本立てで観ると疲れる映画。 個人的にはちょっと懲りすぎというのが感想。 淫靡な女たち イキたいとこでイク!日時 2025年8月9日10:45〜 場所 上野オークラ劇場 監督 山内大輔 毎日毎日エリートの夫に怒鳴り続けられるヤヨイ(加藤ツバキ)はなぜか瞬間移動が出来るようになった。しかしそれは自分の思ったところにいけるわけではないらしい。ヤヨイは夫と別れる決心をして瞬間移動した世界で暮らそうと決意。ラブホテルに瞬間移動した時にやってきたホテトル嬢のみゆきの靴を盗んでホテルを出る。 不動産屋に空き物件を紹介してもらい、夜にまた訪れてそこで寝泊まりするようにした。 不動産屋のミキオはある食堂の娘に恋していた。告白したが「好きな人がいる」とフられる。彼女はヤヨイが靴を盗んだホテトル嬢だった。 ヤヨイは時々一軒家に瞬間移動していたが、ここは中学時代にあこがれた先生の家らしい。その先生の藤森は今はホテトルのドライバー。 ミキオはフられたことを忘れようと先輩に勧められホテトルを呼んでみたら、例の食堂の娘だった。 こんな感じで登場人物がつながっていく構成は面白いのだが、いかんせん役者が知らない人ばかりでは記憶に残らない。 だからわき役だと思った人がまた出てきても気づかないのだな。 これが顔を知ってる役者だと観てるこちらも記憶に残るから話にもついて行きやすい。 顔を知ってる役者と知らない役者では違いますからねえ。 で結局ミキオは食堂の娘(ホテトル嬢)と結ばれる。ヤヨイは初恋だった藤森先生(作家志望で過去に本1冊出しただけ)と結ばれる。ミキオは藤森の前妻との間に出来た子供だった、という訳。 シナリオを複雑にして変わり種の味を出そうとしてるのはわかるけど、もっと気楽に作ってほしいよ、ピンク映画は。 注:このHPの更新のインデックス作成時にこの映画を以前観ていたことが解った。 見てる間も感想書いてるときも以前観ていたことを全く忘れていた。 感想を読むと不満を書いている。面白くなかったから忘れたのかなあ。 事故物件 ゾク怖い間取り日時 2025年8月8日19:30〜 場所 新宿ピカデリー・シアター8 監督 中田秀夫 桑田ヤヒロ(渡辺翔太)は10年働いていた工場を辞め、子供の頃からの夢だったタレントになるために上京した。工場の社長(滝藤賢一)が昔俳優を目指していたときの知り合いで今は小さな芸能事務所をやっている藤吉(吉田鋼太郎)を訪ねる。 まずは「事故物件住みますタレントをやってみよう」ということで、過去に自殺のあった部屋に住んでみた。 そこはかつて女性が自殺した場所。予想通り寝ている時に女性の霊に苦しめられる。 まともな仕事もあってCMのエキストラ現場だった。そこで彼女役でペアになった花鈴(畑芽育)に一目惚れ。その場では連絡先を交換しなかったが、その後たまたま入ったスナックでホステスをしている彼女と再会。 テレビの心霊スポットを扱う番組でヤヒロはレポーターをする事になり、栃木県のある山奥の旅館に泊まった。 そこでは音声スタッフが変な声を聞いたり、主人の様子がおかしかったりとなんか変。中継が終わって一人その旅館に泊まるヤヒロ。夜中に2階からドンドンという音がする。2階に上がってみると、母親が娘を絞め殺している現場を見てしまう。ドンドンという音は娘が断末魔で床を蹴っている音だったのだ。ここではかつて病気療養中の娘がいたが、いっこうに治らないのでついに母親が殺してしまったという。 次に行ったのはシェアハウス。ここでヤヒロは西洋式降霊をやってみる。やはりかつての自殺者が現れているのだった。 住むところが亡くなったヤヒロは花鈴の部屋に住むことになる。 ある日、花鈴がいなくなった。 「事故物件 怖い間取り」の続編。続編といっても登場人物はまったく違うので前作との関連はない。だからこそタイトルも「続」ではなく「ゾク」である。 ホラー映画って一つの怪現象が起こるとその事件の由来、過去を調べていったりするミステリー的展開に行くことが多いが、本作はそういった深堀はせず、「ここでかつて自殺がありました」「ここで昔子供が死にました」的にあっさり終わる。 未読だが、原作が実際にいる「事故物件住みます芸人」さんが書いたものだからだろう。 それよりもラストは親子の情愛のいい霊の話になる。 ネタバレだが、花鈴の父親は昔俳優を目指していて売れなかった。母親は別の男と逃げたが、花鈴を迎えにきたので喧嘩になり、階段でもみ合っているうちに相手の男が落ちて死んでしまった。 その父親が実は藤吉だったのだ。 藤吉はもう死んでいて霊となってヤヒロの前に現れたのだ。 映画では説明されないけど、確かにヤヒロが花鈴と出会った現場は藤吉の紹介、花鈴と再会したのも藤吉とはぐれたヤヒロがたまたま入った店だった。つまり藤吉の導きなのだ。 藤吉はヤヒロを優しい男と見込んで娘を託したという訳だ。 まあ優しい霊の話もいいんだけどね。 でもそれよりの本作で気に入らないのは渡辺翔太。 SNOWMANのメンバーな訳だが、どこが人気があるのかさっぱり分からない。SNOWMANのメンバーが全員人気があるとも思わないが、それにしても人気が出そうなキャラではないんだよなあ。 彼が主役に決まったのは何か大人の事情があったのか知らん。 あとシナリオの設定上も「18歳で就職して11年」というせりふがあったから29歳だろう。 29歳でいきなり上京してタレント(しかも芸人じゃなくてタレント)になろうって(私からすると)世間知らずもいいとこ。 なに考えてるんだろうね。 お遊びとして最初に出てくるCM撮影のメインが亀梨和也。 前作の主役だったことからのゲスト出演なのだろう。 嬢王VS夜王 甘美なる夜の遊戯日時 2025年8月4日 場所 amazon prime video 監督 山内大輔 一条シノの店でホストクラブで働くJIN(烏丸達平)の元に人気女優の山本紘菜(美谷朱音)がやってきた。紘菜はかつてキャバクラ嬢だった。マネージャーのミサトが彼女の性欲処理のために紹介したのだった。 キャバクラでは映画プロデューサーの佐伯も遊んでいる。女優志望という新人のミオを紹介され、アフターに連れ出す。佐伯はミオを自分の部屋に連れて行き、「女優をしたければこういうことも出来なければだめだ」と体を求めてくる。「山本紘菜も?」とミオが問うと「紘菜は自分ではやらせずに後輩の女優とかモデルに接待をさせていた」と聞き出す。実はミオはママのクミに雇われた女だったのだ。佐伯との会話を録音し、週刊誌に売り込む。 佐伯はスキャンダルで業界は追放、紘菜も事務所と契約解除になった。 違約金などは事務所は関係なく、紘菜が全部かぶることになる。マネージャーのミサトは紘菜が嫌いで心の中では「ざまあみろ」と思い、自分も独立するつもりだった。 かつて紘菜に接待要員をさせられていた一ノ瀬アユ(西野絵美)がミサトの努力で人気女優になっていく。今度もJINがアユの遊び相手と紹介される。 紘菜も女優を引退したが、一条シノが違約金を肩代わりする代わりに自分の店で働くように提案した。実は一条シノの店のクミが今回のことを仕組んだのだった。その目的はかつて紘菜が在籍していた店のオーナー、黒崎の居場所を突き止めることだった。 紘菜のかつての客は戻ってきてキャバ嬢として上々だった。そしてかつての店の仲間から黒崎の居場所を聞き出す。 一条シノは平岩を使って黒崎を連れてこさせる。20数年前、黒崎と一条は愛し合っていたが、二人で貯めた80万円を黒崎は持ち逃げし、それを元手に六本木で王国を築いたのだった。 一条は黒崎を殺そうとしたが、空の拳銃の引き金を引いただけで許す。 アユはJINと順調に関係を続けていたが、ある日、JINの部屋に行った時、JINが少し部屋を離れた隙に何者かにアユは襲われ顔に大やけどを負って女優は出来なくなる。アユは紘菜の仕業と思いこむ。 紘菜はミサトやアユを見返すために一条シノの力を借りて女優復帰を狙っていたが、アユの引退でやる気を無くす。しかしある日、アユは紘菜の所にやってきて顔をナイフで切りつけた。 JINはアユの事件の日、ある常連客からアユを部屋に連れ込むようにいわれていたのだ。その客に「誰に頼まれたんだ」と問うと「頼まれたんじゃない、あたしがやった。だってアユがJINの恋人づらしてるのが気にくわなかった」と言い放つ。 紘菜はシノの紹介で平岩に会う。平岩は女性向けファイナンスを始めるという。その社長に紘菜をスカウトしていた。 話は全部書いた。結構長くなったな。 昨日観た「嬢王協奏曲3」の完全な続編である。 冒頭「歌舞伎のホステスがヘルプのホステスに殺された事件あったでしょ?あの殺された女とつきあっていたんですよ」とJINは言ってるし「犯人まだ逃走中です」などの会話も交わされる。 今回もエロ度高め。 3本目で初めて(だと思うけど)2シーンほど烏丸達平がバックヌードを披露。 この作品ではJINはもう完全に女たちの戦いに巻き込まれて傍観してるだけ。紘菜ともミサトともアユとも関係を持っていて、さらに最後に登場するアユの顔を焼く女とも関係を持っている。 JINからすると周りの女たちが「仁義なき戦い」を繰り広げてるわけだ。 しかしまあ相手を倒しても絶対に相手は反逆してくる。 大抵の映画や小説では一度倒すと「勝利!」で終わるのだが、反撃されるのが山内作品の怖いところ。 そうだよな、映画は終わっても人生は続くんだもん。そりゃ反撃されることもあるよな。 顔をバーナーで焼くところが怖かったが(もちろん実際には写さない)、それでも反撃、反撃と繰り返され、話が良く出来ていた。 でも一条シノと黒崎の因縁は「二人で貯めた80万円を持ち逃げされた」と割としょぼかったのが惜しい。 烏丸達平もこの3本に出演し、オークラのゲイ映画やピンク映画にも出演。新たなこの界隈のスターの誕生だ。 嬢王協奏曲3 そして輝く夜の伝説日時 2025年8月3日 場所 amazon prime videoレンタル 監督 山内大輔 歌舞伎町のNo1キャバ嬢の美蘭(ミラ・宮城りえ)は「女王伝説」というヒット映画のプロデューサーの佐伯からしつこくアフターを頼まれていた。 仕方なく自分のヘルプに付くユカ(五芭)に変わってもらう。佐伯はユカをホテルに連れ込む。ユカは友人のリチが女優を目指していて「女王伝説」のオーディションに行ったことを話す。すると佐伯はリチにも会いたいという。 美蘭にはJIN(烏丸達平)という恋人がいた。かつてJIN、美蘭、ユカは3人で援デリをやっていたが、闇金の平岩に「俺のシマで何しやがる」と監禁され、解放する条件で300万円の借金をすることになる。もちろん実際には金は貸さない。借用証だけとられ、トイチの利息を払う羽目になる。その為に平岩の知り合いの店で美蘭もJINも働くようになる。 そして美蘭はキャバ嬢が性に合っていて、着実に出世していく。そこで佐伯と知り合ったのだ。 映画のネタを探していた佐伯に自分の父のことを話す。地方の建設会社の2代目で、仕事も遊びもこなしていたが、一条シノというホステスにはまったことで一家が壊れたのだ。一条シノが先輩ホステスの客を取り、そのホステスが美蘭の父親を刺したのだった。だがシノは冷たくあしらった。そのことからおかしくなり、家に火をつけて一家心中を図ったが、その時助かった娘が美蘭なのだ。 美蘭は順調だったがJINの方はホストとしてはなかなか芽が出なかった。 そんな時、ユカも平岩に捕まり、お店で働くことになった。美蘭はユカがJINのことを好きなので、JINの借金を肩代わりさせることを計画。 結婚を匂わせて自分の借金をユカに肩代わりさせたところで別れるJIN。 借金もなくなってホストをする意味がなくなったJINは自分の母親を死に至らしめた一条シノへの復讐の実行を決意。結局はシノを殺さずに許すJIN。シノは罪滅ぼしに夜の世界で働くなら全面協力するという。 一方ユカは佐伯との距離を縮めていた。佐伯が会いたがっているリチは実は4年前に亡くなっているという。佐伯に「映画女優になるためには・・・」と事務所に言われてレイプされたのだ。 それ以来精神がおかしくなったリチは自殺したのだった。 JINが使い終わった拳銃は周り回ってユカの手元に来た。その拳銃で佐伯を殺すべく、店に行く。佐伯は美蘭を盾にして助かり、美蘭は死んだ。 話は全部書いた。話が薄いと思ったけど書いてみると案外あったな。 4月に観た「夜王烈伝3」の姉妹編というかアナザーストーリーである。 前作は友美の視点だったが、今回はJINとその恋人の美蘭の話。そこにユカの話も加わる。 「夜王烈伝3」の感想を読み直すと「JINとユカはつきあってるらしい。ユカには女性の恋人がいる。だが詳しくは説明されない」と不満を述べている。 その辺を描いたのが本作なのだな。 JINの母親と一条シノの間に何があったかこの映画では明確でない。美蘭の父親がシノの前にはまっていたというホステスなのかな。 とにかく今回は濡れ場が多い。話の展開は「夜王烈伝3」よりは少ない。 また臓器を取られた女性を犯す、指を切っていくなどの残酷、非道な描写はない。その方が私はありがたいけど。 最後にユカは美蘭を殺すのだが、案外こっちが目的だったのかも知れない。 美蘭は自分がJINとつきあってるのにユカに「JINと付き合いなよ」と言っておいてJINの借金を押しつけてしまう非道な女である。ただし前半では「一条シノの被害者」であったが、やがては自分が加害者になっていく。 「この変化が面白い」というつもりで作者は書いたのだろうけど、「キャラがぶれる」という難点にも感じられた。 そしてユカ。彼女は同居している女優志望のリチという親友がいたのだが、彼女は自殺していたと語られる。今まで登場していたリチはすべてユカの妄想なのだ。 JINが使い終わった拳銃は前作で友美の手に渡り、それを使い終わった後捨てる。それがユカの手にはいるのだ。 ユカはこの映画では美蘭を殺したあと、フレームアウトしてるだけなので、正直どうなったかわからない。 「夜王烈伝3」と違って残酷、グロさがなくて好きである。 濡れ場も多いしね。 アジアのユニークな国日時 2025年8月3日21:00〜 場所 ポレポレ東中野 監督 内田ケンジ 柏木曜子は義理の父の介護をしながら都内で暮らしている。それだけではなく自宅で売春もしている。1階では介護をして2階に毎日お客を呼んでセックス(基本本番はなしだが、客によっては許す)している。 向かいの家のタマミさんは毎日何人も男が入ってくのを見て何か怪しいと思っている。気にしなければいいのだが、気になって気になって仕方ない。 曜子は安倍晋三が大嫌い。お客さんにもつい安倍晋三嫌いの話をしてしまう。あるお客さんが「安倍晋三は悪くない。森友問題は財務省が勝手に・・・」と話し始め、自民党のネットサポーターと知ると彼を「これっきりで」と断ってしまう。 常連のお客さん木村さん(岩谷健司)とは話が合い、つい本番まで許してしまう。 タマミさんは友人に相談しても「ご近所だしあまり何もしない方がいいんじゃない?」と言われてしまう。だが近所を巡回中だった婦人警官についに訴える。 全く存在すら知らなかった映画だが、先日いまおかしんじ監督から推薦の連絡があり鑑賞。木村聡志特集で観た「テラスにて」の監督と知り、期待は高まる。 「自宅で主婦売春しながら介護をする女性の話」というだけの予備知識で観たのだが、映画が始まってすぐに安倍晋三の話になったのは驚いた。 うん、この人とは話があいそうだ。 曜子は「安倍晋三が死んだとき嬉しかった」「安倍晋三が死んで日本がよくなると思ったのにまったく変わらなかった。むしろひどくなった」という。 実を言うと私もそう思った。 曜子はそのころ流産しており、それは人の死を喜んだせいでバチが当たったと思っている。 曜子がなぜ自宅で売春をするようになったかは明確でない。 金も大きいだろうが、それだけではない何か精神の不安定さを抱えているのか。 「介護=社会保障」「売春=貧困」などの日本の抱えている問題を象徴しているかのようだ。 そしてそれを作ったのは安倍晋三(私はその前からその萌芽はあり、安倍晋三が増幅させたと思っているのだが)。 そんなテーマを一軒の家の中での出来事で語り口の見事さに舌を巻く。 そして隣のタマミさんは警官に疑いを訴えるも「あなたはDV夫からの離婚歴もある」「今年精神科に通った」ということから「精神的に不安定な女性の妄想」と片づけられてしまう。 タマミの訴えは正しい訴えをしても無視される。 タマミの立場で考えればこれは「訴えが認められない不条理な社会」になるわけだが、主人公の立場で見てる観客からするとホッとする展開である。 このあたりの矛盾がちょっと惜しい。 また常連客木村が久兵衛のすしを話題にし、実際におみやげに持ってくる。 久兵衛ネタはいいですねえ。まあ私は一生食べることはないだろうけど。 そして義理の父は亡くなり、曜子は妊娠する。 これは夫の子なのか、木村の子かも知れない。 曜子の自分を責める気持ちは増幅していく。 ラストは木村自宅。 娘が彼氏を連れてきて(娘の前の彼氏の佐々木と名前を間違えるが)彼が彼の実家のある徳島で脱サラして商売を始めようと計画してると知る。 「スローライフって奴で」「いいじゃない、スローライフ。もう日本は先進国じゃないんだから。そりゃまだそれっぽい感じはあるけど。だから人工も減ったっていいんだよ。そりゃ社会保障の問題はあるけどさ。アジアのユニークな国になればいい」 映画はそう結論づける。 「キラリと光る日本」と言ったのは新党さきがけの武村正義だったか。 規模の大きさで存在感を出すのではなく、唯一無二の何かを持つ国。 それを目指すべきだと映画は言う。 もちろんなかなか賛成できない人もいるだろう。 でも目指すべき方向性としては私は賛成である。 着信音が鳴らなくて〜バースデイ・プレゼント〜日時 2025年8月2日13:25〜 場所 光音座1 監督 加藤義一 製作 OP PICTUERS 明(大空太陽)は就職か大学院に進むか迷ってる大学生。 今日はおじさん(森羅万象)とホテルにやってきたが、事後相手がたばこを吸うのを見て「ないな」と思ってしまう。 そんなある日、ゲイバーで隣り合った隆(佐々木狂介)とマニアックな映画話で盛り上がる。明が今日誕生日だと知った隆は店を出てバラの花を買ってきてプレゼントしてくれた。帰り際に隆の連絡先を聞いてみる明だったが、隆は携帯を持っていないという。 明には智(吉田タケシ)という親友がいて、時々部屋に泊まりにくる仲だった。智は明のことが好きだったが、告白できないでいる。 連絡方法がないのでもう一度バーに行ってみる明。その日、偶然にも隆はやってきた。また映画の話で盛り上がった。連絡先の家の電話番号も教えてもらった。帰り際、橋の上で明にキスをする隆。 せっかく隆の名刺をもらったのにその名刺を落としてしまう明。ゲイバーに行ってみたが隆はしばらく来てないという。仕方なくキスした橋の上に行ってみる。そこへ隆はやってきた。 今夜こそ結ばれる二人。しばらくはセックスを二人で楽しむ日々が続く。 そんな明に智は「最近何かいいことがあったのか?」と聞く。恋人が出来たことを打ち明ける。そして自分がゲイだということも。 それを聞いて智も「俺も一緒だ。お前のことが好きだ」と打ち明ける。 「お前のことを諦めるから一つだけ俺の願いを聞いてくれ。お前を抱きたい」という。許した明だったが、どうにも気分が乗らない。諦める智。 別れ際に橋の上で智は思わず明を抱きしめる。それを隆に見られてしまう。 隆は「やっぱり同世代の方がいいよね」と去っていってしまう。 しばらくして恐る恐る隆に電話をする明。隆は許してくれた。 もうすぐ4年に一度の明の誕生日。 当日、楽しみにいつもの橋の上で待つ明。しかし隆はこない。隆の家に電話すると誰もでない。だがすぐに折り返しの電話があった。 それは隆の兄からだった。隆は昨日突然亡くなったという。「あの、隆とはどういったご関係で?」明は電話を切った。 泣き叫ぶ明。幻想の中、明と隆は二人でバースデイケーキを前にしている。 話は全部書いた。話がないなあと思って見ていたけど結構字数とったな。 もちろんこれよりヒドいゲイ映画は存在する。 でもこれもヒドかったなあ。 以下、だめな点、改善すべき点を列挙する。 1、恋人がハゲでデブのおっさんというのはいかがなものか。 いや、もちろん人の性癖は千差万別ですよ。しかし「映画として」ハゲでデブのおっさんの裸やあえぎ声がエンタメになるか、という問題があるわけです。 明は言葉では説明されないけど、最初に森羅万象とセックスしたり、隆に一目惚れするのだからデブハゲフケが好きなマニアックな好みの方なのです。だから智とのセックスでは勃たないんです。 これは私に言わせれば「樹木希林が全裸になってセックスしてあえぎ声を出してる姿がエンタメになるか?」という問題です。 樹木希林の女優としてのうまい下手とはまったく関係ない話です。 私は森羅万象や佐々木狂介の濡れ場を見てエンタメを感じなかったな。 作り手は光音座の客層の年齢層が高いからと勘違いしてるんじゃないだろうか。 いやもちろん個人の好みもあるけどさ。樹木希林のヌードを切望してる人だっているかも知れないし。 そしてこの隆やること、言うことが「スケベ親父」なのだよ。 「明君は上手だね、たくさんの人とやってきたんじゃない」「そんなこともないですけど、経験人数の多い人はいやですか?」「そんなことないよ」とか完全におっさんである。 いっそここは「へへへ、口じゃイヤだといってもここはもうこんなに鳴ってるな」って言ってもよかったぐらい。 ついでに一回戦が終わった後にすぐに(明より積極的に)始めるあたりはもう「飢えたおっさん」である。 2、大空太陽の問題。 主役の大空太陽は実年齢33歳。いやそれで大学生役はきついでしょう。 顔は明らかに30代の顔である。脱ぐとなかなかのスリム筋肉質で均整のとれた体をしている。 だったら主人公の年齢も30代にすればいい。 「地方から最近東京に転勤してきてまだ慣れてない」という設定にすればよかろうに。 そこが惜しい。 3、連絡の行き違いについて。 隆が携帯を持ってないというのが納得行かない。 「アナログ人間だから」とか言ってるけど今時だめだよ。 レンタルDVDショップを経営していてつぶれて今は派遣の仕事をしてるらしいけど、そうなるとアプリとかメルアドとか必要だから、スマホなしは有り得ないんだよね。 第一、明が「じゃ僕の番号だけでも」って教えればいいじゃん。 さらに2回目に会ったときには家の電話番号を教えている。じゃ最初から教えろよ。「初めて会ったときから目が離せなくなった」んだろ。 4、智との関係の勘違いについて 智が完全に悪いわけだが、橋の上で抱きつかれたときに「人が見るよ」っていえばいいだろ。 また隆も「同世代の方が話も合うよな」っていじけるなよ。もっと余裕持てよ。 5、隆の死について いくら何でも唐突。隆が持病を持ってるとか、その前のシーンで突然死を予感されるとか、現場で事故が起きそうな環境とか(これは撮影が大変になるが)そういう伏線がなきゃだめだよ。 そうじゃないとただ唐突でバッドエンドのためのバッドエンドにしか鳴ってない。 でもこの映画に全く魅力がないかと言われればそうではない。 大空太陽はさすが「エロメン」の一人だけあって体はきれいである。 またカラミのシーンも多く、時間も長い。 つまりいいところもあっただけに余計に悪い点が目立つのだ。 私が脚本に加わっていたらいろいろアドバイス出来たのに、と残念でならない。 同時上映は「わがまま旋風(センセーション)」。 以前に観ていて独りよがりの映画なのは知ってたからぼーっとしながら観て、何も残っていない。 |