HOLD UP MORNING日時 2026年3月28日20:40〜 場所 新宿ケイズシネマ 監督 村口知巳 ブックカフェで働く二見(野村陽介)はツタという少女と暮らしていた。二見が車で移動の際、彼女は道に倒れていてそれを家につれてきたのだった。ツタはTシャツは無数に持っている。トイレに行っただけでTシャツを変える。二見が理由を聞くと「アイデンティティが違うから」という。 しかしツタは何も言わずに出て行った。 二見は実は数ヶ月前まで静奈という女とつきあっていたが、彼女は死んだ。彼女は記憶障害で「タイムリープシンドローム」と言われるもの。それは昨日の記憶が抜けてしまうため、一昨日から突然今日にタイプリープしたように錯覚してしまうのだ。たまたまブックカフェにやってきたことで知り合ったのだ。しかし静奈には夫がいた。 彼女の夫・雨宮は喪失感を抱えていた。ある日、ツタが大きなバッグとともにゴミ捨て場で寝ているのを見つける。ツタは「おじさんちでシャワーを浴びさせてほしい」という。家に連れて行きシャワーを貸すと今度は「しばらく泊めさせて」という。 また生前の静奈ともツタはつきあいがあった。 知人に勧められチケットをもらったので鑑賞。(もらったチケットは舞台挨拶が見やすいように一番前だった) もらって悪いが一番前は苦手なのだよ。スクリーン全体が大きすぎて見づらいし、結果的にスクリーンの一部だけしか観ないことになりがち。また画面酔いもしやすくなるし。 そういうこともあっていい印象がない。 まず「不思議な少女」という設定が苦手なのである。 自主映画とか観てると「不思議な少女」が出てくるが私はなんだかいらいらする。 雨宮とのくだりが特にそう。 「女の子がゴミ捨て場で寝てれば変に思うだろう?」「そうかなあ」 「泊めるわけには行かないよ」「そうかなあ、いいじゃん。おなか空いた。なんかない?」と冷蔵庫を開ける。 こういう常識はずれの行動が「世間の常識には捕らわれない価値観を持った少女(偉い!)」とか作者は考えてそうである。 でもまったく同意できずにただいらいらするだけである。 長編映画初監督だとかいう村口監督(年齢は40前ぐらい) 「既存の映画にはないキャラクター」「新しい表現」とか思ってそうで本気で話が合わないな、と思う。 そういう感じで完全に心が離れてるから最後がどうなったとかどうでもよくてひたすら終わるを待っていた。 SNSに酷評したいけど、「誉めるときだけSNSに書く、悪いことは書かない」という主義に変えたので観たことすら発信しなかった。 はあ。 パーマネントブルー 真夏の恋日時 2026年3月28日16:30〜 場所 アテネフランセ 監督 山根成之 製作 昭和51年(1976年) 四国の瀬戸内沿いの漁師町。少年(佐藤祐介)は草むらで倒れている女(秋吉久美子)と出会う。少年は家が小さな旅館をしているので、彼女を泊めてやる。 少年は女を意識するようになる。近所の警官(佐野浅夫)が「学生運動の内ゲバ殺人のメンバーの一人がこの土地に逃げている可能性がある。心当たりがあったら知らせてくれ」と旅館にやってきた。 少年は女をつれて近くの島の裏山の洞窟に逃げる。そこで少年と女は体の関係になった。食料の買い出しに自分の町までいったん帰る少年。だが交番の警官に捕まってしまう。警官が別件で外へでた際に、警官の娘で幼なじみの女の子(神保美喜)が逃がしてくれた。 だが結局は県警の公安(財津一郎)たちに情報が寄せられ、刑事は島に向かう。少年も島に向かう。だが女は逮捕された。 少年は島までやってきたボートを燃やした。公安の刑事たちは船の中から海岸で誰かが船を燃やしているのを目撃する。それは少年が燃やしているのだった。 作家協会のイベント上映。 70年代の松竹の青春映画。郷ひろみ主演かと思っていたら佐藤祐介主演だった。別にどちらでもかまわない。美少年ファンだから。 今日は昨年亡くなった脚本の石森史郎氏追悼の意味も込めての上映。 観てるうちに「『はつ恋』みたいだなあ」と思う。少年(高校生)と年上の若い女性との恋、海辺の町、ボートが登場などなど。 しかし東宝は父親は検事でこちらは田舎の貧乏旅館の親父(岡田英次)、湘南の海と四国の漁師町などの都会と田舎の違いがあり、このあたりは東宝と松竹の違いな感じがする。 トークイベントでは伴一彦さんなど石森さんのお弟子の方々による石森さんの思い出話。月刊シナリオ4月号ではこの「パーマネントブルー」の石森さんの稿が掲載されている。この稿の後、監督か会社側(城戸四郎?)の意向で書き換えが余儀なくされ、ジェームズ三木が手を入れ、決定稿となったそうで、石森氏は弟子にも「(パーマネントブルー」は)観なくていいよ」と言っていたそうだ。 石森稿では父親と女も体の関係が出来ることになっていて、(ここが余計に『はつ恋』っぽいのだが)このあたりが不満だっだようだ。 これがきっかけなのか、以後、松竹では石森氏は脚本を書かない。 もっとも「松竹でやってくなら喜劇を書けなきゃ。大島渚みたいな映画はだめ」とも言われていたらしいから遅かれ早かれ松竹は去ったと思うけど。 尺の関係か(完成映画は89分)少年が漁師からもらった二十日鼠を大切にしていたが、女が鼠は好きじゃないと言ったことから二十日鼠を近所の草むらに捨てるエピソードだが、漁師からもらったエピソードが抜けてるからなぜ少年が大切にしていたかがわからない。 あとは女が逃げてきた理由が「学生運動内ゲバ殺人に関与」というのが時代である。「連合赤軍事件」のあとだなあと時代の空気を感じる。 また旅館のばあさんの女中が「山口さんちのツトムくん」を歌っている。 そういえばありましたね、そんなヒット曲。 個人的感想としてはひたすら佐藤祐介である。 この映画、ファーストシーンは少年がボートに乗っていてそこで着ていたTシャツを海に投げ捨てるシーンから始まる。 それでその後、ずっと上裸である。下はジーンズの膝のあたりから切った奴。(さすがにふとももはむき出しでない) それで旅館に帰ってからもシャツを着ないで、映画ではかなりのシーン(半分ぐらい)は上裸である。 とにかく秋吉久美子より佐藤祐介の美少年ぶりが記憶に残る映画だった。 原子怪獣現る(2回目)日時 2026年3月23日 場所 DVD 監督 ユージン・ルーリー 製作 1953年(昭和28年) ストーリー省略。 50年代のモンスター映画を最近見直してるのだが、その一つとして鑑賞。ずいぶん前にDVDで観て以来の再見。 これがつまらないんだなあ。 冒頭で北極で水爆実験を行った為に冷凍漬けにされていた恐竜が復活、というわけで最初から少し恐竜は出てくる。 だがこの後主人公の原子力の研究者が「恐竜を見たと言っても誰も信じてくれない」という話が延々と続く。 恐竜学者のところに言っても取り合ってくれない、しかし若い美人助手だけは取り合ってくれる、恐竜の復元図を見せて目撃したのと同じのがあるかと調べる、カナダの漁師が怪物を見たと新聞に載る、その人に会いにいくが「気狂い扱いされるだけだ」となかなかあってくれない、という話がながながと続く。 途中、船が襲われたり、灯台が襲われたりするが、恐竜の出番は少な目だし話が続かない。 80分の映画だが50分過ぎたあたりでやっとニューヨーク上陸。 でも警官隊がライフルで銃撃するだけで、戦車や飛行機などの大決戦にはならないのだなあ。 こういったモンスター映画でのヒロインの悲鳴のシーンもないし。 主人公にしても古生物学者にしても何かキャラが足りないのだな。 やっぱりせいぜい30分でモンスターは現れ、一度だけでなくニ度三度と「怪獣対人間」の戦いがなくちゃ。 本作、ワーナー映画だが低予算でワーナーの買い取り作品だったらしい。 でも同時は大ヒットしたそうだ。 また特撮はレイ・ハリーハウゼンだがウィキペディア情報では彼は「ゴジラ」を嫌っていたらしい。 理由は「ゴジラは原子怪獣のパクリ」(ただし日本公開は1954年12月なので初ゴジ公開後なのだが)という思いとハリーハウゼン自身が影響を受けたキングコングが「キンゴコング対ゴジラ」で日本で着ぐるみで映画化されたことに不満があったらしい。 へ〜、そんな話初めて聞いた。 いろいろあるんだなあ。 やっぱり怪獣の登場は遅いし、ニューヨークの戦いも割とあっさり決着がつくし、やはり物足りなさは残った。 映画 ドラえもん 新・のび太の海底鬼岩城日時 2026年3月21日17:00〜 場所 塚口サンサン劇場・シアター1 監督 矢嶋哲生 夏休み。のび太たちはキャンプにみんなで行こうと話していたが、スネ夫ジャイアンは海派、のび太としずかちゃんは山派で決まらない。ドラえもんはどっちがいい?と聞くと暑さでへばっているドラえもんは「うるさい!」と言ってしまう。 改めてドラえもんに相談するが、「海と山へ行こう」と海を走行できるバギーと海底でも生活できる「テキオー灯」の力でどんな場所でも普通にしてられる力を身につける。 下見をしたのび太たちはジャイアン、スネ夫、しずかちゃんとバギーに乗って海底キャンプを楽しむ。その頃財宝を着んだ船が発見され話題になっていたが、ジャイアンとスネ夫はバギーに乗ってドラえもんたちには内緒で財宝を探しに行く。 しかい7000年前のレアメタルを見つけたり「テキオー灯」の効力が切れて死ぬと思われたジャイアンたちが元気だったり、不思議なことが続く。 実は海底にはムー連邦人がいてかつての戦いでアトランティス人は滅びたが、彼らが残した鬼角弾という最終兵器と「ポセイドン」と呼ばれる人工頭脳が敵認定すれば即時に爆弾は発射されるのだ。 ところが海底地震の影響でポセイドンが誤作動したらしい。 ドラえもんたちはムーの青年、エルとポセイドンへ向かう。 「ドラえもん」の映画シリーズの45作目だそうで。1年1本だから40年以上やっている。第1作の時は「モスラ対ゴジラ」のリバイバルの同時上映だった「のび太の恐竜」だろう。 これは見てるけど、それ以降一切見ていない。だから今回は40数年ぶりにドラえもん映画を見たわけだ。 見た理由はこの土日は大阪に来たわけだが、「行ったことのない映画観に行こう」なのだから映画は特に選ばなかったのだ。 「ゴールデンカムイ」を見た後は昨日は食べれなかった串カツを食べに新世界に行き、地下鉄乗ってなんばに行こうかと思ったが、結局歩いて日本橋にを通って難波に戻った。 もう1回金龍ラーメンを食べようかと思ったが、本店を探して行ってみたら、ビル自体がなかった。たぶん改装なのだろう。 そして心斎橋のPARCOに来て(「ゴールデンカムイ」の後に来ればよかった)ゴジラショップに行き梅田に行って梅田ローズの跡地や堂山町を通って先日パイプが飛び出した茶屋町の現場を見学し、阪急で塚口に来たのである。 塚口サンサン劇場は地元の映画館!と行った感じの映画観。シネコンでもミニシアターでもない、昔あった地元の会社が運営している映画館。 地下2階に1〜3のシアター、1階がシアター4、でここが一番キャパが大きいらしい。 オリジナルTシャツが2600円が1990円に安くなっていたので、応援のために買う。 夕方5時の回なのでさすがに親子連れが2組いる程度。大人の観客は私だけ。こぢんまりとした、岐阜の映画館みたいでしたね。 で映画。 ドラえもんは大山のぶよから何年か前に変わっているのだが、まったく変わったのではなく、基本的に前の声とそんなに変わっていない。 もともとコミックも読んでいたので、大山の声じたいが違和感あった。 さらに映画版では声より僕の中では「ドラえもん」って「日常的な世界観」の中で語られる面白さなので、こういう大冒険されてもねえ。 世界観に違和感を感じるのですよ。 「クレヨンしんちゃん」みたな下品さはなく、そこは私にも受け入れやすかったけど、ジャイアンも「勇気ある力持ち」のキャラだからなあ。 それなりに退屈せずに楽しんだけど、じゃシリーズの他の作品を観たいかと言われればそれはノーだな。 ゴールデンカムイ 網走監獄襲撃編日時 2026年3月21日8:30〜 場所 イオンンシネマ・シアタス心斎橋・スクリーン6 監督 片桐健滋 日露戦争後の北海道。ここではアイヌが隠した財宝を奪った男が刑務所で死刑囚にありかを示した暗号の入れ墨を掘ったとされている。 それを巡って二百三高地の不死身の男・杉元(山崎賢人)はアイヌの少女、アシリパ(山田杏奈)たちは旅を続ける。 アシリパの父がアイヌの金塊を強奪した可能性が出てきた。今はやけどのため人相が全く変わって「のっぺらぼう」と言われている。 その男は本当にアシリパの父なのか、本当に金塊を奪ったのか?杉元たちは網走監獄を襲撃する計画を立てる。だが網走は要塞のようで用意ではない。 明治政府に恨みを持つ土方歳三(館ひろし)が杉本たちに協力することに。だが鶴見(玉木宏)たちも金塊をねらっており、三つ巴の戦いとなる。 映画版「ゴールデンカムイ」から2年。この続きはWOWOWで連続ドラマとして放送されたようだ。でさらに続きがこの映画。 前作が好きなかったし、いくら山崎賢人が好きといえどもパスしようかと思ったが、大阪旅行は「行ったことのない映画館に行く」が目的なので何かシネコンに、と思って時間が合ったのでこのイオンシネマにやって来た。 イオンシネマと行ってもイオンの中にあるわけではなく、心斎橋PARCOの中である。バルト9同様商業ビルの上。 まだ新しい劇場でピカピカでもトイレは劇場のロビーにしかなく、(ピカデリーやTOHOは入場してからもトイレあるけど)数も少なく、朝の8時半だからまだ空いてるけど、これが混雑時だったら行列じゃないかと心配になる。 イスの方はすべてのイスとイスの間に間仕切りがある。俺は一人だからありがたいけど、カップルはかえって邪魔かな。 で映画の方だけど、基本的に好きになれないのは山崎賢人が顔に大きな傷あるんだな。これコミックなら気にならないけど、イケメン俳優の顔に傷があるのはねえ。「キングダム」は頬に傷がある程度だったけど、今回は真一文字に傷がある。私は山崎賢人の顔がみたいのだから、イヤになる。 さらにずっと帽子をかぶっているのだ。 これで顔が少し隠れますからねえ。 話の方は前半は目が見えないけど音で相手の居場所をキャッチする男(杉本哲多)が登場。ここで杉本たちが風呂に入っているのだが、そこでも杉元は帽子かぶってる。 あとアイヌではラッコの肉を食べるときは必ず男女同数でかつ夫婦でたべることとされている。それはラッコの肉を食べると欲情するから、という理由だそうで。 それを知らずに杉元たちはラッコの肉を食べ、お互いが色っぽく見えてしまう、というシーン。BLねらいなのかね?杉元が「相撲しようぜ!」の一言でムラムラをスポーツで解消させるというオチ。 まあBLにならなくてよかった。 あとさっきの風呂のシーンでも山崎の体がちらっと写るが腹筋はバキバキに割れていた。こういうのは女性ファン向けなの? 最後は三つ巴で大乱戦になり、杉元の味方だと思っていた尾形(真栄田郷敦)が杉元やのっぺらぼうを撃つ。なにがなんだか全くわからなくなる。 昨日の「WAR」も敵味方がくるくる変わる展開でしたからねえ。 結局杉元は助かり、今度は樺太に向かって終わり。 いつまで経っても終わらないし、次見るかなあ?といった気分。 WAR バトル・オブ・フェイト日時 2026年3月20日16:15〜 場所 新世界国際会館 監督 アヤーン・ムカルジー 日本・鎌倉。ここではやくざの親分の誕生日祝いが盛大に行われていた。そこへ殺し屋がやってきてやくざたちを壊滅させる。その男はフリーの殺し屋カビールだった。殺しの仲介業者は「カリという組織が専属になってほしいと言っている」と伝えてきた。これはインド周辺の国家をまたいでの闇の組織だ。カビールはかつてはインド特殊部隊の優秀な隊員だった。 彼はカリによって拉致された特殊部隊の長官を殺す。そのシーンは録画され、インド軍にも流された。かつての仲間、カビールが寝返ったと知り、インド軍は精鋭ヴィクラムを送り込むことに。 ヴィクラムはカビールが過去にある女性に生ませた少女がイタリアに修学旅行に来ていると知り、接触するはずだとイタリアに向かう。 新世界国際の3本目。「ロストランズ」は100分、「デッドフライト」は80分弱、という長さだったけど、今回は3時間の大作だ。見てないけどインド映画は3時間ぐらいが基本らしい。固定ファンがついているジャンルだけど、「クイズミリオネア」を題材にした映画を見ただけである。 いや驚いたねえ。まだまだ自分の知らない世界はある。 アクションシーンになるとやたら映像がスローモーションになるのがいやだったが、見てるうちに気にならなくなる。 カビールは実は潜入捜査をしてるのであって本当に裏切ったわけではない。かつて自分を育ててくれた上司を殺害したのは上司の依頼で「敵を信用させるため」にしたことだった。この上司の娘が空軍のパイロットである。 イタリアで車カーチェースをして次に列車の屋根の上でカビールとヴィクラムは対決する。実はヴィクラムの方が先にカリのメンバーだったのだ。 次にカリはインド政権を掌握するために外務大臣の家族を殺して脅かす計画を立てる。 飛行機にカビールとヴィクラムが乗り込み、機外の上で対決する。 「そんな訳ないだろう!」と思ってしまうが、そういうことを堂々とするのがすごい。 とにかく「007」か「ミッション・インポッシブル」ですよ。 カビールはパラシュートを手にしたまま飛行機から落ちていく。 ここまでて1時間半なのだが、ここで「WAR2」とタイトルが入る。 「2ってことは2部作を一挙上映してるってこと?」と思って見終わってから調べてみたら、この映画自体が「WAR」という映画の続編なのだ。だからこのタイトルはたぶん休憩時間だったんだろうね。 第2部になってからカビールとヴィクラムの生い立ちの話になる。 二人はストリートキッズでスリかっぱらいで生きてきたがある日ついに少年院に逮捕された。そしてある日優秀な者は軍隊にスカウトされる。カビールはスカウトされたが、ヴィクラムは落ちた。それは「祖国のため」を基本的考えとする軍隊と「自分のため」を一番とするヴィクラムはあわないと判断されたからだ。 しかし結局ヴィクラムも軍隊に入るわけだが。 それで首相警護に着いたときに逆にカビールに襲われ首相襲撃は失敗。 カビールはヴィクラムとの友情の中で板挟みに、と言った感じで本当に派手なアクションが続く。 こりゃ固定ファンもつきますよね。 そしてなぜここで?というタイミングで出演者が踊り出す。もちろんカビールとヴィクラムも踊る。それが意外と違和感がなかった。 とにかくまだまだ私の知らない映画があると知って勉強になる。 やはり予備知識もなく強制的に映画を見させられるというのは重要である。 デッド・フライト 人喰い蜘蛛の巣日時 2026年3月20日14:40〜 場所 新世界国際会館 監督 ベン・J・ウィリアムズ 製作 2024年(令和6年) 某国(ロシアらしい)では何か秘密裏に研究が行われていた。その研究結果を民間旅客機で運ぶことになった。 ある若者グループ(女3人、男1人)が飛行機に乗って旅行に。 近くの客がうるさいとクレームを付ける奴がいる。「ファーストクラスに席を変えろ!」。「俺は有力者を知っている」などと難癖を付け席はファーストクラスに移動したものの、結局ここでも近くの客のいびきがうるさい。 飛行機は軽い乱気流に巻き込まれた。その時に貨物室の荷物が崩れ、中のものが動き出した。 操縦室では貨物室の異常を検知し、副操縦士が確認に向かう。そこは新しい蜘蛛の巣が張っており、大きな蜘蛛に襲われた。副操縦士が戻ってこないので、CAが見に行くが彼女も帰ってこない。機長は自動操縦に切り替え、見に行くがそこには副操縦士やCAの死体があり、自らも蜘蛛に襲われる。客室のトイレや機内にも蜘蛛は進入し、体長1mmぐらいから2mクラスまで様々な大きさの蜘蛛に襲われる! 新世界国際の2本目。そもそも劇場公開もされていない映画らしい。検索するとアマゾンプライムなどの配信では見られるようだ。 サメ映画同様、一つのジャンルとして確立してるようだ。航空パニックものって操縦席と客室のセットがあれば作れるからね。操縦席とか客室のセットって案外パーマネントのレンタルのセットがありそうだし、案外低予算でも作れそうなんだ。 本作、まあ蜘蛛が出てきて客がギャーギャー騒ぐ、って場面で終始され、管制室とか出てこない。で。主人公の4人組の一人(女性)が空軍パイロットの父に昔飛行機の操縦を教わったことがある、という程度で操縦しようとする。で無線が通じなくてスマホで父に電話して操縦の仕方を教わる。テキトーだなあ。 そもそも飛行機に蜘蛛が持ち込まれたのは、ロシアの研究員がなにか失敗してその責任をとらされて本来は運べない民間機で運んだ、ということ。この持ち込んだ研究員がみすぼらしい老人で浮浪者みたいな感じで頭良さそうな感じでもないんだよなあ。 結局飛行機が着陸するメインはカットして1ヶ月後、に話は進む。 「あれからもう1ヶ月経ったのね」などとのんきである。そもそも飛行機が着陸した時点で蜘蛛は町にでなかったのだろうか? そもそもどこ行きのフライトだったのかね?海外行き?国内線ならどこからどこへ運ぶんだろう? まあ細かいことは気にしちゃいけない映画なんだろうけど。 いわゆるB級モンスターパニック映画で、それなりに楽しめました。 ロストランズ 闇を狩る者日時 2026年3月20日 場所 新世界国際劇場 監督 ポー・W・S・アンダーソン 製作 2025年(令和7年) 文明が荒廃した世界。ここでは町とロストランズに分かれていて人間はなんとか町で暮らしていた。そこには報酬さえもらえばどんな願いも受け入れる不死身の魔女グレイ・アリス(ミラ・ジョボビッチ)がいた。 そこに王妃がやってきて「妖獣にも変身できる能力を持つ毛皮を欲しい」と言われる。それはロストランズの先のスカルリバーにあるという。 アリスは案内人のハンター・ボイスを道案内に雇い、スカルリバーに向かう。しかし王妃にそんな力を持たせたくない町の幹部たちが追っ手を差し向ける。 話はこんな感じ。いわゆるダークファンタジー世界で見てないけど「バイオハザード」っぽい感じかな。 画面は始終暗く(夜のシーンばかり)で暗がりの中をオレンジっぽい明かりがあるだけの画面が延々続く。 少しは明るいシーンがあるかと思ったら全くなし。 まったく好きになれない映画だった。 そもそも今日の目的は映画ではない。映画館である。 この新世界国際劇場は今月で閉館なのだ。 その話を3月に入ってから聞きつけてあわてて三連休を利用して見に来たのだ。(東京からわざわざ新幹線に乗ってきたのだよ) 大阪新世界の新世界国際劇場。昭和初期の建物でその古さ加減と手書き看板が一部の映画ファンからは珍しがられていた。3本立て1000円という破格の値段ながら昔の映画を上映してるかと思いきや、これが3ヶ月ぐらい前の映画で2番館である。 この映画は全く知らなかったが、調べてみると今年の元旦にTOHOシネマズなどで上映されたのだ。ってことはDCPが導入されているのだ。 てっきり35mm映写機だけかと思ったが、考えてみれば今は35mm映写機はメンテナンスさえ困難かも知れない。 この映画館の地下のピンク映画館には入ったことがある。 劇場の方はロビーは狭く、2階席あり。1階席2階席の両脇にもテラス席がある。しかし2階テラス席は椅子が客席側を向いていて、体をひねらないとスクリーンが見えない。 においは多少するかな。でも古い映画館ならこの程度はする。客席よりトイレのアンモニア臭がきつかった。換気扇を回してるけどまったく役に立ってない。 でもピンク映画館でもないのにハッテン映画館でなかなか女装の方がお盛んである。この辺が「素人は入っていけない映画館」とも言われたゆえんだろう。 東京にあったら見逃した映画を見に時々行ってたかなあ。 次の番組は「アバター3」だもんね。 キャメロンに「君の映画がこんな映画館でも上映されてるよ」と見せてやりたい映画館だった。 黒い絨毯日時 2026年3月15日 場所 DVD 監督 バイロン・ハスキン 製作 ジョージ・パル 製作年 1954年(昭和29年) 1901年。 ジョアンナ(エリノア・パーカー)はアメリカ・ニューオリンズから南米アマゾンの奥地で農園を経営するクリストファー(チャールトン・ヘストン)と結婚するためにやってきた。ジョアンナはクリストファーとは会ったことがない。だが彼の兄がクリストファーの妻を捜していると聞き、自分から希望してやってきたのだ。 クリストファーは19歳でこの地へやってきて自らダムを作り川をせき止めそこへ農園を作って財をなした男だった。 ジョアンナは数カ国語が堪能でピアノも弾ける才女だった。だが「そんな女性がこんなジャングルにくるはずがない」と思いこみ、つい厳しい態度をしてしまう。そんなクリストファーに反発するジョアンナ。だがジョアンナが離婚経験者と知り「私は新品でしかこの家に入れたくない」とクリストファーは言ってしまう。 そのことがあってジョアンナにアメリカに帰るように命じるクリストファー。 その頃、この国の役人からマラブンタが発生してるらしいと聞く。 マラブンタの大量発生は27年ぶりだ。この蟻の大群はすべてのものを食い尽くしてゆく。 役人とともに川をさかのぼるクリストファー。ジョアンナも船に乗せるために同行する。だがそこでマラブンタの大群を発見、自分の農場に向かっていると知る。 クリストファーはマラブンタの大群と対決することを決意し、ジョアンナも残ると決めた。 最近理由があって50年代のモンスターパニック映画を見ている。 この映画も1954年。なんと「ゴジラ」や「放射能X」と同じ年だ。 「タランチュラの襲撃」は翌年だし「原始怪獣現る」も同じ頃だ。このころは結構モンスター映画ブームだったのだなあ。 チャールトン・ヘストンは「十戒」「ベンハー」などの前。 でもこの映画に関してはチャールトン・ヘストンとエリノア・パーカーの夫婦喧嘩が延々と続き、全く蟻の話にならない、とは聞いていたけどその通り。 役人がやってきて「マラブンタが大量移動してるらしい」という話をし始めるのは50分ぐらい経ってから。そしてマラブンタの大群が画面に登場するのは1時間を過ぎてからだ。 んで「この地に残る!」と言って水門を調整して水で蟻を防ごうとするのだが、水門の係りが蟻にやられてしまってその作戦はダメになる。 この水門係りが蟻に襲われるシーンはテレビで見たことがあった。たぶん70年代のパニック映画ブームの頃だろう。 そしてクリストファーの屋敷の周りに火を起こして取り合えず屋敷への進入は防ぐ。「ここで終わり?」と思ったが、差にあらず。 蟻を全滅させるために水門を爆破して洪水を起こすしかない!という訳でクリストファーが決死の思いで水門に向かい、ダイナマイトで爆破する。 ここで洪水が起き、水門や橋が流され、屋敷に水が押し寄せるるカットはミニチュア特撮でさすがジョージパル映画!って感じ。 まあ最後の5分なんですけど。 だからモンスタースペクタクルだけを楽しむなら後半の30分見れば十分。前半はトップクレジットのエリノア・パーカーの美しさを見る映画ですね。 続・夜の大捜査線日時 2026年3月15日 場所 DVD 監督 ゴードン・ダグラス 製作 1970年(昭和45年) 売春婦のジョイが何者かに絞殺され、その上に部屋にあった彫像で殴られていた。発見したのはジョイのアパートのゴミ収集をするミリー。ミリーは家主のウィートンに報告。ウィートンはミリーから今日シャープ牧師(マーティン・ランドー)がジョイの部屋に入ったと聞くと警察に「女が死んでる。犯人はシャープだ」とたれ込む。 早速捜査に入ったバージル・ティップス(シドニー・ポワチエ)と刑事たち。死体の首の湿られた状況から犯人は爪が短いと思われた。ジョイの周辺を洗ううち、ジョイの部屋を借りていたのはガーフィールドという男だ。ガーフィールドを訪ねる突然逃亡した。カーチェイスの末彼を逮捕。だが彼の爪は長かったとわかったため、容疑は無くなった。 次に疑われたのはウィートンだ。ウィートンがたれ込みの電話をしたと考えられる。ウィートンはガーフィールドを通じて麻薬の密売を行っていたのだ。ティッブスの追跡から逃げるウィートンだが、車で逃亡する際にティッブスが撃った銃に当たって死んだ。 ウィートン犯人で事件は片づくかに思われたが、事件のあった日、ウィートンの情婦が「彼は私とずっと一緒でセックスした」と証言した。 シャープの運動靴を手にいれたティッブスは彼の靴底に被害者の現場に押していた花瓶の破片を見つけた。 ティッブスはシャープに詰め寄った。 監督のゴードン・ダグラスについて調べているのでその紹介に出てくる他の監督作(これが一番有名らしい)の「続・夜の大捜査線」を鑑賞。舞台はティッブスの地元のサンフランシスコで、前作とは全く関連がない。 シャープ牧師がマーティン・ランドー。「スパイ大作戦」の変装の名手で有名。 シャープ牧師は政治運動もしていて、市政の腐敗を訴え、議員に立候補しているのか何らかの住民投票運動で活動している。 麻薬密売をしているウィートンがなぜシャープを犯人にしようか動機がいまいち。議員が黒幕にいて普段からシャープを疎ましく思っていた、とかあるともっと説得力があったのだが。 それとティッブスの家庭の状況が描かれる。小学校高学年ぐらいのようだが、親の言うことは聞かない。たまたま早くうちへ帰って物置に入ると友達とたばこを吸っていた。 そこでティッブスは葉巻を酒を持ってきてたしなみ方を教えるという荒療法に出る。 正直、このあたり不要なんだよなあ。テレビ放送ならすべてカットされるかも? 最初に疑われたシャープが結局犯人というミステリーとしていいのか悪いのかよくわからない結末。容疑者に全く入ってなかったウィートンの情婦が犯人でもよかったにね。 シャープが犯人の決定的証拠はジョイの遺体に傷があり、それはシャープがジョイにあげたネックレスを引きちぎった時に出来たもので、そのネックレスはシャープにとって大切なものだったから彼が補修に出した店を見つかってしまった、というもの。 結局警察車両に向かう途中でシャープは故意なのか車に轢かれる、というのがラスト。 全体としては70年代に流行ったアメリカ刑事映画のパターンを踏襲した1本で可もなく不可もないというレベル。 96分日時 2026年3月14日17:10〜 場所 シネマート新宿・スクリーン1 監督 ホン・ズーシュアン 製作 2025年(令和7年) トンネルの入り口で列車事故があり、救助隊はトンネル入り口付近の乗客救出を優先させ、トンネル内部の乗客は結果的に見捨てる事故があった。 数年後、映画館に爆弾が仕掛けられた。爆弾処理のエキスパート・カンレンが爆弾を処理した。がそれは犯人のトラップで映画館の爆弾を処理すると隣のデパートの爆弾が爆発する仕掛けだった。 3年後、台北でその爆弾事件の追悼集会が行われ、高雄から参加したものは主催者が用意した同じ新幹線で帰る。 カンレンも刑事である婚約者とともに乗っていた。そこへ映画館事件の時の爆弾処理の隊長がやってきた。この列車には爆弾が仕掛けられている可能性があるという。たままたトイレでその話を聞いた塾講師が協力を名乗りでる。だが「なぜ爆弾のことを知ってる?」とカンレンや隊長に犯人と疑われてしまう。 さらにこの列車の前を走る新幹線にも爆弾が仕掛けられているとわかった。爆弾処理のために減速させるとタイマーのカウンターの減り方が速くなった。この爆弾は列車のスピードとも連動してるのだ。カンレンたちの列車の速度が落ちたらまた速くなった。どちらかの列車の速度が遅くなったら爆発が早まるのだ。 「ソドムの市」のシネマート新宿での上映情報を知ってそのときに同時に知ったこの映画。台湾版「新幹線大爆破」を期待する。 台湾新幹線は車両も日本からの輸入だから椅子や車両の細部が日本と同じ。 でも話は全体的に雑だったなあ。 爆弾のある先行車両を減速させて時速を落として乗客に飛び降りさせる。 いやいやそれは危険すぎるでしょう。 第一、先行車両とカンレンの乗ってる車両が同じ形だから非常に混乱するのだよ。 そしてカンレンは自分が先行車両の爆弾を処理するために列車を平行させて飛び移る。 いやいや時速200Kmで飛び移るとか無理でしょう。 映画でも実際に落ちそうになって扉の縁に掴まってなんとか乗ってるけどね。あとあのスピードで上下線を移動するのは難しいだけどね。 この映画、列車内だけで話が進んで中央制御室が出てこない。セット費用の節約のためにカットしたのかな? 最終的に最初カンレンが乗っていた列車にも爆弾は仕掛けられてた。 どちらかを解除すればもう片方が爆発する仕組み。先行列車に爆弾を持ち込んだ奴は映画館事件の時に甥が死んでしまった青年で隊長やカンレンに恨みを抱いている。その男の抵抗でカンレンは大けがをする。 結局、先行列車に残ってる乗客を全員を前方車両に移動させ、カンレンが後方車両に爆弾を持って行く。そうして爆弾を爆破させる。 そうすれば元の列車の爆弾を解除するだけだ、という展開。 真犯人はトンネル事故の時に救助されなかった乗客の夫で、「救助を見捨てられたものの気持ちが分かるか!」と逆恨み。映画館事件では映画館の爆弾を止めたら百貨店の爆弾が爆発すると犯人から警告されたにも関わらず、「自分が助かりたいという思いで百貨店を爆破させた」と犯人は思い込む。「自分が少数の時は少数を助けるんだな」という理屈。 最終的に犯人が分かってカンレンと電話で話すときに延々とこの恨み言をいう。あと4分で終点とか言ってるけど、体感で10分ぐらいこの話をしている。(そういえば「海猿」でも延々とやっていたなあ) また死を覚悟したカンレンが恋人に延々と別れの挨拶をする。 ここの長いなあ。私は思わずあくびをした。 あとで知ったけどNETFLIXで配信されてるそうで。じゃそっちで観ればよかったな、という映画でした。 ソドムの市(デジタル版)日時 2026年3月14日14:45〜 場所 シネマート新宿・スクリーン1 監督 ピエロ・パオロ・パゾリーニ 製作 1975年(昭和50年) ストーリー省略。 この映画を見るのは2回目。以前は購入したDVDだった。 今回は最近のリバイバルブーム(というほどではないけど)のおかげか、この映画史上最大の問題作にして衝撃作の再公開だ。 以前見たときは何か読みとろうとしたのかやたら深読みしている。 少年が床に文字を書くところや夕方の集会場での卑猥な話の時にオルガンの演奏をしていた女性が唐突に窓から飛び降りたり、最後の残虐シーンを双眼鏡を使って見るシーンにいろいろと解釈しようとしている。 でも今回は2回目のせいかそのあたりは気にならなかったなあ。 後半になるにつれスカトロや舌を切り取るとかの残虐シーンはいやになったけど。 ラストがどうなるかは覚えてなかったけど、別に米軍がやってきて解放されるとかのハッピーエンドでもなく、4人の権力者の親衛隊的少年2人がチークダンスのようなダンスを踊って終わる。 これはこれであっさりした終わり方でよかったな。 何か作者からのメッセージがあるというより、ただただ人間の残額さを描き、「人間とはこういうものだ」つぶやきを感じたというべきか。 以前DVDで鑑賞したときは画質がかなり粗かった印象があったが、今回はかなりクリアであった。 あんまりクリアすぎても困るようなシーンも多かったけど。 今の時代、こんな映画は許されないよなあ。絶対出来ない。 これから映画の歴史がどれだけ続いてもこれ以上の問題作が登場することはもうないだろうな。 世紀の怪物 タランチュラの襲撃日時 2026年3月13日 場所 DVD 監督 ジャック・アーノルド 製作 1955年(昭和30年) アリゾナの砂漠で顔が異様に変形した男の死体が発見された。町の若き医師のマット(ジョン・エイガー)は保安官からその死体を見せられ驚く。 町から30Kmの場所にあるディーマー博士(レオ・G・キャロル)研究所の研究員、ジェイコブスと思われる。マットは先端肥大症ではないかと思ったがここまでの症状になるには数年かかるはずだ。だが先月ジェイコブズに会った保安官はなんともなかったという。ディーマー博士はジェイコブズと認め「進行が早い場合だってあり得る」と気に留めない。 その晩、ディーマーは同じように顔が異様に膨れ上がった男に襲われる。 男は研究助手だった。彼はディーマーに注射をする。 その男は怒り狂って研究所の実験動物のかごを破壊し、その中の一つタランチュラは外へ逃げ出した。 町に若いスティーブ(マーラ・コーディ)という女性がやってきた。 彼女は生物学を研究する学生で、助手としてジェイコブズに雇われたのだった。たまたま町であったマットはスティーブをディーマー博士のところに連れて行く。ジェイコブズは亡くなったがディーマー博士は彼女を助手として採用した。 牧場などで牛が骨しか残っていない状態になる事件が起こっていた。ディーマー博士の顔が徐々に変形していく。 スティーブとマットが町から研究所に戻るときに岩山が崩れることがあった。 そんな異変が続くとき、ついに数十メートルに巨大化したタランチュラが出現する! 「放射能X」を最近ある理由から見直してその関連作として同時代のモンスター映画としてこの映画を鑑賞。 正直、期待はずれ。 まず無駄が多い。だらだらと不要な描写(町の人のへの挨拶とか。挨拶シーンって話の進行を止めるからそこに意味を入れるか、なんらかの描写と絡めないと無駄だと最近思っている)が多い。 町へやってきた若き美人の研究助手に独身らしいマットはデレデレして「送っていこう」などと下心みえみえ。 見てて痛々しいよ。 途中骨だけの牛が登場するところなどは見せ場かな。 でも怖いのはディーマー博士の顔が異様に変形していく特殊メイクだよ。 こっちの方が怖いね。 さすが「大アマゾンの半魚人」の監督だからか、この特殊メイクのほうが力が入っている。 で肝心の巨大タランチュアだがそれまでも小出しに登場はしていたが、主人公たちが「ああ!」とその姿を認めるのは1時間近く経ってから。 しかも上下マスクを切った合成でなんかチャチだなあ。 というか作りものではなく、タランチュラをアップで撮った映像と景色を上下で合成してるだけ。 襲われる時のタランチュラの顔のアップぐらいは作ってあったけどねえ。 そして80分の映画で70分を経過したころやっと人間とタランチュラの攻防戦が始まる。 最初は警官隊の銃とマシンガン。でもだめで次は町中のダイナマイトを集めて道路にダイナマイトを仕掛け、その上にタランチュラが来たときに爆破! 一応ここで主人公の医師マットがダイナマイトのスイッチを入れるのだが、ここぐらいしか活躍がないのだなあ。 んでだめで(そりゃダイナマイトとタランチュラの体に数メートルの隙間があるからダメージは少なかろう)ついに空軍に依頼。 空軍のナパーム弾であっさり倒された。 どっちかというとディーマー博士の特殊メイクの方が印象に残る映画で「先端肥大症の恐怖」のほうがあってる気がするような映画。 でも今ならそんなことしたら人権問題で炎上するけど。 最後にディーマー博士役のレオ・G・キャロル、「ナポレオン・ソロ」のウエバリー課長だった。 #拡散日時 2026年3月7日16:25〜 場所 TOHOシネマズ日比谷・スクリーン10 監督 白金 浅岡信治(成田凌)は介護士で妻はユーチューバー。拡散を狙って次回の配信では夫を出すと言って聞かない。 近所の高野クリニックで新型コロナワクチンを接種する。妻はネット情報で「注射した翌日に死んだ人もいる」というが高野は「なにも起きませんよ」と言う。「もしイヤなら止めます?」というが、妻は「タレントのファンイベントはワクチン必須だから」と仕方なく接種する。翌日、妻は突然死した。 浅岡は高野に「ワクチンを打ったせいで妻は死んだ!」と訴えるが相手にされない。浅岡は妻の遺影を首からぶら下げて高野クリニックの前にたち続ける。 それを地元新聞の記者・福島(沢尻エリカ)が見つける。福島はデスクの反対はあったものの、記事にすることにこぎ着けた。 反ワクチンを主張するユーチューバー、北斗(DAIKI)たちは浅岡に接触、彼を反ワクの象徴として配信に参加させる。たちまち大バズリ。 またある男が浅岡を訪ねてきたが、翌日その男はワクチン製造会社の会長を射殺した。 やがて浅岡は万能感を持ち地元のバーでホステスの尻触るなどやり放題。そんな時、北斗や浅岡たちが飲んでるところへ高野がやってきた。 高野は浅岡の妻にはワクチンを打っておらず、打ったのは生理食塩水だという。彼は実は反ワクで自分のクリニックではすべてワクチンを打ってない。さらに実は浅岡の妻は昔高野とつきあっていた。そういう個人的ないざこざもあって高野に反抗していたのだ。 港岳彦さん脚本。反ワクの陰謀論がネット社会で拡散されていく不条理を描く。 とにかく世の中には陰謀論にはまる人がいる。「コロナはねつ造、ワクチンを売るための利権、世界は闇の政府に支配されている」という奴。 要するに自分の生活がうまく行かないのは闇の政府、資本主義の超富裕層によって搾取されているのだ、という発想である。 格差社会とか共感できる部分も無くはないが、闇の政府とかマンガの読みすぎであると言いたくなる。 後半で「高野は反ワクだった」とか「高野に対する抗議は実は私怨が絡んでいた」という二転三転は面白い。 また安倍晋三殺害事件を思わせる製薬会社会長暗殺事件の展開とか。 結論としては最後に浅岡がいう「結局人は信じたいものを信じるだけですから」という。 ネット社会、SNSが登場する以前から掲示板のやりとりなどで見知らぬ人と会話できることが出来るようになった。 それが今まで出会うことのなかった人たちとの結びつきを実現する。 いい方向に向かえばいいが、悪い結びつきが生まれることがある。 この反ワクもそうだし、闇バイトもそれに含まれるかも知れない。 いまさらネットのない時代には戻れない。 この新しい、やっかいで、便利すぎるツールと我々は向き合っていくしかない。 レンタル・ファミリー日時 2026年3月7日11:50〜 場所 TOHOシネマズ日比谷・スクリーン8 監督 HIKARI 日本で売れない俳優をしているフィリップ(ブレンダン・フレイザー)。オーディションに参加する日々だが、ある日「黒服を着て埼玉に行け」という仕事の依頼が来る。ある葬儀に参加したが故人(宇野祥平)が棺桶の中から出てきたりでなんか変。どうやら故人は死んだことになって葬式を行い、みんながどれだけ自分のことを思っていたか聞きたかったらしい。そこで「アメリカ人の友人」役でフィリップに仕事が来たのだ。仕事の依頼主の多田(平岳大)の誘いで彼が経営する「レンタルファミリー」という会社で働くことになる。 仕事の内容は依頼主が必要とするシチュエーションで必要とする役を演じるのだ。 最初の依頼内容は結婚式の夫役。新婦と結婚式を挙げ両親にはアメリカ人と結婚してカナダに移住すると説明される。実は新婦には女性の恋人がいて、両親を悲しませたくない代わりについた嘘だった。 次の依頼は「娘の中学受験に父親がいないと落とされるから」という理由で娘の父親役を演じることだった。フィリップ自身父親とはあまり暮らしたことがなく、どう演じればいいかわからない。 また往年の名優・長谷川喜久雄(柄本明)の娘から「父は最近自信がなくなっているので、外国の雑誌のインタビュー役をやってほしい」と言われる。長谷川はどうやら軽度の認知症のようだった。 日本が舞台の外国映画は好きなのでなるべく観るようにしている。これもその1本。監督はHIKARI。名前だけでは性別も不明だがネットで調べると本名・宮崎光代、1977年生まれらしい。つまり今年49歳。ハリウッドを拠点にした監督のようだ。 まあ話の方は「嘘の設定で始めた役だが、演じるうちに本当の人間関係になっていく」というありがちな人情噺である。 一つ一つのエピソードが順番に語られる訳ではなく、中学受験の娘の話と長谷川喜久雄の話は平行して描かれる。 「娘に嘘をつかせたくない」という母親の希望で娘は本物の父親と信じる。そして授業参観などにも参加してもらううちに本物の父親と思っていく。 喜久雄は娘にも言えなかった故郷天草での初恋の思い出に再会しに行く。 こんな感じの話。 監督は日本人ということだが、製作は20世紀FOX系のサーチライトシネマ。本国からの依頼があったのかやたらめたらと日本の風景カットが入る。 新宿のユニカビジョンやら渋谷の交差点やらなにかというと風景カットが入る。富士山をバックに新幹線って日本映画だと「日本沈没」にしかないようなカットだよ。 まあ日本映画がニューヨークロケしたら「自由の女神」や「エンパイヤステートビル」は絶対写るからね。 そしてやたらと電車のカットが多いのだ。新宿渋谷以外の風景ではほとんど電車が写っている。そんなに日本の電車網が珍しいのかねえ、アメリカ人には。 松竹の人情喜劇みたいな映画で、特別私の好みではないです。 つまらない、という訳ではありませんが。 江戸川乱歩の美女シリーズ 黒真珠の美女
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