2026年7月

   
地球防衛軍(4Kブルーレイ)
MOON and GOLDFISH(限定上映) スパルタカス 江戸川乱歩の美女シリーズ 禁断の実の美女〜「人間椅子」 結局珈琲(2回目)
ゴジラXメカゴジラ(4Kリマスター版) THE ORIGIN OF ULTARAMAN マンハッタン ラブ≠コメデイ

地球防衛軍(4Kブルーレイ)


日時 2026年7月20日
場所 4Kブルーレイ
監督 本多猪四郎
製作 昭和32年(1957年)


ストーリー省略。
この7月15日に「モスラ」「地球防衛軍」の4KUHDが発売。これは4Kを2Kにダウンコンバートした素材を使用してる。
8月19日には「妖星ゴラス」「海底軍艦」「空の大怪獣ラドン」が発売になる。数年前に「午前十時の映画祭」枠で上映された素材を元にしたのだろう。

その時に観ているが何度観てもつまらない。
モゲラがやられたところですべて終わってしまっている。主人公であるはずの佐原健二が全く活躍しないのだ。科学者として登場する志村喬の方が印象的ですらある。
前にも書いたけど佐原健二が地球防衛軍のメンバーではないので、話から外れる。これはよくない。
最後に単身ミステリアンの基地に一人で潜入するが一人で簡単に占有できるからあっけなさすぎて印象に残らない。

東宝としては「怪獣以外の特撮SF」として新ジャンルだったんだよね。
モゲラは最初は出てくるけど、後半はほとんど出てこない。
「怪獣以外路線」も考えてたんだよな。

とまあここまでは毎回思う感想。
今回は今までも思っていたけど書かなかったことを書こう。
外国人出演者のせりふの問題だ。

最初外国からの要人が来て藤田進と面会するが、ここで外国人が英語で挨拶する、それを通訳が訳して話す、というまどろっこしいことをしてるのだ。
考えてみれば東宝SFに外国人が登場するのはたぶん始めてで、どう描こうか迷ってのではないか?

そして有名な「ミナサン、グニュース、グニュース」「カンタンニイウト、チョッケイニハクメートルノレンズデス!」
これは印象に残るようなあ。
一時特撮ヲタクの間では有名なネタだったもんな。

この次の「宇宙大戦争」ではそんなことなかったから、どうだったか確認してみよう。
東宝SF史の1本として他の作品を比べながら観るのが興味深いね。






MOON and GOLDFISH(限定上映)


日時 2026年7月18日12:00〜
場所 ジャック・アンド・ベティ(ベティ)
監督 飯塚冬酒
製作 令和5年(2023年)


ストーリー省略。
公開当時、ケイズで1週間限定上映だったと思うが、よく観に行った。
この映画日記を調べてみたら2023年6月である。ってことは湯布院映画祭の前だったか。

改めて観たけど「高卒認定を取って大学に行く」とか「親の借金で苦しんでいる」とか話がもう「昭和的」である。
なんか違うんだよな。なんか「おっさんの発想」というか。

今日観に行ったのは平井亜門さんの舞台挨拶があったから。1日限りの限定上映があったのは以前から発表があったが、舞台挨拶の発表があったのは水曜日。土曜日は特撮同好会があったから、そこで上映される「スパルタカス」はあわててamazonで注文し、鑑賞した。

舞台挨拶は司会もなくしれっと始まった。飯塚監督と平井さん登壇。
飯塚監督「久しぶりに観たら自分で観ても『古いね』と思った。私は50代ですが20代の青春映画を撮ってみたいと思ったんだよね」
そりゃそうだよなあ。
俺もそう思うもん。「おっさんの考える青春」だよ。

だらだらとした話が続いたが
監督「平井さんには時々会いたくなる」
平井「そうですよね。この間も武蔵野館にトークイベントに来ていただいてましたよね。ご挨拶とか出来なかったですが」
で最後に借金取り役で出演の神林さんも登壇。
監督「今日初めてこの映画をごらんになった方は?」
私は前の方だったのでわからなかったが、8割ぐらいが挙手したらしい。

監督「タイトルのMOONは主人公が女性主人公に渡すペンダントのプレゼント、FISHは最後の弁当のシーンの弁当に入ってる醤油の入れ物」
から来てるんだそうだ。
「登場人物たちは誰かに照らされているから月」みたいな話。
あとはラストの醤油かけ弁当のシーンは中身は実はアイスコーヒーだったそうな。

実は今日午前中、この会場でオーディションが行われていたそうだ。
その映画はジャックアンドベティの開館35周年を記念して映画製作があり、その監督が飯塚さんだそうで。
そのオーディションが行われたということです。
実際の撮影等は来年になるということ。
ジャックアンドベティは経営難と聞いていたが、大丈夫なのかね。

という感じの鑑賞でした。





スパルタカス


日時 2026年7月16日
場所 blu-ray
監督 スタンリー・キューブリック
製作 1960年(昭和35年)


紀元前1世紀。イタリアの鉱山で奴隷として働いていたスパルタカス(カーク・ダグラス)は奴隷商のバタイアタス(ピーター・ユスティノフ)に剣闘士になるべく買われていった。バタイアスの剣闘士養成所で同じく奴隷として働くバリニア(ジーン・シモンズ)にスパルタカスは一目惚れする。
ある日、ローマの元老院議員のクラサス(ローレンス・オリビエ)がやってきて決闘が見たいという。「金を払ってくれるなら」というのでバタイアスは承知した。その決闘は黒人奴隷とスパルタカスの決闘になったが、同じ奴隷を殺すのが許せなかった黒人奴隷はスパルタカスを殺さずにクラサスに刃向かった。黒人奴隷は殺された。またバリニアが売られていくと知ったスパルタカスは反乱を起こす。同調した奴隷たちも暴れだし、ついにはバタイアスの元から逃げ出す。
彼らは軍隊のようにまとまって各地の奴隷たちを解放していく。その途中でスパルタカスはバリニアと再会。
貴族から奪った財宝で海賊の船を使ってそれぞれの故郷に帰ろうとする。
反クラサスの議員の中にはスパルタカス達の反乱を見逃そうとするが、クラサスはそれを許さない。
クラサスは軍隊を率いてスパルタカス達を討つ。
スパルタカス達は再び奴隷になった。クラサスは「誰がスパルタカスか?」と捕虜の奴隷に問う。多くのものが「私がスパルタカスだ!」と宣言。
全員が磔の刑となる。スパルタカスと親友のアントナイナス(トニー・カーティス)はクラサスの命令で決闘させられる。磔の刑は忍びないとアントナイナスを殺すスパルタカス。
スパルタカスは磔にされた。バリニアは彼の子を生んだ。
反クラサスの議員の手はずでバタイアスの手引きで故郷への旅にでるバリニア。旅の途中でバリニアと息子は磔になったスパルタカスと再会した。


話はこんな感じ。
あるきっかけがあって無理に鑑賞。基本史劇は興味がないので何かきっかけがないと見ない。
ハッピーエンドではなく、主人公の挫折の話である。
アメリカン・ニューシネマの前兆かと思ったが、アメリカンニューシネマが台頭するのはもう少しあとなのでそれと結びつけるのは誤りであるようだ。
でも当時観た観客は60年安保の敗北などと関連づけて共感した観客も板かも知れないけど。

むしろ脚本のドルトン・トランボの「赤狩り」に関する方が作り手の思いにつながっているのだろう。
「赤狩り」という独裁政治に翻弄されるトランボの経験は奴隷たちの姿に重なっていると考えても不思議ではない。
トランボは密告によってハリウッドを追放されたが、逆に映画では「スパルタカスは誰だ?」と問われて多くの奴隷が「私だ!」と答えるシーンはクライマックスというか見せ所である。

私としては「うまいなあ」と思ったのは前半のスパルタカスと黒人奴隷の決闘シーンである。
「どちらかが死ぬまで闘う」という決闘だが、ここで黒人が勝ってしまってはスパルタカスが死んで話は終わってしまう。スパルタカスが勝ったら話は続くけどスパルタカスが利己的な男になってしまう。
そこでスパルタカスが負けそうになり、「あわや」となったところで黒人がスパルタカスを殺さずにクラサスに刃向かい槍を投げ、結局は殺されるという展開。
なるほどね。こういうやり方があったか。

「私がスパルタカスだ!」のシーンもいいけど、ラストシーンも好きである。
バリニアは磔にされたスパルタカスと再会、でも監視の兵が近くにいるのでおおっぴらには喜べない。
同行する奴隷商のバタイアスは「あまり大きな声をだすな」とハラハラしている。
ここがよかったですね。

監督のキューブリックは当時31歳。この映画、カーク・ダグラスが製作総指揮である。撮影所主導の時代からスタープロダクションの時代になっていた。監督は当初、別の人だったが、降板し、カーク・ダグラスは前に「突撃」で組んだことのあるキューブリックを起用した。
ダグラスとしては若いキューブリックの方が(ダグラスは当時40代)コントロールしやすいと判断したらしい。

でもキューブリックはほいほいと従うはずもなく対立があったらしい。
いろいろもめたらしいし、キューブリック自身も「あれは私の作品ではない」と言ってるようだ。
でも結果的には名作扱いなのだから、まあ成功だったろうし、キューブリックにとってもこれだけの超大作を任されてその経験は(失敗の経験も含めて)後の映画作りには役に立ってることだろう。






江戸川乱歩の美女シリーズ 禁断の実の美女〜「人間椅子」


日時 2026年7月12日
場所 TSUTAYA宅配レンタルDVD
監督 貞永方久
製作 


明智小五郎(天知茂)は札幌からの飛行機で推理作家の北見佳子(萬田久子)と隣り合わせになり知り合った。帰京し佳子から会いたいと連絡があった。佳子は宝石商高杉(中島久之)との結婚を発表した。
その晩、佳子は高杉の家族とホテルで会食をした。そのホテルで佳子を待っている時にトイレで佳子は首を絞められた。佳子は軽傷で済んだ。浪越警部たちは犯人を捜したが、見つからない。
高杉の妹・ユウコは推理作家志望のため佳子の原稿の清書作業を始めた。しかし佳子の部屋の安楽椅子で休んでいる時に殺された。
明智は安楽椅子の内側から刺されたと推理、椅子を開けてみると中が空洞になっていた。明智たちは椅子の製造会社を訪ねる。
インテリアの会社の田村はその椅子は黒川(レオナルド熊)という職人が作ったという。黒川は人嫌いで通っていて、事件後は行方不明になっていた。黒川の部屋の日記には、黒川が佳子に憧れ、椅子を自分が作るときに中に入れるようにしたと分かった。
その後、佳子の秘書の根岸が自宅で殺された。たまたま根岸のマンションの前に車を止めていた高杉が疑われたが、高杉は女がいてそれが根岸と同じマンションだったのだ。根岸の部屋を高杉や田村、佳子で訪ねた時、高杉が狙撃された。
やがて山中で黒川の死体も発見された
犯人は一体だれなのか?


原作が「人間椅子」ってことで鑑賞。
完全に原作無視である。本来は触覚でのみ愛を感じる男の不気味さ(という表現が適切か微妙なだが)が「人間椅子」なのだが、単純な殺しのトリックに格下げされている。それもすぐに明智に見破られる。
だから椅子職人も単なる殺人の道具作りにされただけ。黒川が殺したわけじゃないし。
高杉を射殺したのは誰だ?と思ったけど、高杉がソファに座ったタイミングでリモコンで銃を撃って殺したというオチ。秘書が殺されたのは佳子はこの復讐話を新作の小説にしていて、それを秘書が読んでしまったから、という訳。

しかも最後になって唐突に「実は高杉の父に殺された男には息子と娘がいた」という話が出てきてそれが佳子と田村だというのだ。
これじゃどっちかというと「魔術師」だよ。
佳子の前の夫とか、見出してくれた今は落ちぶれた編集者とか意味ありげに出てくるけど、結局何の関係もなし。

あまりにもかけ離れたオリジナルストーリーにはあきれ果てるだけである。
時折ヌードも登場し、相変わらずエロ路線。前から思ってるけど、松竹の製作だけど新東宝のいかがわしさが天知茂の出演で想起させる。

これがかなり好評でシリーズ化してたもんなあ。
私はこのシリーズは評価しませんが。





結局珈琲(2回目)


日時 2026年7月11日18:00〜
場所 第8電影
監督 細井じゅん


ストーリー省略。
前に見たときは意識しなかったが「死神バーバー」と結びつけられて語られることも多いので、再度鑑賞。

たしかに「死神バーバー」に登場するピーナッツボーイズという漫才コンビとこの映画に登場する他愛もない文字通り漫才のような会話をしている二人組が同じキャストなので、実はあの漫才コンビと同じ人に見えてくる。
そして「結局珈琲」でも片割れがいなくなる。それも「死神バーバー」で亡くなった方が出てこなくなるのだ。

生き残ったほう(細井じゅん)は「もう一緒には来ないでしょうねえ」といい、「いやその辺にいるわ!」とも言う。
片方は亡くなって死に際に会いに来たものだから「まだその辺にいる」と思ってしまったとも解釈できそうな気がする。

これは「死神バーバー」と「結局珈琲」のキャスティング担当のプロデューサーが同じ直井Pだからこそ出来た意図的な偶然なのだろう。
その辺が前に見たときは意識しなかったが、今回は周りが言ってることが確認出来た。

この映画を紹介してくれた人は「木村聡志の映画みたいな感じ」と教えてくれたが、でもちょっと違う。
何かが違うと思ったが、その何かがわかった。要は恋愛要素が皆無なのだ。
木村聡志の映画は基本恋愛のベクトルがモチーフである。あの人はあの人が好きで、片方はそうでもなく、というすれ違いが会話の妙になっている。その辺が違いかな。

上映会場の第8電影。最近知ったのだが、川口駅前の繁華街にあるビルの2階にあるバー&シアター。
かつてのグリソムギャングぐらいの規模だが、内装は新しい。
たぶん数年しか営業してなかったのではないか?
バースペースとシアターは分けられている。シアターの方だが、天井は低いのに(まあ普通のビルの高さだから)スクリーンはでかい。
だから下の方は座席と被ってしまい、いくら後ろ側の席で段差をつけても前の人の頭が被る。
スクリーンを大きくしたい気持ちは分かるけど、前の人と被っちゃしょうがないだろう。

だが、今回の「結局珈琲」を最後に7月13日で閉店。
なんかちょっと惜しいですね。





ゴジラXメカゴジラ(4Kリマスター版)


日時 2026年7月11日11:20〜
場所 TOHOシネマズ日比谷・スクリーン7
監督 手塚昌明
製作 平成14年(2002年)


ストーリー省略。
ゴジラ4K化シリーズもいよいよ終盤。8月に「東京SOS」が上映される。今日は満席での上映。

もう何回も観てるから新たな発見は特になし。「あの役があの有名俳優だった!」ってのもないなあ。
それよかゴジラが暴れてる街の看板が「武富士」とか「UFJ銀行」とか今はなくなった看板もあるのが感慨深い。
制作から24年の時間の経過を感じる。

正直言うけど自分は沙羅ちゃんの「命が大切云々」とあたりは必要性を感じないんだなあ。もちろんライターは考え抜いてこの台詞や設定を考えたんだろうけど、私はここは退屈である。
(実は初めて言った)

そして大迫力のゴジラ対機龍だけれども、ここは大島ミチルさんの音楽がいいですねえ。伊福部さんの音楽とは違う、迫力ある新たなゴジラ音楽が出来たと思う。
また大島サウンドのゴジラも聴きたい気がする。

終わった後、拍手が起こった(というか起こした)。
みんなも喜んでるようでうれしい。





THE ORIGIN OF ULTARAMAN


日時 2026年7月4日13:55〜
場所 TOHOシネマズ日比谷・スクリーン11
監督 中村裕、吉田一貴


「ウルトラマン」誕生の過程を「ウルトラマン」に影響を受けた人々によって読み解いていくドキュメンタリー。
まずは今やカンヌの常連で日本で世界的知名度の高い、日本映画の代表者のように扱われてる是枝裕和がロサンゼルスにアカデミー賞監督のギルレモ・デル・トロを訪ねてインタビューをするとこらから始まる。
インタビューで出てくるけど是枝監督はこの為だけにロサンゼルスにいったようだ。
是枝監督がウルトラマン好きらしいとは噂で聞いていたけど、ここまで詳しく語るのは初めてじゃないかな?

タイトルも英語だし、インタビューする人も別に製作に携わってないデルトロとか、(私は作品を観たことないが)ニコラス・ウィンディング・レフンとかイギリスの女性SF作家などが登場する。
だから海外の初心者向けに作ったのかなあ?
また初代「ウルトラマン」が生まれていく話に絞り、「セブン」以降はまったくと言っていいほど出てこない。

デルトロたちがいかにウルトラマンに影響を受けたかの話から始める。というかメキシコで放送されていたとは知らなかった。
アメリカンニューシネマの1本に登場人物がテレビを観てるシーンで「ウルトラマン」が写ってたこともあったな。

成田亨のデザインやアルカイックスマイルについても振れられるけど、息子さんが語ってるけど、もはや本人ではないから真相は分からない。
「科学特捜隊」の設定にも触れていて「『ウルトラQ』で一般人が怪獣に毎回関わるのは無理があるから」という点にも触れられる。

またストーリーラインを作ったのは金城哲夫。沖縄戦を経験してるが、関係者は沖縄戦の話を金城から聞いたことがなかったという。

あとゴモラの回。アメリカのモンスターものではモンスターは絶対悪。でも「ウルトラマン」の怪獣は「彼らは仕方なく人間の敵にされてしまった」と敵に寄り添う感覚があってそこがすごい、という。
「これが70年代ではなく、高度経済成長だった60年代に出来たのはすごい」っていう意見も出てきて、ぜんぜん否定はしないが、初代ゴジラの頃から「人間はいつか自然からしっぺ返しにあう」っていうのが東宝のテイストだ。これは敗戦から来てるのかも知れない(個人的意見)

そして円谷さんの起源を「かぐや姫」にさかのぼらせる。「ゴジラ」や「ハワイマレー沖海戦」じゃないんだな。
でもあの「かぐや姫」は特撮部分は素晴らしいし否定はしないけど、ストーリー上は「天から迎えに来たことにしてみんなが目をつぶってる間に逃げ出す」っていう大改変してるんだ。
そこはあえてはずしたな。

最後に現在らしい視点でバルタン星人について語る。(明らかに現在の移民問題と結びつけてるのだろう)
「ウルトラマン」は戦わなくて済む場合は相手を倒さないという視点がある。
だからバルタン星人にも「あなた方がこの星の法律や習慣を守り、とけ込もうとするなら移住も不可能ではないでしょう」と一旦は理解する。
しかし結局はウルトラマンはバルタン星人の円盤を破壊してしまう。
この展開を「理想と現実の当時の限界かなあ」と解釈する。

総じて新説が出るわけでなく(出ても困るけど)まあよくまとまっていた。
桜井さん、黒部さん、毒蝮さんのインタビューもある。でも古谷敏さんのインタビューはなかったな。






マンハッタン


日時 2026年7月4日10:00〜
場所 TOHOシャンテ・スクリーン3(地下)
監督 ウディ・アレン
製作 1979年(昭和54年)


テレビの放送作家のアイザック(ウディ・アレン)は今小説を書いていたがなかなかうまくいかない。彼は二度の離婚歴があるが、現在17歳の高校生・トレイシー(マリエル・ヘミングウエイ)とつき合っていた。
親友の学校教師のエールとはエールの妻とトレイシーを交えて食事に行くほどの仲だった。
ある日、アイザックはエールから「実は雑誌の編集者をしている女性とつき合っている」と告白される。その女性メリーを紹介されたが有名な作家や芸術家、ベルイマンなどの映画監督を「過大評価されている」とかいういやな奴。一方アイザックの二番目の妻ジル(メリル・ストリープ)はアイザックとの離婚のいきさつを本にすると言っていた。それを噂で聞いたアイザックは「やめてくれ」と頼みに行くが聞いてくれない。
ジルはアイザックと別れて女性と自分の子供と3人で暮らしていた。
トレイシーは妻との別れも考えたが、メリーは「他人の家庭を壊したくない」と別れを告げた。日曜日、たまたま誘ったアイザックと公園に行き、にわか雨にあってしまう。それがきっかけで二人の距離は縮まっていく。アイザックはメリーの関係もあり、17歳とつきあい続けるわけには行かないと彼女のロンドン留学の話に賛成し、別れることにする。
しかしメリーとエールは別れきれず、再びつき合いだした。
アイザックはトレイシーとよりを戻そうとして彼女の家に行く。だが彼女はロンドン留学に出かけるところだった。
「今更留学は中止できない」「半年で戻ってくるから」と言うもののアイザックは納得しない。しかしトレイシーは考えを変えなかった。



「午前十時の映画祭」枠で上映。この映画の公開時はキネ旬を読み始めた頃でなんとなく知っていた。当時はみなかったけど、どんな映画か気になっていて、今回上映されたので観た次第。

まるであわない映画だった。
主人公が好きになれないというか共感できる部分は全くない。
テレビの人気放送作家、二度の離婚歴、17歳の高校生とつき合っている(体の関係もある)、そんな私と生きる世界が違う人間の悩みなどまるで共有出来ないのだな。

「あ、そう。大変ですね」としか言いようがないのだな。
私のように結婚してない、恋人もいない人間からすると離婚するとか浮気するとかまるでイメージがわかないのだな。
浮気はちょっと分かるか。多少は人とつき合ったこととはあるし、その中で浮気もあった。それも20代30代のことだもんなあ。もう今はその気持ちがないよ。

しかも映画はせりふの洪水で読むに疲れるほどだ。久々に途中で帰りたくなったよ。

モノクロのニューヨークはきれいでしたけどね。
むしろこの映画が好きな人と「どこが好きだったか」を教えてほしい気がしました。


ラブ≠コメデイ


日時 2026年7月3日18:40〜
場所 TOHOシネマズ・スクリーン7
監督 紙谷楓


神崎麗司(中島健人)はラブコメで人気の俳優。19歳の俳優デビューから似たようなラブコメに出続け、もう30になろうとしていて焦りを感じていた。「もうラブコメはやりたくない」とマネジャーに話すも結局来る仕事は今回のラブコメ。
顔合わせも兼ねた本読みに行くが二日酔いでその時に初めて台本を読む。相手役のアイドル出身の南風美里(長濱ねる)は台詞も完璧に覚えていてやる気満々。だが「いい作品を作りたい」という思いが選考しすぎて脚本にも口を出し暴走気味である。今回のドラマはラブストーリーの大御所、橋谷きな子脚本なのだが、橋谷は「台詞を絶対に変えるな」だが、美里は「その時の感情に突き動かされての台詞もあると思います」と自分の意見をいい、神崎としては先が思いやられる。
撮影が始まった。スケジュールにも口を出していやがられるが、スタッフ全員の名前を覚えていたり、セットの小道具にも関心を持ったりスタッフの評価も高い。
だが初回の視聴率は3%台。熱があるのに撮影を止めるわけにはいかないとがんばる美里の姿を見て神崎もやる気を出していく。だが福岡の神崎の母がガンで危ないという。それを知った神崎はスタッフに頼み込み、なんとか美里のスケジュールを空けてもらう。
美里の母は亡くたった。しかし生きる張り合いを失った美里は撮影に復帰出来ない。美里の母が神崎の大ファンだったと聞かされ、神崎は美里に対しラジオで復帰を呼びかける。
美里は復帰した。最終回の台本が届いた。それは予期しないアンハッピーエンドだった。神崎と美里はプロデューサーに相談に行くが。


タイトルは「ラブノットコメディ」と読む。
いつものコミック原作のキラキラ映画かと思ったらオリジナル作品。しかも東宝、東映、松竹、アスミックなどの大手じゃない。
でも中島健人人気は大したもので、全国で舞台挨拶中継付き。中島健人のラブコメということで楽しみにしていたので初日に来ました。舞台挨拶(上映前だから2回目の挨拶)中継付き。

中島健人がセルフパロディのような作品。
映画の制作現場のあれこれを観客に開かしながら進んでいく。
でも美里のような女優がいたらめんどくさいかな。
スタッフ全員の名前を覚えていたり、セットの美術部の用意した小道具を(いい意味で)由来を聞いてくれたり、スタッフのやる気をアップさせる。

でもせりふを変えたいとか言ったり(言い回しを変えるのはありだろうけど)スケジュールにまで口を挟むのはだめだろう。
そんな彼女にやる気をなくしていた神崎も引っ張られていく、という展開。
王道の展開でよい。

そして自分を高めたい神崎は共演したベテラン俳優・内村賢二(光石研)に「自分は高級な菓子ではなく大福のような気軽に食べれて、でも美味しい菓子のような役者を目指す」と言われ、自分の役割を考え直す。
でもこのとき内村が言っていた「上に上がったら上がったで下がる恐怖が出てくる」というせりふはよかったな。確かにそうかも知れない。

でもラスト、脚本家が書いた別れるラストをハッピーエンドに終わらせる展開はどうなんだろうねえ。俺なんか脚本家の立場にもなるね。
別に「作品を残したい」って脚本家だけのエゴじゃないだろう。
「役者ごとき」とも言わないが、脚本家の思いもあるんだよね。
そういえば「ラジオの時間」っていう「俳優たちが暴走して脚本をめちゃめちゃにしてしまうが、最後は脚本に戻す話」っていうのもあったよね。
この辺は意見の別れるところだろう。

中島健人の上半身裸もあったりのサービス精神もあり、総じて面白かったと思う。
ついパンフレットも買ってしまった。