不毛地帯監督 山本薩夫製作 昭和56年(1976年) (詳しくはキネ旬データベースで) 昭和33年、元陸軍中佐・壱岐正(仲代達矢)は大阪の大手商社近畿商事に入社した。 大本営作戦参謀時代の組織力と作戦力を評価されてのことだった。 最初は軍隊時代に関係する仕事、すなわち防衛庁とのかかわりのある仕事は 断っていた壱岐だったが、大門社長(山形勲)の計略のため、いつしか 時期主力戦闘機納入にかかわる商社間の大空中戦に巻き込まれていく・・・・ 封切りの時以来29年ぶりに鑑賞したのだが、名作である。 実を言うと封切りのときの印象はあまりよくなかった。 「華麗なる一族」「金環蝕」に続く山本薩夫オールスター大作シリーズの 第三作にあたり、他の2作に比べると少々見劣りがした覚えがあるのだ。 たぶん他の2作にはあった群集劇的な各キャラクターの個性のバラエティが 少なかったからかも知れない。 しかしそれは大きな誤りだった。 主人公・壱岐は自分が正しいと信じて生きてきた軍隊、戦争に敗戦によって裏切られる。 そしてシベリア抑留、そこでの強制労働の苦しみと共に、途中輸送される列車の中で 出会った日本人民間人に「関東軍は何故軍人の家族から先に内地へ返し、 民間人を助けなかったんですか」という非難される。 彼は復員後、旧軍隊時代に関係するような仕事はしたくないと決意する。 しかし近畿商事はそれを許さず、また壱岐自身も政治家たちの利権のみで戦闘機の 機種が決められる状況に義憤を感じ、同時に己の中にある軍人の血が騒ぎ出すのを 見過ごすことが出来ず、いつしかこの空中戦の主役へとなっていく。 この壱岐の変化に「性格が一定していない」という批評を当時読んだ気がするが それは大きな誤りだ。 この壱岐自身は変貌がこの作品のコアなのだ。 壱岐は最後に親友の航空自衛隊防衛部長・川又空将補を死に追いやる。 会社(=組織)は川又の立場の安全より、会社の利益を尊重し、川又を切り捨てる。 今度の戦いでは組織は勝ったが、壱岐自身にしてみれば友人の命さえ守れず、敗北だ。 彼の非情な運命には男として胸に迫るものがある。 そのあたりは封切り当時中学生だった少年(筆者)には理解できようはずがない。 仲代達矢がそんな男を見事に演じきる。 こうした壱岐の変貌を縦軸にライバル商社・東京商事の鮫島航空機部長(田宮二郎) との攻守せめぎあう戦いが実に面白い。 東京商事の押すグラント社からの政治献金を外為法違反の疑い大蔵省に検査させ、 死に金にさせる。 ところが今度は近畿商事のラッキード社のF104が墜落、新聞スクープを 押さえ込むのだが、これが新聞記者側の反撃により失敗。 次にはグラント社の価格見積りを入手したのだが、これが秘密漏洩として警察の捜査が 入り・・・・とくるくる変わる状況の展開の速さには緊張感が離れない。 そして山本薩夫らしい、いつもながらの脇役陣の個性。 防衛庁の悪役、貝塚官房長に小沢栄太郎、近畿商事社長に山形勲、東京支社長の 里井専務に神山繁、元自衛官の航空機部員に日下武史、久松経済企画庁長官に 大滝秀治、機密を漏洩する芦田二佐に小松方正、新聞記者に井川比佐志、その上司に 永井智雄、近畿商事アメリカ駐在員に北大路欣也、山本圭、原田航空幕僚長に加藤嘉、 そして忘れてはならないのが70年代大型映画のヒーロー、丹波哲郎。 もちろん鮫島航空機部長の田宮二郎も侮れない。 鈴木瑞穂が出ていないと思ってはいけない。今回はナレーションで声だけの出演。 (女性陣は壱岐の妻で八千草薫、娘に秋吉久美子、川又の妻に藤村志保) シネスコでない、スタンダードの画面いっぱいに彼らの演技が光る。 このスタンダードの狭い画面が彼らの演技を濃縮させているといえるかも知れない。 この中で印象に残るのは山本圭。「君はこの土地には長いの?」という問いに 「さあ、長いといえば長いし・・・・」といういつもの挫折した男を演じ、 出演シーンこそ短いがそのいつもながらの存在感はさすが。 あと唯一の三枚目の小松方正。 また田宮二郎は山本薩夫の映画に出たときが一番光るなあと思う。 (これが彼にとっては最後の映画出演になったようだが) 敗北、再起、敗北という壱岐正の壮絶な運命には男として胸に迫るものがある。 今回、オールナイト上映で鑑賞したが、眠気も吹っ飛ぶ面白さだった。 |