獣人島日時 2025年11月30日 場所 amazon prime video 監督 アール・C・ケントン 製作 1932年(昭和7年) 乗っていた船が遭難したエドワード・パーカーはある貨物船に救助された。貨物の荷主の医者でもあるモンゴメリーに介抱され、元気になった。 この貨物船の行き先が自分も向かっていたアピアと知りほっとする。アピアには婚約者のルースが待っているのだ。 だが船長はパーカーを厄介者としか扱わず、モンゴメリーの荷物を受け取りにきた船に放り投げてしまう。仕方なくモンゴメリーの行き先、モロー博士の島に上陸した。 モンゴメリーはパーカーを船に一泊させて翌アピアに出発しようとしたが、モローは船を壊してパーカーを泊める。 モローにはたくらみがあった。島の女ロタと引き合わせ、彼女がパーカーに恋心を抱くか実験したかったのだ。この島の住人はなにかみんな変だ。 モローの執事のムリングには耳に毛が生えている。実はこの島の住人はすべてモロー博士が獣を遺伝子操作で人間化したものだったのだ。 それを聞き驚くパーカー。ロタはモローの期待通りにパーカーに惚れていた。 アピアの港ではパーカーが救助されたという船にルースが行ってみるとパーカーはいない。船長に聞くと途中で下ろしたという。彼女はアメリカ領事の力を借り、モロー博士の島まで船を用意してもらって向かう。 モローの島にやってきたルース。モローは今度は獣人とルースを引き合わせ、好きになるか実験してみることにする。それを知ったモンゴメリーとモローは対立するようになる。 モンゴメリーはすぐにパーカーをつれてすぐに島を出るようにいうが、モローは強引に泊めることにした。 獣人にルースを引き合わせるとルースは襲われた。怒るパーカー。モローは獣人にパーカーを殺すように命じ、救助に来た船の船長は殺された。 だが獣人たちは「人を殺してはいけない」という掟を押しつけておきながら自分から破った、とモローに対し反乱を起こす。 その隙に逃げようとするパーカー、ルース、モンゴメリー。ロタも連れて行こうとしたが、獣人に襲われるのを助けるためにロタは犠牲となって死んでいった。 パーカーたちは無事に島を脱出した。 HGウェルズの「モロー博士の島」(1896年明治29年)の映画化。 「緯度0大作戦」のシーザー・ロメロのマッドサイエンティストの元ネタは「モロー博士の島」だろう、ということでその映画化を観てみた。 映画化は思ったより早く戦前の1932年。もうトーキーである。 上映時間は70分と短い。 バート・ランカスターがモロー博士を演じた「ドクターモローの島」も観たことあるけど、これも面白くない。 そもそも「ある島に来た」「その島には奇怪な人間がいる」「それはモロー博士が作った人造人間だった!」というオチですべてが終わってるのだな。 島ってのがよくないのかなあ? これが田舎なら獣人が逃げ出して町に出て暴れるとかの話になりそうだが、島じゃな。 でも「ジュラシック・パーク」もあるから、やりようによってはなんとかなるかな。 単に見た目が気持ち悪い人間がウロウロしてるだけでホラーっぽいけど、でもそれだけで話が広がらないんだなあ。 だから「人造人間を作るマッドな医者」という発想はよかったと思うけど、話が広がってないよ。 原作はどうなってるか楽しみである。 海底二万哩(DVDタイトル「海底2万マイル」)日時 2025年11月30日 場所 TSUTAYA宅配レンタルDVD 監督 リチャード・フライシャー 製作 1954年(昭和29年) 1868年頃、太平洋では船の事故が多発していた。原因は正体不明の怪物の仕業とされた。船乗りは恐れ船は次々と出航キャンセル。サンフランシスコから上海に行く予定だったフランス国立博物館のアロナクス教授と助手のコンセイユ。そんな時にアメリカ海軍のこの怪物調査に戦艦を派遣することとなり、教授とコンセイユ、そして捕鯨の銛打ちの名手、ネッド・ランド(カーク・ダグラス)も同行した。 太平洋を探ること数ヶ月、教授たちは怪物に遭遇、それは潜水艦だった。その潜水艦に激突され、教授、コンセイユ、ランドは海に放り出されたが、潜水艦に入ることが出来た。 その船はノーチラス号。艦長はネモ。彼は人間嫌いでこの潜水艦を多数の部下たちと世界中の海を航行していた。 ある日、ある島に上陸するネモ艦長と教授。この島では体制に逆らったものを強制収容して奴隷労働させていた。その島では火薬の原料を作っており、ネモはそれを運び出す貨物船を容赦なく攻撃した。 ある南の島の近くにノーチラスが停泊してるときにランドはなんとか脱出しようとコンセイユと上陸する。逃げだそうとしたランドだったが、原住民に追われ、ノーチラスに戻った。そしてネモ艦長はノーチラスの感電装置を作動させ、原住民を追っ払った。 そして巨大イカに襲われるノーチラス。スクリューに巻き付かれて動きがとれなくなり仕方なく浮上。触手を切ろうとしているうちにネモ艦長が海に突き落とされる。それを助けたのはランドだった。 ノーチラスは修理のため、本来の基地に帰ることにした。だがそこにはすでに国籍不明の軍艦が多数いた。ランドが空き瓶に手紙を入れてこの基地の場所を教えたようだ。 ネモは基地にある動力の秘密を知られたくないため、基地を爆破することにした。しかし逃げる途中で軍艦の攻撃でついに航行不能になる。ネモは乗組員とともに死ぬことを決意。それに反対するランドはなんとかノーチラスを浮上させ、教授、コンセイユとともにノーチラスを脱出した。 「緯度0大作戦」の元ネタは「海底二万里」ではないかということでヴェルヌの原作読破。これが上下巻併せて文庫本で900ページを越えるという大作。発表されたのは1870年。なんと明治3年だ。(昭和初期ぐらいと思っていた)ジュニア版は小学生の頃読んだけど、原作はこんなに長かったんだ。 しかも海の生物(魚など)や海底の地理、海流に関する解説がやたら詳しい。半分以上がそういった記述である。映画もないし、写真も今ほど発達してなかったから「海洋ドキュメンタリー映画」ならぬ「海洋ドキュメンタリー小説」としての側面も持っていたというのが適切か。 今では誤りな部分もあって特に南極点到達のシーンでは南極に近づくと流氷があり、それを越えると凍ってない海があって陸地がある、とまるで「極底探検船ポーラーボーラ」の世界である。さすがに原始人は住んでないけどこの地上に立ってネモは「ここは私の領土だ!」と宣言し旗を立てる。 あと紅海と地中海の間には海底トンネルがある、っていう嘘も出てくる。 で映画版はどうなってるかを鑑賞。 始まりは同じなんだけど教授、コンセイユ、ランドのキャラクターには変更あり。コンセイユは原作では教授に忠実な下僕な若者なのだが、映画では(ピーター・ローレが演じてることもあって)ちょっと小ずるい感じがある。またランドも原作より暴力的だ。(さらにギターをもって歌も歌う) ネモもより攻撃的。原作では海洋生物に慈しみを持った孤高の天才、と行った感じなのだが(復讐心は下巻の後半で出てくる)、映画では最初から復讐心むき出しである。 映画の方は原住民に襲われて電気ショックで撃退とか(原作は入り口の手すりだけ電気が流れるのだが、映画では鑑全体)、巨大イカとの激闘は残っている。 この辺の変更は予想されたことだったけど、驚いたのは動力なんだ。 原作では「海中のナトリウムを抽出してそれで発電させる電気モーター」が動力とされている。 ところが映画でははっきりと言われないが、動力機関を見学のシーンで青白い炎が出てきたりで、明らかに原子力なのだ。 で世界初の原子力潜水艦はいつ完成だったかを調べてみたら1954年! この映画の年であり、潜水艦の名前は「ノーチラス」! 明らかにヴェルヌの「海底二万里」から取っており、映画はそのプロパガンダの側面もあったのだ! まさに「原子力 明るい未来のエネルギー」の時代だったわけだ。 でもヴェルヌの考えた永久機関は内燃機関ではないクリーンなエネルギー。 1870年当時も蒸気機関車は(今のような温暖化とは言われなかったろうけど)すす公害の問題もあったろう。 だからこそ「クリーンエネルギー」をヴェルヌは夢見たのだろう。 それが1954年に完成した原子力潜水艦にノーチラスと名付けるとは。原子力なんて史上最悪に環境に悪いのに。 でも1954年当時は「未来のエネルギー」だったのだなあ。 映画とは直接関係ないけど、1954年という時代を感じさせた。 櫻の園日時 2025年11月29日14:45〜 場所 目黒シネマ 監督 中原 俊 製作 平成2年(1990年) 女子校の櫻華学園高等科は4月15日の創立記念日に演劇部がチェーホフの「櫻の園」を上演することが恒例行事だった。 その日の朝、8時前。 舞台監督の城丸は彼氏の島田を部室に連れ込んでいた。たばこを吸おうとする島田を止めてたばことライターを取り上げた。部長の志水さんがやってきたので島田を追い出す。島田は髪にパーマをかけていて、驚かれる。 そこへ生徒たちがやってくる。昨夜杉山さん(つみきみほ)がたばこで補導され、そのことがみんなの話題だった。久保田さんは「杉山さん、警察に見つかったときいろいろ反抗したらしいよ」と噂する。里美先生がやってきて準備の確認をする。「『櫻の園』が中止になるってことはないですよね?」とみんなが確認、里美先生は「ある訳ないでしょ」と答えるが、その後に開かれた臨時職員会議では坂口先生が「不祥事を起こした生徒が出ることなどあり得ない」と主張し、坂口先生は泣いて抵抗しているという情報が入ってきた。 主役の倉田さんは後輩にもファンがいて、差し入れなどもあるくらいだ。 その倉田さんに実は志水さんは好意を寄せていた。倉田さんは背が高く、演劇部の芝居ではいつも男役でファンもついている位だ。彼女は今回初めての女性の役で緊張していた。昨日のゲネプロでもあがっていて「とても出来ない。中止になればいい」とまでいう。 「12人の優しい日本人」の中原俊監督作品。なぜか市川準特集で上映。市川準は関わってないのだが、脚本が「ノーライフキング」と同じ、じんのひろあき、だかららしい。 前から有名だったし、最近シナリオライターとしても名高い梶原阿貴さんの代表作ということで、観たい映画だったのだが、今回目黒シネマで上映されるので鑑賞。(12月にラピュタで上映されるので迷ったのだが12月に別の用事が入るといけないからと今日鑑賞) 確かに面白い。「12人の優しい日本人」と同じく集団劇で「櫻の園は無事上演できるか?」ということを縦軸に、パーマをかけた優等生であるはずの部長、恋心ともつかない同性へのあこがれ、友情、そして反抗などが描かれていく。 特別に大きなテーマがあるわけでもないけど、彼女たちの等身大の青春群像は面白く観た。 登場人物の出入りや会話の間など観ていて飽きず、機会があればもう一度観てみたい映画だ。 梶原阿貴さんは若いのだが、今よりぜんぜんあか抜けてない。今は「大人の女性!」って感じなのだが、まだまだ素人くささがある。 後の「のんきな姉さん」とは違ってまだまだ子供だっただな。 ノーライフキング日時 2025年11月29日12:45〜 場所 目黒シネマ 監督 市川 準 製作 平成元年(1989年) 小学生の間では「ライフキングの伝説」というテレビゲームが流行っていた。一方でこのテレビゲームには呪われたものがあり、それでゲームすると死ぬとということだった。 1学期の終業式の朝礼中に校長がお話の最中に突然死した。 大沢まこと君の周りには「何々を食べると死ぬ」などの都市伝説的な噂話が飛び交っていた。彼の通う学習塾ではパソコンを使った授業をしていて、使い方によっては北海道の塾の生徒ともパソコン上で会話ができた。 「がんばってライフキングの伝説をクリアする」と書いたところ、あちこちから「大沢君がんばって」とメッセージが届く。 目黒シネマでは今日まで市川準特集があり、その中での上映。私の目当ては同時上映の「櫻の園」なのだが、ここは2本立てなのでついでに観ることにした。 悪いけど時間の無駄だった。 市川準監督作品は昔「大阪物語」とか「会社物語」とか観たことがある。でも両方ともまるで面白くなかった。 今回もだめ、面白くない。 この監督とは感性が合わない。 せりふはぼそぼそと話し、会話が続かない。独り言のようなせりふを言って相手も少し返す。そんなのの繰り返しでドラマが起こらない。 今までとは違う映画でそこはファンがいるかも知れないけど、私にしてみれば作ってる人が面白がってるだけ。 90年代ぐらいはまだこういう映画が作れた土壌があったのか。 望遠で人物が捉えられることが多く、人物の前をチラチラと何かが通過し、イライラする。ドキュメンタリー的とも言えるが私には不快なばかりである。 それに夏の話しなのに登場人物の服装が全く夏服でない。 映画館のロビーに当時の雑誌の監督インタビューがあったが、それは「夏に撮影できなくなってまあいいか、と思った」「今は季節が変だからと思えばいい」などと言ってたから単なる間違いではなく、意識していたということだ。 私、こういうのすごく気になるんですよ。 「TOKYOタクシー」でもルートが地理的に変、と思うぐらい現実との接点を気にする人だから。 やがて主人公はパソコン上のいるかいないかわからない相手ではなく、「リアル」について考え始める。 そしてラストでは目にする「リアル」なもののカットが連続してコラージュ、というかモンタージュされる。このシーンを面白いと感じる人もいるようだが、とにかく映画から心が離れているので、ラストがどうなったかも記憶にないのだよ。 あの塾のパソコンを通じての会話は現代のSNS社会を予言させる、と評価する人もいるようだ。 確かにそうとも言える。そしていろんな噂話、呪いの話が出てくるが、これほど情報化社会になってもその噂、都市伝説、陰謀論は消えない。 むしろSNSによって拡散力がアップした、というべきか。 とにかく市川準はあわない。もう二度と観ないと決めることができた。 TOKYOタクシー日時 2025年11月23日13:00〜 場所 T・ジョイ エミテラス所沢 監督 山田洋次 個人タクシーの運転手・宇佐美浩二(木村拓哉)は夜勤明けで寝ているところを起こされた。13時に柴又の帝釈天前から客を乗せる予約が入っているが、代わりに言ってほしいという。 仕方なく引き受ける浩二。行ってみると相手は高齢のご婦人で葉山の施設に入るのに送ってほしいという。 これで東京とはお別れだという彼女・高野すみれ(倍賞千恵子)はあちこち寄ってほしいという。 言問橋、浅草の裏道、そこで彼女は自分の生涯を語り出す。 昭和15年に東京の下町に生まれたすみれは5歳の時に東京大空襲で父親を亡くした。戦後は母親の経営する食堂で働きながら、近所の在日朝鮮人と恋に落ちる。だが彼は北朝鮮の再建のためと新潟から船に乗って帰って行った。だが彼女のお腹には彼の子供がいた。 子供は産まれ、すみれは小川という新しい男性に出会う。そして結婚したが、子供のことは可愛がってくれず自分にも暴力をふるった。ある日息子が自分のいない時に折檻されてると知り、夫に恨みを抱く。 ある日夫を酒で眠らせ、下半身に熱い油をかけた。殺人未遂で9年の懲役。刑務所にいる間に息子はオートバイ事故で亡くなった。 出所後、アメリカに渡りネイルアートを学び、帰国後成功して材を築いたという。 すみれと浩二は遅くなったので横浜で食事をし、夜遅く葉山の施設についた。タクシーを降りるとき、すみれは「まだ行きたくない、横浜のホテルに泊まりたい」というが、浩二はそれを諭した。 料金ももらってなかった浩二は後日妻をつれて伺うと約束した。 数日後、浩二は妻を連れて葉山に向かった。しかしすみれは一昨日の晩、急な心臓発作で亡くなったという。 山田洋次の新作。もう90歳も過ぎてるし、後進に道を譲ってやれよとも思う。当初観る気もなかったが(キムタクあんまり好きじゃないし)、「タクシー運転手と客の話」という点が今ちょっと興味があるので、観てみた。(所沢で観たのは今日夕方から所沢の角川ミュージアムでの戸谷菊之介のイベントがあるので、新しい映画館だか行ってみたかったのだ) 山田洋次の観た戦中戦後史、みたいな話。 いきなり東京大空襲の話になって驚く。そしてすみれの恋人が在日朝鮮人、帰還事業で帰った(「キューポラのある街」にも出てきましたね)とかぶっ込みすぎな気もする。 ただしその後恋人がどうなったかは出てこない。 それにしてもその後DV夫とかつくづく男運のない人だ。 「昔は夫が妻や子供を殴るのは当たり前で離婚の理由にはならなかった」っていうけど、そうかあ? 息子が定規で折檻されてて復讐の行動に出るんだから、それをするなら実家に逃げてきてもよかったんじゃないかなあ。それを当時は「我慢しなさい」と言われたということなのか? それにしても夫の下半身に沸騰した油をかけるなんていくら本人が「殺意はなかった」って言っても無理だろう。やばい女だよ。 ネイルサロンの会社で財産作ったらしいけど、絶対会社でパワハラしてたぜ、あの女なら。 そして送っていって1週間後に「料金をもらいに」という名目で葉山に行く。すると彼女は亡くなっていて、葬式に行くと遺言を預かってる司法書士(笹野高史)に「お手紙を預かっている」と言われる。 手紙の内容は「人生の最後にいい思い出になった。ありがとう」という内容だが、お礼として1億円の小切手。 いやいや1億円は多すぎでしょう。浩二は娘の高校の入学金で100万円なんとかしなきゃと困っているっていう話はあるのだが、だったら100万円でいいじゃない。 1回会っただけの男に1億円て、惚れやすいのか?だから男を見る目がないいから男運が悪いんだよ。 あと言問橋を言ってから浅草、上野、皇居前あたりまではよかったのだが、渋谷から246に入ってその後、新宿都庁、秋葉原、東京駅とか地理感覚がおかしいよ。 それに「高速は乗りたくない」って言っててレインボーブリッジは通ってるし(その前のカットでは鶴見つばさ橋に入ろうとして次にレインボーブリッジ。まあ違ってはいないけど) それにキムタクがイケメンすぎて個人タクシーの運転手に見えないんだよね。個人的には80年代に渥美清=運転手、高野すみれ=岡田嘉子、若い頃のすみれ=倍賞千恵子で観たらもっと違った感想を持ったかも知れない。 そして帝釈天(高野すみれの自宅はあれ「男はつらいよ」のさくらさんの家じゃないかな)から葉山(拡大解釈で大船)に行くのは山田洋次の映画人生と重ね合わせるのは深読みのしすぎか。 あと出演者では和田光沙さんが途中一時停止違反でタクシーを止める婦人警官役で出演。 ブルーボーイ事件日時 2025年11月22日18:35〜 場所 TOHOシネマズ日比谷・スクリーン2 監督 飯塚花笑 1965年東京。東京オリンピックや大阪万博の影響で風紀の取り締まりが厳しくなった日本。町で女性に見える男娼・通称ブルーボーイを捕まえたが戸籍上は男のため売春防止法が適用できない。そのため、性転換手術を行った医者・赤城(山中崇)を摘発することで対応しようとする検察。罪名は「優生保護法」違反。優生保護法は子供を作れなくする手術をむやみに行うことを禁じた法律だ。これを今回のような性転換手術をした医者に適用するのは法の乱用だ。 弁護士狩原(錦戸亮)は先輩の弁護士から頼まれてこの事件を引きうけることにする。弁護のためには赤城が手術した患者に法廷で証言させることが目的だ。 まずはブルーボーイの元締めのメイ(中村中)に証言してもらったが、彼女の挑発的な態度は却って逆効果だったかも知れない。 続いて自分のショーパブを開くことを夢とするアー子(イズミ・セクシー)に証言してもらう。「赤城先生は私たちの悩み、違和感に向き合ってくれた」と好意的な証言を引き出せたが、弁護方針に悩んだ狩原は性転換手術をした人を「精神異常者」とし「その治療としての手術だった」と主張した。しかしアー子には自分が気狂い扱いされ許せなかった。その晩、酒場で飲んでるときに酔っぱらいに絡まれて喧嘩で死んだ。 狩原は性転換手術を受け、今は喫茶店で働く女性サチ(中川未悠)に声をかける。だが騒ぎになって今の恋人もいる生活が脅かされるのを恐れ、断る。 直接評価とは関係ない話から始めると冒頭の日活マークが1960年代の日活マーク。日活配給とは知らなかったし、その後のシーンで警察の手入れのシーンから始まったから別の映画と間違えたかと混乱した。 いやはや重量級の傑作だった。なにより逃げずに真正面からこのテーマを取り上げたことがいい。監督もトランスジェンダーの当事者だそうだ。 (プロフィール見てもはっきり書いてないけど女性から男性になった方なのかな?) ブルーボーイ、というか性転換者を異常者としか見なさない世界。 1965年と言えば「薔薇族」も発刊がまだで、それこそ同性愛は「異常性欲」でしかなかったろうし、ましてや手術して性転換するなど気狂い沙汰にしか見えなかったのだろう。 検察側はそう思ったろうけど、弁護士の狩野さえも理解していない。 依頼人を守りたいばかりに証人のアー子を「精神異常者の治療のために手術した」という論理展開をしてしまう。 いくら何でもそれは悪手でしょう。 でも弁護士も「先輩から無理に押しつけられた」と思っている。そもそも当時の日本に性転換について理解している弁護士がいなかったのではなかろうか。 それがきっかけでやけ酒になって酒場で酔っぱらいに絡まれて喧嘩になり亡くなるアー子。 このアー子が最初の警察の手入れのシーンではふてぶてしかったが、さちと怪しげな医者で再会するシーンからいとおしくなる。 そんなアー子が亡くなる展開にショックだった。 また侮辱的な質問をする検事に法廷外で「ちょっと言い過ぎはないですか!」と抗議する。 すると検事は戦地で亡くなった戦友の日本の将来を託された話をする。「あんな堕落した奴らは許せない」と。 検事の憎しみも一定の理由がある気がする。 昭和40年といえば戦後20年。二十歳で戦地に行った人は、まだ40歳だ。完全に現役の世代である。 幸福追求権やサチの訴えを描き、いったいどんな判決になるかと思う。 判決は「性転換手術は違法とは言い切れない。ただしその要件を満たさないまま赤城医師は手術をした。従って有罪とは言い切れないので罰金刑」 きわめて玉虫色の判決。 弁護側は「性転換手術は違法ではなくなった」と勝訴と考え、検察は「逮捕のリスクがあるのにやる奴はおらんだろ」と事実上の性転換手術は禁止になったと考える。 裁判所も両方を立てるための苦肉の判決だったと思う。 とにかくLGBTQの問題を考えるにおいて、テキストになるような映画だった。 長らく上映されてほしい。 主演は錦戸ではなくクレジットの順ではサチを演じた中川未悠。彼女が実にすばらしいのだ。女性の顔や仕草だが、肩幅が広いので男性だと思ったがやはり当事者だそうで。しかも演技未経験だという。(飯塚監督のドキュメンタリーに出たことがあったそうだ) 演技未経験とは思えない素晴らしさだった。 ミスター・モト才気煥発!日時 2025年11月22日15:55〜 場所 シネマヴェーラ渋谷 監督 ノーマン・フォスター 製作 1937年(昭和12年) サンフランシスコのチャイナタウン。怪しげな行商人がうろついている。ある骨董屋に入ると観音像に仕込まれたダイヤを買ってほしいという。行商人は柳行李に死体らしきものが入ってるのを見つける。そのとき骨董屋の親分が入ってきて追い出される行商人。行商人は家に帰ると変装を説く。それは日本人モト(ピーター・ローレ)だった。 翌日、上海行きの船に乗るモト。前の部屋に泊まったのはこの船のオーナー会社の息子。息子は社長から上海支店長宛の手紙を預かる。この息子がどら息子で出港直前まで友達呼んでどんちゃん騒ぎ。モトはいやがっており、どら息子の友達を得意の柔道で投げ落とす。 やがて船は出航。「いい女がいない」と嘆くどら息子だが、ハワイで美人が乗り込んだ。どら息子は一目惚れ。 やがて上海に着く直前、モトやどら息子の部屋係が怪しい動きをしているのを見て、モトは部屋係を揚子江に突き落とす。モトは部屋係が探していた社長の手紙を懐に入れ代わりの手紙をどら息子の鞄にいれた。 上海に着く直前、どら息子が惚れた美人は先に下船してしまった。 どら息子は上海支店に行って社長の手紙を渡すが中は白紙。電話で問い合わせると「最近密輸品が多いから気をつけろ」という内容だったという。 その頃モトは旧知の上海警察の訪ね、例の美人を探してもらう。 その美人はあるバーで歌手として働いていた。その美人の居場所を匿名の手紙でどら息子に教えるモト。 やがてそのバーが密輸の元締めとわかり、潜入するモトとどら息子たち。 シネマヴェーラの「ピーター・ローレ変幻自在」という特集での上映。 戦前のアメリカ映画でピーター・ローレが日本人探偵に扮した「ミスター・モト」シリーズがあると知り、俄然観たくなって鑑賞。 20世紀FOX作品で67分。まあB級映画ですが。 全然東洋人には見えないモトだけど日本だって「阿片戦争」という日本人がイギリス人を演じる映画がありましたからお互い様です。 この映画、当然日本では公開されておらず、特にDVDにもなってないようだ。しかもシリーズ8作もあるという。原作は知日家のアメリカ人作家が書いたようだ。「ようだ」というのはネットで検索しても情報が乏しい。 この映画はシリーズ第1作。しかも8作は2年間で作られたというから早撮りだったんですね。 是非他の作品も観てみたい。シネマヴェーラで上映されたくらいだから、上映の権利はどこかが持っているのだろう。 さて問題の日本人モトである。最後の方でモトの名刺がちらっと写ったが漢字でどう書くかが見えなかった。ただし表向きの肩書きは貿易商である。 実際は007みたいな日本政府の特務機関員かも知れない。 ローレのメイクとしてすきっ歯の出っ歯である。なんか風刺漫画に出てくる日本人みたいだが、漫画にローレが寄せたのか、ローレのイメージで漫画が出来たのか不明。 そして二日酔いで苦しむどら息子に船内のバーで函館カクテルと称するレモンジュースにソースを入れて砂糖を入れて他にもいろいろ入れて最後にジンで満たす。それを嫌々飲んだどら息子はあら不思議、二日酔いが一発で直ったというエピソードがある。 また「日本にはハイクという詩がありまして17音でまとめるという決まりがあります。『フルイケニ、カワズトビコム、ミズノオト』とか」と言ってくる。 とにかくなんだか理解不能なのだ。でも最後には密輸の元締めのアジトが例のバーで、さらに黒幕がどら息子の会社の上海支店長だった!というのも突き止める。 この逮捕シーン、上海支店長もアジトに乗り込むのだが、モトが支店長に「ボスの懐にある拳銃を取ってください」と頼むが懐に手を入れたとたんに銃が発射されボスが絶命。支店長は「暴発したんだ!」と訴える。でもモトはその手に手錠をかける。そして支店長のポケットから拳銃を見つける。 要するに支店長が黒幕だったと見抜いていたのだ。 かように優秀なモトである。 さらにホテルの交換手の女性を口説いて食事に誘い出す、また怪しいバーの奥の部屋でカードゲームをするが勝ちまくる、などなどまるで007のような活躍なのだ。 国辱映画などと言う人もいるみたいだけど、私にはそうは見えなかった。 「なんかよくわからないけど、めちゃくちゃ優秀だぞ、日本人って」ていうのが当時のアメリカ人の日本人のイメージだったんじゃないでしょうか? そんなこともかいま見れていい勉強になりました。 地球攻撃命令ゴジラ対ガイガン(4K)日時 2025年11月22日11:10〜 場所 TOHOシネマズ日比谷・スクリーン 監督 福田 純 製作 昭和47年(1972年) ストーリー省略。 今年月一で観ていたゴジラシアターだが、これで昭和シリーズは全部観たことになる。84以降は封切り時にオリジナルを観ているし、平成ゴジラはあんまり好きじゃないのでパスかな。(でも比較的好きな「スペゴジ」は観てもいいかな。あとは「ゴジラXメカゴジラ」「東京SOS」は観るか) 今回見直して思ったのはバトルシーンが長いんだなあ。 私、怪獣バトルにはあまり興味がないんです。前から言ってるけど「怪獣という驚異に対して人間はどう立ち向かっていったか」という観点の話が好きなので。 これでいうと石川進の漫画家、その恋人(菱見百合子)、技術者の妹、ヒッピーの青年と4人も出てくるが無駄に多い。 特にあのヒッピー青年はなんなんだ。70年代ヒッピーとして登場するがなにしてる人なの?村井国夫の技術者の妹の彼氏なの?? あと地球人の技術者を使うとかこれ「海底軍艦」と同じだなあ、とか、何かとギャグを入れてくるとか関沢新一脚本の明るさも感じましたね。 でも人間が怪獣に対して活躍が少ないんだよね。 せいぜいゴジラタワーを壊すぐらいだが、ここもあっさり成功する。 もう少し引っ張ってもいい気がするが、そこは怪獣対決に絞りたかったのかも知れない。 ガイガンのお腹の電動ノコギリ、あれ見た目は怖くてかっこいいけど実践では役にたたないよな。相手に抱きつかなきゃダメージ与えられないじゃん。キングギドラの光線やゴジラの熱線の方が遙かにダメージを与えるんじゃないか。 そしてアンギラス。 「ていさつにいけ!」とゴジラに命令されたり完全に舎弟扱い。 偵察に行ったら上陸前に自衛隊に攻撃され、偵察も出来ない。 さらにキングギドラにかみついたままギドラが振り払おうと飛び立って空中から落とされる(ここ「怪獣総進撃」の再利用だったのね)、とか散々な目に遭う。 東宝2匹目怪獣という名誉ある先輩なのに後輩怪獣、ラドン、モスラ、バラン、ドゴラ、ギングギドラは主演映画があったりタイトルに名前が入るのに先輩なのにそういうことがない。 なんかかわいそう。 あと出演者ではM宇宙ハンター星雲人の会長役の少年、あれ同年の「沖縄決戦」で小川安三といつも一緒にいた少年兵なんだよね。だいぶイメージが違うんだよね。 こんな感じであまり好きな作品じゃないけど、ブルーレイ発売記念イベントがあった関係でブルーレイは買っちゃたんだよね。 ガメラ大怪獣空中決戦(60周年上映)日時 2025年11月21日20:00〜 場所 丸の内ピカデリー・DolbyCinema 監督 金子修介 製作 平成7年(1995年) ストーリー省略。 今年はガメラ誕生60周年ということで各種のイベント。でも相変わらず新作の決定はない。 今回の周年イベントの目玉は昭和ガメラの4K化。昭和ガメラの初期3作(「大怪獣ガメラ」「バルゴン」「ギャオス」)を4K化し12月に上映。(この初期3作はこの11月にBSテレ東で放送された) 平成に関してはDolby版を再上映。55年の時に上映された同じ丸の内ピカデリーで鑑賞。今日が初日なのだが、夜の8時の回だからかさすがにガラガラである。 今回改めて思ったのはこの映画、怪獣映画(主に東宝だけど)の王道の展開、そしてオマージュの連続だったということ。 漠然とは思っていたけどね。 まずはオープニングの海難事故。これは初代ゴジラからの伝統。そして調査。 古代文字などもやはり「モスラ」か。 九州地方の巨大鳥の出現。話としては北海道でも東北でも成り立つわけだが(いや福岡ドームが必要か)、これはもう「ラドン」のオマージュだ。 また2つの場所で怪獣が出現し、それが徐々に近づきあっていく展開は「キンゴコング対ゴジラ」ですよ。 そしてギャオス出現を伝える新聞を見ながらカップルが話し合っている。これも初ゴジからだ。 このシーンで輪転機の映像に見出しがかぶるカットがあるけど、今なくなったなあ。 木曽山中での吊り橋のシーンは子供を助けに行く所など「モスラ」のフランキー堺のシーンだ。 ギャオスが東京タワーをへし折るのはやっぱり「モスラ」ですね。 そしてラストは怪獣が海の向こうの去っていき「終」の文字。 なんかこう昭和の怪獣映画のお約束、お決まりの連続で、それが無意識に快感となっていくのである。 あと前も聞いたことがあったけど、福岡ドーム上空を旋回し、ガメラ出現に驚く自衛隊ヘリのパイロット役で佐藤二朗が出演していた。佐藤二朗は「GMK」にも出てたそうだし、ゴジラとガメラに出演した俳優という称号が与えられる資格のある方だ。 楽しかった。 伯林漂流(4回目)日時 2025年11月16日18:00〜 場所 ザムザ阿佐ヶ谷 監督 今泉浩一 製作 2018年(平成29年) ストーリー省略。 この映画、好きな映画でソフト化もないだろう作品だから上映される度に観ている。初見は2018年8月、そしてその12月には同じ会場で上映、その数年後に佐藤寿保監督作品と合同上映会のような形で北千住で上映された。 今回は今泉監督の還暦記念ということで全作品上映のイベントが15日16日の2日間、ラピュタの地下のザムサで行われた。 2日目の最後の上映、トリがこの映画である。 この映画、ストーリーの部分はほんとに少なくて8割ぐらいはセックスシーンである。私は飽きなかったが人によっては拒否するだろうなあ。 でもこれは必要なのだ。 初見時の感想がこのHPで実に詳しく書いてある。 それだけインパクトが強かったのだろう。 前はベルリンにやってきたリョウタの話としてみていて、コーイチの視点ではあまり見ていなかった。だからコーイチが物語の終わりの方で東京に帰るシーンが蛇足とまではいかないが、あまり重要なシーンとは考えなかった。 でも今回観て感じ方が変わったのがこの東京に帰るシーンである。 母親が入院と聞いて東京に帰る。そして両親と再会。 ベルリンまで来て特に働いている様子もなく、どう見ても親不孝だし親の存在など忘れてるようなキャラクターである。 それでも親が入院と聞いただけで東京に帰る。 このあたりの親子のつながりというのがこっちが歳を取ったせいなのか、前回みたよりも心に響いた。 また数年後に見てみたい。 今日は今泉監督の次回作「東京漂流」のティーザー版も上映。 ドラマかと思ったら今泉監督自身のドキュメンタリーになるようだ。 ちょっとリアルすぎて見たくない気もするが、結局は観てみたい。 黒蜥蜴(深作欣二版)(2回目)日時 2025年11月15日20:00〜 場所 シネマヴェーラ渋谷 監督 深作欣二 製作 昭和43年(1968年) 友人に教えられた不思議なバーに行ってみた明智小五郎(木村功)だったが、その退廃的なムードになじめないでいたがそこで美しい女性(美輪明宏)が若い青年・雨宮(川津祐介)と奥に消えていくのを目撃する。翌日、その若い青年は音楽家で自殺したことを知る。同時に大学の解剖用の遺体が盗まれた記事も見逃さなかった。 明智は旧知の黒木(丹波哲郎)から岩瀬(宇佐見淳也)という宝石商を紹介される。黒蜥蜴と名乗る怪盗から「娘の早苗を誘拐する」と脅迫を受けていたのだ。 岩瀬は早苗(松岡きっこ)よりも岩瀬の持つ「エジプトの星」という宝石が狙いではないかと思うが、明智はまずは早苗の安全の為に大阪へ岩佐親子を避難させる。親子が泊まるホテルで黒蜥蜴は緑川夫人と名乗って近づく。雨宮を使って早苗をまんまと誘拐した黒蜥蜴だったが、明智の部下がそれを阻止した。 東京ではボディガードを使って警戒する岩瀬。しかしソファに隠されてまんまと誘拐されてしまう。 黒蜥蜴は身代金として「エジプトの星」を要求。岩瀬は要求に応じたが、卑怯な黒蜥蜴は「エジプトの星」を手にいれ早苗も返さなかった。 明智は黒蜥蜴のアジトに潜入。黒蜥蜴と対決する。 先月江戸川乱歩の映画化を見たので、前から気になっていた「黒蜥蜴」が今回三島由紀夫特集で上映されるので観ていた。 原作・江戸川乱歩、戯曲版・三島由紀夫がこの映画のベースとなっている。 何十年か前に深夜テレビでちらっと観た気がしたのだが、それは井上梅次、京マチ子の大映版であったと思う。だから今回初めて深作版を観た。 とにかく美輪明宏の妖艶な(としか言いようがない)演技に圧倒される。 三島が美輪の為に書いたとも言われるが(でも舞台版の初演は美輪ではなかった)、それも納得である。 美輪版は舞台でも何度も上演されてるので、今回はそれを当て込んでの映画化である。 監督は深作欣二。この頃は「恐喝こそわが人生」など松竹でも撮っている。 全体的に観て深作らしさ、はあまり感じなかったな。あくまで乱歩=三島の退廃の世界に従っている。「美しいものを美しいままにコレクションして展示する」なんて案外三島の死生観にあっていたのかも知れない。 「怪盗が犯行時刻を予告してその時間に注意をそらす」「ソファの中の人が隠れている」など乱歩のおきまりの展開でわくわくする。 この映画では明智は何人もの部下を抱えているのですね。 とにかく美輪明宏の妖艶さが何よりの見所。それだけでも十分な価値の得る映画でした。 盤上の向日葵日時 2025年11月15日16:35〜 場所 新宿ピカデリー・シアター10 監督 熊澤尚人 1993年。山中で白骨死体が発見された。遺体は死後3年程度。白骨死体は高価な将棋の駒を抱えるように持っており、これが遺体の身元確認に役立つと石破(佐々木蔵之介)と佐野(高杉真宙)の刑事が製造元から持ち主を当たっていく。数百万円する高価な駒なので持ち主はすぐにわかった。その中で元小学校の校長だった唐沢(小日向文世)のものが行方不明になっていた。 同じ頃、将棋界では奨励会出身ではない上条(坂口健太郎)という新人棋士が話題になっていた。 上条は少年時代、母親は自殺し、父親(音尾琢真)はギャンブル狂いで虐待を受けていた。そんな新聞配達をしている上条少年を唐沢は見かけ、何かと面倒を見るようになる。唐沢の援助もあって上条は東大に合格。将棋部では新入生ながら部長にも勝ってしまう腕前だった。そんな頃、裏将棋の世界で生きる東明(渡辺謙)という男と知り合う。東明は表の将棋界では活躍せず、賭を行うギャンブル将棋の世界の人間だった。 東北で兼埼(柄本明)という男と勝負したときに上条は唐沢からもらった高価な駒を盗られてしまう。 その後、上条は外資系の証券会社でトレーダーとして高収入を得て駒は買い戻した。 そして石破たちも白骨死体が東明と分かり、上条の生涯を追っていた。 上条は証券会社を辞めた後、農園で働いていた。そして婚約までしたのだが、突然農園を辞め将棋界に入ったのだ。 予告編もよく観たけどいまいち食指が動かなかったが、めざましテレビで軽部アナが「令和の、将棋界の『砂の器』!」と言っていたので観ようかなと思ってみた次第。 確かに一人の不幸な少年が恩人を殺すに至ってしまう、という点では一緒だが違うよ。 観てる最中どうも浮き世離れしてる気がしてならなかった。 まず石破という刑事が好きになれない。佐々木蔵之介がもともと好きではない役者というのもあるけど、後輩刑事をバカにしまくって不愉快である。パワハラだよ、あんな刑事。 丹波哲郎の今西刑事は後輩の吉村にあんな態度は取らなかった。 そして裏将棋の世界。 Vシネとか劇画とかの世界ではありそうだけど、こういう感動ものにしては話が嘘くさい。実際ああいう裏将棋の世界があるのか知らんけど、「裏カジノ」とか「裏ボクシング」とかヤクザものの世界で何か虚構感が出てなじめない。 エピソードが派手でマンガチックなんだよ。 それに父親がギャンブル狂いとか私の嫌いな人種なので、観ていて不快感しかない。それは東明も同じでとにかく私はギャンブルが嫌いだし、パチプロとかも嫌いだし、借金踏み倒すやつが嫌い。 そんな感じで映画からは心が離れているので感動するように映画が盛り上がってもね。 話の方は上条の父親は本当の父親ではなく、母親とその兄の間に生まれた近親相姦で出来た子供。それをついに父親から聞いてしまって結婚するわけにはいかないと婚約者の元から逃げ出した。 東明は上条が困ってるのを見て父親を殺した。病気で長くない東明は上条に殺してくれるように頼み、殺せない上条にナイフを握らせ、東明は自分からそのナイフに体を向けた、というのが真相。 ラストで試合に向かう上条を石破たちが待ち受けるシーンで終わったけど、東明殺しは上条の言うとおりに東明の自殺と判断されるのかな。そこが気になった。 アワモリ君乾杯(再見)日時 2025年11月15日10:30〜 場所 ラピュタ阿佐ヶ谷 監督 古澤憲吾 製作 昭和36年(1961年) ストーリー省略。 この映画、2010年頃のまだ東宝がゴジラ映画を復活させる前、キャスト社が主催して「ゴジラ誕生祭」という銀座シネパトスでの3本立て上映イベントを行っていたが、その番外編として「モスラ映画祭」としてモスラの特集上映を行ったことがあった。 確か「モスラ」「ゴジラエビラモスラ南海の大決闘」「(平成)モスラ」の3本だったと思う。 その番外として21時から「アワモリ君乾杯」が上映され、その時が初見だと思っていた。 今回坂本九特集がラピュタのモーニングで行われ、その1本で上映。 この12月に「アワモリ君」シリーズ3本が一挙DVD化されるのだが(売れるの?と心配してしまう)、それでも観に来た。 でこのHPで前にみたのはいつかを確認してみたら2004年4月11日にレイトで中野武蔵野ホールで観ている。 驚いたなあ。ではシネパトスでの上映の時は2回目だったのか。 いや観ているからと観なかった可能性もある。 映画の感想はその2004年鑑賞時と特に変わらない。 こういうミュージカルコメディの元祖ってなんだったのだろう。 「ほろよい人生」の東宝映画第1号からの伝統なのか。 それともアメリカ映画のコメディの影響なのか。 どっちにしろここ数十年絶えてしまった(少なくとも70年代以降はない)ジャンルだけど、現代でリメイクして欲しい気もします。 当たらないかも知れないけど。 坂本九、亡くなったのは日航機墜落事故。惜しい人を亡くしたと思う。 悪魔が来たりて笛を吹く(1954)日時 2025年11月13日 場所 東映チャンネル録画 監督 松田定次 製作 昭和29年(1954年) 銀座の天銀堂という宝石店で従業員に「防疫のため」と称して毒を飲ませその隙に宝石を盗む事件が起こった。 モンタージュ写真が作られ似ている者は取り調べを受けた。その中の一人、椿英輔元子爵は事件の起こった1月15日付近は神戸に行っていたことが旅館の主人の証言により明らかになり疑いは晴れた。 しかしその後、椿氏は失踪、長野県の山中で死体となって発見。自殺と思われた。 だが椿の妻・華子は友人と出かけた東劇で夫を見かけ、それ以来夫が生きていると信じるようになってしまった。 心配した娘の美弥子は金田一耕助(片岡千恵蔵)に相談、母に父は亡くなったと納得させてほしいという。 その晩、椿家で医師の目賀博士(佐々木孝丸)の主催する砂占いに出席することにした金田一。 その砂占いはコックリさんのようなもので、砂で書かれた模様を見て占うという。占いの席には華子の叔父の玉虫元伯爵(高田稔)、華子の兄の新宮利彦と妻、息子一彦らが出席した。 占いの最中にフルート奏者で作曲家だった椿のフルートの音が聞こえてくる。それはレコードによるものだったが、参加者を戦慄させるには十分だった。 占いの結果は火炎の模様が描かれ、目賀は「椿氏は生きている」と言った。 邸宅を出た金田一は旧知の等々力警部(岡譲二)の元へ向かい、椿氏生存の可能性について尋ねた。警部は「死体の損傷が激しかったので、遺留品でしか確認出来ないない。可能性はなくはない」と答える。 そこへ椿邸で殺人事件の連絡があった。警部とともに椿邸に引き返す金田一。被害者は玉虫だった。しかも密室による殺人。 美弥子に頼んで椿の日記を見る金田一。その日記は椿が神戸に行っていた1月13日からの日記が破られていた。 椿は神戸に何しに行ったのか。金田一は神戸に向かった。 片岡千恵蔵主演の金田一では「三本指の男」「獄門島(じま、と読む)」「八つ墓村」に続く第4作。 この後「犬神家の謎」「三つ首塔」と続くわけだが、「八つ墓村」と「犬神家の謎」はプリントが現存していない。 この千恵蔵版「悪魔が来りて笛を吹く」も長らく現存してないと言われていたが、16mmプリントがヤフオクに出品されそのプリントは横溝正史研究の二松学舎大学の山口直孝氏が落札。山口氏はすぐに東映に寄贈。 (いやいやそこは東映も買い取ってやれよ)、クラウドファンディングで集められたお金で東映にてデジタル化され、今年の1月に丸の内東映でクラウドファンディングした人向けに上映された。 私はお金を出さなかったけど「東映チャンネルで放送されるだろう」と思って待っていたら放送された。 というわけで幻だった映画が放送されて録画してすぐに観てみた。 何しろ千恵蔵さんの金田一は多羅尾伴内風に変装する。従って今回も変装するだろうな、と思ってみていたら変装しない。 ちょっとがっかりだなあ。 千恵蔵=金田一は多羅尾伴内のように変装するのがキモだと思っていたので。 映画は冒頭、「ミステリーゾーン」のロッド・サーリングのように金田一の助手が出てきて「天銀堂事件がありました。でもこれから私がお話しするのはこの事件ではなく、「三本指の男」「獄門島(「じま」と読む)「八つ墓村」を解決した金田一耕助が手がけた椿家の連続殺人事件です」と解説する。 そして美弥子とともに椿家に向かうのだが「こうして私たちは椿家にむかいました」とナレーションが入る。あたかもこの助手が語り手のような感じだったのだが、この助手は徐々に捜査からはずされていく。 神戸に金田一と一緒に向かったのだが、神戸の旅館で椿が明石に行ったと聞くともう夜だが明石に向かうという。助手が「私も」と言うが「いや君は疲れてるだろうから」と置いてきぼりにして金田一は一人で向かう。 明石に行って椿氏を訪ねてきた昔の使用人に話を聞き、椿が淡路島に向かったと聞くと自分も淡路島へ。 ここで定期便がなかったので、話しかけてきた漁師によって船を出してもらう。しかしこいつが悪の手先で海の上で殺されそうになったが、逆襲する金田一! しかし淡路島で椿氏が訪ねた人は殺されていた。 殺された人は尼さんなのだが、例の使用人の妻だった人だったかな。 とにかく椿の妻、華子が兄新宮との間に子供ができ、その子供は使用人の子供として育てられた、というあたりまでは原作と一緒(だと思う)。 ところがその子は死んでしまい、使用人夫婦が養育費ほしさに自分の子供を身代わりにしたという感じ(だったと思う)。 その自分の妻の秘密を知ってしまった椿氏が恥じて自殺したのだった。 その身代わりの子供が今は椿家の書生(だと思う)三島。 最後は金田一が事件の謎を解くのだが、ここで三島と美弥子が恋仲だと明かされる。強引だなあ。 この映画、せりふによる説明がほとんどで、さらに周りの役者がなじみのない人が多いので、誰が誰だったかわからなくなる。 結構混乱したなあ。しかも上映時間は80分強でかなりはしょってる。 観て面白かったかというとそうでもないけど、幻と言われた金田一映画が鑑賞できて満足。 あとは「八つ墓村」「犬神家の謎」だな。 生きてるうちにどこかで見つかるといいなあ。 火の華日時 2025年11月8日13:25〜 場所 ユーロスペース2 監督 小島央大 2016年、アフリカ・南スーダン。自衛隊はPKOで活動していた。島田東介(山本一賢)はある日、仲間と移動中に置き去りになっている親子を助けようとして戦闘に巻き込まれてしまう。そこで同期の古川は死亡、島田も少年兵を射殺せざるを得ず、また隊長の伊藤をおいて現場から離れるしかなかった。自衛隊幹部は事態を重く見て島田たちを帰国させ、古川の遺族には現地で交通事故にあったと報告した。 島田は自衛隊を除隊。しかし戦闘のPTSDに苦しみ、ある職場でハンマーを持っている同僚を見て一瞬で戦闘の記憶がよみがえり、暴行を加えてしまう。そのことで会社をやめる島田。 辞めた会社の社長の紹介で藤井(伊武雅刀)が社長の花火工場に勤めることになった。 一方で島田は闇の銃器販売ビジネスにも関わっていた。 しばらくは平穏な日々が続く。 しかし隊長の伊藤は生きて日本に帰国していたが、日本赤軍の生き残りのテロリストに助けられ、密かに帰国していたのだ。彼は自分たちの戦闘をなかったものとした日本政府に対し恨みを持っていた。 彼らはある日、自衛隊幹部の子供と米軍幹部を誘拐、南スーダンで起こった戦闘を公表するように迫る。 電波の発信地点から現場を特定した米軍、自衛隊は現場に急行する。 そして島田も現場に向かう。 たしか昨年12月に公開予定だったが、スタッフ(プロデューサーだったか)が何か不祥事があって公開延期になっていた映画。 いつの間にか公開になっていて忘れずに見に来れてよかった。 自衛隊の南スーダンのPKO時に自衛隊で戦闘行為があったのではないかという疑惑が元ネタだ。 こういう社会派ネタは好きだし、十分に生かされてると思う。 最後に主人公は南スーダンに行き花火を打ち上げる。 そのときに小学校(たぶん自衛隊の協力で出来たもの)で先生が花火について説明する。 その時に(英語だったので不明確だったが)「火薬は爆弾にも花にもなりうる」と言って説明していたのが印象的。 それにしても花火の音が戦場での爆発音や発射音に聞こえてしまうシーンは花火と戦場のトラウマが重なるシーンでよかったと思う。 冒頭と最後の南スーダンのシーンは日本で撮った感じもなく、国連のUNの車両も本物同様で「違う車でごまかしました」感がない。 登場する銃器も本物っぽい。 監督はどんな人かと思ったら1994年生まれの31歳。 この映画を撮った頃はまだ20代だった訳だ。 へー。 今まではミュージックビデオなどを撮ることが多かったそうで、長編は2作目。1作目はいつ公開されたか知らない。 上映後に監督とゲストのミュージシャンのトークイベントあり。 ミュージシャンはミュージックビデオの作成などで知り合った仲だそうだ。 監督の話では映画のきっかけは「花火を題材に撮りたい」ということだったそうだ。へー、南スーダンの戦闘問題ではなかったんだ。 ということで以上はよかった点。 で備忘録としてよくなかった点を書く。 まず主役がよくない。 花火師になってからが髪の毛をのばし後ろで縛ってる髪型。 俺、この髪型苦手なんですよ。いかも「俺、自由人のアーティスト!」って言ってる感じで苦手である。 それにこの髪型だと「元自衛隊員」っぽくないんだよなあ。 そしてつながってくるけど主役をはじめ役者が知らない人ばっかり。 知らない役者だと誰が誰だかわからなくなるんですよ。 しかも話としても主役の島田が闇の武器商人とつき合いがあるのだが、その辺の関係がわからない。 まあいろいろ不満もありますけど、扱ってるテーマがいいので映画としての総合点は高くしてもいいと思う。 (LOVESONG)日時 2025年11月3日10:40〜 場所 新宿ピカデリー・シアター3 監督 チャンプ・ウィーラチット・トンジラー 化粧品会社で研究開発部門に勤めるソウタ(森崎ウィン)は突然タイへの海外勤務を命じられる。タイの会社と提携して新商品の開発を行うのだ。飛行機恐怖症を理由に赴任を断ろうとしたソウタだったが、大学時代からの友人で同僚のヒカリ(向井康二)に「今カイはタイのバンコクにいる」と知らされ、行くことを決意した。 日本からは部長のジン(及川光博)も一緒に赴任することに。そして専用の通訳ルーク(逢見亮太)と3人で住むことになってしまった。 タイに着いたその日に町でカイと再会するソウタ。カイはソウタの提携会社の契約カメラマンで、さらにミュージシャンとしても活躍していた。 6年前、学生の頃ソウタはカイに想いを寄せていた。しかしカイのそばにはいつも女性がいて自分が入る隙はないとソウタは想っていた。 カイは曲を作っていたが、なかなか完成しない。ある時カイはいなくなった。 そんな頃、タイでモデルとして契約しているワタル(藤原大祐)と出会う。ワタルは積極的で次に会った時、いきなり「好きです」と告白される。突然なことに驚くが、ワタルは「好きならはっきり言わないとなにも進展しないですよ」とあっさり言う。 森崎ウィンとSNOWMANの向井康二のW主演のBL映画。 どういう意図なのかはわからないが、タイとの合作映画。監督はタイの監督で「2gether」とかのBL作品を手がけた方だそうだ。 物語のほとんどはタイのバンコク。 「両片想い」などと宣伝して「言い出せないもどかしさ」を売りにしてるけど「なんか違うなあ」としか言いようがない。 もどかしさを越えてイライラ(まではいかないけど)するんだよね。 それにしてもラブソングを使って自分の気持ちを伝える、っていうのもいい加減手垢が付いてきた気がする。 春の「知らないカノジョ」もそんな感じだったし。それにあの時は歌がよかったし何よりmiletの歌がうまかった。 ところがこの映画の歌はまるで覚えていない。 それとカイがいなくなった理由。ここにカイの秘密があるのかと思ったら、どうも大した理由はない。 高校生の時に学校にスマホを忘れたソウタの家にカイはスマホを届ける。 そのまま2、3日泊まっていったという話だが、その時にソウタは寝ているカイにキスをする。ここでソウタの気持ちは確定だが、ここでカイも受け入れればいいと思うのだが。 さらに母親が嫌みっぽく「もう帰ってくれる?」と言い、何となく二人の関係を察して引き離したようだ。さらに大学に入っても再会した時にも母親に似たような態度をとられた。 これでカイはいなくなるのである。これっていなくなる理由にしては弱くないか? 結局いなくなった理由も弱いし、歌も印象に残らないしとにかくすべてが弱い。 あとジン部長とタイ会社の社長はつきあってるの?なんかそうも見えるし、そうでも無く見える。(ちなみに今、及川光博は日曜22時30分からの「ぼくたちん家」でゲイの中年男役で出演中) でも藤原大祐がゲイ役で驚いた。あんなにグイグイこられたら誰でも落ちちゃいそうだけどね。 爆弾日時 2025年11月2日12:05〜 場所 ユナイテッドシネマ・ウニクス秩父スクリーン4 監督 永井 聡 野方署に酔っぱらって自動販売機を壊した男が逮捕された。調べにあったのは等々力(染谷将太)。男は自らをスズキタゴサク(佐藤二朗)と名乗ったが、供述はいい加減で名前以外は自宅も覚えていないという。 スズキは自分は霊感があって事件の予知が出来ることがあるという。そして「まもなく夜の11時に秋葉原で爆弾が爆発する」という。 実際その通りに爆弾は爆発した。警視庁から強行犯係長の清宮(渡部篤郎)と類家(山田裕貴)がやってくる。等々力はスズキの身辺調査を命じられる。 スズキは沼袋付近の酒屋の自動販売機を壊して店主にも殴りかかったので逮捕されたのだ。その付近に聞き込みに回るが彼が住んでいた場所は見つからない。 スズキは清宮に「九つのしっぽ」というゲームを始める。それはスズキの九つの質問に答えれば「あなたの心の形がわかる」というものだった。その質問の中にハセベという名前を持ち出すスズキ。ハセベとは数年前に週刊誌沙汰になって退職し、鉄道自殺した刑事(加藤雅也)の名前で、等々力は親しい部下だった。その間にも次々と爆破事件は起こる。 また最初にスズキを確保した沼袋交番の倖田(伊藤沙莉)と矢吹(板東龍汰)も聞き込みに当たっていた。スズキはトイレで取り調べ助手の伊勢に「あなたには情報を教えてあげる」とスマホを忘れた場所を教える。伊勢は同期の矢吹にそのスマホを確認に行かせる。そのスマホには世田谷区の住所が書いてあった。そこに行ってみる倖田と矢吹。そこには死体が3つ。その死体の一つはハセベの息子だった。だがそこでも爆弾は爆発。矢吹は片足を失う重傷となった。 清宮は類家に交代した。はたして類家は事件の裏側を突き止めることが出来るか? 数ヶ月前から予告編をやっていた「爆弾」。佐藤二朗扮するとにかく言うことイチイチ腹が立つ男と山田裕貴の交渉人が対峙し、いかにもおもしろそうである。 そしてそれは裏切られなかった。 事件の背景にあるのは数年前の刑事が起こしたスキャンダル。それが週刊誌ネタになり、家族もさらされて本人は鉄道自殺。鉄道会社から損害金を請求され、一家は離散。 その刑事の犯した不祥事というのが事件の犯行現場で自慰行為をしていたということだった。等々力はそれを見てしまい、黙ってる代わりにカウンセリングを受けてもらっていたのだが、医者が小遣いほしさに週刊誌にネタを売ったのだ。 なぜ刑事が自慰行為をしていたのかはまったく説明がない。ここはモヤモヤが残る。等々力が「気持ちは分からないでもない」と言っていたから刑事という仕事のプレッシャーからなのか? スズキの仕掛けたトラップを類家は見破るが、すべてを食い止めることは出来ずに最後は山手線の各駅での爆破事件につながっていく。 出演者では佐藤二朗の怪演はもちろんだが、現場で頑張る倖田の伊藤沙莉、野方署の刑事課長の正名僕蔵がよかった。 THE IVORY APE日時 2025年11月1日 場所 監督 トム・コタニ(小谷承靖) 製作 1980年(昭和55年) アフリカのコンゴで白い毛のゴリラ・アイボリーエイプが発見された。現地の人に捕らえられ、動物学者のリル(シンディ・ピケット)もその存在を知ったが、現地の人は動物ハンターに売ろうとしたが、高くつり上げているうちに動物ハンターは現地の人を殺してアイボリーエイプを奪う。 動物ハンターは船に乗せアメリカに運ぼうとする。リルも旧知で元 恋人で今は動物園で働くバクスター(スティーブン・キーツ)に協力を頼む。 アイボリーエイプを乗せた貨物船は途中ジャマイカに寄港した。リルとバクスターもジャマイカに到着。しかし貨物船の中で船員に棒でつつかれ怒ったアイボリーエイプは檻を破って脱走。そこで船員を殺した。 警察も港の付近を捜索。警官が海の要塞に隠れていたアイボリー・エイプを発見するが、これも殺されてしまう。 すでに二人を殺したとして警察も重くみる。夜の道路で母親と子供を乗せた車とアイボリーエイプが遭遇。驚いた母親はハンドル操作を誤って車は横転。アイボリーエイプは母親が亡くなったと思い、子供を連れて行こうとした。しかし気がついた母親が悲鳴を上げると子供は残し去っていった。 バクスターとリルは島にいる凄腕のハンター、マーク(ジャック・パランス)に捕獲を依頼。しかし今は引退した身だからと断る。 彼は狩猟の時に幼い息子を連れて行き誤って死なせてしまい、それ以来、猟はやめていたのだ。しかしアイボリーエイプが子供を連れ去ろうとしたという話を聞き、子供を思う親の気持ちを察してアイボリーエイプの討伐隊に参加。 一方警察も民間人を集めて山狩りを開始した。白い大きな動物を見かけたので一斉射撃をしたが、牛だった。 やがて時刻でもないのに教会の鐘がなりだした。アイボリーエイプは教会の塔の中にいる。バクスターとリルは警察に頼み込み、3時間だけ時間をもらい捕獲を試みようとする。 塔の隙間からアイボリーエイプが見えた。マークは撃とうとするが、アイボリーエイプが黒い小さなものを抱えている。子供だ! マークは撃つのを止め、他のハンターにも撃たせまいとする。しかしハンターの一人がアイボリーエイプを射殺した。 小谷承靖監督が「極底探検船ポーラーボーラ」に続いてランキンバスプロダクションで撮ったテレビムービー。 英語台詞のみ、日本人出演者なしである。日本人が監督しなければならないような内容ではないのだが、「MARCO」などの実績から小谷監督が選ばれたようだ。ちなみに監督だけでなく、撮影は稲垣涌三で美術は薩谷和夫さんである。確認が出来なかっただけで他にもいわゆる小谷組が参加しているかも知れない。 正直予想していた内容とまったく違っていた。てっきりアメリカかカナダあたりに住む「IVORY APE」といわれる雪男のような未確認生物とジャック・パランスが戦う話だと思っていた。 ところが体毛は白いけど、単なるゴリラ、APEである。 そしてジャック・パランスはほとんど出てこない。 最初にアフリカのシーンがあって、そこから物語はアメリカ本土の動物園、というかサファリパークに飛ぶ。ここの従業員(どういう立場かよくわからんけど)が訪ねてきたジャーナリスト(?)に「ゴリラの雄雌の見分け方は?」と聞かれ「それが難しいんです」と答える。 これが伏線なのである。 (ちなみにこのジャーナリスト、バクスターと一緒にジャマイカに行くのだが、高級レストランにリルが乱入してバクスターを連れ出してから一切でなくなる。なんのために出てきたのか?) テーマは親子、である。親子の情、絆とでもいうべきか。 マークは子供を死なせてしまったことを後悔している。そしてエイプが子供を襲ったと聞いてやる気になる。 でもエイプは連れ去ろうとしたというより、母親が死んだと思って子供を助けようとしたように見えた。 そしてエイプが赤ん坊を抱いているのを見て、やはり親としての共感があり、撃つのをやめる。 我々は凶暴だからエイプは雄だと思いこんでいた。ところが雌で妊娠してた、というのがオチである。 「MARCO」も見た目は美人だったが、声が素っ頓狂で恋が冷めた、というのがオチだったが、「見た目で判断してはいけない」というのがランキンの主義なのか。 アイボリーエイプの造形はなかなか良くできている。案外、日本の円谷プロあたりが「ポーラーボーラ」の流れもあって作っているかの知れない。 とにかく長年観たいと思っていたこの映画がやっと鑑賞できてとにかく満足。面白かったかといわれるとそうでもなかったけど。 白昼夢日時 2025年11月1日9:40〜 場所 シネマート新宿 監督 山城達郎 今は塾講師で物理を教えている渡会(見津賢)は子供の頃から他人の生活を覗き見する趣味があった。マンションの1階下の部屋を覗き見できる仕掛けを作り、毎日下の階の住人、真柄夫妻の生活を観察して日記をつけていた。 妻の華恵(上脇結友)は大学の准教授、夫の太郎は同じく研究者だが別の大学の非常勤講師だった。二人は海外旅行の計画などを立て円満な夫婦生活に見えた。 しかしある日、渡会は太郎が大学には行っていないことを知ってしまう。夫婦の貯金を引き出し、カフェで時間をつぶす。ある日、華恵がアメリカ出張から帰ったときにタクシーでカードが使えないことに気づく。支払いが出来なくて困っているところを渡会はタクシー代を立て替え助ける。 華恵は夫婦の預金がなくなっていることに気づく。太郎は大学でレポートの出来が悪いので学生に注意したらハラスメントになってしまい、大学を辞めていた。それでお金を引き出し、借金もしていたのだ。 その事実を知り、華恵の両親(川瀬陽太、ほたる)が訪ねてきて太郎に離婚を迫る。 太郎も謝り華恵も「別れたくない」と言ったので取り合えず離婚はなくなった。しかしその晩、太郎は華恵を殺してしまう。その現場を見てしまった渡会。 翌日、渡会の部屋に華恵が訪ねてきた。 乱歩ワールド3本のうちの最終作。 今回は「湖畔亭事件」「白昼夢」が原作というか原案。今回は原作も読んで予習しての鑑賞。 今まで乱歩の変態小説部分ばかりの映画だったが、今回は「湖畔亭事件」という「消えた死体」の犯人探しのミステリー。乱歩のミステリー作品を期待したが、作者の意図はそこにはなかったようだ。 小説「湖畔亭事件」は覗き見趣味の男が鏡と筒を組み合わせた潜望鏡のようなものを作り、風呂の脱衣場をのぞく。ある晩女が殺されたらしい場面を見たが死体はない。血を拭った後があるだけ、という死体隠しのミステリーなのだが、この映画では「覗き見」しか生かされていない。 しかもどうやって覗き見装置を付けたのかの説明は一切ない。 え?これでいいの?現在「屋根裏の散歩者」の映画化は屋根裏が存在しなくなったことで設定が難しいのだが、その辺をあっさり省いている。これでいいの? 「白昼夢」は男が道を通りかかると「自分は浮気性な妻を殺し死蝋(しろう)にした」と訴えているキチガイ(に見える)男がいる、という話だった。 だから死体を飾る、という点がメインだと思うが、この映画では「妻を殺した」しか使われていない。 とにかく期待した映画と違ったなあ。 今日は主演の見津賢、上脇結友、山城監督の舞台挨拶付き。 太郎が華恵を殺した理由がはっきりしないのだが、監督の話では「いつも覗き見していたからといって心の中までのぞけたわけではない」ということがやりたかったらしい。 それなりに面白かったが、期待した映画とは違っていたとしかいいようがない。 |