2026年5月

   
ミステリー・アリーナ
君のクイズ 名無し ゴジラXメガギラス G消滅作戦(4Kリマスター版) SAKAMOTO DAYS
機動警察パトレイバーezy File.1 スター・ウォーズ 帝国の逆襲 スター・ウォーズ 新たなる希望 シンプル・アクシデント/偶然
特攻任侠自衛隊 未来 許されざる者 オールド・オーク

ミステリー・アリーナ


日時 2026年5月24日16:30〜
場所 新宿ピカデリー・スクリーン8
監督 堤 幸彦


大晦日の夜、今年も「ミステリー・アリーナ」という配信イベントが行われていた。これはこのイベントのために書かれたミステリー小説を司会でイベントの仕掛け人である樺山桃太郎(唐沢寿明)が朗読する。すると彼の脳内イメージがスクリーンに映し出される。それを観ながら聞きながら小説内で起こった事件の犯人を推理するのだ。
犯人が解った人から解答していき、正解の者には賞金100億円!
その小説の内容は、ある雨の晩、人里離れた洋館に集まった大学の同級生たち。だがメンバーは1人ずつ殺されていく。
回答者は一子(芦田愛菜)、ギャンブル(鈴木伸之)、仏滅(奥野荘)、エジソン(野間口徹)、レジェンド(玉山鉄二)、あのミス(浅野ゆう子)と呼ばれる6人だ。
早速レジェンドが解答するが、物語が進むにつれ誤答となって脱落していく。


なんかこう見ててバカバカしくなるのよね。
唐沢寿明のアフロヘアがまずいけない。あれで完全に「漫画」である。
(ここでいうマンガとはコミックのことではない。くだらないもの、の意味である)

結局このイベントを開催してる大企業が負けたものを研究所に拉致してその人間の体液を吸い取りそれを材料に薬を作っているという話。
過去の参加者からたれ込みがあってギャンブルは実は公安の潜入刑事だった、という流れ。

なんかどっかで聞いたような話だなあ。
そしてミステリーの方は回答者が出る度に裏でAIがその回答者の回答が否定されるように小説を書き換えていたという訳。
そんなのもうミステリーじゃないよ。
だからもう犯人当ての楽しみも何もないよ。どうせ芦田愛菜が唐沢寿明を追いつめるというラストはわかってるんだし。

ただただ「漫画」としか言いようのない展開で、「なんだこりゃ?」の感想しか出てこない。原作があるようだが小説なのかな?コミックなのかな?
どうでもいいとしか思えないな。

出演者も「芦田愛菜も大人になったなあ」ぐらいの感想しか出てこない。
唐沢寿明って元々好きではないし。野間口徹とか宇野祥平も出演。このあたりがバイプレーヤーとして実にいい活躍をしている。
それぐらいかな。

でも「君のクイズ」といい本作といい、クイズ番組をモチーフにした映画という今までなかったタイプの映画が2本同時期に公開されるという偶然が興味深い。
今年のワーストワン決定かな。





君のクイズ


日時 2026年5月24日13:45〜
場所 TOHOシネマズ新宿・スクリーン11
監督 吉野耕平


クイズ番組「Q1グランプリ」では日本一のクイズ王を決める戦いを生放送で行っていた。最終決戦に挑むのは三島玲央(中村倫也)と本庄絆(神木隆之介)。最終問題の正解者がチャンピョンになる。アナウンサーが読み始めようとした瞬間に本庄は回答ボタンを押した。まだ一文字も問題を読んでないのに?ところが彼は正解した。
優勝者は本庄と決まったが、三島は納得がいかない。もちろんネット上でも「八百長だ」「番組は答えを教えていた」などと大炎上。
ディレクターの坂田(ムロツヨシ)も局内で批判されていたが、本人は意に返さない。彼は三島や他のクイズ参加者を集めて検証特番を放送することにした。
早すぎる回答に客席からも疑問が相次ぐ。しかしクイズ参加者は「いやすでに出た単語を並べれば回答は二つに絞られる。だから彼は賭けたのではないか?」と回答できる可能性を示す。
番組の途中で不参加だった本庄が突然中継で現れる。彼は「僕がなぜ正解できたか答えてください。これが問題です」と三島に挑戦してきた。
彼は問題の既視感を感じ、過去に本庄が出たクイズ番組の問題を洗い始める。


「問題を聞かないで正解出来たのはなぜか?」だけの予告編を観てきになったので鑑賞。
まあとにかくクイズ番組は昔からあって序々に番組も複雑化してきた。
昔は一般視聴者参加型番組も多かったけどね。
クイズ番組の歴史を変えたのは「クイズミリオネア」ではないのか?
一対一で行うとか回答まで間を持たせるとか斬新だった。好きだったという訳ではない。むしろ「クイズグランプリ」とか「タイムショック」のようなテンポの早いクイズ番組の方が私は好きだったな。最近はタレントばかりが出るルールも複雑な番組が増えたからいっさい観ないけど。

とまあ映画に関係ない話題を書いた。何故かというと映画自体はそれほど書くことがないから。
結局答えは「坂田は『生放送だから二人とも回答できなかったというシーンは避けたい。だから絶対に二人のうちどちらかが回答出来る問題にする』はず、と本庄は予想した。過去の番組で彼が回答したら感情が沸き起こった問題にすると考えた。それは過去の山形のクリーニング店の問題。アナウンサーの唇の動きから自分の問題だと予想して回答した」ということ。

では何故逆に「0文字回答」という八百長が疑われることをしたのか?
本庄は「相手が求める回答をする」という行為に疲れ果て(どれは過去のいじめの経験から来ている)この世界から抜け出したかったから、ということ。

正直そこまでクイズに人生を賭ける(それは三島もだが)のがピンと来ない。でも殺人事件とかの犯罪ではないのにミステリーが成立するのは面白いなとは思う。

でも後半とか長いよ。2時間ある映画だけど1時間半ぐらいに濃縮していたらもっと面白く感じたかも知れない。それにしてもせりふで説明しすぎだな、とも思う。






名無し


日時 2026年5月23日13:25〜
場所 kinocinema新宿・スクリーン1
監督 城定秀夫


ファミレスで突然中年男(佐藤二朗)が店内の客を殺し始めた。多くの死者を出したまま逃走。直ちに警察は捜査を始めた。しかし傷口は鋭利な刃物で刺された痕があるのに防犯カメラの映像には犯人の右手にはなにも写っていない。
いったいどういうことなのか?
刑事の国枝(佐々木蔵之介)達も困惑するばかりだ。そうこうしてるうちに商店街でバットのようなもので人々が撲殺される事件が起こった。
今回も手にはなにも持ってない。同一犯人と思われ、顔写真から過去の事件の洗い出しが始まった。12年前にコンビニの万引きで事情徴収された男と似ている。名前は山田太郎。その時は万引きは誤りだったとして捕まらなかったのだが。
山田太郎は子供の頃から右手を縛っていた。浮浪児として保護した警官もその子が名前もいわず困り果て、結局施設に預ける。そこで戸籍を作るために警官が山田太郎、一緒にいた女の子を山田花子と名付けたのだった。
山田太郎が次に向かうのはどこか。彼の生い立ちを知った国枝は自分が育った養護施設と目星を付け、直ちに向かう。
しかし山田太郎はすでに襲っていた。


城定秀夫監督の最新作。今回は個性派俳優・佐藤二朗の原作、脚本、主演とのこと(城定監督は共同脚本)。
観てる最中から「へ〜佐藤二朗ってこういうこと考えてるんだ」と思う。

山田太郎は右手でさわったものが消えてしまうという特殊能力を持つ。だから刃物やバットを実際に持っていても他人には見えない。
で生き物にさわると一瞬消えて手を離すと姿を現す。だがその生き物は死んでしまうのだ。だからこそ彼は何もさわれないように右手を縛っていた。

だから結局彼は他人に接触することが出来ない。案外彼の親も結果的に殺してしたのかも知れない。
そういう誰とも交流が出来ないという男の孤独、みたいなことが描きたかったのか?

そしてその能力はなぜそんなことが起こったのかとか全く説明なし。
まあなくてもいいとも思うが、あまりにぶっ飛んだ設定だったのでなんだかもやもやが残った。

山田太郎を保護した警官が自分の子供と太郎と花子をつれて動物園に遊びに行く。実はこの警官の息子が後の国枝だった、というというか伏線が出てくる。

80分ない映画だし、退屈しない映画だけど佐藤二朗の独りよがりな面をみたような気がする。
普通なら監督までしそうだけど、今回は別の人に任せたんでしょうね。







ゴジラXメガギラス G消滅作戦(4Kリマスター版)


日時 2026年5月23日19:25〜
場所 TOHOシネマズ日比谷・スクリーン6
監督 手塚昌明
製作 平成12年(2000年)


ストーリー省略。
ゴジラの4K化も昭和、平成と終わっていよいよミレニアムシリーズである。
昭和シリーズは見続けて平成はそのそも封切りで観てるからパス、ミレニアムも当然封切りで観てるが手塚作品なので観ないわけにはいかない。

つまらなくはないが何かもう一つなんだよなあ。
その原因をいろいろ考えてみた。

1、メガギラスがゴジラと戦う理由がない。
モスラなら「平和のため」とかキングギドラなら「地球侵略のため」とか戦う理由があるけど、メガギラスはたまたま実験で現代にタイプトリップしただけ。となると生存のためだけしか存在する理由がない。
ゴジラと戦う理由がないのだよ。

2、ディメンションタイドのゴジラ消滅作戦の方が話の比重が高い。
だから余計にメガギラスの物語上の存在理由がなくなってしまう。

3、そもそも人間側はメガギラスに対抗する作戦をたてていない。
だから人間側は「邪魔だなあ」というだけでほっぽりぱなし。
ここはメガギラスとの対決の作戦もあってもよかったのでは?

という感じでメガギラスの影が薄い。魅力はないわけではないので、余計に惜しかったなと思う。

あと今回の鑑賞で発見したのが、Gグラスパーの戦闘機グリフォンのパイロットが「侍タイムスリッパー」の山口馬木也さんだったこと。
へ〜知らなかった。両方見てる人が少ないのか、話題にならなかったけど。

追記すると桐子隊長がゴジラの背中に貼り付いてカメラが動いてゴジラの顔になるカット、「4K化で合成のなじみがよくなった」と関係者がおっしゃってました。






SAKAMOTO DAYS


日時 2026年5月17日17:25〜
場所 TOHOシネマズ新宿・スクリーン3
監督 福田雄一


凄腕の殺し屋・坂本太郎(目黒蓮)はある日、スーパーの女性葵(上戸彩)に恋をし、結婚。彼女の願いで殺し屋家業も辞め今は「坂本商店」というコンビニを営んでいた。
しかし殺し屋界の上層部は裏切った坂本を許さない。殺し屋たちが次々と襲いかかる。坂本が昔から弟のように可愛がっていた朝倉シン(高橋文哉)は坂本を助けようと訪ね、そして坂本商店の店員となって働き始める。もう一人の店員ルーシャオタンも実は中国マフィアの娘でカンフーの達人。
彼らはチームとなって殺し屋たちと対決する。


福田雄一である。私ははっきり言うけど福田雄一が嫌いである。
あれは映画ではない、コントだ、と「アンダーニンジャ」の時に書いたがその意見は未だに変わってない。

本作はアクションが中心で次々と殺し屋たちがやってくるが、コメディだからおかしな奴らである。まず殺し屋って「サムライ」みたいじゃなきゃ私は好きになれない。
また日本に殺し屋協会があって何十人もいたら月に一人殺したとして年間数百人の殺人事件があることになる。
まあこういった計算をするのは野暮なんだけどね。

撃ってくる弾をサンダルで弾くとかライフルで撃って弾くとかばかばかしくて楽しめない。
でもそれは予告編から分かっていたこと。

じゃなぜ観たかというとそれは桜井日奈子が出ているから。
桜井さんはちょっと縁があって観とかなきゃいけないと思ったのだ。
桜井さんは坂本と対決する殺し屋ではなく、ルーシャオタンと対決する。
ワイヤーアクションなどなさって見事でした。

とにかく福田雄一が映画を撮れなくなる時代に早くなってほしい。
でもヒットするんだなあ。
とにかく私の好きと世間の好きは別物である。







機動警察パトレイバーezy File.1


日時 2026年5月17日10:30〜
場所 新宿ピカデリー・スクリーン3
監督 出渕 裕


産業用ロボット、レイバーが当たり前になった時代、レイバーを用いた犯罪も発生するようになった。警視庁はレイバー犯罪に対抗するべく特車2課を創設。それが通称パトレイバーだ。

CASE1
吉祥寺でクリスマスのイベントで駅前広場にレイバーに装飾した動物が飾られた。しかし商店会のメンバーでレイバーの操縦経験者が乗っ取って暴走。ただちにパトレイバーが出動した。しかし目的はレンタルレイバーの会社が不正改造をして海外に売っていることを暴くためだった。
CASE2
正月も出勤で出動待機の2係。業務日誌を見ても「特になし」の毎日。あまりの退屈さに架空の事件を日誌に書き込む。それはやがて2係メンバーがリレー式に書き込んで話を膨らませていく。
CASE3
映画の撮影の警備に2係はかり出された。今回の映画は時代劇特撮で実写にこだわる監督がレイバーに装飾をさせて巨大蜘蛛を作ったのだ。そこへタイプスリップした自衛隊のレイバーが対決するのだが、手違いで現場は大火事に。しかし監督は「迫力がいい」と撮影を止めない。そして「魔神を出せ」と脚本にないことを要求し、現場は大混乱。ついに事態を収拾のために2係のパトレイバーが出動する。


昔から人気の「パトレイバー」。
今回リメイクというか続編だそうで、特に観る気はなかったけど、新人メンバーに戸谷菊之介が加わったと聞いてとりあえず観た。
「パトレイバー」は観たことがない(でも実写版は観たけど記憶に残ってない)ので世界観についていけるか心配だったが、冒頭に説明があったのでついていけた。

3話で77分なので1話あたり25分ぐらい。再編集してテレビシリーズになるのかな。(今回特別料金で各種割引はなく1900円均一だった)

2係の面々のキャラクターはどういう人がいるのか覚えられない。でも戸谷の役はメインではなかったな。
全員が軽口をたたき合うポップな感じ。
警官たちが軽口をたたき合うって最近の流行なのかね?今テレビ朝日で放送されてる「ボーダレス」(主演・佐藤勝利)もこんな感じだし。
でもかつての「大追跡」もこんな感じだったから「流行」という訳ではないのか。

第3話の時代劇特撮は「大魔神」をモデルにしてるのだろう。
そこへ自衛隊のレイバーがタイムスリップしているという「戦国自衛隊」もミックスしたような映画だ。
まあ現実的にはあんな無茶苦茶な監督はいないだろうけど。
最後のクレジット後に完成した映画の予告編が出てくる。
前半は自衛隊のレイバーがタイムスリップして、と今まで聞いていた話だったが最後は押井守の「赤い眼鏡」が出てくる。きっと撮影の事故で話がつながらなくなって大改変したのだろう。






スター・ウォーズ 帝国の逆襲


日時 2026年5月16日18:45〜
場所 イオンシネマ海老名・スクリーン7
監督 アービン・カシュナー
製作 1980年(昭和55年)


デススターは破壊したものの、反乱軍は秘密基地を失い、新たに氷の惑星に基地を作っていた。帝国軍のダースベイダーはなんとしても反乱軍の基地を探しだそうと各惑星にドロイドを送った。
ルークとハン・ソロは基地周辺をパトロールしていたが、特に異変もないのでソロは帰投。ルークは落ちた隕石を確認しにいったが、そこで野生生物に襲われて捕まってしまう。
フォースによってライトセーバーを手にしてなんとか脱出するルーク。ソロが助けに来たためになんとか基地に帰れた。
帝国軍の襲撃から逃れた反乱軍。逃げ遅れたルークだったが、オビワンのお告げにしたがってフォースの偉人ヨーダを訪ねることに。
一方ソロとレイアはミレニアムファルコンで何とか脱出したが、帝国軍の追っ手から逃れられない。
ソロの旧知の友人を頼って行ってみたがそこはすでにダースベイダーによって支配下に置かれていたため、ソロも捕まってしまう。
レイアやソロの危機を察知したルークは「まだ早い」とヨーダが止めるのも聞かずに修行を中断して彼らの救出に。
そこでダースベイダーと対決する。


引き続きイオンシネマ海老名で「スターウォーズ」である。
今日は12時から3時まで横浜のネイキッドロフトで「参政党と大陰謀時代」のトークイベントがあり、行ってきた。「新たなる希望」が16時からなので「間に合わないかも?」と思ってチケットはあらかじめ購入してなかったが、ぎりぎりで間に合った。でも「帝国の逆襲」あらかじめ買っておいたけど。

でそれはさておき「帝国の逆襲」だ。
これは封切り以来47年ぶりに観たことになる。そのときもあまりおもしろくなかったで再見もしなかった。
オープニングのタイトルロゴ、1980年の初公開の時はルーカスが「世界各国の文字でタイトルを表記してほしい」と言ったらしく、カタカナで「スターウォーズ」と出たので仰け反ったよ。私だけではなかったらしく、不評だったようで「ジェダイの復讐」からは「STARWARS」に戻ったのだな。そんなことを思い出した。
もうあのバージョンは見れないのかしらん。

今回観ていて思ったのだが、やっぱり予算はあがってるね。1作目は砂漠の惑星だもん。何にもない荒野でいいのだから。
でも今回は「氷の惑星」やヨーダの「ジャングルの惑星」など設定が手間がかかっている。

結局この映画ってハンソロとレイアが逃げるばっかりで最後に反転するカタルシスがないいのだよ。ソロなんか冷凍漬けにされちゃうしね。
またミレニアムファルコンが光速を出そうとすると動かないっていうもはやギャグもちょっとくどいかな。
(光速を出そうとして出なくてソロがパネルをガンと拳で叩いたら起動するって1作目にもあったかな?)

あとルークが「スカイウォーカー隊長」とか呼ばれて偉くなってる。
そりゃデススター攻略の功労者だし出世してても不思議はないんだけどね。
なんか古代進が「艦長代理」として事実上の艦長になっての違和感と同じようなものか。

それとルークも前作から3年経ってるせいもあるけど、腕も太くなって「少年らしさ」が無くなったことも楽しめなかった要因かな。
そしてダースベイダーはルークに「私はお前の父親だ」って言い出すし、とにかく観客は放り投げられて終わる。

この後「ジェダイの帰還(初公開時は「復讐」)」の上映があったが23時45分終了でさすがに終電が無くなるので断念。
いつかまたみる機会もあるでしょう。(DVD持ってるけど)

そうそう今日ここで2作品観たわけだけど、両方とも終了してから拍手あり。
あと明日が閉館なので今日は朝8時ぐらいから1作目から順に上映し、16時10分から4作目だったんだ。
その後7作目から9作目まで朝まで上映していた。
すごいな、完走した奴いるのかな?
そして閉館日の5月17日にはまた4作目〜6作目の所謂初期3部作を上映し、夕方に閉館。
お疲れさまでした。







スター・ウォーズ 新たなる希望


日時 2026年5月16日16:10〜
場所 イオンシネマ海老名・スクリーン7
監督 ジョージ・ルーカス
製作 1977年(昭和52年)


ストーリー省略。
今回鑑賞したイオンシネマ海老名はこの5月17日で閉館。
ここは実は日本初のシネコン(現在の形でのシネコン。ぞれ以前から一つの建物に複数の映画館はあることはあったけど、それらは一応独立していたから)だそうで。もちろん開業当時はワーナーマイカルシネマだったそうだ。そういえば新百合ヶ丘のイオンシネマも昔はワーナーマイカルだったな。

でこの7番スクリーンは日本で初めてTHXだそうで、アメリカから技術者も呼んだ調整した本格だとか。それで「スターウォーズの聖地」と呼ばれてるとか。今回初めて知ったけど。

閉館マニアのつもりはないけど、「聖地」と呼ばれる以上、5月
22日から「スターウォーズ」シリーズの新作が上映されるので各地で過去作の再上映が行われてるので40年以上ぶりに劇場で鑑賞。
(封切り以来かな?83年頃の日本語版を松竹で上映された時に観たかみないか記憶が定かではない。でもDVDでは2008年頃に鑑賞してるぞ)
何にしても久しぶりなのだ。

今観ると(当時も言われてたけど)ハン・ソロが出てくるまでが長い。
もう何回も観てるせいか、ちょっと退屈した。
今回上映のバージョンはハン・ソロが積み荷を捨てたことで相手に詰められるんだけど、そこはジャバ・ザ・ハットに変更された奴。
ジャバの後ろを通るときハンソロがジャバのしっぽを踏むために体が上がる。ここは意識してみるとやはり不自然な加工が観られる。

あと最後のデススターの攻撃、溝の中を飛ぶカットが2〜3秒ぐらいの積み重ね。あれ初見のイメージでは20秒以上あるような感じだったがなあ。
あれより激しい映像をその後観たので感覚が麻痺したか。
とにかくあのシーンはものすごい迫力を感じ、見終わった後椅子から立てなかったことはよく覚えている。

「スターウォーズ」の新しさって周りのキャラクターが濃いことなんだな。
タトイーン星の砂漠の怪生物に始まって、酒場のシーンで一挙に登場する怪生物たち。今までのSF映画ではああいう怪生物は登場したけど、性格付けはされておらず、ただただ「ガオー」と吠えて美女に悲鳴を上げさせるだけだった。それが「役」として登場するんだ。
そこがなにより新しかった。すごかった。
最後のデススターに突入する反乱軍にもデブのパイロットがいたりね。

それにしても来年2027年は「スター・ウォーズ誕生50周年」か。
僕自身は興味薄いけどすごいもんですよ。





シンプル・アクシデント/偶然


日時 2026年5月15日18:15〜
場所 新宿ピカデリー・スクリーン6
監督 ジャファル・パナヒ


修理工房で働くワヒドはある日、偶然車が故障して立ち寄った男の足音を聞いて驚愕する。数年前に政権によって逮捕監禁されたときに聞いた足音だ。その時は目隠しをされていたので相手の顔は見ていない。でもあの義足をつけた足音は自分を拷問したエグバルの足音だ。
同僚が車が直した後、ワヒドは男を尾行し、家を特定する。そして翌日、その男が車を修理に出しにいったところを拉致する。
荒れ地に連れて行き穴を掘り、その男を拘束し穴に埋めようとする。しかし身分証明書の名前はエグバルではない。本人も否定する。
自身がなくなったワヒドは友人サラルに事情を説明する。サラルはワヒドと同じように拘束された女性シヴァを紹介してくれた。初対面だがシヴァに会いに行くワヒド。シヴァは友人のゴリとアリの結婚記念の写真撮影をしていた。二人は翌日に結婚の予定だ。シヴァは男をエクバルかどうかわからないという。「もう忘れれば?」というシヴァだがワヒドは踏ん切りがつかない。アリもエグバルに拷問された過去があり、エグバルらしき男がいると知って激怒する。シヴァの元彼のハミドにも確認させようとなった。ハミドはかっとなりやすいタイプで、「エグバルだ」と確信する。
しかしシヴァは「私たちまで人殺しになるわけにはいかない」と解放することを主張する。ゴリはとにかく興奮状態、アリは困り果てている。
その時に男の携帯がなった。出てみると彼の娘から「母親が倒れた」という連絡だった。掘っておくわけいかない彼らは男の家に戻り、母親を病院に連れて行く。


昨年のカンヌ国際映画祭パルムドールだそうで、予告編をピカデリーで観たときに「復讐相手か迷い出すって面白そうだな」と思い鑑賞。
結果的に言って見逃さなくてよかった。
なんていうかこう「大人の映画」って感じなのである。それに比べると「SAKAMOTO DAYS」とか「子供の映画」って感じである。日本の映画人がバカに見えてくる。

イラン映画だそうで、たぶん生まれて初めて見る国の映画。
登場人物は「ホントは暴力はよくない」「暴力に対して暴力で向かったら相手と同じ土俵になるだけ」という。
そういう基本的な「非暴力」の考え方は今や全世界共通なんだね。別にG7のような国だけじゃない。単純に「暴力には暴力」で立ち向かう映画を作ってる国の方がよほど次元が低いとさえ思えてくる。

主人公のワヒドも思わす相手を拉致しちゃったけど後悔し始めている。
他の人に確認してもらうのも実は「エグバルではない」と明確に否定してほしいかのようだ。シヴァは否定派だったのに花嫁のゴリが「エグバルだ」と言い始めたからさらにハミドが出てきて大混乱になる。

そして男の娘から電話があり、母親が子供が産まれるとなる。最初に出てきたときに「妻は妊娠している」という情報がなかったのでやや唐突。
それでもこの娘や母親を助けるワヒド。

結局ハミドは呆れて降りてしまい、ワヒドは郊外に連れて行き恨み言を言い切って許して解放する。
ラスト、日常が戻ったワヒド。
しかし義足の足音が「コツコツ」と聞こえてくる。
やっぱりエグバルだった男が復讐に来たのか、今度こそ本物のエグバルなのか、それとも全く違うのか、ワヒドにとってはトラウマとなって一生おびえながら過ごさねばならない音なのだ。

画面はワヒドの背中だけで足音が鳴り続けるのが長く続く。
このラストは秀逸だった。
カンヌ国際映画祭グランプリの納得である。






特攻任侠自衛隊


日時 2026年5月10日18:50〜
場所 ラピュタ阿佐ヶ谷
監督 土方鉄人
製作 昭和52年(1977年)


サケ・マス漁場の紛争を契機に北方の蛮国ケロスとの関係は緊張した。政府はソ連と交渉し樺太を譲り受けそれをケロスとの交渉に使おうとした。
しかし交渉はまとまらない。そうこうしてる間にケロスの兵士が日本に潜入し後方攪乱を狙っている。自衛隊としてはおおぴっらに戦闘行為はできないので、一人の自衛官に表向きは退役して傭兵を使って殲滅するよう命令する。
彼はヤクザを使うことにし、今は解体業を営んでいる男(飯島洋一)に依頼する。
傭兵として雇われた彼らは60日間の訓練を経てケロスの兵士たちに立ち向かう。なんとか殲滅に成功する。


ラピュタ阿佐ヶ谷「自主映画の黄金時代」という70年代、80年代の自主映画の特集。ラピュタの客層にあうのか知らん?と思ったが今日がこの映画の初日ということあって8割ぐらいは埋まっていた。
この特集ではたぶんこの映画しか観ない。

この映画のことは製作当時から知っていた。キネ旬に記事が載ってたのかな?そして当時東海地方に住んでいたが「名古屋プレイガイドじゃーなる」(なぷじゃが)に上映情報が掲載され日曜日にどこかのホールで1回上映だけだった。その日がちょうど試験期間中で泣く泣く見逃したのだ。
それから40年上、ずっと気になっていたのだった。

もとは16mm作品だと思うけど、今回はDVDでの上映。
見始めて何のことはない、この数年後に同じチームが作った「戦争の犬たち」と同じ構造だ。
「何か事態が起こる」「思ってだって政府は動けない」「仕方なく傭兵を集めて戦闘行為」という流れ。

まあ編集の間は悪いしアフレコだがリップシンクロがずれている。
演技も俳優ではなく素人。
なんか60年代のピンク映画みたいである。
そして集められたハンパ者たちがもともとハンパ者であるが故にいろいろ喧嘩を起こす。

それが組同士の対立になるが、それを「藤沢の親分」が諫めにくる。
この人が両方を手打ちにした後、「もう電車がないな」「2階で寝よう」布団に入るが「やっぱりタクシーで帰ろう」という。
ここがやたらと長いがあれが佐藤重臣さんだったのだろうか?

そして戦闘シーンとなるわけだが、そもそも作戦がよくわかってなし、敵も味方もどっちがどっちだかわからないし、兵士のキャラクターもないし、ただもう撃ちまくってるだけ。
それはそれで頑張ってるけど面白くないなあ。
寝落ちしそうになってやっと飯島洋一が「やった!」と言って作戦終了。

そして「スター・ウォーズ」みたいな自衛隊での表彰式。
そこに日の丸と星条旗が掲げられている。
違和感を持った飯島洋一が偉い人に問いただすと「アメリカに従うことが日本の国防なのだ」と言い放つ。

だが表彰式が終わった後の帰り道で飯島は殺される。
そこで終わるのかと思ったら、自衛隊の建物らしき場所に現れ、ベランダから「これでいいのか!」と演説するが自衛隊員はヤジを飛ばすだけで聞かない。

明らかに三島事件を模しているのだな。
単なる戦争映画かと思ったが、このシーンを入れたことで何か魂を感じた。
まあでも全体的に素人映画だったけどね。






未来


日時 2026年5月10日12:20〜
場所 TOHOシネマズ新宿・スクリーン6
監督 瀬々敬久


篠宮真唯子(黒島結菜)は奈良の夜行バスの停留場でかつての教え子、佐伯章子(山崎七海)に声をかける。しかし章子は逃げるように友人とバスに乗り込んだ。
章子が10歳の時の小学校の担任が真唯子だった。章子の父(松坂桃李)重い病気で余命なかった。章子の母・文乃(北川景子)はホテルの調理場で働き出す。そこで料理長の男と知り合い、やがて結婚した。レストランを開業し、しばらくは順調だったが「ロールキャベツにケチャップをかけたい」と子供が言ったのを拒否し「大人になってから来店されてはどうですか?」と言ってしまったために、レストランは傾き出す。食べログの評価は落ち、クレームの子供が章子の同級生だったために章子もいじめにあう。「臭い」と言われ学校の先生も消臭剤を渡す始末。しかしその臭いが気に入らないと父親は怒り出す。その件を元のホテルのオーナーにも見られ、再就職はなしになる。文乃と章子は逃げ出したが、父親に見つかってしまった。店も手放し父親も行き場がなかったのだ。
真唯子も章子が小学生の時に「章子ばかりえこひいきする」と言われなきクレームを受け、また学生時代にカラオケビデオに出演したことがあり、それがエロ系のものだったため親から問題視され、学校を辞めざるを得なかった。
そして章子の母親も父親によって「介護の仕事」と偽って高齢者施設で売春をさせられていた。
章子の父親・良太も秘密を抱えていた。父親が高校生の頃に同級生と知り合った。彼女の父親は政治家であり、数年前に跡取りとして期待した長男を事故で亡くしていた。それから彼女に対する性的虐待が始まった。それを知った良太は彼女とともに父親にたばこの葉で作った毒を飲ませて殺した。彼女は町から姿を消した。だがある歓楽街で働いていると噂を聞いた良太は彼女を探し出す。そして結婚し名前を変え、文乃となったのだ。


「20年後の自分から手紙が届いた」というファンタジックな設定から始まる映画で湊かなえ原作のミステリーとしか知らずに観た。
ところがびっくり、重量級の暗さ、悲惨さである。

児童虐待とか性的虐待とか観てられないよ。
そして篠宮真唯子と章子の二人が学生時代から悲惨な目に遭うから、もう情報量が多すぎてなにがなんだかわからなくなってくる。
わからないっていうより、「今どっちの話だっけ?」と混乱するのだ。
そして後半に至っては章子の父親・良太の高校時代の同級生(つまり章子の母だけど)も父親を殺していたという二代に渡る悲劇。
重すぎるよ。

「跡取りがいなくなった」という理由で娘の体を傷つける父親(吹越満)とか、幹事長に娘の体を提供する。さらに章子の数少ない親友・亜里沙(野澤しおり)の弟・けんとが登場するが二人の父親が章子の父親の同級生でくず野郎。その手引きでホテルオーナー(利重剛)が美少年好きでけんとをどこかに連れ込んで(映画では出てこないけど)性的な遊びをするとかもうめちゃくちゃである。
ここまで性的加害者が出てくるのはやり過ぎじゃないか。

結局「20年後の章子」から届いた手紙は真唯子が父親に頼まれて書いた手紙だった。同封されていた「ドリームマウンテン30周年」のしおりは真唯子が学生時代に住んでいたアパートで知り合った男がドリームランド
に就職していて誤発注したNG商品だった、という訳。
(ドリームランドとは劇中で登場する「ディズニーランド」がモデルの夢の施設。実際にあったドリームランドではない)

とにかく不幸のてんこ盛りで観ていてつらくなる映画だった。






許されざる者


日時 2026年5月9日11:05〜
場所 ユナイテッドシネマ・ウニクス秩父・スクリーン5
監督 ジョン・ヒューストン
製作 1960年(昭和35年)


テキサスで牧場を営むザカリー一家。数年前に父親はインディアンに殺されたが、長男のベン(バート・ランカスター)と弟二人、母親、末の妹のレイチェル(オードリー・ヘップバーン)の5人で順調にやっていた。
ある日、レイチェルは片目のサーベルを持った異様な老人に出くわす。レイチェルのことを知ってる風のその老人を不信に思う。母親にその男の話をしても「ただの旅の老人だろ」と気にしない。しかし態度では何か知ってる様子だ。
レイチェルにもう一人の牧場主の息子が求婚してきた。ベンは「考えておく」と曖昧に答える。
ベンたちの家の前にカイオワのインディアンたちがやってきた。馬をやる代わりにレイチェルをくれという。レイチェルは元々我々の部族の娘だと。
周りでは「レイチェルはインディアンのカイオワの娘だ」という噂が立つ。噂の元は例の流れ者の老人だ。町の人やベンたちが老人を捕まえて「なぜそんな嘘を言ったか」と問いつめる。「嘘じゃない。ザカリーたちとカイオワ族と戦ったとき、赤ん坊が残った。それをザカリーは引き取った。そしてカイオワ族が俺の息子を人質にしてその赤ん坊を取り返しにきた。だがザカリーは断った。そのために俺の息子は殺されたんだ。死ぬ前に嘘をいうと思うか?」その話の途中でベンの母親は馬に乗せられて首にロープをかけられている流れ者の馬を叩き、流れ者を死なせてしまった。
住民たちはレイチェルがインディアンの娘と知り、縁を切ると言い出す。
やがてカイオワ族もレイチェルを取り戻しに来る。


全くそういうつもりではなかったけど、昨日の「オールド・オーク」といい、この「許されざる者」といい、両方とも先住民と入植者(移民)との対立である。
片方は先住民側の視点であり、片方は入植者の視点である。

この映画、今の視点で見ると違和感があるというか居心地が悪い。
現在はインディアンという呼称はやめてネイティブアメリカン(アメリカ先住民族)である。
この映画の当時は「白人=善」「インディアン=白人の生活を脅かす悪」である。

その中でもこの映画は「悪であるインディアンの娘も愛そう」という視点で描かれ、まあ(当時としては)進歩的な考えである。
でも最後はインディアンたちがレイチェルを取り戻しにきて、銃撃戦となり、弾も尽きかけたところへインディアン否定派だった次男が助けに来るというクライマックス。
結局「インディアン=悪人」の視点はまだ残っている。

そして最後に家に入ってきたレイチェルの兄(と自称する男)が入ってきた時にレイチェルは思わず兄を撃ち殺してしまう。
これは今の視点でみると残酷でしょう。
んでラストは(血がつながってないから大丈夫)ベンとレイチェルは結婚を誓う。

そして家も燃やされてどこか別の土地に行かなきゃいけないけど、鳥が空を飛んでいき希望を感じさせるカットで映画は終わる。
なんか今の視点で見るともやもやが残るなあ。

前半にベンが雇った牧童がいてそれがインディアン出身。
これが後に活躍するかと思ったら、後半では出てこなくなる。これも惜しいな。彼がインディアンとの橋渡しになればよかったのに。

あとそもそもタイトルの「許されざる者」がよくわからない。許せない悪人が登場するかと思ったらそうでもないのだ。
「午前十時の映画祭」枠での上映だが、チラシのこの映画の紹介文では「人種差別と憎悪に心を引き裂かれた彼女(レイチェル)は犠牲者か、それとも呪われた血を引く『許されざる者』なのか」と書いてある。
ええ?レイチェルが許されざる者なの?
そうは全く思わなかった。





オールド・オーク


日時 2026年5月8日19:55〜
場所 新宿武蔵野館スクリーン1
監督 ケン・ローチ


2016年、イギリス北東部の炭坑町。ここはかつては炭坑町として栄えていたが今は寂れる一方。この町でTJバランタインは「オールド・オーク」というパブを開いていた。少ない常連客だけで持っているような店だ。
そこへ余ってる家が格安で買い取られ、そこにシリア難民がやってきた。
前から住んでいる住民たちはシリアの人々に対して言われないヘイトをTJの店でグチり出す。
元々子供たちにサッカーを教えていたり慈善活動をしていたTJはそんな町の空気がいやだったが、昔からの知り合いなので黙って過ごすしかない。
そんな中で英語が堪能なシリア人の女性・ヤラと親しくなる。住民の一人がヤラの父親の形見のカメラを壊してしまい、その修理をしたことがきっかけだった。
住民たちはシリア人排斥のための集会を開きたがったが集まれる場所がない。オールド・オークの奥のパーティルームを貸してほしいと頼んだがTJは「20年使ってなくてぼろぼろだから」と断る。
TJが可愛がっていた犬が別の大型犬と喧嘩になり死んでしまった。
TJは困ってる子供たちのために憩いの場とすることを決意。賛成する仲間に協力してもらい、なんとかみんなで改装してこどもたちに無償で食事が出来るようにする。新たな希望を見つけたTJだったが数日後、配管が壊れ会場は水浸しになった。
数日後、以前サッカーを教えた青年がやってきた。彼の話ではあの配管事故は水圧をあげて故意に破損させたものだという。TJはそれを行った一味が幼なじみと知り愕然とする。しかしTJは「俺は知ってるぞ」とその男に言うにとどめた。


イギリスの田舎町に外国人がやってきて住民ともめる話である。
驚くほど日本で起こりつつある問題と重なる。
「クルド人出て行け」「中国人は犯罪者だ」と聞くに耐えない。そういうヘイト野郎はどこにでもいるのだ。ある意味日本人だけの問題ではないと知ってほっとする。

でもこの映画のラストには共感できないなあ。
映画はこのあとイギリスに来れなかったヤラの父親の死が伝えられ、町中の人が弔問に来るんだ。
それはあり得ないなあ。

まあここで納得して泣く人もいるみたいだけど、私はねえ。
ヘイト野郎は死ぬまでヘイトだよ。
ケン・ローチとしては「希望」で映画を終わらせたかったらしいけど。
その後「連帯」の旗を掲げてお祭りでみんなで行進してるけど甘すぎてねえ。

私だったらTJはどこかでぶちきれるね。
TJがヘイト野郎どもに銃をぶっ放すとか、「もうやめだ!」とばかりにオールドオークに火を放って燃やすとか。そして警察に逮捕されてヤラたちが泣きながら見送るんだ。
俺が監督ならそういう映画にしちゃうね。

映画は全体的に抑制のとれた演出で終始冷静なTJの性格もあって静かだ。その点はよかった。
まあいい映画なんだろうけど好きにはなれなかったな。