2003年2月

検察側の証人(情婦)
金環蝕 宇宙大怪獣ギララ 戦場のピアニスト コント55号
宇宙大冒険
刑務所の中 社員無頼(怒号篇) 13階段 黒の札束
黒の報告書 黒の試走車(テストカー) T.R.Y. ラヴァーズ・キッス

検察側の証人(情婦)


日時 2003年2月23日22:00〜
場所 NHK教育
監督 ビリー・ワイルダー
製作 1957年

「検察側の証人(情婦)」については名画座に記載しました。

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金環蝕


日時 2003年2月16日21:00〜
場所 チャンネルNECO
監督 山本薩夫
製作 1975年

「金環蝕」については名画座に記載しました。

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宇宙大怪獣ギララ


日時 2003年2月16日
場所 録画ビデオ(衛星劇場)
監督 二本松嘉瑞
製作 昭和42年

(詳しい内容はキネ旬データベースで)


探査ロケットAABγ(アストロボート)は何回か失敗している
火星探検に向かって出発する。
途中、隊員の一人が体調不良を訴えたため、月ステーションにて
隊員交代を行う。
再び火星に向かって出発したが、UFOのために妨害されてしまう。
その時、ロケット噴射口付近に未知の物質が付着してるのを発見し、採取する。
地球に戻った彼らだが、未知の物質はやがて怪獣ギララに変身してしまう。
ギララの前には無力な自衛隊。
もともと未知の物質を覆っていたギララニウムと命名された物質が
ギララ退治に有効という結論に達し、再び宇宙に飛び立つ隊員たち。
ギララニウムを持ち帰り自衛隊によりギララに打ち込まれる。
ギララは元の小さな発光体になり、宇宙へと打ち上げられたのだった。


松竹唯一の怪獣映画。
東宝も「モスラ対ゴジラ」以降の怪獣映画連続製作体制に入った頃の作品。

でもはっきり言って面白くないのだよ。
アストロボートの白人女性乗組員・リーザは隊長・佐野のことを密かに
想っているのだが、隊長には月ステーションに恋人・道子がいる。
で月によった時に道子は同じアストロボートに乗っているリーザに嫉妬したり
やたら話が余計。

そして月ステーションで木の浴槽の風呂に入ったりして肝心の火星探検に
なかなか行き着かない。
このあたりは「未来の宇宙旅行の世界」をまるで小学生向けの絵本のように
具体的に夢ある世界で描くサービスだったのかも知れないが、この場合は不要。

通信士の宮本はおちゃらけてるだけで頼りない感じだし。
そして隊員が途中交代するのだが、交代した外人ドクターが不平不満のかたまり
みたいな奴で二言目には「俺は妻のいる地球に帰りたいんだ!」を口にして
足手まといになるばかり。
本人は「人間、不平不満を口にしなくなったらおしまいだ」と普段の言動の
反省の色は無いし。
こういう奴、会社にいるんだよね。頼むから何もしなくてもいいからこっちの
仕事の足を引っ張らないでくれよ。


そして上映時間が89分の映画なのにギララが出てくるのが45分たってから。
遅すぎ!
折角出てきたのはいいのだが、東京なんかを簡単に全滅させ栃木県のほうまで簡単に
破壊してしまう。
自衛隊もF104で応戦するがまるっきり歯が立たない。
ここらあたりがシナリオに芸がなく、自衛隊も必死の応戦で一時はギララも
おとなしくなるとか、海へ追い落とすとかしないと。
怪獣と攻守が入れ替わるような対戦をして、一方でギララニウムの手配もしなくちゃあ。
それでこそ怪獣映画だよ。

そして出てきたUFOの正体はなんだったのだろう?
地球の火星到達を妨害するのは何故?
ギララって単なる宇宙動物なの?
それともUFOが地球に送り込んだ侵略用怪獣なの?
この辺の説明もあいまい。


悪口ばかり書いたけど、この作品に魅力がないかというとそんなことはない。
まずはアストロボート。
この宇宙船のカッコよさは東宝の比ではない。
東宝の造型ではいつまで経ってもロケット型宇宙船しか登場せず、このアストロボートは
魅力的だったなあ。

そしてギララ。
コイツもなかかなカッコよい。
最近のゴジラの敵が魅力がなかったり、みんな「エイリアン」の亜流だったりする事を
考えるとなかなかいいのだなあ。

また都市の破壊シーンはなかなかミニチュアも細かく出来ており十分楽しめた。
ここで東京タワーを破壊するとか、国会議事堂を蹴飛ばすとか、歌舞伎座を
踏み潰すとかしてくれればもっとよかったのだが。

折角いいとこまでいってたんだけどねえ。
もう一つ、ひねってくれれば名作怪獣映画になったと思う。

あと出演者では月ステーションの隊員に浜田寅彦と無名時代の藤岡弘。
そして博士役に岡田英次。
タイトルバックの主題歌はボニージャックスと(出演してないのに)倍賞千恵子。


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戦場のピアニスト


日時 2003年2月15日18:45〜
場所 新宿プラザ
監督 ロマン・ポランスキー

(公式HPへ)


1939年、ポーランドのワルシャワはドイツ軍の侵攻を受ける。
ワルシャワ放送でピアノを弾いていたシュピルマンは一家とともに
ドイツ人が作ったユダヤ人居住区(ゲットー)に強制移住させられる。
やがて一家は絶滅収容所に送られるが、彼一人だけ偶然にも助かる事が
できた。その後もゲットーで暮らすが、ついにゲットーを脱出し、
ポーランド人の友人を頼ってかくまってもらう。
やがてワルシャワにもソ連軍が侵攻し、ドイツ軍は撤退する。
戦後、再びシュピルマンはピアノを弾けるようになった。


2002年、カンヌ国際映画祭パルムドール受賞作品。
戦闘シーンはあるにはあるが、ほとんどワンカットでとらえられ、
アクション映画風なとらえ方はしない。
ひたすら、ただただ生き延びる事に終始したシュピルマンの視点で
とらえられる。

今までの映画のパターンなら、ゲットーに入れられて密かに武器調達をして
ドイツ軍に抵抗するアクション映画にする事も出来たろう。
途中生き別れた家族の運命も並行して描き、絶滅収容所の恐怖、狂気を
描き、戦争を糾弾しただろう。

しかし、今回はあえてしない。
シュピルマンの物憂げな瞳(主演のエイドリアン・ブロディがいい!)
で戦争というものをただただ見つめていく。
戦争と言うものを俯瞰的な、総合的見地から描くのではなく、ひたすら
定点観測を続けているかのようだ。

個人的な感想だが子供の頃読んだヴァージニア・リー・バートンの絵本、
「ちいさいおうち」を思い出した。
シュピルマンがまるでワルシャワの一部分になってワルシャワの変貌を
描いていく。
「ドイツ軍がすべて悪い」という偏った見方ではなく、シュピルマンを助けた
ドイツ軍将校のエピソードも後半挿入され、バランスを取っている。

激しい戦争映画と同様に、あるいはそれ以上の迫力をもって戦争というものが
伝わってくる。
派手な戦闘シーンで強烈な印象を残す「プライベート・ライアン」「ブラックホーク
ダウン」とは全く違うが、なんだか妙に心に染み渡るような戦争の恐怖が
感じられる。

淡々とした語り口が逆に恐くなるような、そんな戦争映画だった。

でもユダヤ人の問題は本当のところは日本人にはわからないかも知れない。
だってヨーロッパの歴史なんてよく知らない人も多いだろうし。
もちろん私もその一人だが。


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コント55号 宇宙大冒険


日時 2003年2月11日
場所 録画ビデオ(衛星劇場)
監督 福田純
製作 昭和44年

(詳しい内容はキネ旬データベースで)


江戸末期、新撰組の芹沢角(坂上二郎)と浪人・坂本桂馬(萩本欽一)は
芸者小菊(高橋紀子)を奪い合って決闘になる。だがそこへあらわれた
パラド星人(川口浩)によってパラド星に連れてこられることになる。
パラド星は長く平和が続きすぎたため、闘争心、向上心を失ってしまい、
このままでは絶滅してしまうため、闘争心をもつ地球人からそれを
得ようという計画だ。
旅の途中、宇宙ステーションで悪い宇宙人(伴淳三郎)を退治したりしながら
2年半の旅の末、パラド星に到着する。
角と桂馬は無理矢理対決させられ、ボクシング、西部劇風の決闘をした後、
カーレースに挑んだが、事故で二人とも重症を追ってしまう。
だが医者(由利徹)によって手術のさいに闘争心の成分を抜き去られてしまう。
その闘争心の成分は大量生産されパラド星人全員に配られる。
ところがパラド星人は闘争心が復活したために戦争がおこり、ついには
核戦争で自滅してしまう。
滅亡寸前にパラド星から脱出した3人だったが、地球に帰りついたが
そこは100年後の日本。


萩本欽一やコント55号が映画向きでなく、テレビ向きだとよく評論されるが
それは本人たちの問題だけだろうか?
この映画の脚本のつまらなさは一体なんだ?
面白くもなんともなく、全く笑えない。ジェームズ三木は「喜劇」と「無茶苦茶」の
区別がついてない。
つまらない映画に出演した事により、間違ったレッテルを貼られてしまってないだろうか?
なんだかそんな気がしてくるのだよ、この映画を見てると。

途中途中に彼らの持ちネタが登場するなら記録としての価値はあるが
それもない。
(バナナを食べるシーンが出てきたので、欽ちゃんばかりがバナナを食べ、
二郎さんが皮をむくだけのネタをやってくれるかと期待したが
してくれなかった)

で100年後の日本に帰ってきてからどうなるかというと、
学生運動が盛んだったり、東西の冷静下だったりして戦争の危機を感じた
二人が、アメリカ大使館やソビエト大使館の前で「戦争だけはやめてください」
と土下座をするいう展開になるのだ。
ラストシーンは帰りの旅の途中で生まれた子供の手を引いた小菊が一言
「この子達が住みやすい星ってないかしら」と言って終る。

戦争を風刺したブラックユーモアの映画だと評価する事も可能だ。
でも前半のコメディ部分があまりにつまらなく、無理矢理自己満足的に
最後に思想的なオチをつけたように見えてくる。
そういうオチを付けたい気持ちはわかるが、それなら映画の全体の
レベルをもっと高めてからにして欲しい。

監督は「この作品は2週間ぐらいで撮影し、あんまり憶えてもいないし
思いだしたくない。」と語っているからきっと内情は色々あったのだろう。
それこそ「ピンクレディーの活動大写真」を地でいく話が
あったのかも。
脚本は同じジェームズ三木だし。


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刑務所の中


日時 2003年2月11日14:50〜
場所 シネクイント
監督 崔洋一

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ハナワカズイチ(山崎努)は趣味のモデルガンがこうじて改造拳銃を
作ってしまい、銃砲刀違反で刑務所へ。
他の4人と暮らす集団生活。規律はいちいちうるさいが、忘れることなく食事は
毎日出され、慣れてしまえばそれほどいやな世界ではない。
懲罰房に入れられたが人と接することなく、「ここに来れてよかったなあ」
と考えてしまう。


ストーリーってのは特にない。
マンガ家、花輪和一が実際に銃砲刀違反で刑務所暮らしをした体験をもとに
描いたマンガが原作。

2002年のキネ旬ベストテン2位に選出されただが、
私は好きになれなかった。
確かにシャバ暮らしの我々には想像もつかない、刑務所の日常をつづった所は
面白いのだが、原作はそのまんま映画にするのではなく、あくまで
刑務所を舞台にした映画の参考資料にすべきようなマンガではないか?
(未読だが)

この原作に出てきたようなエピソードを挿入しつつ、別のドラマを
オリジナル作品として構築して映画を1本作ってもらいたかった。

でも懲罰房にいれられたハナワが「ここで一生暮らせと言われたら、
3日ぐらい泣けば諦めもつくだろう」というセリフは面白かった。
確かにシャバに住んでる我々だって完全に自由というわけではない。
欲しいものが全部手に入るわけでなく、それこそ浜田省吾ではないが
「欲しいものは全部ブラウン管の中」ということも少なくない。

その辺の日常生活に対する大いなるアイロニーもあったと思うが、
全体の作品のパワーは弱く、単なる刑務所の中の面白エピソードを
つづっただけのお笑い芸人の小ネタばかりを聞かされたような気分だった。


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社員無頼(怒号篇)


日時 2003年2月9日
場所 録画ビデオ(衛星劇場)
監督 鈴木英夫
製作 昭和34年

(詳しい内容はキネ旬データベースで)


柿原工業は社員の給料の遅配も起こり、倒産寸前だった。
だが大阪の興和工業が資金援助してくれることになり、何とか持ち直す
めどは立った。そして興和工業から柿原工業に隅田(上原謙)という
男が送り込まれてきた。
鬼田(有島一郎)をはじめとする社員たちは全員、隅田に気に入られよう
としている。しかし若い一本気な性格の小牧雄吉(佐原健二)は面白くない。
雄吉の恋人・高沢美奈(白川由美)は隅田に気に入られ秘書に抜擢される。
それだけでなく、隅田は社内における自分の立場をいい事に、自分のバーの
飲み代まで会社の接待費で落とさせ、それだけでなく美奈にまで
関係を迫る。
一旦は断った美奈だが、自分の立場を考えると断りきれずに関係を
持ってしまう。
それを知った雄吉はついに隅田を殴り、会社も辞める。
ヤケ酒を飲んだその晩、協子(水野久美)という女性と知り合う。
だが彼女は昼間の仕事とは別に夜はコールガールもしていた。
ある夜、協子は客として隅田に会う。協子を気に入った隅田は
「俺の専属にならないか」と持ちかける。
再び協子を訪ねた雄吉は彼女からその話を聞く。
口では言わなかった協子だが、彼のために隅田の情報を得ようと決めた。
下宿に帰った雄吉を待っていたのは一通の電報。
彼は長距離列車に乗った。


長々と書いたけど話はまだ途中。だが映画はここで終了。
続きは「反撃篇」に続くようだ。正続、の関係ではなく、1本の映画を2本に
分けての公開だったようですね。
かつての2番館だったら2本立ての上映だろうが、衛星劇場は「反撃篇」を
来月放送してくれるんだろうな。続きを見れるかどうか不安だなあ。

従ってまだ途中の段階で感想を書くのもなんなのだが、いわゆるサラリーマン
コメディにしようと思えば出来る話だが、今回は一種ハードボイルドタッチとも
いえるムードでコメディには走っていない。
高任和夫の小説「架空取引」「密命」がこんな感じの、犯罪には走らないが
合法的にサラリーマンの仕事の範囲で会社や上司に復讐する話だが、
今回もそんなタッチなのだ。

登場人物も鈴木英夫らしく、泣き叫んだり、怒鳴ったりしない。
恋人を取られた佐原健二にしたって殴りかかる程度だし
それにしたってことさら盛り上げる演出もしていない。

また女性たちも鈴木英夫の映画によく登場するたくましく生きていこうと
する人々だ。
佐原健二の恋人も母がいなくて弟を高校に通わせてるし、協子も
病気の母のためにコールガールをしても金を作って送金する強さだ。
この辺の女性像も僕は好きだ。自分の力で生きていこうとする女性は
カッコよく、魅力的だ。男に頼って生きていこうとする女性より何十倍も
素敵だ。

あと出演者ではいつもは善人の上原謙が悪役。めずらしい。
有島一郎の太鼓もちはイマイチ脱線がなく、さびしいようなこれでいいような
複雑なところ。


さて彼らの戦いはどうなるか?
雄吉(佐原)は美奈(白川)とよりを戻すのか?
それとも協子(水野)と新しい関係を築くのか?
そして肝心の隈田は?
「反撃篇」が楽しみでならない。

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13階段


日時 2003年2月8日21:00〜
場所 浅草東宝
監督 長澤雅彦

(公式HPへ)


今日封切りの作品。浅草東宝でこの他、森谷司郎「首」
鈴木英夫「悪の階段」、森田芳光「摸倣犯」との特集オールナイト。
3本とも観た作品だが特に「悪の階段」がもう一度観たかったので
これを機会に観てきた。

三上純一(反町隆史)は3年前、クラブでの喧嘩で人を殺したが
殺人ではなく、傷害致死と認められ3年で出所した。
出所した彼のもとへ刑務所時代の刑務官・南郷正二(山崎努)が
やってきた。ある死刑囚の無実を証明する仕事を手伝ってくれないかという。
10年前の事件だったが、その事件が起こったのは
自分が殺した男の生まれ故郷だった。


何で刑務官が私立探偵みたいな仕事をしてるの?という疑問から
始まったが、それは山崎努の存在感でそんな疑問は途中から気に
ならなくなる。
しかしやっぱりミステリーにしてはこじつけがましい。

ここからは全部書いちゃうので未見の方は読まないほうがいいのだが、
三上が事件の再調査をしなければ話が成立しないのだが
再調査の依頼人からすると三上が再調査のメンバーになったのは
偶然に過ぎないように見えるのだが。

えん罪晴らしを利用して三上を犯人に仕立てようというのは、ちょっと
設定として強引過ぎないか?
それと10年前の事件の晩に何故三上は田舎町にいたのか?
それと再調査の依頼人が何故その時三上が町にいたことを知ったのか?
「俺はおまえについて徹底的に調べた」という一言でかたずけられてもねえ。

樹原(10年前の事件の犯人とされまもなく死刑になる男)
は何故階段のある寺に行ったのだろう?

だが南郷が自分の過去を語る時に登場する死刑のシーンはよかった。
日本の映画での死刑執行シーンは大島渚の「絞死刑」以来じゃないだろうか?
細部にわたり説明してくれるのはリアリティがあってよいのだが、
死刑囚を演じるのが「雨上がり決死隊」の宮迫博之じゃあねえ。
また弁護士に笑福亭鶴瓶ってのも似合ってなかった。
お笑い系はうまく使うと効果的だが、下手に使うと緊張感がなくなるばかりだ。

あとテーマとして「死刑や自決ではなく、生きてその罪を償わせるべきだ」と
いう作者(多分原作段階から)のメッセージは解る。
でも映画からはそれが弱くしか伝わってこない。
監督の長澤雅彦は去年の「ソウル」もそうだったが、ある一定の娯楽作品は
作れるのだが、そこから先のテーマが弱い。

きっと監督は難しいことを考えるのが苦手なのか、誰かがテーマに
走り過ぎないようにブレーキをかけているのだろう。

出演では山崎努が相変わらずの存在感で画面をさらう。
反町はかすんでいた。もっとも今、山崎努と張り合える役者など
いないかも知れない。


でこの後「首」で小林桂樹のバイタリティの演技を楽しみ、「悪の階段」で
鈴木英夫のドライな演出を楽しむ。
「悪の階段」はやはり主人公たちが怒鳴ったり、泣き叫ぶといったような
感情に走りすぎないところがよいのだ。
登場人物が感情に走りすぎないこと。これが鈴木英夫のタッチと言えるかも知れない。

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黒の札束


日時 2003年2月8日
場所 録画ビデオ(チャンネルNECO)
監督 村山三男

(詳しい内容はキネ旬データベースで)


経営不振に陥った会社からリストラされた桧山賢二(川崎敬三)。
彼は以前の取引先の印刷会社社長からある話を持ち込まれる。
自分が作ったニセ千円札1000万円を100万円で買ってほしいと言う。
犯罪に手を染めることに一旦は躊躇した桧山だが、美容師の恋人から
事業をはじめると言って100万円借りてきてもらう。
金は手に入った。問題は使い方だ。学生時代の仲間・石渡(高松英郎)を
仲間に引き入れ行動を開始する。しかし隠してあった偽札が
石渡の妻に見つかってしまい、さらには妻の浮気相手にも知られてしまう。
仕方ない。この4人で換金していくしかない。
しかし、どうやって?
買い物をこまめにしたってなかなか使いきれるものじゃない。
その時、桧山はいい方法を思いついた・・・・・


偽札ものの映画はありそうでなかなか存在しない。
小説の分野では決定版とでも言うべき真保裕一の「奪取」があるが
映画の世界では見たことがなかった。

この映画では「偽札をどうやって作るか?」という点はスパッと省略し、
主人公が偽札を手に入れるところから話がスタート。
リストラされた主人公、というのが2003年の現在では余計にリアリティがある。
正義の意志が強そうな宇津井健や悪辣な事も平気でやってしまいそうな
田宮二郎と違って、どこにでもいそうな男の川崎敬三がいい。
ふとしたきっかけでストンと犯罪の世界に足を踏み入れてしまった男の
不安そうな表情がたまらない。

川崎の不安そうな顔がその気分までこちらに伝わってきて、
見てるほうも見つかりはしないかとドキドキものだ。
時々警官が登場し、自分の犯罪が見つかったか?とどきりとさせる
呼吸はなかなか。

手始めに2万円ほど買い物をしてみよう、とはじめたり、新聞の報道を毎日
チェックしたり、「もう警察の手がまわってるのではないか」という不安に
「いや秘密捜査の必要はないから報道がないのは見つかってない証拠だ」と
相談したり、金の使い道を4人で相談したりするあたりは、編集のテンポもよく、
自分もその場に居合わせてるような臨場感がある。

また最初の金を都合してくれた恋人に対する浮気の疑惑、これも最後まで
目が離せない。
浮気してるかも知れないし、浮気はないかも知れない。
どっちに転んでもおかしくない話なので先が読めないのだよ。

ラストで川崎を追いかける恋人のシーンがやや情緒的に
なりすぎているのが残念。
ウエットにならずにエンディングをドライな感じに処理すればもっと
いい作品になったろう。

出演は他に刑事役で大映脇役で最近お気に入りの守田学、共犯の山口に
杉田康。

偽札映画の(今のところ)最高峰の作品。


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黒の報告書


日時 2003年2月5日
場所 録画ビデオ(チャンネルNECO)
監督 増村保造
製作 昭和38年

(詳しい内容はキネ旬データベースで)


「黒の試走車」に続く「黒」シリーズ。
今回はある殺人事件をめぐっての検事と弁護士の戦いだ。

千葉県である社長が自宅で死体となって発見される。
若き検事・城戸(宇津井健)は早速陣頭指揮で捜査を開始する。
犯人は社長の妻と関係があり、なおかつ社長の会社の金を
利殖目的で預かっていた金融業の人見十郎(神山繁)。
有罪確定に思われたが、相手は辣腕弁護士・山室(小沢栄太郎)
を使い、証人たちは次々と人見に有利な証言をし始め、
城戸の主張は崩されていく。
山室が有利な証言を強制していたのだ。
果たして裁判の行方は?

宇津井健はこの事件を成功させたら栄転が約束されているので
出世のために無実の人を強引に犯人に仕立てていく、といった
「証人の椅子」的な話になるかと最初思ったが違うのですね。
宇津井健はやっぱり正義の検事。

でも「黒の試走車」では敵味方の攻守が逆転逆転する面白さだったが、
今回の宇津井健は小沢栄太郎に一方的に負けっぱなしで、
スリリングさがない。

また「白と黒」のような「実は犯人ではなかった」というような逆転を
最後まで期待したがなかった。
結局裁判では無罪。
控訴のために殿山泰司の刑事と最後には新しい証人を見つけるのだが
検察側は控訴を断念。無罪確定となるのだが、この最後の証人探しは
判決の前にするべきだろう。

あと社長の自宅から人見が社長から預かった2500万円の
預り証が発見され、これが殺害の動機の一つと検察側は
主張する。しかしそれに対する人見の反論は「社長から
金を預けるといわれたので預り証を用意して出かけたが
結局、預からなかった。預り証はその日に社長宅に置き忘れた」
というもの。
それって通じるかあ??
「ナニワ金融道」読者としては、金銭の授受があろうとなかろうと
預り証が社長の手元にあれば、金は預かったとされても仕方ないと
思うよ。この辺、ちょっとこじつけ過ぎ。

ラストで事件は先輩検事・高松英郎に引き継がれるが、多分ダメだな。
控訴期限すぎちゃったもん。
案外平凡な結末だった。

でも白黒画面でシーンごとに重要な人物をピンスポットで
強調する演出は効果的。
この白黒ののコントラストがちょっと不気味だった。
あと出演者では殿山泰司の朴訥とした刑事が印象的。


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黒の試走車(テストカー)


日時 2003年2月2日
場所 録画ビデオ(チャンネルNECO)
監督 増村保造
製作 昭和37年

(詳しい内容はキネ旬データベースで)


タイガー自動車のテストカーは事故を起こし、その様子が写真に
撮られてしまった。テスト走行の時間場所を知っているのは
会社でも幹部の数少ない人間。
もちろんライバル会社、ヤマト自動車の産業スパイがいるのだ。
一体誰がスパイ?
またヤマト自動車もタイガー自動車と同様のスポーツカーを企画してるらしい。
果たしてタイガー自動車はヤマト自動車を出し抜くことが出来るか!?


おっそろしい映画だった。
スパイをあぶり出す罠を仕掛けて成功したと思ったら、相手に
見抜かれ、スパイを探り出したと思って左遷させても
まだ秘密が漏れる。
タイガー自動車側(高松英郎、田宮二郎ら)も負けじとヤマト自動車から
情報を得ようと必死。
田宮二郎は恋人をヤマトの事実上のスパイチームのリーダー、馬渡企画部長
(菅井一郎)が通うバーに働きに行かせ、馬渡と寝るように指示し、
新発売の車の価格を探り出させる。

逆転逆転で面白い。大映は白黒のスリラー風な映画が得意だなあ。
同じ監督の「陸軍中野学校」も恐かった。
どうしても出し抜かれつづけるタイガー自動車だが、新車の発売日が
発表された新聞の朝刊にヤマト自動車より低い価格が発表された時は
こっちも思わず「やった!」と叫んでしまった。

しかしまだまだ続くヤマト自動車の嫌がらせ。
タイガーの新車を踏み切り事故に見せかけ、欠陥車の評判を立てようとする。
やっとの思いでスパイを見つけ出す高松英郎部長。
だが追求していくうちについにスパイだった社員は飛び降り自殺を
してしまう。

このスパイだった男(あえて名は秘す)が追求された時の「殺したければ殺せ!」
と叫ぶあたりの狂気は最高。
普段冷静な役が多い方だけにこういった切れた演技ははじめてみた。

でも最後に田宮が最後に自殺者まで出してしまった自分の仕事に
嫌気がさして退社してしまうところは、ガッカリ。
田宮二郎は冷徹なエリートが似合うんだから、最後までそれを通して欲しかった。
一応田宮が主演の扱いだが、出番が多いのはむしろ高松英郎の部長の方。
若すぎるかも知れないが、田宮がこっちの役を演じ、最後は改心する若手社員は
別の人にやって欲しかったな。

白黒のコントラストの聞いた照明も効果的。

でも「この会社のため」には何でもしてしまうのは日本人特有のものなのだろうか?
なんとなく解らなくもないんですよね。この会社のために何でもしてしまう感覚。
何かのために自分を犠牲にするというのが、実は結構楽しいものなんですよ、
男にとっては。
そうなんですよね、仕事に夢中になる男って、なんだかんだ言っても
仕事が楽しいんです。
勝った負けたの勝負も楽しいし、目標を達成するというのもゲーム的で
実は楽しい。
高松英郎も田宮二郎も楽しそう。

楽しいあまりに他人を犠牲にしても「会社のため」っていう大義名分があるからこそ
熱中できる。
このゲーム的に仕事が楽しいって感覚があればこその日本の戦後の発展
だったはず。
そのあたりの麻薬的な仕事の楽しさがこの映画の根底にある。

そう、時に仕事は麻薬的な恐ろしさがあるものなのだ。


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T.R.Y.


日時 2003年2月1日18:50〜
場所 丸の内東映
監督 大森一樹

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昭和初期の上海。詐欺師の伊沢修(織田裕二)は町の大物を
騙して金を巻き上げたまではよかったが、なぜか捕まってしまう。
騙された大物は刑務所は刺客を送り込む。あわやというところで
救ってくれたのは、中国革命を計画するグループだった。
助けた代わりに頼みがあるという。それは日本軍から
武器を騙し取るということだった。


織田裕二2年半ぶりの主演作。
日本映画で「〜主演」で客を呼べるのはいまや織田裕二と高倉健ぐらい。
監督が大森一樹という事は公開されてから知った。
大森だって以前は「大森一樹監督作品」という冠がつけられた時も
あったような気がするが、少なくとも宣伝戦略上は忘れ去られている。

上海ロケをはじめ昭和初期の上海、東京を再現した映像の豪華さだけは
まずは誉めておきたい。
深作の「上海バンスキング」は横浜ロケなんかでかなりごまかしていたからなあ。
(そのウソっぽさは計算だったかも知れんが)

だが肝心の映画のほうは余計なシーンが多すぎて楽しさがない。
全体的にもっとカットしてテンポアップしていたらもっとよかったろう。
黒木瞳の芸者と織田裕二の東京での別れのシーンとか、上海に戻る
船上での伊沢のロシアでのエピソードとか、妙にウエットで
泣かせようとする。

また伊沢の計画がばれて、日本軍の東(渡辺謙)に捕まって帰ってこないとき、
中国人グループの「いや伊沢はきっと帰ってくる!」「所詮あいつを信用しては
いけなかったのだ」等々の「走れメロス」的な泣かせどころはもっと不要。
映画を見てるほうからすると伊沢が「日本軍の計画にのった振りをして日本軍を
騙す」という結末はわかっているので、「どう騙すか?」が興味の
的なっているから「伊沢は裏切るか裏切らないか」は興味の対象外なのだ。
それは「007が死ぬか死なないか」は興味の的ではなく、「どうやって
勝つか?」が興味の対象となるのと同じこと。

また今井雅之が出てきて折角奪った武器を奪ってしまう所はよいのだが、
今井の登場が遅い。
ほんの1分かそこらのタイミングの問題だが、このあたりは畳み掛けるような
逆転逆転であって欲しい。
またラストの武器が爆発してしまうシーン、延々とスローモーションで
映して長いったらありゃしない。
またここで泣かせようとする余計なことをする。

あと警視庁の刑事の石橋蓮司、折角出てきたのに大した活躍もなく
消えちゃった。ルパンと銭形のようなライバルとしてもっと
活躍のしようもあったと思うのだが。

本来ならポール・ニューマンの「スティング」の日本版になるような
素材だったのだが、大森一樹の演出プランの間違いにより凡作になってしまった。

大森一樹もなんだかなあ。
この人は平成ゴジラを誤った方向に持っていった犯人だし。
「最悪」を誉めた私だが、あれは原作がものすごくよくて少なくとも改悪は
してなかった点がよかったんだと思う。

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ラヴァーズ・キッス


日時 2003年2月1日16:20〜 
場所 日比谷スカラ座2
監督 及川中

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舞台は鎌倉、江ノ島。
主人公の女子高生・里伽子(平山綾)と同級生・藤井朋章(成宮寛貴)は
ある月夜の晩、海岸で出会う。
それからしばらくしていきおいでホテルに行ってしまう二人。
最初は反発してしまう二人だが、やがて誤解も解け夕方の浜辺で
夕陽を見ながら熱いキスをする。

と、ここで第1章は終わり。
今話題の成宮寛貴が出てる恋愛映画、という予備知識だけで見に行ったので、
この第1章まではありきたりなラブストーリーをみせられてげんなりしていた。
画も16mmで撮ったのか?と言いたくなるくらいピンも甘い、素人みたいな
映像が続いていたし。
ところがここでドラマは一転、第2章になる。

朋章の後輩の高尾(石垣佑磨)が実は朋章が好き、そして高尾の同級生・篤志
(阿部進之介)は高尾が好き、という2重の恋愛構造が始まり、第1章で
語られた事実が高尾にはどう見えていたか、という高尾の視点からのドラマになる。
所々、第1章で語られた出来事のシーンがつながってきて、
それを高尾はどのように見て、どのように行動したか、その時実は
高尾はこうしていた、という謎解きのようなストーリー展開に
なっていく。

里伽子と朋章が付き合うようになる様をジリジリしながら見ていく
高尾の苛立ちが痛いほど伝わってくる。

そして第3章。
今度は里伽子に思いを寄せる里伽子の親友・美樹(市川実日子)とその美樹に
あこがれる里伽子の妹・依里子(宮崎あおい)の物語。
こちらも同様。

第4章は第1章の続きで今度は6人の恋愛の結末になっていく。

同性愛だから、ということもあるが、絶対に結ばれることのない人に
対する純粋な、切ない片思いの気持ちが痛いほど描かれた第2章、第3章が
素晴らしい。
里伽子と朋章のラブストーリーはありきたりなので、はっきり言って
僕にはどうでもよかった。
第2章と第3章のおかげでこの映画は見る価値があった。


この男の登場からドラマが始まる、というキーパーソン役の成宮寛貴はよかった。
最近人気急上昇中だが、甘いジャニーズ系とはちょっと違う、甘さの中に
ワイルドさも秘めたキャラクターは今後の日本映画界に貴重な存在。
大きく育つことを願ってやまない。



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