2026年4月

   
人間椅子(2006) 万博追跡<2Kレストア版>
サムライ<4Kレストア> 人はなぜラブレターを書くのか 炎上(2026年) 時をかけるペンダント イッて、戻って、恋をして
THE LAST PIECE -Glow of Stars 勇者のみ(西部劇) ザッケン! プロジェクト・ヘイル・メアリー

人間椅子(2006)


日時 2026年4月26日
場所 TSUTAYA宅配レンタルDVD
監督 佐藤圭作
製作 平成18年(2006年)


ファッション誌から文芸誌に異動になった新人編集者の倉田真里(宮地真緒)。担当になったのは美人女流作家の今野佳子(小沢真珠)だった。
佳子はここ数年書いておらず、編集長の小原(板尾創路)から「なんとか書かせろ。編集者は作家に書かせるのが仕事」と厳命される。美人の佳子が官能的な小説を書くと話題性があって売れるのだ。
佳子はもともとは大河内俊作の弟子だったのを大河内が失踪したために穴埋めで抜擢されたという。しかし編集部の先輩によると実際は大河内の変態プレイの相手をしていただけと言われる。
真里は「先生のデビューのきっかけは?」と聞いた際に大河内と自分のプレイを撮影したビデオを見せてくれた。それはシーツをかぶった大河内の膝の上に佳子が乗っかり、その感触を楽しませるものだった。
佳子はデビュー前に書いた小説を大河内に読ませたところ、酷評されたが1ヶ月後にまったく同じ内容の小説を書き上げた。だがストーリーは同じでも文章の違いからまったくレベルの違うものになっていたという。
佳子の家にある大きな椅子の中に人が入ってるという疑いを持ち始める真里。真里は大河内が椅子の中に入っていて佳子の小説は実は大河内が書いていると疑い出す。
小原に話したが「違う」と一蹴される。「大河内の死体を埋めるのを手伝った」という。変態プレイの末に大河内は死んでしまい、佳子とともに死体を埋めたというのだ。
では椅子に入っているのは誰なのか?それは真里の前任者の堀田だった。堀田が椅子に入っていて、なおかつ小説も書いていたのだった。
小原は堀田はもう使えないと判断し、小説家を志望していた真里に佳子のゴーストライターをさせようとしていた。
過去に真里が書いた小説が佳子の名前で出版された。


このところ江戸川乱歩の映画化作品が気になり、よく見ている。「人間椅子」の映画化は前にも見たが全く面白くなかった。
そもそも映像化向きの作品じゃないしね。
まだあったのでとりあえず見てみた。

江戸川乱歩の映画化作品は本当に脚色が多い。映画化されるのがどうしても短編だし「エロ映画」として映画化されるから話はエロ要素が強調される。
この映画も乱歩の「人間椅子」とはかなり離れた作品になっている。
ゴーストライターの話になってるから「陰獣」ぽいなという感じはするけど。

また真里が収集癖があるのだが、それが佳子が使った口紅のついたスプーンとか取材先で会った映画監督が使っていたライターとかを盗んでコレクションするのだ。
この設定がよくわからない。真里もまた変態ということか。でもこうすると観客は主人公の真里と精神的に距離を置き、共感には至らないと思うのだが。
(でも実際にこういうものを収集するマニアは存在する。ある特撮ヒーローを演じた役者が使ったつまようじを集めようとした男を見たことがある)

とにかく乱歩の「人間椅子」からはかなりかけ離れた映画。
観る必要がなかった。






万博追跡<2Kレストア版>


日時 2026年4月26日10:20〜
場所 池袋シネマロサ(地下)
監督 リャオ・シャンション
製作 1970年(昭和45年)


日本生まれだが両親は台湾出身の林雪子(ジュディ・オング)は大阪万博の中華民国パビリオンのコンパニオンに選ばれた。恋人の藤本哲男も一緒に行きたいと言い出すが、父が許さない。二人は近所で幼なじみだった。
雪子には母から頼まれた目的があった。それはいつも援助してくれた陳春木という人を探すこと父の死の真相を探ることだった。
中華民国館を訪ねてきた台湾人に陳春木のことを数人に聞いてみると知ってるという人に出会った。その人の話では妹が神戸にいるという。
神戸に向かう雪子。妹には会えてある人から頼まれて兄に台湾から日本の雪子の家に送金していたのだという。「その人の名は言えない」という妹さんだったが、「恩人にお礼したい」と説得する。
雪子たちは奈良に山崎という人を訪ねる。山崎は今日は京都に行っていると聞き、京都へ。山崎に会えたが「私も送金を頼まれただけだ」と真の送金者を答えない。翌日山崎は北海道に引っ越した。
哲男とともに北海道に向かう雪子。だが山崎はそこにはいなかった。
ところが万博会場で雪子は山崎を見かける。哲男とともに山崎を会場で探すが見つからなかった。
しかしある夜、夜の町で山崎と一緒にいた男を見つける。翌日に喫茶店でその男に会った。その男は雪子の父親については知らないという。後日山崎の知り合いの日本人について連絡がきた。田中ともう一人の日本人を教えてくれたが、一人は脳梗塞で話が出来ない状態で、田中は亡くなっていた。ただし田中の妻は田中を「生きてるうちは酒と女で死んでから隠し子か!」とものすごい剣幕だった。
そんな時、哲男の父が危篤と連絡を受ける。哲男はすでに実家に帰っており、雪子も心配でお見舞いに行く。
そこへ現れたのは山崎だった。実は送金していたのは哲男の父だと明かされる。戦争中、日本軍に協力的だった雪子の父だったが、日本軍少尉だった田中が雪子の父を陥れ、彼の財産を奪ったのだ。そして空襲の混乱の中、逃亡したことにして哲男の父が射殺したのだった。
哲男の父は「私は君の父親の敵だ」と拳銃を渡す。しかし雪子は引き金を引かなかった。雪子は哲男の父を許したのだった。


1970年に作られた大阪万博を舞台にしたジュディオングの日本未公開映画、ということで鑑賞。私は日本ロケした外国映画が大好きなのだ。

冒頭、いきなりテレビのバラエティ番組の感じでジュディ・オングが歌って踊る。3曲ぐらい続く。「いったい何を見せられてるのだろう?」と思ってると終わってジュディ・オングをテレビの副調整室から呼ぶ男が
いる。てっきり台湾の音楽番組かと思ったら日本の番組らしい。
さらに中国語を話してるのでてっきり台湾人なのかと思ったら恋人は藤田哲男という日本人。「?」の展開である。

んでさらに雪子という日本人名なのがよくわからない。どうやら舞台は台湾ではなく日本のようだ。
台湾(当時は中華民国)のパビリオンで陳さんを知りませんか?と聞きまわるのだが、数人に聞いただけであっさり分かる。ものすごいイージーな展開。

それで神戸に向かうのだが、ここが特に神戸っぽくない。日本人形作りの教室でその陳さんの妹に会う。で次のシーンでは鹿が出てくるから奈良に言ったのだろう。どうやら神戸での聞き込みは成功したようだ。
そして京都に向かって山崎に会う。「お話は明日ゆっくり」ということで翌日奈良に訪ねると「知らない」の一点張り。
とにかく展開がイージーだなあ。

それで山崎はいなくなるのだが、万博会場で見かけるというまたまたイージーな展開。そして会場を探し回るのだが、見つからない。この探し回るシーンだけで20分(体感)ぐらいあった気がする。結局見つからなかったが、大阪の町で山崎と一緒だった男とばったり出会う。またまたイージーな展開。さらに翌日喫茶店で会うのだが、この時男を待ってるときにナンパされる。そこへ哲男がやってきて喧嘩になるというシーンがあるが、この絡んできた男たちがその後に話に関わってくるわけでもなく、意味不明である。

んでこのおじさんも何も知らなくて雪子の父の名前だけは知ってたので、昔を知ってる人を聞いてみるということになる。で連絡がきて田中ともう一人の日本人を訪ねるが二人とも話は聞けない。

それで実は哲男の父が送金の相手だったというどんでん返し(でもないけど)。その理由というのが戦時中に日本軍に協力してくれたのに田中が雪子の父の金を奪い、さらに哲男の父がだまされて殺していたという事実。
すごいなあ。
それまで日中戦争なんか全くにおわせない展開だったのにいきなり戦争中の話になる。
そして台湾人は日本人を許す。

この映画、1970年の映画なんですよね。
この頃は日本は台湾を中華民国として正式な中国と認めていた。でもこのころはアメリカも中国本土を「中国」と認める動きになっていて、1972年の日中国交正常化につながっていく。

この映画自体は日本では当時公開されてなかった。だから日本向けのプロパガンダではない。台湾の国内向けに「いろいろあるだろうけど日本をゆるして前向きにつきあおうよ」と宣伝している。
特にこの映画がそうだったのか、あるいはそれが台湾では当たり前だったのかは定かではないけど、日本とは国交がなくなりそうな時代にこういう映画があったとは勉強になる。

あと音楽。前半で夜の万博会場を写したシーンがあり、そこでBGMはビートルズの曲(たぶん「デイトトリッパー」)
さらに山崎を探して万博会場を探し回るシーンでは「ナポレオン・ソロ」みたいな曲が流れる。
著作権に寛容な時代だったのですね。




サムライ<4Kレストア>


日時 2026年4月25日18:50〜
場所 新宿ピカデリー・スクリーン4
監督 ジャン=ピエール・メルヴィル
製作 1967年(昭和42年)


ジェフ・コステロ(アラン・ドロン)は自分のアパートを出る。路上で鍵のかけ忘れたシトロエンに乗り込み、合い鍵で走り出す。郊外の修理工場でナンバーを付け替える。街に戻って恋人の部屋へ。そこで7時から2時までいたことにしてほしいと頼む。「2時に別の男性が来るから」「じゃ15分前でいい」。
そしてあるナイトクラブに入る。そこで従業員口から裏に入り、オーナーを殺す。オーナーの部屋を出たときピアニストのヴァレリーと遭遇してしまい顔をはっきりと見られる。
パリ警視庁はその他従業員の目撃証言から該当する男を片っ端から連行する。その中にはコステロもいた。だが恋人のアリバイ証言や面通しのヴァレリーがはっきりと否定したことからコステロはいったん釈放。
しかし警部はコステロを疑う。
翌日、コステロは殺しの残金を受け取りに行く。しかし相手の金髪の男はいきなりコステロを殺そうとした。どうやら警察にマークされたことから不安に思ったらしい。
コステロははっきり顔を見られたのに「違う」と証言したヴァレリーを訪ね、否定した真意を訊こうとする。警察もコステロの部屋に盗聴器を仕掛け同行を探り、また尾行も始める。
コステロの部屋に例の金髪の男がまた殺しにやってきた。今度はコステロが逆襲し、殺人の依頼者を突き止めた。
コステロはアパートを出る。警察が追う。コステロはメトロを乗り継ぎ、追っ手を巻こうとする。やがて車を盗み、殺人の依頼者へ。そこはヴァレリーと会った部屋ではないか。コステロは依頼者を殺す。
そしてヴァレリーのナイトクラブへ。
コステロはヴァレリーに拳銃を突きつける。警察がコステロを射殺。だがコステロの拳銃の弾倉は空だった。


話は全部書いた。「フレンチノワール」の最高級傑作だろう。
この映画、子供の頃にテレビで一部を見ている。
アラン・ドロンが地下鉄を乗り換え追っ手を巻いてる途中で「方向を間違えた」と言って改札で切符を見せて抜けるシーン、そしてラストの拳銃の空の弾倉(リボルバー拳銃だ)のアップのカットだけ覚えていた。それが「サムライ」だったかは記憶が定かではなかったのだが、合っていた。記憶とはちょっと違っていたけど。(記憶では空の弾倉のアップで刑事がゆっくり弾倉を回していたが、本当は素早く回転させていた)

それにしてただただかっこいい。
トレンチコートに帽子をかぶり、口数は少なく、孤高の存在である。
タイトルの「サムライ」の当然日本の侍から来ている。新渡戸稲造の「武士道」からの引用が冒頭に出てくる。「日本の侍は孤高の存在」と言うことらしいが、そうでもない気もしますが、まあ「七人の侍」の久蔵のイメージがあるのかも知れない。

映画は冒頭アパートを出て車を盗みナンバーを付け替え恋人の部屋に行く。ここまでほとんど最低限のせりふしかない。
これがかっこいいんですよ。
最近の日本の殺し屋は「ファブル」とか「ベイビーわるきゅーれ」とかとにかくコメディにして、そして激しいアクションをしてそのギャップで驚かせる、という方式が多いけど、違うんだよなあ。

宍戸錠とか赤木圭一郎とかこういう「孤高のかっこよさ」があったんだよね。
ここにシビレてたんだ。

でも考えてみればドアの鍵がかかってないシトロエンとそう簡単に出くわすか?とか顔を見られるとかマヌケじゃない?とかシトロエンの鍵をたくさん持っててそれを一つ一つ試すとか割とアナログなどの疑問はあるが、アラン・ドロンの美青年ぶりですべて帳消しになる。
今の日本なら吉沢亮あたりにやってほしいなあ。

ラスト、コステロは空の拳銃を向けていたわけだが、なにをしたかったんだろう?単に「黙ってろよ」という脅しかな。
それにしてもオートマティック拳銃なら「弾倉が空」というのは表現できなかったわけで、その視覚効果を狙った拳銃のチョイスもいい。

フレンチノワールの名作。他のメリヴィル作品も観たくなった。







人はなぜラブレターを書くのか


日時 2026年4月18日19:00〜
場所 TOHOシネマズ新宿・スクリーン6
監督 石井裕也


千葉県富里に住む寺田ナズナ(綾瀬はるか)はある青年に手紙を書いた。「突然こんな手紙を書いてすいません。24年前に信介さんと毎朝同じ電車に乗っていたものです。当時私は女子高生で」で始まる手紙。
ナズナ自身は地元で食堂を営み、夫(妻夫木聡)と中学生の娘がいた。
その手紙は出さずに終わった。しかしナズナの鞄に入っていたのを偶然見つけた娘が「母親が見知らぬ人に手紙を出そうとしている」と不思議に思い開封してしまう。
娘もその手紙は出さず終いだったのだが、手違いで結局信介の両親の元に届けられてしまう。
「恋愛もしないで亡くなった」と思っていた信介の両親(佐藤浩市)だったが信介の初恋を知って涙する。
だがナズナはガンに冒されており、しばらくして夫と娘を残して亡くなってしまう。


話はだいたい書いた。
感想としては「話が散漫」「話の中心がどこかわからない」ということである。
まず予告編とかを事前に見ている観客は信介が事故で死ぬことを知っている。なずなが24年後に手紙を出すのを知っている。

にも関わらずなずなの現在の生活を延々と説明するのである。
そしてナズナが末期ガンで余命が短い話も出てくる。ここいる?
だから後半は残される家族、妻夫木や娘の方の話にシフトする。
娘が親の病気をきっかけに東大の理三を目指すとかもう信介関係亡くなってるよ。

また信介はボクシングをしていて川嶋(菅田将暉)という先輩との交流も描かれる。信介が亡くなって数年後、川嶋は言葉通り世界チャンピョンになる。ここはここで感動話になるけど、ナズナは全く関係ない。
だから話が散漫って言われるんだ。

私だったら、冒頭に日比谷線の事故を描いて信介の死を観客に知らせる。
そこからナズナが「娘が同じように電車で一緒になる子に恋してる」「日比谷線事故の追悼番組を見た」ぐらいのきっかけで久しぶりに手紙を書き、両親や川嶋との交流が始まる。ラストはナズナ、川嶋、信介の両親で
墓参りでいいんですよ。そうすると話がまとまる。

あと手紙を出すまでが長すぎ。
そもそも「手紙を書いた」「結局ナズナは出さなかった」「娘がラブレターを書いたけど父親に見つかりそうになったので母親のカバンに隠した」「あとで自分の手紙を取り出したときに母親の手紙を手にしてしまった」「その手紙を読んだ」「ナズナが食堂でバイトの子に同じトートバッグをプレゼントした」「だから手紙を返すとき誤ってバイトの子のバッグに入れた」「それをバイトの子はなにも知らずに投函した」とくどすぎ。

ラブレターをだしてくれなきゃ話が進まないのにこの遅さはどうよ。
キャストが綾瀬はるか、妻夫木聡、細田佳央太、佐藤浩市、菅田将暉という主演級の好きな出演者なので見たけど、がっかりな映画だった。

あとは妻夫木が東大受験で駅まで送っていくがその駅が「十二橋駅」という実際に香取にある駅だが、いいロケーションだった。





炎上(2026年)


日時 2026年4月17日18:15〜
場所 テアトル新宿
監督 長久 允


小林樹理恵(森七菜)は親がカルト宗教の信者の家で育った。父親は摂関が厳しく事実上児童虐待だった。3歳年下の妹と「神様父親を殺してください」と願い続けて数年。父親は病死した。しかし今度は母親が折檻するようになった。樹理恵は耐えかねて15歳の時に家出した。
SNSで知り合った自分を助けてくれそうな「KAMI」(一ノ瀬ワタル)という人を訪ねて歌舞伎町に行った。そしてトー横にたどり着く。
そこは無数のリストカットの後がある通称リス(曽田陵介)をはじめとして様々な事情を抱えた人々がいた。中には小学生のグループもある。
樹理恵は吃音があり、名前がはっきり言えなかったことから「ジュジュ」と名付けられる。
KAMIの助けもあってみんなと生きてきたが、ある日警察に補導され一時保護施設に預けられる。だがそこは安心の場所ではなく監禁された場所でしかなかった。そこで三ツ葉(アオイヤマダ)と知り合う。
意気投合したジュジュと三ツ葉は施設から逃亡、歌舞伎町に戻った。三ツ葉はパパ活という売春をしていた。ジュジュもお金ほしさに一緒に売春するようになる。そして1000万円貯めて妹を迎えに行くという夢を見る。
二人の売春はうまくいった。だが三ツ葉はホスト(清水尋也)に入れあげていた。やがて三ツ葉はどこかへ行った。三ツ葉は妊娠し、トイレで堕胎した。
ジュジュもお金を貯めた。しかし久しぶりに三ツ葉にあったとき「お金貯まった」と話したことがきっかけで皆の知るところとなり、お金はどこかへ消えた。
すべてに絶望したジュジュは三ツ葉と売春してるときに客(吉岡睦雄)がおいていったバイブをコンロで燃やす。それは炎上していった。
気がついた時、ジュジュは病院にいた。顔はやけどで痛々しかった。


話は全部書いた。
新宿とかトー横キッズの話と聞いてなんとなく観てみるかという感じで鑑賞。
観ていて胸くその悪い映画だったなあ。

冒頭の子供を虐待する父親からしてもう胸くそ悪い。
そしてジュジュが知り合った人々の薄っぺらさ。
いかのも親友風だけどぜんぜん友達とはいえない軽薄さ。
というか彼らはホテルの一室のような場所で寝泊まりしてるけど、どこなんだろう。

KAMIにしても一見ジュジュに手をさしのべてくれるいい人なのだが、最後にはクスリを与える。そして阿Qという青年はおとなしそうでジュジュに対して純愛のように見えるが最後にはレイプしている。
リスはリストカット癖がある。
正直メンタルやられてる人々(メンヘラ)である。

もちろん彼らとてメンヘラになったのはなりたくてなった訳じゃなく、そうならざるを得ないように追いつめられた環境があったと思う。
そしてパパ活(という路上売春)をして貯めた1000万円(路上のコインロッカーにしまっていた)はあっさり小学生グループ(動物並の知能と言われていたが)に盗られる。
もう「人への信頼」というものがなくなる。

最初から敵対してればそれはそれではっきりと「警戒すべき相手」と認知出来るが、友人風だからたちが悪い。
そして最終的にはバイブを燃やして火事(どの程度の火事なのかはっきりしないが)になってジュジュも顔にやけどを負う。
彼女の顔には大きなやけど痕が残る。その顔では病気が治っても就職(本人がその気になるかは疑問だが)恋愛にハードルとなるだろう。

撮影方法はドキュメンタリー風に(隠し撮り風に)している部分も多く、顔の知らない役者だと完全に本物に見える。リスは知ってる曽田陵介だから、ドラマってわかるけど、その他は知らないから本物と思えるよ。

あとCGなのかで加工したジュジュのイメージ風の映像多し。
その映像の感じが私の趣味ではないなあ。
もうトー横広場は歩けないよ。
トラウマになった。






時をかけるペンダント イッて、戻って、恋をして


日時 2026年4月12日
場所 光音座1
監督 小泉 剛
製作 OP PICTUERS


ユウマ(松本卓也)はいつものジャスミンママの店で飲んでいた。ママがテーブルの上から落としたペンダントをユウマは酔っぱらってポケットに入れる。終電が無くなったユウマは友人の朔(伊藤大晴)の家に泊めてもらう。ユウマに片想いの朔は寝入ってしまったユウマの服を脱がせる。そしいて朔がイッたとき、何かが起こった。
起きてみたら見知らぬ部屋。そこへイケメンの青年・薫(烏丸達平)が入ってきた。ここは俺の部屋だという。部屋の契約書を見せてもらうと1990年だった。つまり35年前にタイプスリップしたのだ。
ユウマの持っていたペンダントを見つける。そのペンダントには薫ともう一人の男が写った写真と「愛したのは薫だけ 道成」というメッセージが入っていた。薫の話では道成は薫の彼氏だが、去年結婚したという。
道成とホテルで過ごす薫だが「外では会えないからお前の家に行きたい」と言われ、道成は薫の部屋に行く。ユウマや朔と遭遇する道成。
その時の態度から道成は朔がユウマに片想いと見抜く。
4人で屋上でプール遊びをして打ち解けていく。未来から来たことを話すと道成は未来に行ってみたいと話す。二人でセックスすればいけるらしいので道成は朔と関係する。
2025年に来た二人。ジャスミンママの店の前まで行ってみて朔が「ジャスミンママに会う?」というが「いや会いたくない」と断った。
1990年に戻る二人。
ユウマは道成と朔が2025年に戻ったと知って不機嫌だった。薫は道成に「自分か奥さんかどちらかを選んでくれ」と迫る。
遠くへ行こうと長距離バスのバス停で薫は待つ。道成はやってきたが「離婚はしない、普通でいさせてくれ!」と懇願し、薫は納得した。
翌朝、薫はユウマとセックスしかけるが、薫は途中でやめて「あなたはもっといいセックスをしなさい」と諭す。
ユウマと朔は結ばれて2025年に戻った。
ジャスミンママの店に行ってみた。ペンダントを開けてみると男の写真が変わっている。ママの新しい彼氏だという。
ユウマと朔は楽しそうに家路についた。


話は全部書いた。
オークラの新作ゲイ映画。最近光音座の上映情報をチェックしてなかったので突然知った感じ。小泉監督がゲイを撮ったとは聞いていたが。
しかも出演者の一人が烏丸達平!これはもう駆けつけます。

タイムトリップものだが、どうして過去にいけたが大して説明がない。
ペンダントが重要なのか、ユウマが重要なのか、セックスが重要なのかはっきりしない。まあ別にいいのかも知れないけど脚本の詰めの甘さを感じてしまう。

ペンダントが無くても朔と道成は戻ってるし、ユウマで無くても戻ってる。セックスしただけだったら全員過去に行っちゃうだろ?
そこでお約束を作ることで「カセ」が生まれるんじゃなだろうか?

そもそも「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の頃から「戻れるか戻れないか」が映画的盛り上がりのはずなのにそれがない。
道成と駆け落ちを考える薫だが、借りたばかりの部屋をそのままにして唐突に大きな鞄もって深夜バス乗り場に行くって(実際すぐに戻ってるし)なんか段取り悪すぎないか?
道成の葛藤もほしいし、奥さんと過ごすのを薫が見てしまうという(おきまりかも知れないけど)描写も欲しかったように思う。

まあそういうことは置いといて、とにかく烏丸達平である。
オークラのゲイは3本目。顔がとにかくセクシー、色っぽい。
体はいまいちなんだけど、筋トレすればもっとかっこよくなるかも。
ラストのユウマとのセックスもディープキスがなかなか頑張っている。
AVじゃないからそれほどの露出はないけど、個人的には彼のアップが出てくるだけでも嬉しいですね。

映画そのものは不満もあるけど、烏丸達平だけで元は取れてます。
同時上映は山本竜二の「ハッテンバ・ラブ・ストーリー」。






THE LAST PIECE -Glow of Stars


日時 2026年4月11日13:10〜
場所 ヒューマントラストシネマ渋谷・スクリーン1
監督 北村大洋・川口央


2026年1月にデビューしたBMSGの新ボーイズグループ・STARGLOWのオーディションの様子を追った映像とメンバーの個別インタビューで構成したドキュメンタリー番組。
今回「TBSドキュメンタリー映画祭」の1本で上映。
映画祭そのものは4月3日で終わっているのだが、その中でこのLAST PIECEが満員続出だったので、1日1回の追加上映が行われた。
「代々木ジョニー」や「死神バーバー」のKANONもメンバーなので俳優ではない(日穏ではない)KANONが観たくて見に来た。

冒頭、BMSGフェスで先輩たちに続いてステージに登場。
曲調とかダンスとかファッションとかK−POPの影響、というか意識している。要するに私の感覚では同じ感じ。
これが以前のジャニーズ的なキラキラ衣装ではなく、モノトーンな感じである。

そもそも先輩グループがいて後輩のデビュー前の練習生がいるってジャニーズとビジネススタイルは一緒。ジャニーズジュニアがトレーニーに単語を変えただけと考えると理解が早い。
社長がSKY−HIという名前。(でもみんな日高さんって呼んでたけど)
メンバーの名前もグループ名もみんなアルファベット表記。
そもそもKANONを知ったのは「代々木ジョニー」のクランクインの頃でBMSG、SKY-HIと最初にいわれたときはなにがなんだかさっぱりわからなかったな。

メンバーのGOICHI、KANON、RUI、ADAM、TAIKI。ADAMって顔が旧ジャニーズのラウールに似ている。兄弟といわれても納得する。
勝ち上がっていった5人もすごいんだけど、落ちていったメンバーのことがすごく気になった。
オーディションには落ちて今まで一緒にがんばっていた仲間はデビューして自分はコンビニでバイトしてたら複雑だもんなあ。
でもファンに教えてもらったが、落ちた人間の多くはトレーニーとして次のオーディションの待機をしてるらしい。
STARGLOWはBMSGの第3のグループだが、KANONと他の2名はトレーニーからの参加メンバーだし。

でもKANONのすごいのはトレーニーの時代から映画に主演していたし(ジャニーズジュニアの滝沢秀明なみだ)、さらに今回のオーディションプロジェクト「THE LAST PIECE」の最終オーディション前に「死神バーバー」の撮影してるんだ。
「映画2本主演してるぐらいだから社長も認めてくれて今度のメンバーには選ばれるな」と自信があったのか、それとも「映画主演したって落ちるときは落ちる」って気が気じゃなかったのか。

「THE LAST PIECE」そのものはNETFLIXだかで毎回配信されていたようだからファンはすでについていただろうから、毎回観てるファンはある程度予想していたのかも知れないけど。

個人的には一人小柄なTAIKIが気になった。
今後の彼らに注目である。










勇者のみ(西部劇)


日時 2026年4月10日
場所 amazon prime video
監督 ゴードン・ダグラス
製作 1951年(昭和26年)


ニューメキシコ州の国境付近、インディアンたちの襲撃は騎兵隊を悩ませていた。岩山の隙間から彼らはやってくるためその隙間の前に砦を作りインディアンの襲撃を防いでいた。しかしその砦もインディアンたちによって壊された。本隊からやってきたディック・ランス中尉(グレゴリー・ペック)は襲撃された砦でインディアンの首領ツーソスを捕虜にする。
地元の人間は「生かしておくとインディアンが助けにくる。だから殺して戦意を喪失させた方がいい」というが、きまじめなランスは捕虜として暑かった。
本隊に帰ったが隊長も「この脆弱な本隊が襲撃される。ツーソスは後方部隊に移せ」と命じる。ランスが行くつもりだったが、直前に病気の隊長から「君がいなくなったら指揮を執る者がいなくなる」とビルに変更された。ビルとランスはキャッシーという女性と三角関係にあった。
キャッシーはどちらかというとランスが好きだが、堂々と結婚を申し込むビルも嫌いではない。
3日後、やはりツーソスの移送部隊はインディアンに襲撃されビルは死に、ツーソスは連れ去られた。
キャッシーはランスがビルを追い落とすためにわざと危険な任務につかせたと考える。
隊長から「この本隊も脆弱で危ない。救援隊が来るまで時間がかかる。それまでのなんとかしてほしい」とランスに命じる。
ランスは砦に数人の部下を連れて戻ることにした。
メンバーはすべて反抗的、不真面目な奴。砦に着いたが少しずつインディアンに殺されていく。


子供の頃に銃器が紹介されている「拳銃画報」という本を何度も読んでいた。その中にガトリング銃についての説明があり、そこで「昔『勇者のみ』という映画でラストでインディアンを倒すシーンの迫力がすごかった」と書かれていて数十年気になっていた映画。
(フランク・シナトラにも「勇者のみ」という映画があり、一時期「?」となっていたが、それとこれとは別の映画と後にわかった)
アマプラにあるのは知っていたがもともと西部劇に興味のないタチなのでそのままになっていた。

それで「放射能X」の関連で他の監督作を調べていたらこの「勇者のみ」もゴードン・ダグラスじゃありませんか。なんたる偶然。それでいい機会だから鑑賞。

観てる途中でずっと思ったのは「ああ『独立愚連隊』だあ」と思った。
この映画が直接「独立愚連隊」の元ネタとは思わないけど、こういう西部劇でありがちな設定、というのが「独立愚連隊」に生かされたんだ。
騎兵隊が軍隊で、インディアンが中国人なのだな。

でも「独立愚連隊」では「軍隊でははみ出し者だが一芸を持っていてそれを生かして敵中突破」みたいになるけど、これははみ出し者ははみ出し者のままである。

映画の後半になって「なぜお前たちを選んだのか説明してやろう」と言って「まずは本隊防衛のため優秀な者は残した」と説明を始める。
「お前は部下に威張り散らすだけで出世したがる奴、お前は脱走兵だからまた逃げ出すかも知れないがここは砂漠の中だから脱走も出来ないだろう。お前はラッパ手がいやで兵隊になりたいと言ったがやっぱり臆病、お前は酒浸りなだけ」と容赦ない。

だから部下に嫌われているのだが(もちろん部下の方に非があるが)、一緒に戦ううちにわだかまりはなくなっていくという展開。
それで部下も二人になっていよいよ万事休すになったときに応援隊が駆けつけ、ガトリング銃でインディアンを殲滅。
この時代は「インディアン=悪の権化」で下からねえ。
先の「拳銃画報」の筆者は「ものすごい迫力だった」って書いてたけど、今観るとそれほどではない。でも当時はすごく感じたのかも知れない。

ここで映画は終わるかと思ったら、本隊に帰って自分を誤解していたキャッシーが理解してくれキスして終わる。
やろうと思えば恋愛ドラマをぐちゃぐちゃ出来たけど、割とあっさり。
長年気になっていた映画が見れて満足でした。






ザッケン!


日時 2026年4月5日12:00〜
場所 新宿ピカデリー・スクリーン7
監督 上村奈帆


草野高校に入学した杉野ゆかり(中島瑠菜)は部活動必須の学校なので部活の見学の毎日だが、それもピンとこない。そんな日々に学校の中庭で草を観察していた徳田みみ(通称ドクダミ)(大島美優)と出会う。
どくだみちゃんはいわゆる雑草が大好きで何でも知っていた。草について楽しそうにはなすどくだみちゃんと話す時間はゆかりも楽しい。
でもドクダミちゃんの所属してる「雑草研究部」は顧問の先生が定年退職されてから廃部になっている。
ゆかりの担任の先生(中島歩)と交渉し、部の条件「5名以上の生徒」「顧問の先生」「職員会議での賛成」をとりあえず文化祭まで待ってもらうようにしてもらった。
草野高校野球部の旗には「雑草魂」と書いてある。そこで野球部に交渉したが迷惑がられる。でも玉拾いの生徒・かおる(八神遼介)は関心を持ってくれ、「野球部と兼部」を条件に入ってくれた。学園のユーチューバーも自分たちをゲストにして配信してくれた。
でもゆかりの親は「部活は将来役に立ちそうなことをしなさい」と反対気味。
いよいよ文化祭の季節がやってきた。


スポッティッド=レオーネ作品。製作幹事はアミューズだ。
「雑草研究部」というのは実際に日比谷高校に存在するのだそうだ。自分の好きな草花を「雑草」という言い方をするのは気にならないのか?と思ったが早々に「雑草という草はありません」という昭和天皇の言葉が出てくる。

道の生えている草の研究、という一見何の役にも立たなさそうな研究。「そんなの意味ないでしょ」とゆかりの母親は言う。
親としては「将来役に立つように」と願うのは当然かも知れないけど、でもねえ、それが楽しいんだよ。そしてその楽しさは人生に取って重要なんだよ。

そもそも「将来役に立つために」って努力は永遠にしなくちゃいけない。
10代は20代のため、20代になったら30代のため、30代になったら40代のため、と努力し続けなければならず、永遠に休めることがない。
将来のために何かすることももちろん重要だけど今を楽しむことも重要だ。

この映画、「侍集め」の「七人の侍」パターンかと思ったらそうではない。
「侍集め」が話の主眼で集まってから何かミッションに向かうっていうのがない。
この「侍集め」だけで話が成り立つというのは目新しかった。

そして迎えた文化祭。どくだみちゃんが雑草を好きになるきっかけを作ってくれた前の顧問の先生(岡本信人)のシーンでは涙が出た。
文化祭までは5人目は集まらなかった。でも翌年の春には新歓をしているザッケン。なんと顧問の先生が「部員5名」を撤廃してくれたのだった。

関係ないが担任教師が中島歩。「違う惑星の変な恋人」「このハンバーガー、ピクルス忘れてる」「17歳は止まらない」とクズ男のイメージがあったのでどうなることかとドキドキしたがいい先生のままでよかった。
中島歩の教師に好意的な同僚教師役に中村守里。
「アルプススタンドのはしのほう」ファンとしては彼女が教師役になったかと感慨深い。

青春映画の新しい快作だった。





プロジェクト・ヘイル・メアリー


日時 2026年4月3日18:10〜
場所 新宿バルト9・スクリーン3
監督 フィル・ロード&クリストファー・ミラー


グレース(ライアン・ゴズリング)は巨大宇宙船の中で目が覚めた。長い冬眠状態のせいで一時的に記憶喪失になったようだ。他のクルーは死亡してグレースは一人きりである。
グレースは徐々に記憶を戻していく。
太陽のエネルギーが金星に流れていく現象が観測されていた。このままにしておくと太陽の熱は減少し地球は冷えていき食糧危機が起き人類の大半は死滅すると予想された。この現象を解明するために元は宇宙科学者だったグレースも計画に参加させられた。学会の重鎮を批判したために追放されたのだ。
グレースは太陽エネルギーが流れていくサンプルを入手。これが微生物であり、二酸化炭素を好むために水星ではなく金星に向かうと解明。
この現象は他の恒星でも起こっていたが、ある星だけでこの現象が起こっていない。それは地球から11光年離れた星だった。
この金星に流れていく微生物は同時に膨大なエネルギーを秘めていた。これを宇宙船の燃料にすることでこの星にいくことが可能になった。準備中に事故が起こり本来乗り込む予定だったスタッフが死亡した。無理矢理グレースが乗り込まされた。
その無事な星付近にたどり着いたとき、巨大な宇宙船と遭遇した。その宇宙船はグレースの宇宙船に2隻をつなぐパイプを作りコンタクトを求めてきた。恐る恐る向かうグレース。遭遇したのは4本足で蜘蛛のように歩行する、岩状の生物だった。
お互いの時計、数字を見せ合うことからコミュニケーションを取り始める。やがて自動翻訳も出来るようになり、ロッキーと名付け、音声でのコミュニケーションも可能になった。
無事な星の謎を探るべく最接近する。その大気には星間を移動するエネルギーを補食する微生物がいたのだ。この微生物をそれぞれの星に持ち帰れば太陽は救われる。
グレースとロッキーは別れた。だが帰還途中にその微生物を格納する容器が地球の素材では大丈夫だが、ロッキーの星の素材では保管できず、ロッキーの故郷の星にはたどり着けないとわかった。
迷った末にグレースはサンプルはロケットで地球に送り、自分はロッキーの宇宙船を追いかける。


「地球の危機を救う!」タイプのSF映画。こういったSFは基本好きである。「妖星ゴラス」「ディープ・インパクト」「アルマゲドン」などなど。
今回の目新しさはなんと言っても「異星人が同じことを考えていた!」という点だろう。それは誰も思いつかなかったなあ。

観てる間、「こんなテイストの映画、以前観たなあ」と思っていたが、要するに異文化交流なので「レッドサン」「勇者のみ」みたいな映画である。

「レッドサン」とかは最初は対立していたが、徐々に理解し合い協力する、になるわけだが本作では対立はない。異星人との遭遇にびっくりするわけである。

それにしても最初の遭遇の時に音をならすわけだが、グレースが鳴らした音は「未知との遭遇」の有名な5音階である。お約束なのかなあ。

ラストは地球も助かり、ロッキーの星も助かる。ロッキーの星で暮らすわけだがライアンが生きられる環境を用意してくれた。
そこで彼は冒頭のように授業を始める。
パッと画面が切り替えされて、それを聞いているのはロッキーの星の子供たちである。
ここは泣きそうになった。

日本も(たぶん)アメリカも外国人の排斥問題を抱えている。拝外主義者たちは「外国人は危険だ!」を叫ぶ。
「いまこそ共生だ!」という主張を感じる。
そういう意味でも2020年代らしい映画だった。