嗚呼、新宿昭和館

平成14年4月30日 新宿昭和館 最後の日

東京新宿に「新宿昭和館」という映画館があった。
東京以外の方にも少しこの映画館がどういう映画館であったかを説明しよう。

新宿というのは広い繁華街で様々な顔を持つ。
風俗やキャバレー、映画館が集中する歌舞伎町、伊勢丹、三越、丸井などのデパート、紀伊国屋書店本店が立ち並ぶ新宿通り付近。
そして場外馬券売り場などがあり、やや汚さを残す新宿南口地区。
(近年高島屋新宿店が開店し、南口付近はかなり再開発されたがそれでもちょっと裏へまわるとまだ古い繁華街の一角になっている)

そこにこの「新宿昭和館」はあった。
東映任侠映画専門上映館として東京の日本映画ファンにはどこよりも名前を知れれていると言っていい。
常に3本立てで鶴田浩二や高倉健が看板を飾っていた。
この映画館についての歴史、閉館にいたる経緯は僕の文章より朝日新聞4月13日の朝刊記事を参照していただきたい。

在りし日の新宿昭和館

昭和館入り口。
タイル張りの外装がかつての「映画館」を思い出させる。
時代は昭和が終わり平成になって、21世紀に変わってもこの映画館は「そこ」にあった。
僕は東京に住んで20年なるが、初めて来た頃からほとんど変わっていない、名画座というより2番館、3番館という表現の方がしっくりくる映画館だった。

こう書くと日本映画ファンの私がかなり頻繁に通ったように思われるだろうがそうでもない。学生時代には行ったがそれでも10回ぐらいではないだろうか?
映画に飢えていた私にとっては池袋文芸地下の「小津安二郎特集」や「大島渚特集」のほうに通っており、別に昭和館で上映されるヤクザ映画をバカにしていたわけではなかったが、それほど通ったわけではなかった。

(むしろ娯楽映画は不良性感度の高い東映作品より、明るい都会的センスの東宝作品の方が性に合っていたのだろう。だから今でも続いている浅草東宝の土曜日の旧作オールナイト5本立て上映の方が思い出が深い。もう一つあまり行かなかった理由に汚かった事もある。今回再度行ってみて思ったが、壊れかけのイスはあるし、換気が悪いせいか臭かった。これでは女性ファンは来にくいだろう)
「それなら昭和館にはそれほどの思い入れはなかろう」と思われるだろうが、そうは言っても日本映画の全盛期を感じさせるものがあり昭和館の前を通るだけでもわくわくするものがあった。
ラピュタ阿佐ヶ谷などはもちろん魅力的な映画館だが、やはり製作当時とは違う。本にたとえればラピュタ阿佐ヶ谷で見る映画はかつての名作本の復刻版であり、昭和館は手垢も汚れもついた初版本といった趣なのだ。)

そう、「この前を通るだけでわくわくする感覚」が僕にとっての昭和館の魅力だった。
入りもしないで上映予定のポスターだけ見て満足していたんだから迷惑な客だったわけだ。(入っていないのだから正確には客ではないが)

もちろん今でも浅草に行けば同様の番組を上映してる映画館はある。でも生活圏の中にある新宿と僕にとってちょっと離れた所の浅草にあるのでは親しみが違った。
だから就職して映画から遠ざかっていた時期も、この映画館の前を通るたびポスターを眺め自分の中にある日本映画に対する愛情を感じていた。

また上映される映画だけでなく、古めかしい建物がかつて子供の頃に行った近所の映画館を想起させ、なんとも懐かしいものを感じさせたのだ。

入り口横のポスター。
上映中の作品が掲示してある。閉館を告知するポスターがむなしい。

切符売り場横の外壁に貼ってあるポスターたち。
常に3週分のポスターが掲示してあった。
ポスターがなく、手書きの手製のポスターの時もあったがほとんど当時のポスターが貼ってあった。よく保存してあるなあ。

外壁のガラスケースに掲示してあるポスター。
最近の映画館ではこういったものは少ない。かつての映画館ではポスターのほかにスチール写真が掲示されることも多かった。

ここ数年配りだした昭和館通信。
クリックすると拡大します。隅々まで見てやってください。
長らく昭和館から遠ざかっていた私は、最近までこの通信の存在を知らなかった。申し訳ありません。
そんな中、昭和館ついに閉館のニュースを聞いた。
いつかはその日がくることはわかっていた。ビデオの普及など明らかに20年前とは時代は変わっており、いつかは閉館する事はわかっていた。
でもそこで上映されている作品のポスターを見ていると2、30年前と何も変わらず、そしてこれからも変わらないような錯覚を起こさせるものがりにわかには信じられなかった。


閉館の知らせを聞いたら駆けつけざるを得ない。(もっとも閉館でもしなきゃ当分くることはなかったのだ。こんな客ばかりでは閉館もやむ得ない)

で4月16日の最終回に行ってみた。かつては9時から最後の1本を上映し終映時間は10時半が通常だったと記憶する。今は8時から最終回、9時半終映に変わっていた。
切符売り場はすでに閉じられていて入り口で兄ちゃんがテケツ兼モギリで座っている。最後の1本になると割引の1000円なのだが入る時に「9時半終了ですがいいですか?」と訊かれた。映画を見にくる人以上に時間つぶしに来る人が多い証だろう。

タイル張りの場内は昔のままで、早速2階席に上って観た。
ここの2階席は傾斜が急で、気をつけないと転がり落ちそうな錯覚に陥る。
また昭和館はスクリーンの位置が高いので1階席で見ても前の人の頭が邪魔になって見えないという事はない。天井が高く上下に広い劇場なのだ。
私は学生時代によく座ったあたりに座った。
そして4月25日に「緋牡丹博徒」を観て、いよいよ4月30日が来た。
すべての上映が終る瞬間に立ち会いたかったので、夕方から行ってみた。
ここで外観の写真を撮ったが、私と同様の人は何人かいて、写真を撮っている人もちらほら。
切符売り場のおばちゃんはいつもと変わらず、今日が最後だという感傷も感じられずぶっきらぼうに切符を売ってくれた。

中に入るとロビーにも人が多く、カメラ持参の人も多い。
場内に入ったが客席は思ったより埋まっていて7割方は入っている。やはりみんな最後ということで駆けつけたのだろうか?

「網走番外地」、「兄弟仁義 逆縁の盃」の上映。「兄弟仁義〜」の上映では遠藤辰雄のコメディリリーフとしてのベタベタの演技に場内爆笑。かつての映画館はこうだったのだろう。

そして最後の鶴田浩二の「明治侠客伝 三代目襲名」。
上映終了時、スクリーンのカーテンが下り始めると場内約200人の観客から大拍手が!!!!

やはり私と同様のファンは多かったようだ。
その後場内は写真撮影大会。客席やロビーをそれぞれのカメラに収めている。
いったんは外に出た観客達だがみんなこの場を去りがたい思いを抱いている様子でなかなか帰ろうとしない。
劇場スタッフが「ありがとうございました」と深深とお辞儀をする。
いや感謝をするのはこちらの方だ。
今まで本当にありがとう。

懐かしい切符売り場。「無料入場絶対お断り」「ガムを噛んで捨てることはご遠慮ください」などの注意書きが客層を想像させる。
また切符売り場の上部の二つの時計が「只今のお時間」「お帰りのお時間」を表示している。最近こういう表示をする映画館も減ってきた。
時間つぶしのために利用されることが多かった名残だろう。

「昭和館通信」に書いてある「オペラ座を模した貴賓席」ってこの2階席隅の張り出し部分のこと。そういっては失礼だがたいしたものじゃない。

閉館後の昭和館。もう入り口も閉じられたが多数の観客が名残惜しみ、なかなか帰ろうとしない。



2階に上る階段。一体何人の観客がこの階段を上っていった事か!

その階段の途中にあった閉館のご挨拶のポスター。

併設されるポルノ専門館の「昭和館地下劇場」入り口。
私はついに一度も入らなかったが。