2010年4月

目白三平物語 
うちの女房
怒りの孤島
くちづけ ふくろうの夏 Don’t let it bring you down クレヨンしんちゃん
超時空!嵐を呼ぶオラの花嫁
東京ダダ 
No More Never More
Yokohama Long 
Good-bye
潮騒 怪電波の戦慄 第二篇
透明人間篇
第9地区 密約 したがる先生 濡れて教えて(女教師N) D坂の殺人事件
フランキーの宇宙人 博多ムービー
ちんちろまい
アイガー北壁 宇宙からのメッセージ

目白三平物語 うちの女房


日時 2010年4月29日15:55〜
場所 シネマヴェーラ渋谷
監督 鈴木英夫
製作 昭和32年(1957年)

(詳しくはムービーウォーカーデータベースで)


目白三平(佐野周二)は国鉄に勤めるサラリーマン。
今日は箱根に一人で骨休め。しかし旅館で失恋で自殺を迷っている青年
(佐原健二)に出会い、なんだか休まらない。
帰ったら女房(望月優子)は同窓会で箱根に行きたいという。
近所の八百屋の娘雪子(団令子)に誘われて目白三平はダンスホール
の講習会に出かけるが、そこで雪子にワイシャツに口紅をつけられてしまう。
その口紅で夫婦喧嘩になったり、雪子から恋愛相談を持ち掛けられたり、
目白三平の日常は休まらない。


サラリーマン目白三平シリーズ。佐野周二が主人公を演じる。
ほのぼのとしたエピソードがちりばめられ、ほんわかした喜劇。
以前に見た笠智衆が演じた「亭主のため息」も面白かったが、鈴木英夫は
こうしたほんわか喜劇もお得意だったかも知れない。
ただしクレージー映画のような出世街道物はテンションが違うので面白く
ならないだろう。その代表が「爆笑野郎・大事件」のような気がする。

団令子は妻子ある人と恋愛関係にあったが、実は見合いをしてその人と
結婚しようと思っているとのこと。それがなんと佐原健二。
(まあ予想はついたけど)目白三平は団令子、佐原健二、二人の以前の恋愛
事情を知っていることになるが、「それは秘密にします」とナレーションが
入る。

箱根にいった女房殿だが結局家のことが心配で一晩で帰ってきてしまう。
留守の間に貧乏な親子に毛布を盗まれる事件があったりしたが、
その子供にかりんとうを上げようとするが子供は遠慮してもらいたがらない
といったエピソードも挿入され、結局我が家はなんだかんだ言っても幸せだと
描かれる。

ほのぼのサラリーマン喜劇として目白三平ものが他も見たくなった。



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怒りの孤島


日時 2010年4月29日12:00〜
場所 新橋TCC試写室
監督 久松静児
製作 昭和33年(1958年)

瀬戸内海に浮かぶ孤島では漁に出るときに漁師が一本釣りをし、
「舵子」と呼ばれる少年が舵を取っていた。
しかしこの舵子は重労働、しかもそれを担う10歳程度の少年たちは
もともと低賃金で10年間働く約束をさせられており、いわば売られてきたも
同然だった。
ある日病気で倒れていた仲間が死にかけ、少年たちは祭りの晩に船を奪って
島を抜け出す。
少年たちは本土の警察に駆け込み、その島の実態が明らかになる。
労働基準局や警察や県の役人たちがやってきて島は大騒ぎになるのだが。


日映製作の映画。主催者の解説によるとニュース映画で有名な日映とはちがい、
大映の専務が永田雅一から独立して起こした映画会社だったが、この映画と
もう1本を製作して解散した会社だそうだ。
脚本は成瀬巳喜男作品などで有名な水木洋子。

島の住民にしてみればこの島は元々土地もやせていて農業には向かず、
潮の流れも激しくて、漁をするときにはどうしても常に船を操っている
人間が必要。つまり他の海なら漁師一人で出来る漁も、常に二人で行わなければ
ならない。
従って労働力が安い子供を使うようになり、そのやり方が生業とされてきた。

こどもにろくに食事も与えずに虐待同様に酷使させるのは問題だが、この映画は
その点だけを正義の御旗を掲げて描いては行かない。
それほど強くは語っていないにしろ、「俺たちだって子供の頃は舵子で苦労した。
自分たちがしてきたことをさせて何が悪い!このやり方しかないんだ!」と
労働基準監督局のお役人(原保美)などに食ってかかる。

少年たちの待遇改善を命じられる一方、逃げ出した少年の一人は伯父の左ト全に
「そんなこらえ性のないことでは一人前になれんぞ!」とかえって叱られ、島に戻される。
しかし島の大人たちによって殺されてしまう(らしい。らしいと言うのはそのシーンが
カットされていたのか欠落しているのはなかったからだ。少年が崖から落ちたことに
ついて浜村純の警察官が村人から事情を聞いているシーンで、初めて死んだらしい
と解る)

重労働をさせられ、こらえ性がないと叱られ、その上殺されてしまった少年は
全く浮かばれない。
頑張ることばかりが強調されるこの国の体質も問題だ。
もちろん頑張ることや耐えることも重要なのだけど、それも行き過ぎたら問題だ。
映画の最後は「児童の権利は保障されます」という字幕が出て、児童保護を
訴えている。
しかしただ児童を保護するとかでは問題は解決しないような日本人の体質とか
習慣の矛盾を考えさせられるレベルになっていると思う。
僕には貧困の連鎖というか、法律とかで取り締まるだけでは問題は解決しない
ものを感じた。

キャストでは主要3人の少年が登場。一人は以前から舵子をやっている少年に
鈴木和夫。「ウルトラQ〜五郎とゴロー」のエテキチ少年役が有名。
あと逃げ出す少年で左ト全の甥に手塚茂夫。登場人物の中では比較的美少年で
調べて見ると後のアイドルグループ、スリーファンキーズのメンバー。
映画を見ている最中どこかで見た顔だと思っていたら、テレビ実写版「ワイルド7」
八百だった。
あともう一人、ちょっと耳が遠くて「クレヨンしんちゃん」のボーちゃんみたいな
子が登場。この子は知らない。
そして島の良識派の分教場の先生に織田政雄、その娘に二木てるみ。

プリントは真っ赤で色もわからない状態でノイズもひどくて聞き取りづらかったが
めったに上映されない映画だそうその点価値はあった。



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日時 2010年4月28日
場所 TSUTAYAレンタル
監督 いまおかしんじ




黒木イサクは故郷に帰ってきた。カホ(吉沢美優)はその町で植物状態の弟のハルヒコを
母と共に看護している。実は数年前に黒木が喧嘩でハルヒコに怪我をさせ
それ以来植物状態になったのだ。
黒木は大阪で暮らすうちにイエス様と出会い、ハルヒコや家族の許しを
得ようとこの町に帰ってきたのだ。
しかしハルヒコの先輩などはそれを許さず、カホに黒木を殺させようと
する。カホの母は看護の疲れからかハルヒコを殺そうとするが殺しきれない。
カホをそれをみてデリヘルのバイトを始める。
そして客としてやってきた黒木に「許す」という。
その頃、ハルヒコは起き上がってきて母に「いま何時?」と言う。


雑誌「シナリオ」に「ピンク映画シナリオコンクール」と言うのがあったそうで
その入選作の映画化。
カホはキリスト教徒で伝道師がやっている教会(と言っても建物ではなく
どこかの集会室を借りてやっているようなものだが)に通っている。
また黒木はイエス(らしき人)の啓示を受け、あやまりに来る。

この辺がキリスト教とか「許し」とかの知識、というかもともとの
理解がないと解らない気がする。(罪を許すことを歌った讃美歌らしき
歌も数回登場するし)
しかしその辺のことを知らなくても「許す」ことの重要性を映画は描いて
いると解釈してもいいのかも知れない。

しかし映画のラストシーンでは再びハルヒコは植物状態になっている。
一瞬の幻想だったのか?
カホも一度は捨てた聖書を拾うシーンが最後。
クレジットのとき、愛の大切さを述べる一節がカホのナレーションで入る。

許すということは大変なこと。
これを観た前日に殺人など重要事件の犯罪の時効撤廃の法案が可決された。
正直、複雑だ。

また自転車のシーンがあった。
やはりいまおか映画のアイコンかもしれない。

尚話の舞台は登場人物たちが九州弁を話しているし、大阪に働きに出た
というから九州の設定だと思うが、画面に堂々と登場するJR竹岡駅は
千葉県。
ピンク映画なら九州まで行く予算もないだろうからすべて千葉での撮影で
しょうね。



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くちづけ


日時 2010年4月27日20:10〜
場所 シネマヴェーラ渋谷
監督 筧正典 鈴木英夫 成瀬巳喜男
製作 昭和30年(1955年) 

(詳しくはムービーウォーカー・データベースで)


石坂洋次郎の原作小説を3本オムニバスで映画化。

第1話 くちづけ 監督 筧正典
大学生の青山京子は伯父(十朱久雄)に同居している義姉の
再婚について相談を受ける。
2年前に青山京子の兄が亡くなって以来、そのまま同居しているが
彼女のために再婚を勧めたほうがいいと思い、お見合いをさせたが
その気持ちを聞いてみて欲しいと言うことだ。
気楽に引き受けたものの、青山京子はなんだか釈然としない。

まあ自分と仲のよい義理の姉が再婚するとなると純粋な若い娘としては
複雑な気持ちになるという一篇。
彼女には太刀川洋一演じる大学生の恋人(というには清い関係だが)
にキスをせがまれて「プロポーズもされていない人にそんなことは
されたくない」と拒絶。
今とはえらい違い、というか当時でもホントにここまで純粋だったのか?
勝手なイメージだが石坂洋次郎的ユートピアを感じる。

それにしても青山京子はかわいい。
吉永小百合と長澤まさみを合わせた感じなのだな。


第2話 霧の中の少女 監督 鈴木英夫
会津の実家に帰省中の大学生の司葉子。そんな時、大学の同級生(小泉博)が
貧乏旅行の途中に泊めてくれとはがきが来る。
両親(藤原釜足、賀原夏子)は気が気でないがおばあちゃん(飯田蝶子)は
歓迎する。
妹(中原ひとみ)らと近所の温泉に泊まりに行く司葉子や小泉博。
間違いがないように自分が見張っていると約束した中原ひとみだったが、
夜ふと起きてみると姉たちがいない。

これも石坂洋次郎的ユートピアの潔癖ワールド。
第1話と同じで今では考えられない感覚。
婚前交渉など当たり前、好きなら結婚もなにも関係なくやっちゃえ的感覚の
現代(というか私が物心ついた頃はすでにそうだった)とこういう時代の
感覚とは一体いつごろ線が引かれるのだろう?
中原ひとみの元気一杯の可愛らしさと小泉博の清潔な二枚目ぶりが印象に
残った。

第三話 女同士 監督 成瀬巳喜男
町医者の上原謙の妻高峰秀子はある日、住み込みの看護婦(中村メイコ)の
日記を見てしまう。
そこには医者の先生つまり夫に対する憧れがつづられていた。
浮気されたらたまらないと近所の八百屋の青年、小林桂樹を勧めてみる。
二人はいつも口げんかしているような中だったが、案外嫌いではない。

短編だからそれまでだが、何の困難もなく、小林桂樹と中村メイコは
結婚することになる。妻の心配はなくなってめでたしめでたし、
と思ったらラストにオチが。
新しい看護婦を雇うことになり最後に面接している。
看護婦は後ろ姿なのだが、上原謙はなにやら嬉しそう。
彼女が振り返ると八千草薫!
高峰秀子はとたんに機嫌が悪くなる。女の心配はいつまでもなくなることは
ないという結末。
成瀬巳喜男の映画らしく、最後にチンドン屋が出てきたのには嬉しくなる。



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ふくろうの夏


(劇場公開タイトル「熟女のはらわた 真紅の裂け目」)
日時 2010年4月25日16:30〜
場所 ザ・グリソムギャング
監督 佐野和宏
製作 平成9年(1997年)

(詳しくは日本映画データベースで)

ある男(佐野和宏)が刑務所を脱獄した。自分を売った妻を
殺すためだった。逃亡中に中年男とデート中だったが逃げてきた女の子
と出会う。
二人は妻のもとに向かうのだが。


佐野和宏特集の最後の作品。
4本とも佐野和宏主演だが、やっぱり俳優・佐野和宏には何の魅力も
感じないので、正直、映画として見続けるのはつらい。

主人公の男がワルだが時に優しいというのがキャラクターとして
魅力だが、これが誰それが演じていたらと脳内変換をしなければならない。
もっともこれは佐野和宏作品だけでなく、ピンク映画全般に言える話なのだが。

女の子と出会うきっかけも中年男が女の子を無理やり犯そうとしたところを
見かけて「嫌がってる女をやるのはよくないぜ。やるときゃ合意でなきゃ」
と言って助ける。
主人公二人はある山荘に隠れているときにその物件を案内してきた不動産屋の
青年と有閑マダムがやってくる。
マダムが青年を誘惑している間に車を奪って妻のもとへ。

主人公が妻が畑仕事をしている時にいざ殺そうとしらその時に赤ん坊の泣き声が
聞こえる。
その声を聞いたら拳銃の引き金も引けなくなってしまう。

女の子は「きっと奥さんはあなたに更生してもらいたかったのよ」と語りかける。
山荘に戻ってきて車を不動産屋に返す主人公。
だが有閑マダムを犯そうとしたときに、「やるときは合意でなければ
ならないんでしょ!」とマダムを守ろうとした女の子に主人公は撃たれてしまう。

お話は面白いし、この主人公のキャラクターもいいのだが、さっきも書いたような
ピンク映画特有の男優の弱さで魅力半減。
それでも自分が主役になるような映画の脚本を書くのだから、やはり自分が
こういうかっこいい役を演じたいのだろう。
ホントに出演するのがいやならそんな脚本書かなければいい。
やっぱり自分がいい役をやりたい一種ナルシストなのだな。

あと、女の子は中年男と5万円もらってデートしているのだが、やはりただの
デートだけでは我慢できなくなった中年男が「彼女の野外オナニーを目撃し、
そのまま絡みになだれ込む」というシーンがあるが、それがまんま中年男
の妄想だったというシーンは大笑いした。
その中年男の気持ち、痛いほどよくわかります。



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Don’t let it bring you down

(劇場公開タイトル「変態テレフォンONANIE」)
日時 2010年4月25日15:00〜
場所 ザ・グリソムギャング
監督 佐野和宏
製作 平成5年(1993年)

(詳しくはムービーウォーカー・データベースで)


自衛隊を退役した男(佐野和宏)は自衛隊の秘密文書を入手し、妻と共に
逃亡中。妻の父が危篤と知り父と妹が住む実家に向かっていた。
しかし追手の警務隊が迫る。
そんな時、自分で製作した8mm映画を巡回上映している青年に出会う。
この青年に協力を頼み、自分たちの伝言を妹に伝えてもらうのだが。


自衛隊の何を盗んだかは画面にちらっと出てきて徴兵制に関する文書だと
示されるが、あまりそれがテーマではないみたい。
むしろマクガフィンとして考えるべきだろう。

はっきり言って主人公二人に協力する青年は別に映画青年である必要は
ない。個別訪問セールスをしている男で事足りるし、その方が物語としては
自然だろう。
しかしこれは映画青年でなければならなかった。

青年の作った映画を主人公二人は見させられる。
しかし劇中で二人は「ひどい映画」と酷評する。上映後、感想を聞かれた
妻は「映画に出てきた空がきれいだった」と言う。
結局自衛隊の警務隊に二人は殺されてしまう。
その遺体を持って自衛隊の飛行機が展示してある公園に向かう。

昼間、主人公夫婦とその公園に行った時、主人公は昔パイロットで
「いつかお前を乗せて夜景を見に連れてってやりたかった」と言う。
そのことが伏線になり、二人が殺された後、遺体を飛行機の操縦席に
乗せ、操縦席の横にスクリーンを張り、自分の映画からその空のシーン
だけを抜き出して映し出す。

映画でそれを見るとまるで二人で空を飛んでいるかのような画になるのだ。
ああ、これがやりたかったのだろうなあ。
自分でそれを演じているもんだから、ロマンティストで(自分でやったのは
あくまで製作費がなかったからかもしれないけど)ナルシストなのだな、
佐野和宏と言う人は。

あと追っかけてくる警務隊の上司の方がゲイでニューハーフとプレイする
シーンが挿入される。
別にここは普通に男女の絡みでもいいと思う。
上映後のトークショーでそのことを聞いてみると追手の男の不気味さ
を出したかったし、また期待したお客を裏切りたいという意地悪心があったそうだ。
ふ〜ん、やっぱりピンク映画なんだからそこは素直に男女にしておけばよかったんでは?
ゲイ向けの映画ならそれでいいんだろけど。



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クレヨンしんちゃん 超時空!嵐を呼ぶオラの花嫁


日時 2010年4月25日11:50〜
場所 新宿ピカデリー・スクリーン10
監督 しぎのあきら

(詳しくはムービーウォーカー・データベースで)
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いつものように公園でリアルままごとをして遊んでいる春日部防衛隊
の面々。そこへきれいなお姉さんがやってくる。
未来の春日部市で、しんのすけのお嫁さんになる人だというのだ。
お姉さんの話ではしんちゃんは未来で大変なことになり、助けを
求めているのだと言う。
しんのすけはお姉さんに連れられて未来に行くが、ついでに
春日部防衛隊の面々も未来に行ってしまう。
そこは暗黒の世界でスラム街と繁栄している地域にくっきり分かれた
世界だった!!


毎年見ている「クレヨンしんちゃん」。
今年こそ見るのはやめようと思ったが評判がよさそうなので見てみる。
最近のに比べ面白くはあったが、やや不満点もある。

よかった点を先に書くと「子供と未来」をモチーフにすえた点。
「セレブ婚したい」「大企業の社長になる」「売れっ子漫画家になる」
など子供らしい夢がリアルままごとで描かれる。
こちらとしてはほほえましい限りだが、それが未来に行って裏切られて
行くのが面白い。
ただ春日部防衛隊の面々の未来が割りとあっさり描かれてしまい、
私としてはもう少し、未来での姿のズレと描いて欲しかったと思う。
例えばうまく行かなくなった過程など。
しかし子供向けの映画なので、その辺はねちっこく描くと子供向け
映画としてはきついかも。

後半は30分以上悪の大将の金増電機の社長との戦いがくどくて
眠くなった。
また未来都市の描き方が「ブレードランナー」になっていて
やはりこの世界観からなかなか抜け出せないものだと痛感。



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東京ダダ No More Never More


(劇場公開タイトル「発情不倫妻」)
日時 2010年4月24日16:30〜
場所 ザ・グリソムギャング
監督 佐野和宏
製作 平成3年(1991年)

(詳しくはムービーウォーカー・データベースで)


佐野和宏扮する前衛的なアーティストはその学生時代の友人の妻と
不倫していた。
ある日、訪ねてきたその妻(岸加奈子)と自分のアトリエでボディ
ペインティングをしながらセックスを楽しむ。
その妻の妹が美大生で、佐野和宏に興味を持ち始めるのだが。


グリソムギャングの佐野和宏特集の2本目。
今回は佐野和宏はひげを蓄えて売れない前衛芸術家に扮する。
話は実際にどうでもいい、というか魅力がない。

でもボディペインティングのシーンは体中にペンキを塗りたくり
そのカラフルな色がやがては濃い色に染まっていく様は実に
美しくグロテスクでセクシー。

また幻想の(?)のシーンで砂丘(浜岡砂丘だそうだが)でこれまた
濡れ場を演じるシーンは天気もよく、青空と砂漠のベージュ色の
コントラストが鮮やかで、これまた美しい。
最近の日本映画では見ることができないような美しさだった。

で実は記憶しているのはこの2シーンぐらい。
話の方は特に展開があるわけではなく、話で引っ張られる映画ではなく、
上記の2シーンをはじめとして映像の美しさが記憶に残る映画。

トークイベントではピンク映画の撮影期間は普通4日、最近は3日、
という話を聞き、その期間でもこれだけの画が撮れるのだから大したものだと
思う。



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Yokohama Long Good-bye

(劇場公開タイトル「変態性戯 みだらに苛めて!」)
日時 2010年4月24日15:00〜
場所 ザ・グリソムギャング
監督 佐野和宏
製作 平成3年(1991年)

(詳しくは日本映画データベースで)


佐野和宏の私立探偵はある女性(岸加奈子)から自分のバーで働いていた女性
が失踪し、その行方調査を依頼される。
手掛かりは彼女が以前付き合っていて今はディスコでヤクの売人をしている男が
知っているのではないかということだった。
調べ始めた探偵のまわりに「はらわたが腐っている」悪い奴が登場するが
この男がSM趣味で・・・


「ピンク四天王」と呼ばれた佐野和宏の監督主演作。
監督所蔵の16mmプリントの上映で、全くニュープリント状態だから
画面は実に美しい。

横浜を舞台にした探偵もの、ということで90年代ぐらいまでははやってましたね、
日本でも。
横浜は以前は異国情緒もあったものだが、今は赤レンガ倉庫もショッピングセンター
に改造されたようでその面影は今やない。

正直言うけど主演の佐野和宏が役者としては何の魅力もなく、映画は白ける
ばかり。
悪い奴と出会った時も「臭いにおいがするぜ」「何のこと」「お前のはらわたが
腐ったにおいだ」「あたしの体からはアラミスの香りしかしないわ」「じゃ
鼻も腐っているんだ」というようなやり取り。

こういうエリオット・グールドとかハンフリー・ボカートがいうと
それなりに様になるが、やはりそうでないと白けるばかりなのだよ。
いやそもそも日本人の会話ではこういうものは似合わないのかも知れない。

結局悪い奴がM女として調教していたみたいなオチで(もはやよく覚えていない)
解決。
見せ場であるはずの濡れ場で依頼人とその探してほしかったターゲットの
女性の絡みのシーンがあるのだが、悪い奴が「いいもの見せてあげる」
とビデオ録画した二人のレズシーンを見せる。
それをテレビに映った画面を撮影しているから本来見せ場になるはずの
絡みがさっぱり見せ場にならない。

作家性も解るけど、ここはちゃんと35mmカメラで撮って編集した方が
よかったのでは?
ピンク映画なんだから。



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潮騒

日時 2010年4月24日10:30〜 
場所 フィルムセンター
監督 谷口千吉
製作 昭和29年(1954年)

(詳しくはムービーウォーカー・データベースで)


伊勢で漁師の見習いをしている新治(久保明)は島に帰ってきた網元(上田吉二郎)の
娘の初江(青山京子)に一目ぼれ。しかし周りの者は役場の安夫(太刀川洋一)
と結婚すると思っていた。
ある嵐の日、新治は山小屋で初江と出会う。服を乾かす二人は抱き合い将来を誓う。
村では二人のことが噂になったが網元が許さない。
新治と安夫は網元の持つ大きな船に乗ることに。
そして船は嵐に襲われるのだが。

青春映画の定番「潮騒」の第1回の映画化。
久保明さんも当時18歳で今でいうならイケメンスター。
青山京子はぽっちゃり丸顔で、今でいうなら長澤まさみとなんとなく
似ている(あと吉永小百合もちょっと入っている)

例の有名な嵐のシーンの前に、干し草をしまう小屋で二人は出会うのだが、
その時に青山京子の服の胸が汚れる。
それを見て久保明がドキッとするシーンが実に初々しい。
そして嵐のシーン。雨にぬれた服を青山京子が乾かすのだが胸を隠している。
その時胸の谷間の上の方がちらと映るのだがなかなかの巨乳。
エロスですねえ。

それが噂になった二人だが、久保明は太刀川洋一とともに三船敏郎が船長を務める
大型船に船員見習いで乗ることに。
この船が嵐にあって迫力のスペクタクル(と言うほどでもないが)
太刀川洋一は役場では出世コースに乗って青山京子とも結婚し、やがては村の村長
にでもなってやろうと考えているようなやな奴。
で嵐のときに船を固定しているもやいが切れてしまい、誰かがあたらしいもやいを
ブイにつけに行かねばならない。
そこで新治が進んで海に飛び込んでめでたく船は救われる。

嵐が過ぎ去った後、母親の仲間が二人の結婚を網元に認めさせようと直談判に。
「新治と初江のことで話がある」というおばさんたちに「あれはもう決まっているよ。
二人は結婚させる。船長に頼んで新治と安夫とどっちが見込みがあるが見張って
もらったんじゃ」というシーンは上田吉二郎の見せどころ。
さわやかな感動がありましたね。

男を認められ、網元に結婚を許されるというめでたしめでたし。



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怪電波の戦慄 第二篇 透明人間篇


日時 2010年4月18日21:00〜
場所 銀座シネパトス2
監督 藤間林太郎
製作 昭和14年(1939年)

(詳しくは日本映画データベースで)



1939年(昭和14年)の大都映画。
大都映画に関しては昨年に新書が発売され、勉強させていただいた。
大衆娯楽映画を量産した会社で、そのほとんどは残っていない。
その中でもフィルムセンター所蔵の「怪電波の戦慄 第二篇 透明人間篇」
の上映。

前後編の2部作だが、後編が39分(現存フィルムは37分)で、その後編
のみの上映となる。
オープニングは前編のダイジェストと思われる断片的なアクションシーンが
続く。

要するに優秀な科学者が電波操縦できる(要はリモコンだ)ロボット
(映画では人間タンクと呼ばれる)を作ってそれを悪用しようとする
悪い奴に学者とその娘が誘拐され、好漢の水原君が活躍し、水島道太郎
扮する(最後まで顔は見せないけど)黒覆面の男が敵か味方か時々
出現するという話。

前後編の2部作というあたり、まだまだサイレント期の連続活劇の興行形態が
残っていたのだろう。
また格闘シーンの動きの派手さ、というか腕の振り回し方とか、殴られ方などの
リアクションがまだまだサイレント映画を見るようだ。
この映画自体はトーキーだが、演出方法というのはすぐに切り替わるわけではなく
まだまだその頃の演出が残っているのだろう。

でこの映画の見所はやっぱり人間タンク。
いかにも「ロボット」というべき造形で、愛すべき形。
「禁断の惑星」のロビーや「宇宙家族ロビンソン」の大先輩言える存在だ。
しかもこの人間タンク、この後編では単なるロボットというだけでなく、透明に
なる機能がつき、突然透明になって驚いていると後から羽交い絞めにする
という忍者映画さながらの大活躍。
さらにこの人間タンク、海からも現れるというすごいことをする。
撮影では水が入って大変だったろう。
それにこの人間タンクは電波操縦なのですが、まだまだリモコンという技術が
珍しかったんでしょうね。
楽しいですねえ。

また博士は「こんな発明があるから悪い奴が現れるのだ」と人間タンクの設計図を
燃やしてしまう。
そうです、芹沢博士の15年も前から科学者は自分の発明が悪用されることと
戦わなければならないのだ。

でラストは結局人間タンクは破壊され、悪漢は倒され、黒覆面の男は味方だったと
明かされる。
で主人公の水原君と博士の娘が海岸でデートしていると、人間タンクが現れる。
「あれ?さっきやられたんじゃなかったの?」と思っていると、水原君の友人の
映画の三枚目くんがロボットを被っていて、最後に「僕だよ」と頭を脱ぐという
ネタ晴らしのサービス付。

前篇がないのが実に惜しまれる。
人間タンクはどこかで商品化してほしいものだ。



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第9地区

日時 2010年17:10〜
場所 丸の内ピカデリー
監督 ニール・ブロンカンプ

(詳しくはムービーウォーカー・データベースで)

(公式HPへ)


1981年、南アフリカのヨハネスブルグ上空に巨大宇宙船が登場した!
しかし宇宙船は止まったまま何もしない。
しびれを切らした人類は意を決して宇宙船内に入ってみるとそこには
気力を無くした宇宙人たちがいた。彼らはヨハネスブルグのある場所に移される。
それから28年、宇宙人地区(第9地区)もスラム化し、宇宙人のすみかの
移設を試みる。
宇宙人たちにそれを伝えに言ったヴィカスは第9地区のある宇宙人の
家で誤って黒い液体を浴びてしまう。
ところがその液体を浴びてからヴィカスの体に変調が!
そう左腕が宇宙人と同じになってきた。このまま自分は宇宙人と
同じ体になってしまうのだろうか?
DNA研究の材料としようとする政府から逃れるヴィカス。
逃げ込んだ先は第9地区だった。


宇宙人がやってきてそれを隔離してその街がスラム化して20年、という
かなりぶっ飛んだ設定のため、SF映画のパロディのようなブラックコメディ
を連想していたが、かなり違っていた。
見てる途中で気がついたが、これは「アバター」と同じだ。
「アバター」は地球人が他の惑星に行ったが、こちらは地球に他の惑星が来る。
そして異文化の衝突があり、その中間的存在が生まれ、どちらの立場にも
立つようになる、という点では全く同じ。

で、宇宙人の武器はDNAのチェックがあって地球人には使えず宇宙人しか作動
しないように出来ているという設定があり、ヴィガスが宇宙人と人間の特徴を持った
のでその武器が扱えるようになる。
それで兵器産業はヴィカスをサンプルとしては金脈同様として捕獲に走る。
マスコミは「ヴィカスは宇宙人と性行為をして病気になった」と報道するのが
面白い。

黒い液体というのは宇宙人たちの宇宙船を動かす動力になるもの。
その黒い液体を取り戻すべく元の持ち主の宇宙人と研究室に潜入する。
研究室には宇宙人の解剖を行っている部屋があり、たまたまその部屋に
入ってしまう。
そこで宇宙人がある遺体の前で(追手が迫っているにも関わらず)立ち尽くす
シーンがある。
このシーン、どこかで見たことがあるなと思ったら思い出した!
「七人の侍」だ。砦に攻めに行った土屋嘉男が妻と再会するシーンだ。

ラストはヴィカスと宇宙人には友情が生まれ、身をもってヴィカスは宇宙人を
助ける展開。
割とありふれた結末だった。
そしてヴィカスのその後は解らない。
ただしラストに登場する宇宙人が肉体が宇宙人化したヴィカスであるらしいこと
を暗示して終わる。

異民族とか人種の対立をテーマにしているのは明らかだと思うが、こういった
ものがまだまだテーマになるということがこの地球上ではこの対立があるのだ。
日本ではせいぜいコリアン、中国人排斥運動ぐらいだから(それも一部の
「右翼」的な人の話だ)正直自分の身に置き換えてみるようなことはなかった。

それにしてもこの映画、導入はヴィカスを取材したテレビ番組の素材を見せる
ことから始まる。
これがまたハンディカメラの揺れる映像なのだよ。
止めてくれないかなあ、そういう映像。



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密約

日時 2010年4月18日13:45〜 
場所 新宿武蔵野館2
監督 
製作 昭和53年(1978年)

(詳しくはムービーウォーカー・データベースで)



沖縄返還交渉も山場を迎えた昭和46年2月。
毎日新聞記者の石山(北村和夫)は外務省担当のキャップとして
返還交渉の取材を担当することに。
日本は返還の際に、米軍基地の地主に対し補償を請求する請求権を
要求していたがアメリカはこれを飲みそうにない。
しかし沖縄の返還を実現させたい日本政府は、アメリカに支払う金額に
上乗せして事実上、日本が肩代わりしてアメリカに支払わせない密約を
交わしていた。
石山は外務省審議官(滝田裕介)の秘書官(吉行和子)に文書のコピーをさせ、
それを新聞ですっぱ抜く。
やがて石山たちは逮捕されるのだが。


「22年の時を経て劇場公開!」というキャッチコピーだから1988年に
製作されたかと思ったら、1988年にキネカ大森で公開、実際の製作は
1978年にテレビ朝日が製作したテレビムービーだったと言うから驚く。
面白おかしい映画ばかり作ろうとする今のテレビ界とは大違いだ。

映画は3部構成。
まず第1部は石山の視点から取材の必要性から秘書官に近づいていく過程を描く。
2部は秘書官が石山に誘われ、だんだんと石山から邪険に扱われるように
なっていく様を描き、3部は裁判を膨張していた女性作家(大空真弓)が
この秘書官はどういう女性だったかを描いていく。

2部あたりで北村和夫と吉行和子が抱き合ってダンスするシーンは妙に
生々しくてえぐい。
1部では社会派的であったドラマの視点もどんどん吉行和子が北村和夫に
利用され、やがては捨てられていく演歌のようなドラマになっていく。
特に石山がアメリカに40日の取材に行き、いく前にお土産は何がいいと
聞かれたにも関わらず、頼まれたお土産の香水をすっかり忘れていて、
帰国してホテルで出会ったときに「私、今日香水をつけていないの」
と言ってみるが石山に「はあ?」というリアクションをされ、がっかりする
あたりなど悲恋たっぷりだ。
(石山は書類のコピーを送ってくれと言ったにも関わらず、それをさっぱり
見ていなかったりするというどんどん「哀れな女」が増していく)

そして3部では実はこの秘書官が浮気癖があり、石山にもてあそばれたように
装っているが実は自分から誘っていたのではないかと描き出す。
うーん、正直、映画の描き方としてどうかと思う。
この女性の人間性を描くこと主軸とする映画ならこれでいいのだろうが
本来なら「密約をすっぱ抜いたことの是非を問う裁判がいつの間にか
女性と不倫関係になって書類を持ち出すことの是非」になってしまったおかしさを
描くはずだったのに、映画そのものが女性問題に摩り替わってしまっていると思う。

そりゃ世間の関心がこう移っていった、というのを忠実に描いていっただけかも
知れないけど、映画そのものが軸足がぶれているように思う。
それに後半、この女性について取材する女性作家は「ひょっとしたらスキャンダラス
になるようにどこかから指示を受けているかも知れない」と疑問を抱くが、
それを言ったら以前、この秘書官から誘われた京都に住む男性もウソを
言っている可能性だってある。

事実はすべて解らないのだと思うが、映画の軸足すらぶれているように見えるのが
惜しい。
それにしてもその女性作家が登場したあたりで本を持っていたがその本は多分
「日本列島」と書いてあった。
熊井啓が映画にした「日本列島」だったのだろうか?



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したがる先生 濡れて教えて(女教師N)

日時 2010年4月15日
場所 録画DVD
監督 今岡信治
製作 2002年(平成14年)

高校教師の紀子(高野まりえ)は年下の恋人、耕一(吉岡睦雄)と付き合っていたが
耕一は浮気がち。今日も耕一にせがまれてしてみたものの、彼の足の裏には
バイト先で知り合ってHした子の電話番号が書いてある。
そんな彼をもてあます紀子だったが、同僚は「許しちゃだめ」とアドバイス。
一方耕一は仲直りを言い出すものの、紀子は許さない。
それで喧嘩したときに耕一の服は公園の噴水で濡れてしまう。
仕方なく、コインラインドリーで乾かす耕一。その時に予備校生の女の子と
知り合う。
紀子は生徒中村から絵のモデルになってほしいと頼まれる。
行ってみた紀子だったが、中村はトイレで着替える紀子を盗撮していた。
数日後、中村は自殺。前の学校でも先生にストーカー行為をして退学に
なった過去を持っていたと同僚から聞かされる紀子。
耕一は結局、知り合った予備校生と仲が深まっていくようで紀子は気が気でない。


国映製作の今岡信治(いまおかしんじ)監督のピンク映画。
「白日夢」以外の映画は初めて見た。
ピンク映画にありがちな濡れ場と濡れ場がただつながっているような映画ではない。
セックスしたことにより、話が展開していく。
冒頭、紀子は耕一とセックスしたから足の裏の電話番号に気づく、と言うような
感じで濡れ場のための濡れ場に終わっていない。
この辺の脚本の持っていきかたが面白い。

そして何か画に力がある。
映像での表現が感じられ、不思議と映像に引き込まれる。
ピンク映画でこんな経験は初めてだ。

ラスト、耕一と予備校生の子が紀子のいるスナックに入ってきて、紀子は
「うまくやってね。こいつ、時々浮気癖があるから」と余裕を持っていったつもりが
「ありがとうございます」「どういたしまして」と言う会話で、いつの間にか
紀子は敗者として打ちのめされている。

朝方のスナック、紀子、耕一、耕一の新しい彼女、紀子の同僚とその恋人で店を
出る。二組のカップルは幸せそうだが、いたたまれない紀子は一人離れていく。
そして本当に自分を想ってくれていた中村くんのことを考える。
自分は好きだが、相手は自分を好きでない。想いは常に一方通行。そんな紀子の
思いが心にずんずん伝わってくるようなラストだった。
なぜそんな風に見えるのだろう?
特別な演出はしていないようなのに。
まったく不思議な映画だ。

オープニングのカットが紀子のアップで、ラストカットも紀子のアップ。
「白日夢」の倉橋と同じだ。
あと主人公の自転車姿が印象に残る。
偶然なのだろうか?



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D坂の殺人事件

日時 2010年4月10日
場所 ザ・グリソムギャング
監督 実相寺昭雄
製作 平成9年(1997年)

(詳しくはムービーウォーカー・データベースで)


昭和2年。金融大恐慌の頃。
東京団子坂で古本屋を営む須長時子は蕗屋清一郎(真田広之)という
美術品の修復の裏で贋作作りを行っている男に伝説の責め絵師・大江春泥の
贋作を依頼する。
本物の大江春泥を見本に贋作を作る蕗屋。
そして再び別の大江春泥の絵の依頼をする時子。
画が出来上がった直後、蕗屋は時子を殺してしまう。


封切りの頃に見ているが外の風景を紙の模型で表現していたこと以外、
全くと言っていいほど憶えていなかった。

実相寺昭雄の江戸川乱歩もの。
責め絵師とか実相寺のSM趣味満載の映画だ。
本物と偽物が飛び交う不思議な世界だ。
蕗屋が時子を殺した動機は贋作作りの秘密を知られたからだと思ったが、
それは違った。
彼は贋作を作り時は2部作り、本物は燃やしてしまい、自分のものを
本物にしてしまう。
2回目の絵はオリジナルがない完全な贋作なのだがどうもうまく描けない。
仕方なく自分が女装して描いたところ、満足のいく画が描けた。
実は時子が若い時分に大江春泥のモデルをしていたと知った蕗屋は
オリジナルのモデルが存在することが許せなくなって時子を殺してしまう。

考えてみればこの「本物と偽物」というモチーフは「怪奇大作戦〜呪いの壺」
でも扱われたもの。
絵が偽物ならモデルも女でなく偽物の男、小林少年も男が演じるのではなく
女優の三輪ひとみ。
しかも事件が解決した後、小林少年は自分の唇に紅を刺す。

そして街の風景が実写やロケセットではなく、紙の模型で作られる。
これが安っぽくなく、「本物と偽物」が混濁するいいムードを演出しているのだな。

後半の謎ときは同じ江戸川乱歩の「心理試験」も組み合わせている。
正直話の方はあまり面白くない。
しかし美術セットやライティングなどの画面の美しさが際立っている。
それだけでも実相寺世界を堪能できる。
その点は十分楽しんだ。



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フランキーの宇宙人

日時 2010年4月7日21:00〜
場所 銀座シネパトス2
監督 菅井一郎
製作 昭和32年(1957年)

(詳しくはムービーウォーカー・データベースで)


境田くん(フランキー堺)は宇宙好きの煙突掃除人。ある夜空飛ぶ円盤を見て
屋根から転げ落ちる始末。同じ円盤を新聞記者の市村(安部徹)も見ていた。
市村は大科学者の木下博士(菅井一郎)の意見を聞きに伺う。
その帰り道、市村は円盤が広場に着陸するのを目撃、ピンぼけながら宇宙人の
写真撮影にも成功した。
だが編集長は「円盤などあるはずない」と全く取り合わない。
市村は再び木下博士のもとへ。ちょうど木下博士を訪ねていた境田くんと遭遇する。
彼らはその写真の宇宙人がドラマーのフランキー堺に似ていると気づく。
博士に聞いてみると日本では仙台、大阪、長崎に円盤の目撃例があるという。
手掛かりをつかまんと市村は各地へ行ってみる。


観終わって最初に思ったのは意外に地味な作品だったんだなあということ。
タイトルが「フランキーの宇宙人」でフランキー堺が何役も演じると聞けば
もっとハチャメチャなコメディなのかと思っていたらそうでもなかった。
最後には眠くなったし。

しかしフランキー堺が二人いるシーンはもちろん合成なのだが、思ったより
合成がうまくいっていて違和感が実に少ない。
また市村が車に乗っているときに円盤と遭遇するシーン、フロントガラス越しに円盤が
見えるカットなど、「世紀の謎 空飛ぶ円盤地球を襲撃す」と同様のカットがあった。
あの映画は当時の映画人に影響を与えたんだな。
木下博士は後で気がついたが糸川英夫がモデルなのかも知れない。

映画の方は各地に市村が行ってみると各地にフランキーと同じ顔をした怪人物が
いる。
それらは実は宇宙人で木下博士が開発した光子ロケットが軍事に転用されることを
恐れて開発を止めさせようとしていた、という展開。
後半、木下博士や市村や境田くんは宇宙人(人工衛星人と言っていたが)の星
の人工衛星に行く。
そこではフランキーばかりがいて・・・

その辺でもっとポップな爆笑が起こるかと思ったらそうでもなかった。
すべては最初に屋根から落ちた時のショックで境田くんが見た夢というオチ。
ちょっとがっかりした。



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博多ムービー ちんちろまい

日時 2010年4月4日15:00〜
場所 ザ・グリソムギャング
監督 大森一樹
製作 平成12年(2000年)

(詳しくはムービーウォーカー・データベースで)


福岡県の観光課に勤める貝原(武田鉄矢)は今やデジタル化されようと
している県庁のシステムに取り残され、東京に単身赴任させられる危機に
ひんしていた。
そんな頃、福岡でのデジタル博に世界的コンピューターメーカーの
パインアップル社の会長(松重豊)たちがやってきて、映画の製作を
するので、貝原はそのコーディネート役を命じられる。
会長たちのたくらみは映画撮影に見せかけて、海に落ちた「あるもの」を
取り戻すことにあった。
そうとも知らず貝原やハリウッド映画に出演すると聞いた俳優(千葉真一)
も集まってくるのだが。


福岡県が全面協力で作られたご当地映画でミュージカル。
従って福岡県出身の俳優、タレントばかりが出演。
主演はやっぱり武田鉄矢だ。
この日のグリソムでの上映は音楽の加藤和彦さんの追悼企画。
加藤さんと映画音楽を組む回数が一番多かった大森一樹監督がゲスト。
しかも上映映画は大森監督のチョイス。

上映前の大森監督の話では「カジノロワイヤル」方式で複数の監督が
撮影し、総監督を鈴木清順監督に行ってもらう予定だったが、清順監督は
降板。かわりに大森監督が総監督の立場になったそうだ。

ミュージカルというだけあって歌と踊りが満載。
オープニング、博多駅で武田鉄矢とダンサーたちが歌って踊る!
武田鉄矢が踊っているだけで驚きます。
それだけで珍品ですよ。

でアウトラインのお話はパインアップル社が偶然に開発してしまった
PCの電磁波を増幅させてしまうウイルスの入ったCDの捜索。
大森監督によると「紳士泥棒」という映画が元ネタなんだそうだ。
http://movie.walkerplus.com/mv4229/

海に落ちているそのCDを探すために映画の撮影隊がやってきて
本物の映画撮影らしく見せるため、俳優を呼んでくる。
その俳優がかつては売れていたアクションスターの設定で千葉真一!
千葉さんが怪演して盛り上げる盛り上げる。

そして結局CDのウイルスは県庁のメインコンピューターに感染してしまい、
パソコンのそばにいた人は電磁波の影響ですべておかしくなってしまう!
県庁のパソコンはすべて音声入力なのだが、サーバールームに入った武田たちが
見たものはコンピューターウイルスの親玉!
ここでなんと天本英世登場!
まったく予備知識なしでみるとこの登場で思わず、「あっ!」と叫んでしまう。

他に舛添要一などが出演。
おばか映画とも言えるが、金をかけてちゃんとしている。
日本ミュージカル史に残るべき映画だと思いますよ。



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アイガー北壁

日時 2010年4月3日18:05〜
場所 新宿バルト9・スクリーン1
監督 フィリップ・シュテルツル

(詳しくはムービーウォーカー・データベースで)

(公式HPへ)



1936年のドイツ。ナチスはアイガー北壁の登頂を成功した者に
来るベルリンオリンピックで金メダルを授与すると決めた。
ドイツ人の登山家トニーとアンディの二人が挑戦を決める。
彼らの幼馴染で今はベルリンの新聞社で見習いを務めるトニーの恋人
ルイーゼとその上司も登頂を見届けんとアイガーのふもとのホテルへ。
だが、オーストリアの登山家二人も登頂開始。しかしトニーたち
が起こした落石によりオーストリア人の登山家がけがをする。
これがきっかけで事態は思わぬ方向へ。


日本でいえば「八甲田山」と「剣岳・点の記」をミックスさせたような映画。
国威高揚のために常に人間は自然に挑戦させる。
僕なんかオリンピックを見ても国威高揚しないタイプなのでそういうことを
やらせる国家とかには非常に否定的で白けてしまう。

しかしやってる当人たちに対する敬意はまた別の話。
日本人には「アイガー北壁」と言われてもそのすごさはピンと来ないが
ヨーロッパの人々にはまた違う思いがあるのだろう。
実際、映像でも見てもそのすごさはよくわかる。
新聞記者たちが列車に乗ってアイガーのふもとにやってくるが、その
列車から見たアイガーの美しさは素晴らしい。
絶景だ。

しかし間近で見るアイガー北壁は人間を拒絶する世界だ。
7月というのに山では猛吹雪。
怪我がひどくなったオーストリア隊のメンバーを助けるために登頂を
断念するドイツ隊。
しかし結局アイガーの吹雪の前にはなすすべもない。
一人だけ生還寸前まで行ったのだが・・・・

後半の山を下りていく過程の助かるか助からないかのサスペンスは
「下に落ちるか落ちないか」という映画の伝統的ともいうべき王道の展開だ。
また前半、彼らが苦労して登っていく様を下の豪華ホテルから新聞社の編集長
たちとのモンタージュは残酷。

山岳シーンの迫力など総じていい出来だと思う。
ただし、冒頭の新聞社とか山の高級ホテルのシーンを手持ちカメラで
撮影するのはいただけない。
画がゆらゆら揺れて実に見にくいのだよ。
山岳シーンは手持ちでも解るのだが、平地のシーンは三脚立てて安定した
画で撮ってほしいなあ。
「ハートロッカー」でも書いたけど、手持ちはここぞ、と言う時に使ってください。
画はFixに限ります。



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宇宙からのメッセージ

日時 2010年4月2日21:00〜
場所 銀座シネパトス2
監督 深作欣二
製作 昭和53年(1978年)

(詳しくはムービーウォーカー・データベースで)


地球から200万光年離れた惑星ジルーシアはガバナス星によって侵略され
今や風前の灯だった。
長老ギド(織本順吉)は8つの聖なるリベアの実を宇宙に放ち、それを持った
勇者たちを探してくるよう孫のエメラリーダ(志穂美悦子)に命じる。
ジルーシアの勇者ウロッコ(佐藤允)もその部下として同じく旅に出る。
その頃人類は宇宙開発を進めていたたが、宇宙暴走族とも言うべき二人の
若者(真田広之、他)やちんぴら(岡部正純)の手にリベアの実はわたっていた。
他にも宇宙軍を引退した将軍、ガルダにも。
彼らはジルーシアを救う勇者となるのか?


有名な話だが、「スターウォーズ」日本公開までの間に作られた映画。
東宝の「惑星大戦争」と同じ理由だ。
ただしこちらは5月公開で、「惑星大戦争」よりは時間をかけている。
公開時に見て以来32年ぶりの再見。
その時もいい印象は持たなかったが、今回も気に入らない。

話の内容はともかく、美術デザインが気に入らないのだよ。
まずガバナスの将軍が成田三樹夫なのだが、ガバナス軍は顔をすべて銀色。
これへこむなあ。
あとジルーシア人の男はなぜか目の下にクマのようなメイクをしている。
顔に色を塗ったりするメイクは僕はダメなので、もうその時点でパス。
でなぜか日本人が作るとローマ帝国調のセットになる。
ジルーシア人も史劇に出てくるような庶民の格好だし。
でジルーシア人の宇宙船は「帆船」。
帆の部分が太陽エネルギー吸収ようになっているとか理屈は付いているけど
兎に角宇宙空間に帆船が浮かんでいる画は耐えられない。
好きになれない。

で人物の方も選ばれる勇者は宇宙暴走族にチンピラ。
このチンピラ何の活躍もせずに画面をうろうろするだけ。
(本来はこの役は川谷拓三が演じる予定だったと当時聞いたことがある)
この一種反社会的というと大げさだけど、暴走族とかチンピラをヒーローに
しちゃうあたりが東映的だなと思う。
東宝だったら「地球防衛軍のエリート士官」が主人公だもん。

で特撮の方はやっぱり矢島信男さんらしく「キャプテウルトラ」に通じるものあり。
分離合体をする宇宙船とか惑星の作りこみとか。

あと丹波哲郎はやっぱり丹波哲郎で、地球の代表を演じる。
アメリカからわざわざビック・モローを呼んできたりしたけど、なんかトホホな
映画だよな。
海外配給を頭に入れてビック・モローとか外人をキャスティングしたんだろうけど。

もう見たくないや、いいよ、この映画は。



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