塩田貞治くんのプロフィール


東京都生まれ。誕生日は9月14日。本名・塩田貞治(同じ)
ワンダープロ所属。
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名前の「貞治」は塩田くんが生まれた当時、国民栄誉賞を受賞するなど国民的ヒーローだった巨人の王貞治(現福岡ソフトバンク・ホークス監督)にちなんでつけられた。
趣味、特技は料理、ケーキ作り、卓球、イラストなど(高校時代には学園祭のポスターを描くほどの腕前)。
農業高校を卒業後、東京製菓専門学校に進学。
この頃、友人が雑誌モデルの仕事をしているのに触発され、「JUNON」ボーイに2年連続で応募。
これがきっかけで雑誌モデルなどを始める。

俳優としてのデビューは「卓球温泉」(98)。
松坂慶子扮する日常生活に少し飽きた主婦が、家出をして新婚旅行の思い出のある竜宮(たつみや)温泉に向う。そこでアルバイトをしていたが卓球で村おこしのイベントを行うことになり、その中心メンバーになって充実感を覚えるという内容のハートフル・コメディ。
監督は山川元(「東京原発」)、共演は久保明、桜井センリ、蟹江敬三。まだ新人時代のヨースケ(現・窪塚洋介)も出演。
塩田くんはこの頃は「伊達永臣」名義のため、クレジットには「塩田貞治」の名前はない。

塩田くん自身の役どころは旅館の二代目グループの一人でオカマのキャラクター。
コメディリリーフで途中全裸シーンもあり、物語の中での重要性は少ないものの、印象に残る役どころだ。
本人の弁では「演技の仕事は初めてだったので、周りの足を引っ張らないか非常に緊張した」とのことだが、私がある席で共演の久保明氏に塩田くんの当時の印象を伺ったところ、「演技の仕事は初めてだということでかなり緊張していたようだが、初めての仕事であれだけ出来れば充分だと思う」という話でした。

その後、名前も本名の塩田貞治に改め、2000年WOWOW系放送の6話完結のホラーTVドラマ「多重人格探偵サイコ」に警察官マナベ役で出演。監督は三池崇史、共演は保阪直輝、大杉蓮、中島朋子。
猟奇殺人を題材にしたホラーもので、ストーリーも複雑でわかりにくく、内臓が飛び出た死体などが登場するかなり陰惨なドラマで、ホラーファンでなければかなり見るのはつらい。
しかしそんな中、塩田くんは「フィギュアオタクの警官」というユニークなキャラクターで、大杉蓮扮する警察署長を助けるワトソン役であり、同時にその明るいキャラクターが陰惨な気分になりがちなドラマの中で、唯一ほっとさせるシーンを作る重要なキャラクターであった。
一見の価値のある作品である。
またこのドラマは2005年にアメリカ、香港でDVD化され、塩田くん出演作品の中ではもっとも多くの人に見られている作品といえるかも知れない。

その後、2001年初めに映画「ゆめび」を撮影。(公開は2004年1月)

そして彼にとって第一の転機であるNHK教育テレビの語学番組「ロシア語会話」が2001年4月にスタート。
日曜日の早朝6時40分放送(再放送は金曜日の3時)という決して視聴率が稼ぎやすい時間帯ではない。
しかし、彼の陽性なキャラクター、授業中に「何でしたっけ?」と先生に聞き返すというおよそ「台本どうり」が前提であるようなNHK語学番組にあるまじき言動が見ている人に意外感と好感をもたらす。
また世は2000年問題もクリアしてインターネット時代に突入した頃。
インターネット上で口コミが広まり、現在のファン層の基礎票を作ったといっても過言ではない。
(かくゆう筆者もその一人である)。
また9月より翌年3月まで雑誌「TVライフ」誌上で得意のイラストを生かしたケーキつくりのコラム連載が行われた。

この番組は1年間の続き、惜しまれながら終了。
しかし、ファンの思いをNHKが汲んだのか、翌年度放送分中8月20日放送分に「ロシアでの誕生日の祝い方」という話題の時に番組出演者の誕生日を祝うため、塩田くんはお菓子作りの特技を生かし自作のケーキを持って出演するという特別待遇。
もちろんゴールデン番組でもなく、テレビ界の話題からすれば大したことではないことは承知だが、こんなことが行われること自体、彼の密かな人気を感じざるを得ない。

時間は前後するが、「ロシア語会話」放送中の2001年10月、麻布DIE PRATZEで行われた小劇場演劇「半月〜half moon」(作・演出 鯨エマ)に出演。
新婚旅行に失敗しないために、旅行会社が下見ツアーを企画、そのツアーに参加した数人の独身男性を描いたコメディ。
塩田くんは参加者の一人でホテルでアルバイトするフリーターの役どころ。
30代中心の参加者の中で1人だけ若者キャラとして登場。
他の参加者に執拗な突っ込みでいじめられたり、バツイチの男にに「結婚式の残り物食うなよ!!」と怒られたり責められる事の多いキャラだったが、各役者との会話のテンポもよく、また芝居全体も上質なコメディで筆者は好きな作品だ。

またこの公演中に初めてのファンオフ会が開かれ、公演終了後などに塩田くんとファンの間に交流の機会が持たれる。
筆者もこの「半月」の公演中に初めて塩田くんに会ったのだが、第一印象はテレビで見る以上の色白の美少年で、大変礼儀正しく好感が持てた。

続いて舞台は「ロシア語会話」終了直後の2002年4月に東京西新宿の新国立劇場小劇場での岩松了・作演出「『三人姉妹』を追放されしトゥーゼンバフの物語」に出演。
チェーホフの「三人姉妹」を下敷きにしたオリジナル作品で、テネシー・ウイリアムズの秘書(コーチシャ)役で、話の中で「男の格好してる女かと思った」というセリフで説明される美少年秘書役。
「テネシー・ウイリアムズ(彼がホモということは有名らしい)の秘書」と言うより「お気に入り」という役どころ。
今までのコメディリリーフ的な役とは違い、テネシー・ウイリアムズとの愛の葛藤を演じ、破滅的な愛憎を示し、それまでとは違った迫力ある演技が記憶に残る。
(2006年4月にシナリオ本が出版された)

(ちなみに第2回ファンオフ会はこの公演中に行われ、塩田くんも数分間参加してファンと記念撮影などを行った)

そして彼にとって第二の転機となる韓国訪問を果たす。
きっかけはTBSの人気番組「世界ウルルン滞在記」の中で韓国の農家でコメ作り体験でのホームステイ。
この番組は若手タレント、俳優が外国で1週間ほどホームステイをしてその国の人々と触れ合う、という内容。
塩田くんは8月15日をはさんで1週間ホームステイをしたのだが、雨の日も多く本人としては不満足な結果に終わりそうになる。
しかし、「このまま帰ったんでは悔いが残る」と思い、番組初のホームステイの延長を申し出る。
番組のスタジオ収録のため一旦日本に帰国したが、再び訪韓し、その後10月まで韓国農家でコメ作りを体験。
収録スタッフも帰国し、カメラを持たされて一人で撮影もこなしたそうだ。

この番組は2002年9月8日に放送。ホームステイの延長分は2003年1月5日の新春スペシャルでその模様が放送された。

2003年は「Olive Branch」というインディーズのバンドの曲「恋のフラフープ」のプロモーションビデオに出演。
筆者は全体は見ていなく、テレビ東京の7月放送の番組「MOVA」エンディングテーマに使われた一部分しか見ていない。

2004年1月には待望の主演映画「のんきな姉さん」(「ゆめび」改題)がテアトル新宿でレイトショー公開される。
この日、舞台挨拶前に新宿で第3回のオフ会が開かれ、塩田くんも15分ほど参加。
このときに初めてインタビューを行い、まとまって話を伺うことが出来た。
映画自体は初日の舞台挨拶時には立ち見が出るほどの好況。
オフ会参加者の多くは立ち見で見ることになったほどだった。
また映画の楽日(上映最終日)にはティーチインも行われた。

春には「Docomo北海道」のCM、4月から消費者金融「アイフル」のCMにも出演。

そして2004年夏から念願の韓国留学が開始される。
「ウルルン滞在記」で韓国に触れた塩田くんは、韓国に惚れこみ、韓国日本の両国で芸能活動をしたいと決意、8月よりソウル・慶煕大学の語学堂で韓国語の勉強を本格的にスタート。
この模様は韓国人留学生のためのフリー(無料)情報誌「月刊・留学生」に「留学生日記」で現在も連載中。

また2004年12月、中篇映画「ひとりだち」公開。(撮影は2003年)
渋谷でのレイトショーのみでの公開。連日監督と出演者によるトークショーが行われ、塩田くんは二夜連続で出演した。

そして2005年7月、韓国映画「まぶしい一日〜空港男女」に出演。
10月、釜山国際映画祭でも上映され、好評をはくす。
「光復(戦後)60周年記念映画」という冠の下、30代の若手監督達が日本人と韓国人の交流をテーマにした3本のオムニバス映画の第3話。
東京行きの飛行機に乗り遅れた雑誌記者が空港の書店で働く女性と知り合って、言葉が通じないながらも翌朝の飛行機出発まで過ごす、というハートフルコメデイ。

筆者も釜山映画祭での上映に駆けつけたが、上映後のゲストビジット(観客との質疑応答)の終了後、映画を見たばかりの韓国の女の子に囲まれサイン、記念撮影が30分も続くという(時刻は深夜の0時を過ぎていたにも関わらず)人気ぶりだった。
韓国での俳優デビューとしては実に好スタートを切ったといってよい。
その後、11月のソウルでの「CJインディペンデント映画祭」などで上映、(こちらも人気だったそうだ)2006年2月にソウルでの公開を果たす。
この映画は日本での公開が危ぶまれていたが、2006年8月シネマコリアでの上映が決定。
若い韓国人の日本人観が現れている作品で、多くの日本人に見てもらいたいと思う。

また韓国でも本格的に俳優活動を始めるため、2006年よりソウルの芸能アカデミーに通い、韓国で俳優修行も行っている。

2006年5月13日、初のファンの集いが行われ、それまで短時間しかなかったファンとの交流会が長時間持たれ、参加者は改めて彼の明るい人柄に触れ、楽しいひと時を過ごす。

7月放送のNHK土曜ドラマ「人生はフルコース」に出演。先輩コックたちにしごかれながら成長していく新人コック役を好演。

そして8月、「シネマコリア」で「まぶしい一日」が上映。
8月20日の東京会場での上映では監督達と共に舞台挨拶&質疑応答に参加。
その後も出口でサイン、記念写真攻めにあった様子。
またその後に行われたファンイベントで、「人生はフルコース」の裏話「空港男女」のミン監督も交えてのフリートークを行い、ファンと楽しいひと時を過ごした。
この場所で2本の2時間サスペンスが控えていることが発表された。
ファントしては放送が待たれてならない。


彼の魅力は、どんな人も和やかな気分にさせてしまう甘い笑顔にある。
そんな笑顔を生かしたコミカルな役柄が本領であるし、その代表作が「卓球温泉」であり「多重人格探偵サイコ」であり「まぶしい一日〜空港男女」である。
だが同時にその笑顔が消えたときに見せるふとした表情に殺気を覚えるときもある。
そんな彼の「陰」な部分が生かされた作品が「のんきな姉さん」や「『三人姉妹』を追放されしトゥーゼンバフの物語」と言えよう。
そういう「陽」と「陰」の落差の激しさが彼の俳優として非常な印象を残す。

普段の彼は非常に陽気でいつもニコニコしている印象。
そんな甘いケーキのような笑顔に魅了されてしまうのは日本韓国関係なく、世界共通のようだ。

(2006/07/02更新)
(2006/09/02「人生はフルコース」部分、シネマコリアでの上映の部分、ワンダープロの連絡先を加筆、リンクの追加)