砂の器


監督 野村芳太郎
製作 昭和49年(1974年)

(詳しくはキネ旬データベースで)

国鉄蒲田駅操車場で男の他殺体が発見された。
手がかりは被害者と重要参考人の若い男が蒲田駅近くのバーで話していた
東北弁の「カメダ」
最初は人の名前かと思われたカメダだが、土地の名前かも知れない。
秋田県の亀田に今西刑事(丹波哲郎)と吉村刑事(森田健作)は向かった。


この映画を劇場で見るのは20年ぶりではないだろうか?
セリフを暗記するほど何回も見た映画で、レーザーディスクもDVDも買った。
10回以上は見てるだろう。
今回久しぶりに見直したがやっぱり感動した。
心が震えた。

この映画をはじめてみたのは小学6年生の時だったと思うが、
当時から「こんな立派な映画は見たことない」と思った。
偶然見たこのときの感動が後の邦画好きの映画人生のきっかけになった事は
間違いない。

しかし、一体何に私は感動したのだろう?
ライ病が重要な要素だがその社会的偏見を告発する映画ではない。
親子の悲しい運命に涙するだけの映画ではない。
ミステリーとしても面白いがもちろんそれだけではない。
映像と音楽の合体が素晴らしいという映画ではない。

今までこのHPで映画に関する文章を書いてきて、面白かった映画は
それなりにその映画の魅力を文章で書いてきた。
読んだ方に正しく伝わったかは別にして、自分としては伝えられたような
満足感はあった。

ところがこの映画はなんといえばよいのだろう?
何に私は涙したのだろうか?

名シーンはたくさんある。
後半の加藤嘉と春日和秀の旅のシーン群、粥を二人ですするところや
学校の体育の授業を見つめる春日和秀、二人を追い出す浜村純の警官
丹波哲郎の切々と語るセリフ回し(別にラストの捜査会議のシーンだけでない。
「それでは東北弁、いや出雲弁の『カメダ』が」と言ったような何気ないセリフまで)
親子の旅の美しい映像と音楽、極めつけは加藤嘉の
「そ、そんな、しと、しらねぇぇぇ!!」

いやそれだけではない。ワンシーンしか出演しないバイプレーヤーたち。
「田舎のことで大きな犯罪というのはありませんでねえ」という元巡査の
花沢徳衛、「東京の方だから気をつけてるんですよ。土地のもん同士だったらこうは」
という加藤健一、「これは法律的にも認められ取ります、ハイ」と答える浪速区役所の
戸籍係、「昔の事やねえ、確か昭和18年の夏やった」の菅井きん、
「あの、何か事件に関係が・・」の渥美清、「しかし音韻が類似してるところは
ありますよ」の信欣三、「そんな無茶言われても」の鑑識課職員、「あそこですよ、
あそこ。あの角にタバコ屋がおまんなあ」と答える殿山泰司、「お話の様子では
内宮と外宮をお参りになり、鳥羽までお見えになったようでした」の春川ますみ、
「わざわざ遠方まで起こしいただいてご苦労なことです。しかしこの村であの人に
恨みを持つようなものは・・・」という笠智衆、それだけではない、聞き込みの
一人一人の名も知れない俳優たちの顔もしっかり記憶に焼きついている。


左の画像はDVDのライナーノーツだが、ポスターもこんな感じだった。
コピーは「人間の宿命を追って胸迫る感動!」
このポスターを初めて見た人はどういった映画か解るだろうか?
いやそもそも松本清張の作品はタイトルからして変なのが多いぞ。
「ゼロの焦点」「影の車」「球形の荒野」・・・内容はさっぱり想像がつかん。
私もこの映画をはじめてみたきっかけはポスターから内容を想像したのではなく
単に「『原作 松本清張』だから推理物なのだろう」と思ったから。
別にポスターに引かれたわけではない。
当時「点と線」は本で読んでいたし、推理小説は好きだったから、暇にまかせて
地元の二番館に見に行った。

そしてこの映画の圧倒的な迫力に押されて帰ってきたのだ。

「秋田県 羽後亀田につく」という字幕からこの映画は始まる。
ストーリーを字幕で説明するというきわどい事をこの映画はやりつづけるのだが
不思議と違和感はない。
今回初めて気がついたが後半の親子の旅のシーン、あれ、元ネタはチャップリンの
「キッド」ではないだろうか?
「キッド」でも親子の食事のシーンはあったし、亀高駅で親子が抱き合うシーンは
チャップリンが孤児院に連れて行かれる子供を救い出すシーンの裏焼きだ。
「キッド」と「砂の器」を結びつけた文章はお目にかかった事がないが
絶対に間違いない。

しかしそんな「キッド」との類似性を鬼の首を獲ったように語っても
むなしいばかりだ。
「確かにそうですが、それが何か?」とサラリとかわされそうな完成度の高さがある。

この文章を読んでも多分この映画の魅力はさっぱり伝わらないだろう。
文章では伝えられないのがこの映画の魅力だ。

何か人間が生きるということについての究極にかかわるような何か・・・
それが描かれてるような・・・・
多分言葉では言い表せない何かがこの映画にはある。

もう見るしかないのである。